骨喰丸が笑う日 一覧

骨喰丸が笑う日 第三十一回

骨喰丸が笑う日 第31回 森 雅裕

 日曜には夏門みつ希こと小浪鏡子のお茶会が銀座のカフェ貸切で開催された。お茶会は基本的に土曜か日曜の夜で、二回公演を終えたあとだが、ハードスケジュールに追われるのがタカラジェンヌの日常だ。

 主催は私設ファンクラブで、サプライズゲストも登場するのが慣例である。鏡子本人にも内緒で、今回は絵衣子と男役の上級生一人が「乱入」する予定だったが、カフェの厨房で待機していると、裏口に通じるドアから意外な人物が姿を見せた。

 華斗詩音の付き人である。詩音の私設ファンクラブの幹部で、絵衣子も面識がある。組長の付き人ともなると、それなりに貫禄もあるオバサマだ。絵衣子たちはセーラー服に詰め襟の学生服というふざけたコスプレなのだが、気にとめもしない。

「あなたたち。セナさんから差し入れを預かってきたわよ。ケガで休演してるのに本人が来るわけにもいかないからね」

 差し入れといいながら、手ぶらだが、

「表の車に積んであるから運んで」

 上から目線で指示を出す。いわれるまま、厨房にドサリと箱を積み上げた。お洒落な洋菓子の詰め合わせかと思いきや、堅焼きの煎餅だった。「ありがとう これからもよろしく」と焼き印が一枚ごとに押してある。記念や式典用に作られている煎餅だ。

 もちろん、この場の主役は鏡子だから、彼女のファンに対してのメッセージだろうが、そればかりではないような気もした。

「どういう意味でしょう……?」

 絵衣子は付き人を凝視した。相手は意味ありげに首を振り、それ以上いうなと合図した。やはり、詩音は退団するつもりなのか。

 会場の司会者が、

「ゲストが来ていまーす」

 と登場を促した。絵衣子たちは差し入れの箱を抱え、カフェの店内へ出た。会場が歓声と拍手に包まれる中、ステージ上の鏡子は苦笑しながらも親友の登場に安堵の色を見せた。

「何しに来たっ」

「お届け物でーす」

 箱から取り出した煎餅を客席に配って歩く。百人に満たない客数だが、鏡子が下級生であることを思えば、有望な動員数だ。

 組長からの差し入れだと知って、鏡子の表情には喜色しかなかった。

「組長のセナさんには私のドジでケガさせてしまって、落ち込んでたんですけど……」

 鏡子は愛想を振りまきながら客席を回る絵衣子を指した。

「この人はね、のほほんを装ってるけど、見えないところで努力している頑張り屋なんです。でも、すごい恥ずかしがり屋でネガティブなんですよ。セナさんの代役にびびって、舞台袖で震えてたのを抱きしめて、落ち着かせたんです。でも……」

 鏡子は最大級の優美な笑顔を見せた。

「あなたを励ますことで、私も落ち着いた。ありがと」

 拍手が湧き、絵衣子にしてみれば照れ臭い以外の何物でもなかったが、叫んだり逃げ出したりもせず、笑顔を爆発させた。

 タカラジェンヌは会とか式とかパーティとか名のつくものには異常なほど張り切る。公演の疲れなど微塵も見せず、コントをまじえながら歌い踊り、暴露話をぶちあげ、ゲームを手伝い、ファンを沸かせて立ち去る。飛び入りの時間は短いのだが、会場は台風一過という有様である。

 帰路の絵衣子はさすがに魂が抜けたようになり、誰かの声で元気づけてもらおうかと携帯のアドレス帳を繰ったが、適当な相手が見つからないうち、タクシーの中で眠り込んでしまった。

 

 翌月曜は休演日だが、花組の組子は稽古場に集合した。午後からの稽古を前に、振り付けの確認をする者、深刻な人生相談をする者、喧嘩している者、それぞれに過ごしていたが、花組プロデューサーが現れると、一斉に注目した。

 華斗詩音も稽古場に入ってきた。手首にはギプス、松葉杖をついている。組子たちの声を揃えた挨拶を受け、詩音は、

「皆さん。御心配かけました。見た目はこんなですけど元気です」

 と、いつになく神妙に挨拶を返したが、続く言葉は穏やかではなかった。

「急ですけど、退団することを決めました」

 一瞬、息をのんだ組子たちの間から悲鳴のような声が洩れた。詩音の言葉は続いたが、誰の耳をも素通りした。

 下級生であれば突然の「集合日退団」もなくはないが、トップスターや組長のような幹部ならば何か月も前に退団発表し、最終日に向けて諸準備をするものだ。公演中に「これを持ちまして」と発表するのは異例だった。

「ワケありといっているようなもんじゃない」

 絵衣子は鏡子に八つ当たりの声をぶつけた。高校時代のゴシップで劇団に迷惑をかける前に辞めようというのか。

 しかし、鏡子は絵衣子の憤慨をなだめるように、いった。

「四十歳過ぎてワケなしの人間なんて、つまらないわよ」

 一方が熱ければもう一方が冷静となる。いつものことである。

 

 ひと月に及ぶ公演日程の半ばには新人公演が東京宝塚劇場でも行われ、無事に終了した。本公演でも詩音の代役をつとめる絵衣子にはマスコミに舞台評が出ている。「宝塚らしくないが、見ていて楽しい娘役」と微妙な評価ではあるが、注目するファンもいるようだ。

 通常の公演は掛け声禁止だが、新人公演のカーテンコールでは、主演の鏡子の愛称を叫ぶ強心臓なオバサマたちに混じって、「エイコちゃーん」の声も聞こえた。絵衣子たちの期は型破りといわれているが、娘役に声がかかるのは珍しい。

 最前列で見ていた上級生たちは楽屋へ襲来して、下級生たちをほめたり揶揄したり苦笑したり、緊張と安堵をもたらす。

 絵衣子の前へやってきた華斗詩音はドラ娘を見る目だが、声には温かみがある。

「よくやってるね、絵衣子。あと十五、六年……もっとかな。花組の組長になるまで居座りなさい」

「嫌です」

「それは残念」

「それより、千秋楽のお栄役はセナさんがやってください。サヨナラ公演です。最後の勇姿を見せなきゃ組子もファンも納得しません」

「わかったわよ。わかったから、老け役の化粧を中途半端に落とした顔で見つめるな。さっさと風呂行きなさい」

 肩を押されて、その場は詩音と別れた。

 劇場の風呂から出てくると携帯にメールが入っていた。実母の伊上磨美からだった。アメリカで仕事をしており、たまに帰国する。あまり連絡を寄こさないのだが、娘を思い出すこともあるらしい。

「新公見たよ。立派になったね。母は嬉し涙です。明日、牛丼でも食べましょうや」

 何故、牛丼なのかわからないが、承知の返信を送り、渋谷で会うことにした。

 

 翌日は昼の一回公演で、夜はあいていた。自分から誘っておいて忘れることもある磨美なので、アテにはしなかったが、十五分ほどの遅刻で約束の喫茶店に現れた。もっとも、絵衣子も同じくらい遅れたので、三十分の遅刻ということになる。

 磨美の服装は派手ではないが、洗練されている。実技優先だった芸大時代には、お嬢さんファッションで登校すると、音平から「あなたもスカートはくんですね」といわれて、ひと波乱あったと聞いているが。

「新公のチケット、よく買えたわね」

「あなたの養父から強奪した。どうせ仕事で忙しくて来れやしないんだから」

 養父は磨美の実弟である。

「本公演でも北斎の娘をやってるんだって? あなた、変な役が多いわね」

「こいつなら何とかするだろうと思われてるみたい」

「あ。音平さんも来てたわよ」

「ふーん。いつも黙って見に来て、黙って帰るのよ、あの人は」

「話なんかすると、うちに帰って淋しくなるのよ」

 小学校六年の秋、磨美が渡米してしまったので、絵衣子は一人で音平のマンションを訪ねて、そのまま転がり込んだ。卒業すると磨美の弟夫婦の養女に入ったので、それまでの半年が父と娘が同居したわずかな期間だった。

「喧嘩ばかりしてたけどなあ。愛情ないのかと思った」

「でも、小学校の卒業式には出席してくれたでしょ」

「そうなのか。何もいわないから気づかなかった」

「宝塚のチケット買うのも大変だと思うわよ。あなたに頼みもしないでしょ」

「客席で見かけたの?」

「売店で炭酸せんべい買ってた」

「話したの?」

「よっ、おおっ、それだけ」

「何年ぶりかでしょ」

「何年ぶりかも思い出せない」

「それでよく見つけるわね」

「あなたともひさしぶりよね。お土産あるわよ」

 磨美は紙袋を寄こした。無造作に服が突っ込んである。

「年に一度のブロードウェイのフリーマーケットで買った。劇場で使った小道具とかも売ってるのよ」

 ミュージカルの衣裳らしいワンピースだが、堅気の人間が着るようなおとなしいデザインではない。音平がくれた北斎画のTシャツといい、絵衣子のことを気にかけている親心は伝わるが、センスは独善的だ。胸のあたりに俳優の肉筆サインが入っているのだが、読めないし、正体不明だった。

「誰のサイン?」

「知らない。販売ブースにいたから一緒に写真撮った」

 磨美はバッグを漁ったが、すぐにやめた。

「あ。携帯忘れた。あとで写真送る」

「いいわよ、そんなの」

「母親の最近の写真くらい持ってなさい。……それじゃ、私、用があるから」

 さっさと立ち上がってしまう。

「牛丼は?」

「何、それ」

 とぼけているわけではなく、本当に忘れている。絵衣子の周囲で一番の変人かも知れない。

 あきらめて磨美を見送り、絵衣子は行きつけのマッサージ店へ向かった。夢を売る仕事とはいえ、生身の人間だ。足腰が悲鳴をあげることもある。

 偶然だが、佑里が先客として来ていた。彼女たちは行動パターンが似ており、出先で遭遇することも珍しくない。待合室で顔が合うと「おう」と挨拶し、佑里は同情気味に訊いた。

「腰痛? ダンスで意地悪されてるもんね」

 ショーの中で男役とペアを組むのだが、アラベスクのポーズで足を高く上げた絵衣子を支えるふりだけして触れもしない相手だった。それが毎日だ。バレエであれば支えなど必要としないが、このショーの振り付けでは男役が娘役を抱くように支えることになっており、タイミングを狂わされるとダンスの流れにも影響する。

「つらいよおおおお」

 絵衣子が泣きつくと、佑里は母親が子供をあやすように彼女の肩と頭に手を当てた。

「ぽんぽん。なアに、向こうはあなたが涼しい顔してポーズを決めてるから、いじめ甲斐がなくて悔しがってるわよ」

 佑里は絵衣子の荷物に目をとめた。

「服買ったの?」

「母のブロードウェイ土産」

 取り出して見せると、佑里は小さな歓声をあげた。

「わあ。可愛くてお洒落な服だなあ」

 この娘の感覚もおかしい。

 携帯が着信し、磨美からの写真が届いた。てっきりこの衣裳を舞台で着た女優かと思っていたら、磨美と笑顔を並べているのは男だ。俳優だろう。佑里に画面を見せた。

「この人知ってる?」

「あなたの生みの親」

「隣の男の人だよ」

「ああ。ノーメイクだから、ちょっと見じゃわからないけど……」

 佑里は俳優の名前を口にした。絵衣子も知っているミュージカル俳優だ。

「元気で若いよね、絵衣子のおかあさん。あ、おとうさんもか」

「二人とも再婚もせず、わが道を行くのはいいけど、老いたら誰が面倒見るんだろう……」

「それはまあ、あなたよね。余裕やん。関西の財閥の御曹司から降るような縁談があるでしょ」

「くだらん」

 絵衣子は苦々しく吐き捨てたが、佑里が罪もなく楽しげに笑っているので、つられて吹き出してしまった。

 

 千秋楽は華斗詩音のサヨナラ公演となった。楽屋の詩音の化粧前は花やレースで飾りつけられ、スリッパもリボンで彩られた。慣例では同期生が用意するのだが、在籍が長いと同期も花組に残っておらず、組子たちが競い合って飾り立てた。

 ショーは詩音の負担が少ない振り付けに変更され、途中から泣き出す出演者もいる中、無事に終了した。

 この日の退団者は華斗詩音だけではない。演目がすべて終わると、緞帳の下りた舞台上手に副組長が進み出て、退団者たちのキャリアを紹介する。トップスターならサヨナラショーが行われ、トップでなくても行われる場合がまれにあるが、詩音の場合は準備も間に合わなかっただろうし、本人の心情もあるのか、あるいは劇団の意向なのか、行われなかった。

 緞帳が上がり、愛称を呼ばれた退団者は黒紋付きに緑の袴という正装だ。最後に大階段の上へ現れた詩音は、杖をつくようなスマートさに欠ける姿はさすがに見せなかった。組子たちが大階段下に勢揃いして迎える中、ゆっくりと下りてくる。足取りは重いが、それを感じさせぬほど颯爽と進み、舞台中央に立った。

 花組からとすでに退団した同期から花束(退団ブーケ)が贈られる。その費用の出所は「すみれコード」の内緒事項で、追究するのは野暮ということになる。

 詩音は客席に向かって挨拶したが、涙をこらえるのに必死な絵衣子の耳には入らなかった。トップスターが千秋楽の感謝の言葉で締めくくり、最後は花組全員で「すみれの花咲く頃」を合唱した。何度かカーテンコールを繰り返し、華斗詩音の宝塚人生は終わった。

 楽屋を出た詩音は劇場前に整列したファンクラブへ挨拶し、時折、足を引きずる仕草は見せたが、笑顔を絶やさずに周囲の一般ファンの前を隅から隅まで往復して別れを告げた。そのあとは隣接するホテルの宴会場でフェアウェルパーティである。

 飛び入り参加した絵衣子が目を疑ったのは、わが父・音平が客に混じっていたことだ。一応、ジャケットは着ている。

「なんでいるの?」

「華斗詩音組長に呼ばれたから。千秋楽も見させてもらった」

「あああ? 昔、文通してた女子高生がセナさんだと知ってたわけじゃないよね」

「知らなかったよ。彼女も現役ジェンヌの時は会えなかったから、退団する今こそ名乗りを上げますと連絡してきた」

「だからって、ノコノコやって来なくてもいいでしょうが」

「お前が世話になった組長さんだからなあ……。あ、そうだ。あの桜星美術館だけどな。所蔵品に偽物があるとか転売してるとか、スキャンダルが発覚したぞ」

「あらま」

 人づきあいはよろしくない音平だが、文化庁や美術界に芸大の人脈があるので、多少の噂は入ってくるらしい。

「マスコミは美術館なんか興味ないから、たいしたニュースにはならないだろうが、もう骨喰丸どころじゃないよ、あの館長」

「骨喰丸に関わると、ろくなことにならない気がする」

「名刀は人を選ぶんだよ」

 そんな話をしていると、ステージを下りた詩音が近づいてきた。ここでも黒紋付きに緑の袴である。

「母里先生。ようやくお会いできました」

「二十数年越しだね」

 初対面の二人が何を話すのかと絵衣子は見ていたが、互いに突っ立っているだけで何もいわない。自分が邪魔かなと離れて様子を窺ったが、それでも言葉をかわすでもなく、詩音には他の出席者が話しかけ、連れ去られてしまった。

(何やってんだか……)

 客たちがざわつき、数人の組子たちが宴会場に入ってきた。彼女たちは私服だ。私服といっても独特のファッションではあるが。

 佑里がいる。一緒に現れた鏡子は詩音のところへ歩み寄り、何事か話している。佑里が絵衣子に耳打ちするように、いった。

「赤穂の才藤徳志さんから連絡あってね。兼景さんが入院したって。いよいよ危ないらしい。私から鏡子に伝えた」

「何で、どうして伝えたの?」

「鏡子は兼景さんに興味ありそうだったから」

 鏡子は詩音から離れると絵衣子のところへやってきて、実母である詩音との会話内容を告げた。

「兼景さんが入院したって知らせたら、行きたきゃ行きなさい。私は今さら思い出を汚す気はない……ってさ」

「ふうん」

 鏡子と佑里は会場で妙に存在感を醸し出している男に目をとめた。

「あれ、絵衣子のパードレだよね。御挨拶してくる」

「挨拶だけにしときなさいよ」

 絵衣子の声を背に受け、二人は母里音平に能天気な軽い足取りで歩み寄った。挨拶だけで終わるわけもなく、音平はかついでいたバッグから何か取り出して、鏡子と佑里に渡している。彼女たちは無邪気に喜んでいるが、以前、絵衣子にもくれた北斎Tシャツのようだ。

 思わず絵衣子はその光景に背を向け、宴会場から脱出してしまった。

 

「骨喰丸が笑う日」東京公演を終えた花組は宝塚へ戻り、次の公演に向けて始動した。全国ツアーと宝塚大劇場に隣接するバウホール公演に分かれ、それぞれ別の演目を舞台にかける。

 絵衣子はバウホール組で、娘役二番手の役を与えられた。出演者が少ないから大抜擢というほどではないが、劇団は彼女を認めているということである。今回は年相応の若い役どころだ。最初の集合日に本読みを終え、あたりまえのように休日返上で稽古に入る。

 疲れ果てて寝ていた朝、鏡子から電話があった。彼女は全国ツアー組だが、この数日は稽古の合間を縫い、宝塚と赤穂を何度も往復していたのである。

「昨夜、戻った。すっかり肌が荒れちゃった。御飯でも食べない?」

「赤穂の方はどうなった? 兼景さんは?」

「昨日の朝、逝っちゃった。お通夜と告別式は一週間後。初七日の法要も同時にやるって」

「あ、そう。あとであなたのアパートへ行く」

 鏡子のアパートは宝塚南口駅に近い住宅街に建っている。大家はマンションと称しているようだが、意地でもそう呼びたくない小さな建物だ。

 鏡子は見覚えある北斎Tシャツを着込んでいた。タカラジェンヌの部屋着はこんなものだ。

「いいセンスだこと」

「洗濯物が溜まっちゃって……。あなた、バウではいい役ついたんだって」

「あなたも全ツで悪くない役じゃない」

 部屋には短刀が入った刀袋があった。絵衣子がそれに目をとめると、鏡子は刀袋ごと寄こした。

「娘の証として赤穂に持っていったのよ。結局、見せることもなかったけど。おかしなことやってるよね、私」

「兼景さんと話はしたの?」

「いいえ。病院のベッド脇で手を握ってただけ」

「なんと一言もいわずに行ってしまったのか」

 絵衣子がシェイクスピアの一節を口にすると、鏡子もそれに唱和した。

「ああ、真実の愛とはそういうものなのだ。真実は言葉で飾るより以上に実行を持っているのだ」

 絵衣子は短刀を抜き出した。刀身に「倚門而望」の文字彫りがある。可愛らしい懐剣サイズだ。

「以前に徳志さんが見せてくれた目貫、縁頭で拵を作れば似合うだろうね」

「あ、それ今度、徳志さんが私にくれるって」

「あれれっ。ということは……鏡子の正体知られているってこと?」

「そりゃまあ、兼景さんの危篤に駆けつけたんだからね」

 鏡子は写真を一枚取り出した。

「これ、もらってきた」

 兼景が元気だった頃の写真らしく、白い作務衣姿で、制作中の刀を手にしている。精悍で味のある風貌だ。

「兼景さんの母親にも会ったよ。臨終に立ち合わせるため親戚が車椅子で連れてきた。ニコニコしてて、やさしい人だったけど、自分の息子もわからないほどボケちゃってる。それがね、兼景さんが死んじゃったら、何も理解してないのに、じーっと何十分も合掌してたのよ。凄いなあって、何故だか感動しちゃった。人の値打ちって、大きな仕事をするとか有名になるとかお金持ちになるとか、それだけじゃないと思ったよ。結婚して家庭を作って、子供をきちんと育てる。それだけでも凄いことなんだよね」

「空腹は哲学者を作るみたいね。食べに行こう。何がいい?」

「お好み焼きかな」

「行こう。当然、着替えなさいよ」

 外へ出ると、住宅街を抜けて、二人で宝塚大橋を渡った。宝塚大劇場の周辺では、音楽学校生徒、劇団下級生、上級生のヒエラルキーに応じて、それぞれ出入りする店が決まっている。

 宝塚大橋は地獄橋に似つかわしくもなく、その眺望は心和む。穏やかに流れる武庫川の川岸に大劇場と音楽学校が建ち、対岸には温泉街を望む。色々と思索に耽りたくなる光景だ。

「セナさんは退団してどうするんだろうか」

 絵衣子がぼんやり呟くと、鏡子は陽光に目を細め、その表情もまたサマになっているのだが、屈託なく言葉を返した。

「もともと小浪の実家は播磨の素封家で、会社もやってるし一族からは議員さんも出してる。劇団理事の門馬響太郎がセナさんの姉貴と結婚していたのもそうした社会のしがらみ。セナさんは関連会社に勤めるみたいよ。芸能関係に未練なし」

 桜星美術館の富賀館長はもはや宝塚のぶっ飛んだ女たちにかまうどころではない。華斗詩音が過去を暴かれるおそれもあるまい。退団の必要もなかったわけだが。

「町の中で忙しく汗まみれで働いてる人たちを見て、人間らしく生きてるなアと思うようになったんだって。そうなったら、ジェンヌの潮時ということらしいわよ」

「私たちは人間らしくないのかな。今のところ、私にはわからないけど」

 宝塚大橋を下り、阪急の高架下から劇場と宝塚駅までつながる「花のみち」を歩いていると、袴姿の少女たちが通りかかり、絵衣子たちに会釈していく。音楽学校の生徒たちだ。このあたりで茶髪金髪の女に出会うと、知らない顔でも上級生かも知れないから、とりあえず挨拶するのである。もっとも、いい役がつき始めている絵衣子と鏡子の顔は知られているだろう。

「すみれ売りの季節だねぇ」

 鏡子は感慨深そうに少女たちを見やった。正しくはすみれ募金といい、本科生と予科生に分かれて五月の日曜に劇場前へ立ち、募金を呼びかけて、引き換えにすみれの造花を渡す。柄物の着物に緑の袴が決まりだ。入学から一か月しか経っていない予科生は着付けもメイクも慣れず、絵に描いたような初々しさだ。普段はメイク禁止の予科生なのである。

 鏡子は唇に微笑、目には悲しみ、タカラジェンヌらしい表情で、後輩への慈愛、亡父への哀悼を漂わせている。

「私たちもあんな時期があったねぇ」

「予科の思い出は、眠い、お腹空いた、それしかないけど」

「初めてファンレターもらったのもすみれ売りの時だった」

「授業なんて何ひとつ覚えてない」

 例によって、今ひとつ会話が噛み合わないが、二人とも意に介さない。

「私も娘を持ったら宝塚に入れたいな。自分が音楽学校に戻るのは御免だけど」

 と、鏡子。

「一日中、廊下でも校庭でも、失礼します、お願いしますの声が響いてたよねぇ」

 と、絵衣子。山ほどある規則、不文律に反すると、予科生は本科生をつかまえて「反省」しなければならない。本科生が立ち止まってくれるまで「お願いします(反省させて!)」と終日繰り返すのである。

「宝塚で十年二十年を七転八倒しながら過ごしても、骨喰丸が重ねた年月から見れば、ちっぽけな人間模様なんだね」

 絵衣子はそう呟き、「骨喰丸が笑う日」の主題歌を歌い始めた。

「照れ屋のくせに時々、変なスイッチが入るよなあ、この人」

 鏡子もそういいながら、唱和した。宝塚の楽曲はコブシをきかせて、とにかく盛り上がるようにできている。緑に覆われた遊歩道に二人の抑揚ある歌声が朗々と響いた。

骨喰丸が笑う日 第三十回

骨喰丸が笑う日 第30回 森 雅裕

 詩音は抑揚ある口調で言葉を続ける。

「鏡子には短刀を捨てる気はなくなった。けれどもゴミの回収は翌朝に迫っている。実家に電話もできないわよねぇ。短刀はボロ布でぐるぐる巻きにしていたらしいけど、そんなものの存在を養母に知られるわけにもいかないし。で、窮地に陥った彼女がとった行動が……」

 それが入学式の夜に脱走した理由か。

「ところが、夜のうちに不燃ゴミは集積所に出されてしまった。まあ引っ越しシーズンでもあり、大量のゴミの山から発掘するはめになったわけ。短刀は発見したけれど、不審者として通報されるわ、警察にこの物騒な刃物は何事かと職質されるわ、その日のうちに帰寮することはできなくなったし、養母にも短刀の存在を知られてしまった」

「門馬先生も知っていました。私が『さかなかげ』といったら『かねかげ』だと……」

「うん。離婚してるとはいえ、養母が養父に知らせたのは当然でしょ。鏡子の生い立ちが本人にバレちゃってます、と」

「はあ」

「そうなると、鏡子にしてみれば、兼景って刀鍛冶は何者? そう思うよね。ははは。バレエスクールからのつきあいだった佑里が赤穂の刀鍛冶の幼馴染みだというので、話を聞いたらそれが兼景の息子だった。鏡子とは腹違いということね。兼景の情報は佑里を通して聞いてるはず」

「佑里は鏡子と兼景さんの関係を知っているのですか」

「どうかしら。ワケありだと察してはいただろうけど、はっきりとは……。佑里ものんきだから」

「確かに……。セナさんはどういうきっかけで兼景さんと知り合ったんですか」

「きっかけは母里音平」

「え?」

「あの人、小説書く一方で鐔や金具も作ってたからね。大阪でコンクールの展示があった時、母里さんの鐔も出ているというんで見に行ったのよ。職人や関係者も来てた。そこで兼景に出会った。女子高生の目には結構なオジサンだったけど、いくつ年上だったかなあ。まあいいや」

「うわあ……。母里さんがきっかけですか」

「ふふふ」

 詩音は絵衣子と母里音平の親子関係を知ってか知らずか、意味ありげに微笑んだ。

「人生って縦糸と横糸が奇妙につながっているものよね。面白いね」

 面白いというべきか、面倒臭いというべきか。同じような言葉を鏡子も口にしていた。これが母娘というものか。

「あ。いっとくけど、私ら、違法な『淫行』じゃないわよ。淫行とは十八歳未満の者をだましたり脅したり、遊び目的だったり、不当手段による性行為のことだからね。真摯な交際関係は法律でも禁じられない。まあ、お前たち、真摯だったのかといわれると考えちゃうけど、兼景の奥さんはすでに亡くなっていたから不倫というわけでもないし。せっかく授かった子供を産むことに躊躇なかったし」

「あ……。いいです、そういう話は」

「私の罪は宝塚に入るために鏡子を手放したこと。兼景と別れたのも同じ理由。宝塚を受験するとは彼にいわなかったけど、向こうもこだわらなかった」

「あの、どんな人なんですか、兼景さんって」

「性格は能天気」

「はあ……」

「外見は長身。細いけど足腰はしっかり。鏡子に遺伝してる。性格も少しくらい遺伝して欲しかったわね。子は親の鏡。そんな意味をこめて鏡子と名付けたんだから」

 微妙に意味が違う気がしたが、詩音がいえば正しいようにも思える。そもそも、何でこういう話を自分にするのだろうか。そんな絵衣子の疑問を察したのか、詩音は唐突に真顔を作った。

「ナントカ美術館の脅迫まがいのオファーは気にするなといいたいのよ」

「はあ」

「あの館長、美術館が所蔵している骨喰丸と並べて展示したいんだって? あなたが断ったのは当然よ。あちらのは偽物だから」

「何か御存知なんですか」

「あれはね、二十数年前、兼景が作ったのよ」

「写しとして?」

「いいえ。偽物として。防空壕で朽ち込んだように表面を荒らして、研師の芝浜さんが感心するほどの出来だった。でも、芝浜さんは贋作なんかするべきではないと怒って、お金に困ってた兼景のために買い上げてくれたけれども死蔵した。それなのに芝浜さんの心情を理解しない遺族が桜星美術館に売ってしまった」

「兼景さんはどうして贋作なんか……」

「子供は生まれるし、その母親は高校生だし、たとえ別れるにしてもお金は必要だもの」

「あー。ですよね」

「兼景はその贋作の押形や写真を残しているはず。赤穂の仕事場を探せば見つかると思う。まあそんな必要もないかと思うけど」

「美術館の富賀さんにしてみれば、偽物の証拠を持ち出されたくないでしょうから、取り引きには有効でしょう」

「取り引きか。お互いに余計なことはいわずにおきましょう……って? 私は何を暴露されてもかまわないけどね。宝塚でやりたいだけのことはやったし」

「でも、鏡子はこれからの人です」

「そうね。私だけの問題じゃない。でも、鏡子は母親のスキャンダルなんかに負ける子じゃないわよ」

「確かにそうですね。先日、源清麿のお墓と於岩稲荷へ行って、彼女の根っ子がどこにあるのか教えられました」

 花組プロデューサーが詩音を呼び、彼女は絵衣子の前を離れた。残した言葉がある。

「期待してるわよ。手を抜かずに力を抜くのがあなたのいいところ」

 脈絡もなく、意味不明の言葉だったが、感動した。絵衣子にしてみれば、組長とこんなに会話したのは初めてだった。

 

 事件は東京公演初日に起こった。通常なら宝塚の演目は芝居とショーの二本立てだが、「骨喰丸が笑う日」は芝居が長編のため、ショーはエピローグ的な付け足しとなる。そのショーで、夏門なつ希(小浪鏡子)と華斗詩音(小浪聖菜)が大階段から転落した。

 時代劇のエピローグではあるが、男役たちは定番の燕尾姿で大階段に展開していた。武士や忍者がロングブーツを履くこともある宝塚だから、格好が良ければ考証や辻褄はたいした問題ではない。ペアを組む娘役も男役と同数がドレス姿で大階段に出ており、絵衣子もそこにいた。

 宝塚の象徴である大階段は二十六段。高さ約四・三メートル。一段の奥行きは約二十三センチ。これに電飾がつくから実際はもっと狭いが、足元を見ることは許されない。そそり立つ壁のような階段上で群舞やフィナーレを展開するのだから、もはや神業といえる。

 絵衣子はうしろ……大階段の上の段で踊っていた。鏡子は男役であり、詩音も本来は男役だが、今回の演目では娘役(ベテランの場合は女役ということもある)で、鏡子と詩音はペアではなかったが、二人とも絵衣子よりも下の段で踊っていた。

 鏡子が足を踏み外したのを詩音が助け、巻き添えで二人とも転落したのである。転落はままある事故だ。舞台に出ている出演者はアクシデントにも動揺しない。転落する者があっても周囲が支え、本人も笑顔を絶やさず、何事もなかったかのように進行する。

 鏡子は滞りなく踊り続け、詩音もその場は踊り切った。だが、袖口にハケた途端、詩音は転がるように倒れ込んだ。意識もあやしい。

「救護室へ!」

 誰かが叫び、運ぼうとしたが、詩音は立ち上がろうともがいた。

「大丈夫。立てるから」

 動いたらアカン、という周囲の声を振り払い、身体を起こした。鏡子は茫然としながら、自分のせいだと何度も口走った。それでも身体は動いてパレードの準備にかかり、羽根を背負っている。彼女にケガはないようだ。

 詩音が叱咤した。

「誰のせいでもない。自分の仕事をやりなさいっ」

 秩序を重んじる宝塚では終演時刻が予定よりも前後することはない。偏執的なほど正確だ。舞台上でトップ・コンビが踊り終えると、フィナーレはプログラムの最後、パレードに入る。

 詩音はパレードでは大階段を下りることができず、舞台袖から現れた。人の手は借りずに自力で歩いていたが、銀橋を渡ることはせず、舞台中央近くの組長の定位置へ進んだ。組子たちとともに客席へにこやかに手を振ったが、足を引きずるでもなく、負傷した様子は見せなかった。しかし、カーテンコールの最後に緞帳が下りると、呻きながら頽れた。

 ジェンヌの連携は素早い。組子たちが抱え起こし、舞台袖へと運んでいく。絵衣子はあとで知ったが、着替えだけさせて、付け睫毛上下三枚の舞台メイクそのままで病院へ引きずるように運んだらしい。

 終演から数分後には絵衣子は楽屋にいた。公演初日は疲れ果てて化粧前にフヌケ状態でへたり込む。いつものことだが、今回は身体だけでなく心もズシリと重かった。同じくぐったりしている鏡子と「人という字は互いに支え合っています」という形になりながら風呂場へ向かおうと数歩這ったところで、視界に副組長が現れた。

「そんなところで寝るな」

「寝てないですぅ……」

「セナさんの代役は絵衣子だったよね」

「ハイ。私です」

 アクシデントにそなえ、代役はあらかじめ決めてあるのが宝塚で、Aの役をBがやればBの役をCがやるというように順送りになっていく。華斗詩音はお栄役。絵衣子は新人公演でお栄を演じるだけでなく、本公演でも華斗詩音が休演の場合は代役をつとめることになっていた。軽い役ではない。香盤(配役と場面の一覧表)が発表された時には、自分に代役が回ってくるような事態にはなるまいとたかをくくってしまったが。

「セナさんは休演するかも知れない。そのつもりでいなさい」

 悲鳴を発しそうになった。絵衣子は日々の努力は怠っていないが、それは自分の能力を向上させるためであって、他人との競争で前に出ようというのとは違う。求道者ではないが、芸術家気質といえるし、自己満足ともいえる。負傷退場者が出たことをチャンスととらえる意識はなく、プレッシャーが重いだけだ。

 

 翌朝、花組プロデューサーから電話が入った。もとは阪急系列の社員だった人物で、演劇の専門家ではないのだが、これが阪急グループの人事の独特なところである。

「セナは休演することになったよ。代役をよろしくな」

 使い走りでも頼むように告げられたが、その瞬間、絵衣子の脳裏を横切ったのは、新人公演で体験した、強烈な光を浴びて何も見えない銀橋だ。

「組長さんのケガは……?」

「左手首骨折。右足アキレス腱断裂。よく最後のパレードに出られたもんだよなあ。あの根性は見習いなさい」

 過酷な稽古と公演を続けるタカラジェンヌは誰しも満身創痍だから、骨折しても何とか舞台に出ようとする。休演はよほどのことである。

「復帰は……?」

「今公演は無理だね。千秋楽までこの役は君のものだ。ええと何だっけ。あ、お栄ね。セナも君なら大丈夫だといってる。頼んだよ」

 新人公演の出来は大丈夫じゃなかった気もするのだが、どこを見て評価したのだろうか。とにかく、話は決まった。逃げ道はない。

 この日は昼と夜の二公演だ。昼の部は貸切公演だから、アドリブなどの「お遊び」も少々は許されるが、笑わせるのと笑われるのはまったく違う。

 茫然としながら劇場に入り、気がついたら自分の化粧前にへたり込んでいて、目が痛み、涙が音を立てそうな勢いであふれ出ていた。

「なになに、私、何やった?」

 手元を見ると、うがい薬を持っている。目薬と勘違いしたらしい。ゲラゲラ笑っている佑里に見送られて洗面所へ駆け込み、目と顔を洗った。

 楽屋は大部屋で、奥に行くほど上級生の席となり、奥の院と呼ばれるカーテンの向こうの幹部部屋に入るのは組長クラスの最上級生だけだ。たとえトップスターでも年次が低ければ大部屋の住人である。

 同期生は試験の成績順に化粧前を並べていて、鏡子も佑里も絵衣子に近い。座椅子を使うのは上級生で、下級生は自粛するが、バランスボールに座る者もいる。体幹を鍛えるという大義名分があるので、座椅子ほどにはヒエラルキーに縛られない。佑里もバランスボールに座りながら器用にメイクしている。

「これからあなたをおエイと呼ぼうか。正統派のヒロインよりも癖の強い変な女をやらせたら若手随一だもんね」

 代役は本役と並行して稽古をしている。新人公演でその役を演じる者が代役もつとめるなら効率はいいだろうが、序列にこだわる宝塚では、上の方の番手の代役もまた「路線」スターと決まっている。トップの代役は二番手、二番手の代役は三番手となるのが基本だ。

 華斗詩音はそのような路線の序列には並んでいないが、組長として別格で、存在感ある配役を振られている。代役は娘役の上級生となるのが順当なのだが……。

「お気楽に宝塚ライフを送ってきた私なのに……」

「あなたも研五(研究科五年)なんだから、これくらいやってもええやん。そもそも原作者の縁者だからね。劇団としちゃ、あなたを冷遇しているわけではないことを香盤の上だけでもアピールしたかったのかも。まさか実現するとも思わず」

 どんよりした気配を感じ、鏡子の席を見やると、メイク中ではあるが、手つきは重い。鏡に向けた視線も遠くを見ている。

「心ここにあらずという人がいる」

「セナさんのケガに責任感じてるのよ。キョンともあろう人が集中力を欠いて転落したとも思えないけど」

 と、佑里。キョンとは鏡子の愛称だが、絵衣子も佑里も普段はそうは呼ばない。

「集中力を欠いた理由に心当たりある?」

 佑里は真顔で絵衣子に訊いた。絵衣子は強い眼光で睨み返した。お前だって何も知らないわけじゃないだろ、という無言の意味をこめる。

「あー。わかったわかった。もういうな」

 と、佑里はたじろいだ。しかし、鏡子は自分の生い立ちを今さら思い悩んでいたわけではあるまい。第一、心に何があろうと、舞台に出たら忘れるものだ。あの事故は鏡子とペアだった娘役がバランスを崩し、それをカバーした鏡子が足を踏み外したのだ。絵衣子は大階段の上から視界の隅にそれを見ている。さらにそれが詩音へと連鎖した。

「大階段に出ている時は怖さは感じないけど、帰宅して思い出すとゾッとすることあるよね」

 と、絵衣子。佑里に話しかけてはいるが、その言葉は鏡子の耳へも向けている。

「大階段から落ちるとトップになるというジンクスあるわね」

「それがほんとならトップスターだらけだけどね」

「失敗ばかりしてる私らから励まされても説得力ないけど」

「私なんか舞台で転ぶのはもはやお家芸だからね」

「佑里さあ、舞台に落とした胸パットがテレビ中継でずっと映ってたよね」

「絵衣子だって、エクステ落としたのが公演ブルーレイに残って、売られてるやん」

「ロケット(ラインダンス)で靴飛ばしたの誰よ」

「淑女のダンスで腰のバッスルがはずれて、ずっとスカートを押さえてた人にいわれたくない」

「発砲シーンで拳銃忘れて舞台に出ちゃった人よりマシですうー」

「あれはもう、とっさに帽子で手元を隠して、銃を持ってるふりした機転にわれながら感心するわ。それより上手スタンバイしてたら、下手から出ることになってるのに気づいて、舞台裏をドレス姿で全力疾走したのはどなたでしたかね」

「あれで息も切らさず颯爽と登場した私の演技力には皆さん感心してたわよ」

 悄然としていた鏡子が、

「うるさいっ」

 低音で凄んだ。虚ろだった目が強く光っている。

「音楽学校以来、あなたたちがドジ踏むたびに一緒に頭下げてきた私の身にもなってよ」

 生気を取り戻した鏡子の顔を絵衣子は横から覗き込んだ。

「あのお……鏡子さん。その色白のメイクはショー用のメイクではございませんでしょうか。これからお芝居が始まるのですが」

「……あっ」

 鏡子は本公演では首斬り役人・山田浅右衛門吉亮の役で、精悍な顔を作るのである。それが華やかなメイクになってしまっている。

「もううううううっ」

 嘆息しながら、鏡子は周囲に聞こえない声量で呟いた。

「まだ発表されてないけど、セナさん、退団するつもりらしいわよ」

「え。何で?」

「あなたたちみたいな組子がいたら、辞めたくもなるわよ」

「私たち、花組の宴会になくてはならない盛り上げ担当だよ」

 詩音は過去が表沙汰になる前にこの世界から身を引こうというのだろうか。

「絵衣子」

 と、鏡子。彼女は華斗詩音の血縁者だから、連絡も取っている。

「セナさんからことづけられた。新公は好きなようにやりなさい。衣裳も遠慮なく手直ししてかまわない。もっとも、私の方が細いけど。ははは。以上っ」

「細さでは負けてませんっ。私の場合、胸があるんですっ」

 新人公演の配役が決まると、自分が演じる役を本公演でやっている上級生に挨拶し、衣裳も本公演からの借り物だから「お衣裳をお借りいたします」と挨拶を繰り返す。衣裳合わせにも暗黙の掟があり、下級生が上級生の衣裳を借りる場合、細身にサイズ直しすることは神をも恐れぬ無礼とされる。お栄役なら和装だからタオルや伊達締めで補正もできるし、体型の違いは目立たないのだが、芝居のあとのショーではドレスを身にまとう。華斗詩音のドレスは他の娘役、女役よりも豪華にできている。しかし、新人公演ではショーは省略していたのである。

「やっぱり……ショーも私が代役やるのかな。どうしても?」

「どうしても。あなたがやらなきゃ誰がやるのよ。振り付けは入ってるでしょ」

「振りを入れるより笑顔でごまかす方が簡単だよ」

「あなたね、見た目はキレイだし試験の成績も上位なのに、どうして路線じゃないのか、世間はあらぬ憶測をするものよ。性格悪くて幹部や男役に嫌われてるとか男遊びがひどすぎるんだとか。実力を見せつけて、そんな噂は吹き飛ばしなさい」

「実力見せつけたら、抜擢されないのは何故かと余計に取り沙汰されそうだけど」

「いいからっ。本番前にお稽古につきあってあげる」

 同期の協力を得て、開演前の緊張した時間をやり過ごした。いざとなれば開き直りの度胸が生まれるかと自分に期待したが、

「よっ、組長代理」

 などと冷やかす上級生もいて、馬鹿正直に責任を感じてしまった。ゆっくり悩んでいる暇もなく、どたばたするうちに昼の部が始まった。オーケストラの演奏が鳴り響き、群舞で盛り上げたプロローグに続いて、芝居に入っていく。この緊張感が他では得られない陶酔を呼ぶのだが、絵衣子には楽しむ余裕などない。

 舞台袖に待機するうち、めまいのような緊迫感に襲われた。周囲を見回し、落ち着こうと努力した。われを忘れると、視野狭窄に陥ってしまう。

「絵衣子。深呼吸」

 誰かが声をかける。出番が近づいた。演出では、大笑いしながらの登場で客席の耳目を集め、他の出演者と二言三言からんだあと、スポットを浴びながら銀橋を渡る。そこで、お栄のこれまでの人生、これからの人生を象徴する歌声を二千人以上の観客の前で響かせるのだ。すでに宝塚大劇場の新人公演で経験済みとはいえ、良いイメージがない。

「無理っ」

 踵を返して舞台から離れようとすると、いつからそこにいたのか、鏡子が腕をつかんだ。山田浅右衛門吉亮の出番は芝居の終盤なので、ここでは侍姿の群舞要員として控えている。

「逃がさないよ。腹をくくりなさい」

 鏡子は絵衣子を包み込むように抱き寄せた。

「ぽんぽん」

 耳元で囁いたその言葉は、音楽学校の頃から多感な同期生の心を落ち着かせるために唱えられてきた呪文だ。

「自分の一番いい顔で出ることを忘れるな。ぽーんぽん」

 鏡子はそういい、絵衣子の出番寸前まで彼女を離さなかった。

「もういい。落ち着いた」

「よし。行け」

 男役の涼しい声に送り出され、光の中へ踏み出した。まぶしい。熱い。それを快感に変換し、声を身体の中から解放した。

骨喰丸が笑う日 第二十九回

骨喰丸が笑う日 第29回 森 雅裕

「意味不明と申し上げたけど、実は重大な意味がございましてね」

 富賀は声をひそめたが、今にも歌い出しそうな勢いだ。

「へええ」

 絵衣子は一応、空とぼけることにした。

「芝浜さんの著書にはそんなことまで書いてあるんですか」

「いえいえ。著書じゃないです。私がブラントンから直接聞いた話です」

「さぞかし記憶に残る美少女だったんでしょうねぇ」

 絵衣子は吐息混じりに唸った。

「憧れるなあ」

「その少女がどうして病院にいたのか、気になりませんか」

「別に」

「あのですね、産婦人科です。出産です。内緒で出産するためオーストラリアへ行ったのでしょうに、逆に証言者を作ることになってしまったという、まあ皮肉ですわね。ほほほほ」

「似ていただけでは? 外国人の目には日本人の顔は区別しにくいこともあるかと思いますが」

「残念でした。人違いじゃないです。ブラントンは音楽学校の文化祭のパンフレットでその少女の名前を確認しているんですから」

「文化祭を見に行ったんですか。よほどの宝塚ファンですね」

 音楽学校文化祭のパンフレットには本科生全員の顔写真が本名とともに掲載される。芸名はまだない。宝塚歌劇団では生徒(劇団員)の本名は公開していないが、音楽学校時代にさかのぼれば、知ることはできるのである。

「その昔、赤穂の刀鍛冶に宝塚好きがおりましてね」

「才藤兼景さんですか」

「はいはい。兼景さんはね、芝浜さんの弟子に研ぎの練習刀を提供していたんです。高価な日本刀を練習に使うわけにいきませんでしょ。ですから、キズが出て廃棄するような刀を使うんです。その兼景さんがブラントンを宝塚に誘ったんです」

 兼景は音楽学校に自分の娘がいることを知っていたのだろうか。高校生だった小浪聖菜が宝塚に入って華斗詩音となったことは、彼女と絶縁しても容易にわかるはずだ。そして、彼女の「姪」が長じて「叔母」と同じ道へ進んだことも知り得る。兼景にも想像力はあるだろうから、素直に姪と叔母だとは信じるまい。

「で、その文化祭パンフで確認した生徒の名前が誰だったのか、もういうまでもありませんわね」

「そもそも本当の話かどうかもわかりませんし……」

「根拠のない誹謗中傷で人生を狂わされることは、今のネット社会では珍しくもありませんよ」

「あれえ。つまり、私が骨喰丸を桜星美術館に貸さなければ、宝塚歌劇団のどなたかが人生を狂わされるとおっしゃるんですか」

「そんなあなた、下品な物言いは、清く正しく美しくのモットーにそぐわないですわね」

「あ、それはですね、正確には、朗らかに清く正しく美しく、です。あはははは」

 絵衣子は富賀のような俗悪な人物を見るのは初めてで、面白くなってしまい、声をあげて笑った。

「何かおかしいですか」

「笑顔が私のお仕事です」

 絵衣子はテーブルにコーヒー代を置き、にこやかに立ち上がった。

 

 別に頼んだわけでもないのに、芝浜天平という研師の著書が郵便で父から届いた。晩年の回想録で、ブラントンという弟子の存在も書かれていたが、オーストラリアの病院や宝塚音楽学校文化祭の件は触れていない。芝浜の研師人生とは関係ないのだから、それは当然だ。

 富賀の脅迫めいた「ブラントンから聞いた話」の真偽は不明だが、何もないところから出て来る話でもない。とりあえず、絵衣子にしてみれば、富賀の今後の出方を見るしかなかった。

 東京宝塚劇場での他の組の公演が千秋楽を終えると、次の花組公演の準備が始まる。絵衣子はロビーに据えられたガラスケースに自らの手で骨喰丸を飾りつけた。

 そこへ周囲の劇団関係者の最敬礼をかきわけ、貫禄ある中年男が近づいてきた。

「注目されているようじゃないか、この短刀」

 理事の門馬響太郎だった。小浪鏡子の戸籍上の父親。地位ある人物だけに悠揚迫らざる立ち居振る舞いだが、容姿も背丈も普通。鏡子がDNAを受け継いでいるとは思えない。

「どこかの美術館も展示したがってるって?」

「はい。お断りしましたけど」

「それで向こうは素直にあきらめたの?」

「さあ。どうでしょうか」

「君は舞台小道具の授業で刀の扱いに慣れているところを見せて、一目置かれたんだよなあ」

「好きで慣れたわけでもないですが」

「ははは」

 門馬が笑った一瞬の隙に、絵衣子は質問を投げた。

「鏡子も持っていますよね。さかなかげ……という短刀」

「かねかげ、だろう」

 門馬は反射的に応えた。これで、倚門而望の短刀の持ち主がわかった。絵衣子は親友の誕生日くらい覚えている。といっても、記憶力には難がある絵衣子のことだから「誰かが五月五日生まれだったなあ、ええとええと、あ、鏡子だ」という程度の認識だったが。

 絵衣子は目の前の理事に対して、鏡子が立夏の頃の生まれであることに言及するのは控えたが、門馬は口を滑らせたことに気づいたらしく、鹿爪らしい口調で、取り繕おうとした。

「父母に恩を感じないなら、汝の友となる者はいないだろう……。ソクラテスの言葉だがね。鏡子はいい友達を持ったね。つまり、父母に恩を感じているというわけだな。私は完璧な人間じゃないが、欠点を持つことは偉大な人の特権なんだ、うん」

「そうですね」

 門馬のいう「父母」は養父母つまり自分を指しているようだが、絵衣子にはそう相槌を打つしかない。しかし、門馬と別れると、一気に疲労が両肩にのしかかった。

 

「骨喰丸が笑う日」の原作では幕末から昭和へと時代の流れとともに主人公が入れ替わるが、舞台では幕末中心の物語に抄出され、さらに原作では源清麿よりも固山宗次が主人公なのだが、舞台演出では世俗の人気を優先し、清麿を主人公に変更している。

 新人公演でこの清麿を演じるのが夏門みつ希こと小浪鏡子である。彼女が清麿の墓参に行くというので、絵衣子も同行した。絵衣子は映画もカラオケも一人で行く娘で、親友といえども行動をともにすることは多くない。東京の地理にくわしくない鏡子は素直に「行こう行こう」と受け入れた。

「墓参りは故人にあっちの世界に呼び込まれるからやたらと行くべきじゃないという人もいるよ」

 と、絵衣子。

「それ、あなたのおとうさんでしょ」

「否定はしない」

「でも、私が新人公演で清麿役をやると知って、資料を送ってくれたわよ」

「あいつ……」

 鏡子は数少ない母里音平の愛読者で、絵衣子の仲介で面識もある。

「あいつさあ、好意を示してくれる人は珍しいから、サービスするのよ。そして裏切られるたび、人間嫌いになっていく」

「うわあ。サービスされる方も責任重大だな」

「資料なんかよりもさ、刀作りをトンカンやる場面に限らず、刀鍛冶らしい所作とか、演技にはそっちが重要だよね。佑里の彼氏ともっと早く知り合っていればよかったけど」

「ああ。徳志さんは大劇場の新公を見てくれたらしくて、あの場面はこうした方がいいとかアドバイスくれたわよ。それを参考にして、東京公演では修正する」

「あ、そう。ふーん」

 佑里の姫路の入院先で会ったあとも彼と連絡を取り合っているらしい。

「業務上のやりとりだけだよ」

 言い訳めいた鏡子の口調に絵衣子は一瞬だけ作り笑いを投げた。

「いや。私は別に何もいってない。いいたいことはあるけど」

 信濃町駅からは徒歩だ。絵衣子の方向感覚はいささか特異で、初めての場所でも地図もなしで直行できる才能を持っている。迷うことなく戒行寺坂へ到着した。坂の上の宗福寺には、本堂から墓地へつながる入口に清麿だけでなく水心子天秀(正秀)と正次の墓碑、それに昭和の愛刀家の墓碑も並んでいる。

 こんな時のために普段から用意している五円玉をそれぞれの碑の前に置き、あとからやってきたカップルに譲って、その場を離れた。

「お賽銭は五の倍数というけど、墓前に置くのもそれでいいのかなあ」

 鏡子は首をかしげたが、絵衣子は頓着しない。

「もう神様みたいな人たちだから、いいんじゃない?」

 寺門の脇では清麿墓所の案内板に若い娘たちが見入っている。およそ勤め人にも学生にも見えない絵衣子たちと視線が合うと、逃げるように会釈した。

 鏡子は悠然と会釈を返しながら、呟いた。

「清麿って、刀剣女子に人気あるのね」

「腕は固山宗次の方が上だと母里さんはいってたわよ」

「世間は波乱の人生を面白がるからね。しょせん他人の人生だもん。……母里さんって、父親をそんな呼び方するなんて、悲しいね」

「時々。気分による。でも、あなたも母親を血縁関係では叔母さんと呼び、職業上では組長さんとかセナさんとか呼んでるじゃない」

 セナは華斗詩音の本名・小浪聖菜の愛称である。しかし、鏡子はそんな話題には乗らなかった。

 寺の外に出ると、鏡子は坂道を見回した。

「於岩稲荷がすぐそこらしいから、お参りしていこうか。芸能上達の御利益があるっていうし。絵衣子、わかるよね」

「たぶん、あっち」

 勘を働かせ、住宅街を歩き、路地をはさんで向かい合った二つの於岩稲荷……陽運寺と田宮神社を参拝した。ここでも賽銭箱に五円玉を入れた。

「於岩稲荷って、お寺と神社と二つあるとは知らなかったわね」

 と、鏡子。

「何事も現場を見なきゃわからないってことかな」

 と、絵衣子。いいながら、鼻持ちならない言葉だなアと自己嫌悪さえ覚えた。

 神社では、拝殿の脇に言葉守が「今のお気持ちに合う札を一枚選んでお持ち帰り下さい」と百枚近く重ねてあり、宮司の筆なのか、一枚ずつ異なる箴言が手書きされている。

 鏡子はどんな言葉を選んだのか、見せてくれなかった。絵衣子は「我が子 羽ぐくめ 天の鶴群の如く」と書かれた一枚を抜き出した。

「天の鶴群って宝塚っぽくない?」

 と、その札を鏡子に示すと、ようやく彼女は話題を思い出したようだ。

「御免。さっきは何の話だった?」

「組長さんはあなたの叔母さんじゃなくて母親だと」

「あらまあ」

「あのさ、組長さんが高校生の時にオーストラリアで出産したことを知ってる人がいるのよ」

「女子高生を妊娠させたら、それはもう犯罪だよ」

「犯罪者は兼景さん。生まれた子供のために倚門而望の刀身彫りがある短刀が作られた。その子の誕生日は立夏の頃。あなた、五月五日生まれだよね」

「サスペンスドラマなら殺人の動機になりそうなスキャンダルだねぇ」

 境内から路地へと歩き出す。鏡子はのんきな足取りで、芝居関係者や小説家の奉納者名が彫り込まれた玉垣を見やりながら、いった。

「音楽学校の受験資格に経産婦不可という一項はないけど、そんなの問題外でしょ」

「出産の事実は転籍すれば新しい戸籍になって、記載されない。古い戸籍には残るけれど」

「私は組長さんの姉の養子になったと……。なるほど。あなたも養子だったわね。でもさ……」

 鏡子は早足で歩く絵衣子の上着の裾をうしろから引っ張りながら、いった。

「もし私が自分の生い立ちを知らなかったら、余計なこといえば傷つくとか気を使わないわけ?」

「姫路の病院で才藤徳志さんに会った時、短刀の押形を見せられて、あなたは『さかなかげ』とアホな読み方したじゃない。私はそれがずっと引っかかってた。腹違いの兄である徳志さんの前でわざとしらばっくれたんでしょ。徳志さんはあなたの素姓を知らないようだけど」

「そこまでバレちゃあしょうがねぇ」

 鏡子は絵衣子を追い越し、今度は前から引っ張った。

「中学の時、海外旅行することになって、パスポートを作った。そこで初めて自分の戸籍謄本を見て、民法817条の2による裁判確定日という欄があるんで、何これと思った。すぐには調べもしなかったけど、そのうち、特別養子縁組という意味だと知った。それでも養父母を問い詰めることはしなかった。真実を知るのが怖いというか面倒というか」

「その気持ちはわからなくもない」

「わからなくもない? 絵衣子。自分がフクザツな家庭に育ったからって、他人も同じだと思わないでよ」

「同じじゃないよ。私の場合は普通養子縁組だから実の父母との縁は切れていないし、あの人たちが何か残せば相続も発生する。でも、特別養子縁組だと実の父母との関係は完全に解消される。戸籍では養父母の実子扱いで、続柄も『長女』と記載されるだけ。実の父母の名前も記載されない。それだけ覚悟した上での養子縁組ということになる」

「人生って、一本の糸でつながっているけど、こんがらかっているようなものよね。丁寧にほどかないと切れてしまう。でもね……」

 鏡子は折り畳んでいた於岩稲荷の言葉守を取り出し、絵衣子の眼前に広げた。

「それなりに 尊く高く美しく」とあり、「それなりに」という一文は意味深だが、宝塚のモットー「清く正しく美しく」と同様の言葉が書かれている。

「親がどうであろうと、ジェンヌの根っ子にはこれだけあれば充分」

「ははーっ」

 絵衣子は最敬礼してしまった。

 

 花組の組子たちは東京宝塚劇場で稽古の数日を過ごし、演出の変更などを確認し終えた。絵衣子は稽古場を出たところで、

「絵衣子」

 組長の華斗詩音から呼び止められた。組長は視線で「あっちへ」と指し、廊下の隅まで促された。

「佑里は不安なさそうだね」

 宝塚公演を休演した佑里は東京公演から復帰することになり、稽古にも参加している。

「はい。今日も朝から焼肉弁当食べたそうです」

「あら。私のカツ丼よりいいもの食ってるわ」

「はあ……」

「あのさ。桜星美術館とかの館長という人に会ったわよ」

「えっ。お会いになられたんですか」

「あなたに骨喰丸を貸してくれるよう、説得を頼まれた。いや、脅迫かな。ふふふ。私の弱みを握っているつもりらしいわよ」

「弱みとは……どういうことですか」

「とぼけるな、みやび心華。わが娘から聞いたわよ。於岩稲荷にお参りして、彼女に生みの母が誰かという話をしたんでしょ」

「すみません。干渉するつもりはないんです」

「かまやしないわよ。私はあの子の入団以来、私の娘ですと大声でそこら中に触れ回りたいくらいだったもの。韓非子いわく、父母はたとえ戯れでも子を欺くべからず」

「あ、はい……」

 詩音は本来は男役なのだが、さほど長身でもなく、器用なので女役もこなす。絵衣子よりも少々目線が高いだけだ。

「でもね、私が鏡子に母親の名乗りをあげたのは音楽学校入学の時。合格した時、お祝いをあげた。こういう日のために用意された倚門而望の刀身彫刻がある短刀。御丁寧に制作年紀は彼女の誕生日。そしたらね、あの子は戸籍謄本で自分が養女だと中学の時から知っていたのよ。こんな短刀を渡されたら実父母が誰だか察しがつくよね。はははは」

 詩音は豪快に笑い、廊下の向こうを通りかかる花組の組子が振り返った。

「でも、今さらそんな短刀もらって喜ぶわけもなかった。つまらない常識あるから、あの子。入寮する時、自宅の私物を整理して、不燃ゴミをまとめた中に短刀も入れちゃった。回収日に捨ててくれ、と。入学式のあと、私に報告したわよ。不燃ゴミでよかったんでしょうか、とにかく自分は養父母の長女ですって。泣かせるよねぇ」

 しかし、と詩音の語気は強さと早さを増した。

「人生を戦える身体と環境を与えてやるのが親の責任。鏡子の場合、健康美人は母親のDNA。背が高いのは父親のDNA。養子に入った先ではバレエやピアノの教育を受けることもできた。これ以上、何を望むの。こんなに恵まれて、文句いったら罰が当たるわよ。門馬響太郎は全然スマートじゃないし、離婚して鏡子の養父であることを放棄した人よ。歌劇団の理事という体面が大事で、戸籍上の自分の長女の実母がタカラジェンヌだというスキャンダルに怯える小心者。実父がコンクールで賞も取れない刀鍛冶であることを侮蔑する権威主義。それが門馬さんよ」

「は、はあ……」

「兼景はいい加減な男ではあったけれど、刀作りには手抜きしなかった。幕末に奥播磨で生産された千種鉄、姫路城の昭和の大修理で出た古鉄、そういうとっておきの貴重な鉄を使って鍛え上げた短刀よ。手放すにしてもゴミに出すんじゃなくて換金しなさい、価値がわからない女なら宝塚から追い出すといってやった」

 詩音の迫力に圧倒された絵衣子は涙さえ出そうになった。懸命に堪えながら、訊いた。

「あの……それで鏡子は納得したんですか」

「うん。したわよ」

 そうか。この人は女子高生時代に母里音平なんかと意気投合したのだ。人生観が世間とはズレている。そして、鏡子にもその素質がある。

骨喰丸が笑う日 第二十八回

骨喰丸が笑う日 第28回 森 雅裕

 会場に詰めた刀工たちは白や紺の作務衣を着込んでいる。女流刀工ならピンクも可愛いかなとのんきなことを考えながら、絵衣子は目の前の徳志にいった。

「桜星美術館にも骨喰丸があるらしいです」

「へええ。清麿の正真作なら予備として作った影打ちだとも考えられます。他の刀工の作なら好意的な模作……つまり写しでは? その場合、写しであることを銘刻するものですが、他者が銘をつぶして消すことはさほどむずかしくはありません」

「富賀さんはどちらかが偽物という言い方をしていました。真実を知りたいそうです」

「なるほどぉ。それを美術館の企画にするつもりですね。富賀さんらしい話題作りだ。『骨喰丸が笑う日』の原作や舞台とタイアップすることも目論んでいるかも。少なくとも便乗は考えていますよ」

「偽物だとしても、作るためには本物を見なきゃなりませんよね。サイズや彫刻も合わせなきゃいけないし……」

「さほど精密なものでなければ、押形や写真でも間に合いますけど、骨喰丸はこれまでそうした資料が流布しているわけじゃありません。しかし、それを入手できた人物もいないわけではない」

「研師の芝浜さんは戦後にうちの御先祖を訪ねているそうですが……」

「彼はうちの父も含めて刀工たちと交流があった」

 徳志は愛敬のある丸顔に思案を浮かべた。

「押形や寸法などのデータをとって、刀工に提供しているかも知れないですね」

「偽物という悪意あるものではなく『写し』として作られた可能性もあるわけですね」

「清麿は人気刀工なので、作風を写す現代刀工は少なくありません。うちの父も含めて……。短刀なら短いからボロも出にくい。しかしですね、人をだますような『偽物』となると、世間が思うほど簡単なことじゃありませんよ。ある有名作家の小説には、東京国立博物館に忍び込んで国宝の刀を偽物とすりかえて、それを誰も気づかないなんて話がありますが、まったくのシロウト考えですわ」

 徳志は絵衣子の実父の音平がいいそうなことをいう。いまいましい気もするが、親近感が湧く。

「仮にトップクラスの刀工が本物を横に置いて寸分違わず作ったとしても、必ずどこかが異なります。第一、地鉄が違う。専門家なら、離れた距離でも一目瞭然です。ただ、清麿なら時代が新しいので、現代でも類似した地鉄は作れます。それでも、見る者が見ればわかりますが」

「防空壕かどこかで朽ち込んだという話でしたが」

「うーん。ナカゴの状態などはそれでごまかせるかも知れません。人は信じたいことを信じる。本物と信じたい人は目も曇ります」

「鉄製品でもX線写真って撮れるものですか」

「モノによってX線の強度や照射時間を調節しなきゃならないでしょうが、出土品のような文化財ならX線で内部調査することはあります。専門の研究施設でなくても、刀関係の愛好家には医者も少なくないんで、病院で鉄鐔のX線撮影をして、どのように象嵌してあるのか調べた例もありますね」

「ふうん……。病院でも撮影できるんですか」

 深い意味もなく絵衣子はそう呟いたが、傍らにいた佑里と目が合った。徳志が関係者に呼ばれて彼女たちの前を離れると、佑里はこの娘の持ち味である悪戯っぽい目で絵衣子を見つめた。顔は可愛いのに睨むような視線が特徴だ。

「なんだかよくわかんない話だけど……X線撮影なら、うちの父に話せば、やってくれると思うよ。刀もわりと好きだし」

「佑里んち、立派な病院だもんね」

「刀の話はそのくらいにして、ところで、絵衣子。昨日の新人公演だけど……」

「いうなっ。その話はやめろっ。帰るっ」

「お茶でも行こうよ」

「彼氏とお行きっ」

 絵衣子は背を向けて、早足で歩き出した。出入口で振り返ると、佑里は涼しげな笑顔で彼女を見送り、それから踵を返して、徳志や彼の仲間たちと合流した。

 

 今、三本の短刀が絵衣子の周辺で話題になっている。二本の骨喰丸と「倚門而望」の文字彫刻がある短刀。後者は赤穂の現代刀工・兼景の作で、今は所在不明で押形が見られるだけだが、銘には二十数年前の年紀と立夏という季節が刻んであり、これは端午の節句を指すという。

 三本のうち、絵衣子が実見しているのは自分の骨喰丸だけである。幕末の源清麿作。先祖伝来で、真贋を疑問視する声はない。白鞘には父の音平が「倚門而望」と墨書している。もう一本の骨喰丸は横浜の桜星美術館が二十年ほど前に芝浜という研師の遺族から購入したもの。朽ち込みがあるが、富賀館長の口振りでは正真作だと「信じたい」ように聞こえる。

 絵衣子は芸大出の実父母から、美術館や博物館の所蔵品にも信用できないものがあると聞かされている。

 あの館長は信用できるのだろうか。タカラジェンヌは純粋培養の温室育ちで世間知らずといわれるが、絵衣子は拗ね者の実父から怨嗟のような人生哲学を刷り込まれている。

 帰宅する時は尾行に気をつけろと父の音平には教えられた。「夜中に郵便物を投函するな」と注意されたこともある。ポストに酔っ払いが汚物を入れるというのである。絵衣子はそんな父に影響されているつもりはないが、世間が善人ばかりだとも考えていない。教育とは恐ろしいものだ。

 ただ、忘れっぽいのも彼女の性質で、短刀のこと以外にも心に引っかかるものがあるような気がした。これは何だろうと考え、花組組長に関する疑問だと思い当たる。若い頃の出産が事実なら、その子はどこにいるのか。兼景という現代刀工が作った短刀はどう関係しているのか。このおぞましい疑惑を明らかにしたところで、誰が得をするとも思えなかった。

 それにもうひとつ。端午の節句が誕生日という人間には心当たりがないわけではなかった。しかし、そうした胸のつかえを解消するのは精神的な重労働だ。どうでもいいような気もする。絵衣子には好奇心はあっても野次馬根性はない。

 公演以外のことに積極的にはなれず、日々の生活に忙殺されるうち、「骨喰丸が笑う日」の宝塚大劇場公演が終わった。このあと、三週間の間隔を置いて東京宝塚劇場公演となる。花組の面々は移動した。

 出演者のうち、ホテルやマンションに宿泊する上級生もいるが、劇団が用意した寮に入る者も多い。東京に実家がある絵衣子は自宅通勤ということになる。

 現在、日比谷の東京宝塚劇場では別の組が現代劇を公演中だ。劇場の近くで音平と待ち合わせた。お互いの顔を認め合うと、挨拶も何もなく歩き出し、二人は回転寿司屋へ入った。会うのはおよそ二年ぶり、食事はいつ以来かもわからない。

 前置きなしで、父娘の会話は始まる。

「原作者なんだから、劇団から接待されたりするの?」

「原作の舞台化が企画される途中に一度会っただけだ。あの理事、何といったかな。門馬響太郎か。彼ともその時に会ったが、こっちはみすぼらしい格好していたので銀座に誘ってもらえなかった」

 さもありなん、と絵衣子は思った。音平はデビュー当初は女子人気も高かったらしいが、性格が偏屈な上に身なりにかまわないので、行く先々でヒンシュクを買ってきた小説家だ。なにしろネクタイを締めるような服は黒の礼服しか持っていない。

 この日もパーカーにマフラーという他の者なら冷笑モノの身なりだが、どういうわけかお洒落に見えるから不思議だ。それでも銀座で遊ぶような人種ではない。銀座には親しい刀剣商の店があるので、たまに顔を出しに来るだけである。

 こんな音平とひさしぶりに会ったのは、話したいことがあったからだ。

「骨喰丸がもう一本あるというんだけど」

「どこの誰がそんなことを?」

「桜星美術館の館長だというオバサマ。えーと、富賀……」

「富賀計子だとお……。刀剣女子が珍しかった時代からチヤホヤされて、現在に至っているセンセイだ。展示品に何の根拠もないのに歴史上の有名人の愛刀だと解説つけたり、刀剣職人の個展をやれば図録にデタラメな経歴を書いたり、所有者から借りた展示品を返さなかったり、無責任のデパートみたいな人物だ。お前に何の用が?」

「X線で、刀身彫刻の下に骨だか歯だかが埋め込まれているのを確認したいそうよ」

「何だそれ」

「葛飾北斎の……」

「ああ、その話か。それを美術館の企画にするつもりだな」

「『骨喰丸が笑う日』の原作者に協力を求めるオファーは?」

「ないね。原作者なんか関係ないと思ってるんだろう」

「うちの骨喰丸を貸してくれっていうわけだけど……」

「貸したところでお前に何のメリットがある? 傷や錆をつけられるかも知れないデメリットだけだろ。骨喰丸を巻き上げる魂胆かも知れん」

「美術館に展示すれば箔がつくということらしいわよ」

「箔がついたら何なんだ? 」

「さあ。何なのかしら……」

「まあ、お前の持ち物だからお前にまかせるが、小さい頃から俺が教えてきたことは忘れてないよな」

「小さい頃からといっても、ほとんど一緒にいたことないけど……信用できる人間は人生で一人か二人しか出会わない」

「そういうことだ」

 貸すな、といわれたようなものである。

 だが、絵衣子自身は信頼できる仲間や教師に恵まれている。一人か二人といわず、四、五人は信用してもいいのではないかと考えている。富賀館長がその中に入るとは思わないが。

 回転寿司のあとは甘味屋で向かい合った。絵衣子は持参した大判の封筒を取り出した。

「骨喰丸を貸していいものかどうか迷ったから、宝塚での展示が終わって、こっちはこっちでX線撮影したのよ。常松佑里の実家が病院だから協力してもらって。X線照射の調整が結構手間かかった」

「あの反抗期が抜けない女子高生みたいな子か。あれも我が道を行くお嬢さんだな」

「まあね。刀鍛冶とつきあうくらいだから」

「ほお。赤穂の兼景はもう引退同然だが……息子がやってるはずだな」

「その息子さんよ」

 X線写真を音平の手に渡した。

「ふーん。へーえ」

 音平は感慨深そうに唸った。宝珠の彫刻の下に何やら細片が白く写っている。だが、あまりにも小さい。

「なるほど。何かが埋め込まれているようだ。しかし、これが何なのかは彫り崩して取り出さなきゃわからん。名刀にそんなことはできない。骨か歯であったとしても、北斎のものかどうかは証明できない」

「まあ、北斎の遺骨かもという夢だよね」

 あ、そうだ、と絵衣子は話題を変える。

「芝浜天平さんという研師を知ってる?」

「昔の研師だろ。職人の腕よりも戦時中の実戦を経験した研師として知られてる。本も出してるし。うちにもあるかも知れない」

 自分の蔵書も把握しておらず、同じ本を複数買うことも珍しくない音平である。

「芝浜天平なら兼景と何らかの関係があったかな。倚門而門と刀身彫刻された短刀が誰のために作られたのかを知っていたかも」

「兼景さんは短刀の拵用に小道具も集めていたみたい。端午の節句の画題の目貫と縁頭。短刀の持ち主の誕生日が五月五日なのかも」

「兼景の愛人の子供か。その気持ちはわからんでもない。俺もお前に渡そうと思って、あれこれ買ったりするけど、何ひとつ渡せずに溜まる一方だ」

「相続放棄します。どうせ借金だらけなんだから」

「俺の著作権なんか金にならないが、コレクションの一部は生きているうちにこっそり譲っておくから、それで親子関係終了にしようや」

「結局、コレクションを維持する後継者が欲しいだけじゃないの」

「ところで、組長の本名がどうとかいっていたが、その話に何か進展はあったのか」

「何も。口に出すのもはばかられる」

「隠し子の疑惑……」

「やめて。それはいわない約束」

「そんな約束してない」

「忘れたんでしょ。私も夜十二時を過ぎてからのことは覚えていなくて、いつも仲間からあきれられる」

「似てないな。俺は都合の悪いことは時間に関係なく忘れる」

「財布を忘れてなければいいわよ」

 土産に和菓子を買わせ、ひさしぶりの対面を終えた。別れ際には音平は持参していたTシャツも渡してくれた。常々、絵衣子のために買い物をしているのは本当らしい。ただ、センスを押しつけられるのはどうかと思う。「先ノ宗理 北斎画」の署名がある女刀鍛冶の錦絵をプリントしたTシャツだった。職人のなりではなく、浮世絵の美人画によく見る巨大な髷を結い、襷掛けして、着物の裾を引きずった二人の女が槌をふるっている図柄だ。レア物なのかも知れないが、どこで着ろというのか。

 

 音平に会った数日後、劇場近くの喫茶店で、桜星美術館の富賀館長と待ち合わせた。富賀は例によって和服姿で、銀座が近い場所柄、その筋の商売のようだ。絵衣子も人目を引くジェンヌのオーラを放っているので、堅気の女同士には見えないだろう。

「骨喰丸は東京宝塚劇場に展示される予定でしたね」

「はい。東京に持ってきました」

「展示後にお借りするという件はお考えいただけましたか」

「はい。やめておこうと思います」

「あら」

 富賀は苦虫を噛みつぶしながら微笑むという器用な表情を作った。

「それはどういう理由なのかしら」

「めんどくさいし恥ずかしいし」

「何ですかそれ」

「見せびらかすみたいで」

 この富賀計子なる人物が信用できるという確信が持てないだけだ。絵衣子は世間知らずのタカラジェンヌではあるが、両親から「天の邪鬼」というDNAを受け継いでいる。

「でも、X線写真を撮りました。何かが埋め込まれているという話のネタにはなると思います」

 絵衣子は写真を富賀の前に広げた。

「このX線写真を展示用にお貸ししますから、それで良しとしていただけませんか」

「良しとしていただけるわけないでしょ、あなた」

 富賀は説教でもするように尊大に反り返った。

「短刀の実物を二本並べたいんです。比較してこそ話題になるんです。うちの一本だけじゃおかしいでしょ。不自然でしょ」

「じゃ、この写真は不要ですか」

「いえいえ。お預かりしますとも。はい」

 富賀は写真をつかんで離そうとしない。高圧的というより単に無神経な人物のようだ。

「当館の骨喰丸もすでにX線撮影いたしました」

「あら。それで?」

「残念ながら、何かが埋め込まれていることは確認できませんでした。すっきりしっかり、そこにあるのは刀身彫刻だけ」

「でも『応鏤骨 為形見』という銘はあるわけですよね」

「嘘の銘だと? つまり、うちの短刀は偽物だと仰りたいんですか。北斎の歯が埋められていなくても清麿の正真作ということは有り得ますでしょ。影打ちとして作って、真打ちにだけ北斎の歯が埋め込まれたということも考えられます」

 なるほど、人は信じたいことを信じるようだ。

「ところで、うちの美術館に母里音平さんと同時期に芸大生だった学芸員がおりましてね」

「はあ……」

「他人に無関心な芸大生でも、さすがに噂になったそうですよ。母里さんと美人の同級生・伊上磨美さんが子供を作ったことは」

「発覚したのは卒業間際ですけどね」

「あなたですよね。そのお子さんは」

「別に隠しているわけじゃありません。広言する必要もないから黙っているだけで」

「母里音平という小説家はどういうわけか評判悪いですねえ。ネット時代にはあることないこと拡散されるのは仕方ないとしても、父親としてはあなたまで巻き込みたくないでしょうね」

 音平が絵衣子の存在を内緒にしている理由のひとつがそれだろう。絵衣子は穏やかに呟いた。

「児孫、自ずから児孫の計あり」

「は?」

「『宋詩記事』という中国の詩論集にある言葉です。親が心配しなくても子は自分自身の生活設計で生きていく。そういう意味です」

「あらあ。さすがに教育がよろしいですわね」

「いえいえ。ほんの独学です」

絵衣子はにこやかに富賀を見つめた。口元には微笑、怒りや悲しみは目で表現するのが宝塚だ。富賀も薄笑いを見せたが、こちらには侮蔑が混じった。

「まあ、あなたのことはいいんです。ただね、情報は他にもございますのよ」

「情報?」

「芝浜天平という研師のことはお話ししましたよね。覚えてらっしゃる?」

「はい。落語家さん……じゃなくて、戦前からの研師さんで、本もお出しになってるとか……」

「ええ。技法書ではなく戦前からの回顧録みたいな内容で、弟子のことも書いてあります。芝浜さんの晩年の弟子にオーストラリア人がおりましてね。バリー・ブラントンという人物です。私も何度となく会っています。明治以来、外国に日本刀はかなり流出しておりますが、研師がいないので、日本に来て修業する外国人が結構いるんです。長年は滞在せず、ひと通りの技術を習得したら国へ帰りますけど、日本で作った人脈を活用して、刀剣ブローカーをサイドビジネスにする人もいます。このブラントンもね、芝浜さんの死後も何回か来日して、商売に精を出してるんです。彼はもともと日本通で、研師を志す前にはオーストラリアで医療通訳をやっていました。あちらの病院には日本人の患者も少なくないですから」

「はあ……」

「老いた芝浜さんのお宅は男所帯でしてね、ブラントンは台所をまかされていましたが、研ぎよりも料理がうまくなるような弟子でしたよ。日本のエンターテインメントも好きで、世界でも珍しい女性だけの劇団に興味を持ちましてね。宝塚も時々観劇していたようです」

「それはそれは……」

「オーストラリアの病院で自分が通訳した日本の少女を宝塚で見つけた、と意味不明なこと言い出したりするおかしな弟子でございました。ほほ」

 富賀は凶悪な笑いを顔全体で作った。フォックス・タイプの眼鏡さえキラリと音を立てて光った。

骨喰丸が笑う日 第二十七回

骨喰丸が笑う日 第27回 森 雅裕

 音平のアパートの部屋は執筆のための資料で埋もれており、彼以外の人間が座る場所さえない。物置を借りていた時期もあるが、強欲な大家(音平はそういっている)と揉めて、そこも引き払っている。古本屋を開けるほどあった蔵書など、荷物もかなり処分していた。

「孤独死したら、後始末する人が大変だからな」

 そんなことをいう音平だ。しかし、その「後始末する人」は唯一の肉親である絵衣子を想定しているわけではないようだ。普段から音平が口にしていることがある。

「父親らしいことはしてやらなかった俺だ。お前に娘らしいことをしてもらおうとは思ってない。無縁仏でかまわんよ。死ねば、どうせ人はただの灰だ」

 親兄弟を持たない音平には肉親に何かを求める習慣はないようだが、強烈な理想の父親像を持っている。絵衣子はそう見ている。

「親孝行と火の用心は灰になる前というわよ」

「親孝行なんぞ期待するのは親心ではない。あのな、倚門而望という言葉は単純に子の帰りを心配しているというんじゃないんだよ。覇権争いの最中、王孫賈は仕えていた斉王とはぐれてしまう。そんな非常時にのこのこ帰ってくるな、という意味合いでもあるんだ。親の子離れの言葉なのだともいえる」

「そういう感動的な親心を昔、女性ファンと共感したわけね」

「うん。しかし、実はなあ、その彼女だが、若いのに親心というのもおかしいとは感じていたんだ」

「彼女が若いという根拠は?」

「俺が書いてた小説に登場する女子高生に当時流行のルーズソックスに背を向けて紺ハイをはかせた。彼女も学校がルーズソックス禁止で紺ハイだと手紙に書いてた」

「手紙だけのやりとりでしょ。自称女子高生かも知れない」

「お前も性格悪いなあ」

「文通じゃないんだから写真もないよね」

「しばらく手紙のやりとりをしたあと、オーストラリアへ留学するという知らせが来て、それきりだ」

「へえええええ。女子高生が子持ちじゃ日本の学校にいづらくなったのかしら。倚門而望って、親子が離れて暮らす前提の言葉のように聞こえる。もともとはそういう意味でもないだろうけど、普通の親子じゃなさそう……。兼景さんの短刀にも同じ言葉が彫られているのは偶然なのかな。その女子高生の名前、覚えてる?」

 人づきあいがいいとはいえない音平だからこそ、関わった人間のことは忘れない。ただ、断片的であるのは仕方ない。

「ファンレターというのは内容は覚えていても差出人の名前は忘れてしまうんだよなあ。フルネームで覚えてるファンは数人しかいないが、忠臣蔵みたいな名前だったから記憶してる。コナミさんだった。小さな、浪速の浪だ」

「それのどこが忠臣蔵なの?」

「塩冶判官(浅野内匠頭)が高師直(吉良上野介)に刃傷に及んだ時、殿中でござる、と抱き止めたのが加古川本蔵(梶川与惣兵衛)という人物だ。本蔵の娘は大星力弥(大石主税)の許婚だったが、武士の情けを知らぬ男の娘ということで婚約破棄される。そこで本蔵は自分の首を差し出して娘と力弥を復縁させる。本蔵の後妻の名は戸無瀬、娘は小浪という。これらの名前は万葉集の『加古川の水のとなせの瀧なれば末は小浪の立つといふらむ』から取っている」

「うわあ……ウザイくらい博識」

「こんなの、小説家なら常識だ。内匠頭という漢字を読めない似非小説家もいるけどな」

「小浪さん……か」

「小浪セイナといったと思うなあ。聖なる菜っ葉」

「え……。それは冗談でいってるわけじゃないよね」

「そんなにおかしな名前か。まあ、二十数年前に高校生なら、生まれは八十年代初め。中森明菜が中華料理みたいな変な名前といわれていた頃ではあるが、彼女以降は珍しくも何とも……」

「そうじゃなくて……うちの組長さんの本名だよ、それ」

「え?」

「キャリア二十年以上。在団四半世紀を目指している華斗詩音の本名」

 絵衣子は部屋の小さな本棚に置かれた写真立てを見やった。稽古場で撮った花組の集合写真が飾られている。中央は組長だ。高校の時に短期だが留学していたという話を聞いたこともある。

「私の理解を超えてるのよ、この方……」

 携帯を握りながら、ぼんやりと呟いた。小浪という姓は身近にもう一人いる。小浪鏡子。理事の娘で、両親離婚後は母方の姓を名乗っている。その母親は華斗詩音の姉。普段は意識することもないが、鏡子は花組組長の姪でもある。

 絵衣子は写真立ての傍らに鏡子がガチャで取ってくれた北斎フィギュアを並べた。

「運命」と鏡子はいった。絵衣子の名は父・北斎の代作をするほどの絵師となった娘・お栄にあやかったと母から聞いている。本当かどうかは知らない。字だって違う。同居していなかった音平がその命名を知ったのは出生届けのあとだった。母は相談もしなかったらしい。

「新公、期待しているぞ」

 電話を切る際に、音平はそういった。「見に行く」とはいわない。本公演と同じ演目を一日だけ入団七年以内の生徒たちで演じるのが新人公演で、ここで主役に抜擢された若手は「路線」と呼ばれ、将来のトップスター候補となる。特に娘役は出世が早く、絵衣子のような下級生でも「候補」を飛び越えていきなりトップに就任することがある。絵衣子は音楽学校の頃から通学路で評判になる生徒だったが、劇団は彼女に関しては路線ではなく冷遇するでもなく、どう扱えばいいのか、決めかねているようだった。

 

 組長の身の上に漠然とした疑問を抱いても、上下関係のきびしい宝塚では、組長ともなれば下級生には雲上人である。挨拶以外に声をかけることもできないまま、数日が過ぎた。

 新人公演が終わった夜、絵衣子は主役を演じた鏡子と劇場を出た。鏡子は出待ちのファンたちに短い挨拶をすませ、先を行く絵衣子を追ってきた。

「歩くの速いよなあ、娘役は」

「うち帰って、一杯やって寝る」

「今日の出来、よかったじゃないの。ソロで銀橋を渡る晴れ姿には同期として涙出そうだった」

 本来なら、オーケストラピットと客席の間にある銀橋をソロで歌いながら渡れるのは「スター」だけだ。新人公演だからこそ与えられたチャンスだったが。

 絵衣子の表情には怒りと悲しみが混じった。

「ひどかったよ。緊張して、歌じゃなく叫び声になった」

「考えようだよ。組長さんの本役よりパワーがあった」

 絵衣子は歩調を緩めずに、いった。

「組長さんって、高校生の時にオーストラリアに留学してるよね」

「うん。そのようだね」

「向こうで子供産んでるってことはないよね」

「突然、何をいい出すの、あなた」

「うちの父親が……実の父だけど、二十数年前に組長さんと同じ名前の女子高生を知ってたらしい。子持ちだった可能性あり」

「宝塚に入る前に出産してたら大スキャンダルだよ」

 宝塚の受験資格は十五歳から十八歳。昔は受験に専念する宝塚浪人が認められたが、現在は中学の新卒もしくは高校在学中の者に限られる。もともと創設者の小林一三翁は「良家の花嫁学校」を標榜しており、当然のことながら在籍者は独身女性のみである。

 こんな話題でも鏡子の明朗さに曇りはない。

「未婚の母だとしたら、父親は誰よ?」

「今はそこまで想像力を広げることはできない」

「見当はついてるような言い草だけど……」

 鏡子は前へ回り込み、正面から両手で絵衣子の頬をはさみ、男役の声を聞かせた。

「おい。全然面白くないぞ、その話」

「だよねぇ。馬鹿なわが父の勘違いということも有り得るし。勘違いといえば、鏡子にもらった北斎フィギュアも自画像を立体化したものと思ってたら、違ってたわ。小林文七という明治の版元が摺り物にした肖像画をもとにしているらしいけど、誰が描いたのかは不明。ただ、お栄作のこれとそっくり同じ構図の肖像画があったらしいけど、現在は所在不明。北斎の顔を描いたものとしては飯島虚心の著作『葛飾北斎伝』の扉絵があるけど、これは北斎ではなく虚心の肖像を版元が虚心の反対を押し切って掲載したもので、虚心は世を欺く本が自分の名前で出たことに激怒したそうよ。文筆家と出版元の齟齬って昔から変わらないんだね」

「絵衣子」

 鏡子はゆっくりと苦笑した。

「小説家の娘だね、やっぱりあなた」

 憐れみとまでは行かないが、気の毒がっていた。

 

 新人公演の翌日は休演日になっていた。絵衣子には面会の申し込みがあり、午前中から出かけた。演劇や芸能についての取材ではなく、骨喰丸に関する話らしい。

 待ち合わせたホテルのカフェで、現れた相手は和服姿の初老婦人だった。六十前後だろうか。髪を楼閣のように結い上げ、怪盗のマスクのような眼鏡をかけ、大御所女優か高級クラブのママという貫禄だ。

 待ち合わせの相手とは思わず、絵衣子は周囲を見回したが、向こうから声をかけてきた。

「横浜の桜星美術館の富賀計子と申します。館長やってますの。うちは刀剣関係に力を入れています」

 と、自己紹介した。名刺には複数の団体の理事とか評議員とかの肩書きが並んでいる。

「私も宝塚歌劇は好きなんですよ。新人公演では北斎の娘を演じられているそうですね。私もせっかく宝塚まで来るなら観劇したかったのですが、仕事がありましてね。あきらめましたわ」

 社交辞令だ。新人公演のチケットは前売り開始と同時に瞬殺なので、公演の直前に思いついて買えるものではない。それを知っていれば、こんな言葉は口にしないだろう。

「骨喰丸という短刀が宝塚大劇場に展示されて、その存在を知ったのですが……あれはあなたの御実家に伝わった短刀ですね」

「そのようです」

「実はうちの美術館にも骨喰丸がございますの。二十年近く前に購入したものですが」

 富賀は写真を並べた。骨喰丸と同様の短刀である。刃文は互ノ目丁子。表に地蔵尊の彫刻。裏には梵字。もっとも、写真では地刃の良し悪しはわからない。

「ひどく錆びていたのを修復しております。戦時中、防空壕に隠されたりすると、こうなる例がままありますが……銘もだいぶ傷んでいます。でも、読めますよね」

「源清麿ですね」

「それに『応鏤骨 為形見』の添銘も」

「うちのにもこんなような文句が……」

「こんなようなじゃなくて、まったく同じです」

「あ。そうですか」

「どちらかが偽物ということになります」

「あら。そうなんですか」

「骨喰丸の号の由来は葛飾北斎の歯の破片を彫刻の下に埋めたからだといわれていますね」

「うわあ」

「あの……驚いていらっしゃるけど、御存知ないんですか。『骨喰丸が笑う日』でも、そういう話になってますでしょ」

「事実なのかフィクションなのか、私にはたいして興味ないですし」

「どうでしょうか。調べてみませんか。X線で彫刻の下を撮影するんです。もちろん、当館所蔵の骨喰丸も調べますが」

「何のためにですか」

「真実を知るためです」

「知って、どうなります?」

「骨喰丸の由来をドドンとぶち上げて、並べて展示することを企画しているんですが……」

「あの短刀はこのあとの東京公演に合わせて、東京宝塚劇場に展示する予定です」

「むろん、うちがお借りするのは、そのあとで結構です。美術館の企画は早くて一年、大きなものなら三、四年かけて準備することもあります」

 返事に迷った時はうかつに応対せず、相手にしゃべらせておけ。そうすれば相手の方がボロを出す。父の音平の言葉だ。口頭でいわれたか、著書に書いてあったか、定かではないが、いつのまにか絵衣子の脳裏に刷り込まれている。沈黙を貫くのも図太さが必要だが、絵衣子には妙な鈍感さがある。

 しばらく放置するうち、富賀の言葉は説教の調子を帯びてきた。

「こういう名刀は個人が死蔵するべきじゃないんです。日本人の財産として広く見てもらいたいですよね」

「…………」

「何か質問はございますか」

「そうですねぇ……。お宅の美術館が所蔵している骨喰丸はどういう由来があるんですか」

「戦時中、ビルマやタイで軍刀修理などやっていた芝浜天平という研師がいましてね。そこで、あなたの御先祖の一人に出会った」

「ああ……。戦後はあちらの独立運動に身を投じて、ついに帰国しなかった人がいると聞いたことあります」

「芝浜さんは預かった形見などをその人の実家へ持ち帰り、話に聞いていた骨喰丸を見ています。私がもっと若い頃、芝浜さん本人から聞いた話です。彼は二十年前に九十歳近くで亡くなりました。当館の骨喰丸は芝浜さんが秘蔵していたものを御遺族から買い取ったものです。彼は所有していることも、どのように入手したのかも語ることはなかったですが、遺品整理で出て来ました」

「終戦後のことを覚えている人はもうわが家にもいませんしねぇ……」

「ええ。ですから、あなたを代表者としてお話ししています」

「その落語みたいな名前の研師さんはどういう人なのですか」

「研ぎの腕は悪くなかったと思いますよ。戦中戦後の体験を本にまとめたりしています。芝浜さんの地元は岡山で、備前刀のメッカですね。彼は長船あたりの現代刀工と親交があったようです。もちろん、他の地域の刀工とも……。ところで、落語みたいというのは?」

「五代目三遊亭圓楽が生前最後に演じた人情噺が芝浜……。いえ、気にしないでください。父の影響で余計な知識ばかり増えて」

「おとうさまは何を……?」

「いいんです。忘れてください」

「左様ですか。で、いかがですか」

「は……?」

「あなたの骨喰丸を貸して頂けないかという話です」

「ああ。私一人では判断できませんので、家の者と相談します」

「そうですか」

 富賀は事務的にそういったが、自信に満ちている。断れるものなら断ってみろ、という圧力を全身から放っていた。

骨喰丸が笑う日 第二十六回

骨喰丸が笑う日 第26回 森 雅裕

 鏡子は押形を手に取って、首をかしげた。

「さかなかげ……。面白い作者銘ですね」

「兼」を「魚」に似た書体に銘を切る刀鍛冶は多い。それを承知しているはずの登録審査員さえもが登録証の刀銘欄に「和泉守魚定」などと書き込むことがある。

徳志は笑っている。

「普通なら『うおかげ』と読むでしょうが『さかなかげ』とはユニークですね。しかし、兼景です。僕の父の刀工名です。本名は才藤志郎。元禄の頃に作州津山から赤穂へ移封された森家に従い、移住した刀工の末裔と称しています。『骨喰丸が笑う日』原作者の母里さんは森家の分家の末裔らしいですが、これも何かの因縁でしょうか」

 母里音平の名前がこれ以上出ないうちに、絵衣子は会話に割り込んだ。

「この短刀も子を思う親心がこめられているんでしょうか」

「作品のすべての押形をとっておく刀鍛冶もいますが、父は何かしら思い入れがある作刀だけ採拓していました。仕事場でこの押形を見つけた時、これは何かと尋ねたら、わが子のための懐剣だとヌケヌケと教えてくれました。懐剣なら女の子でしょうね。僕には妹がいるらしいです。会ったことはありませんが」

「そうなんですか」

「僕の母の死後、よその女の人との間に娘ができたんです。もっとも、うちの父は適当というかデタラメというか無頓着というか、能天気で勝手で自由な男ですから、どこまで本当なのか冗談なのか、わかりません」

「随分と並べましたね」

「いくらでも並べられますよ。借金は踏み倒すわ、他の職人と取っ組み合いの喧嘩はするわ、ふらりと旅に出て何か月も帰ってこないわ、実に迷惑な人物でした。しかし、癌で倒れると、見知らぬ御婦人方が大勢見舞いに見えました。その中に娘の母親はいなかった。どんな事情があるのか、もはや昔話なのか、絶縁したようです」

「お父様は御病気なんですか」

「末期です。愛人のところに転がり込んで、入退院を繰り返しているようですが、もう長くないでしょう。その愛人というのは僕の妹の母親とは別人です。ややこしい話です」

 嘲笑の響きはあるが、徳志の明るさを見ると、父に対しての恨みや憎しみはないようだ。

「相手の女の正体は教えてくれませんでした。お前の刀がコンクールで特賞でもとったら教えてやるよ、といってましたが」

「……特賞取れなかったんですか」

「賞については僕にも言い分がありますが、長くなるのでやめておきます。

「あはははは」

 空気も読まずに絵衣子は声をあげて笑い、鏡子に脇を小突かれた。しかし、徳志は絵衣子よりもさらに大きな声で「あははは」と屈託なく笑い、いった。

「この短刀は妹が持っているのでしょうが、今どこでどうしているのかわかりません」

「短刀の年紀がその子の生まれた頃なら、私たちと同い年くらいのようですが」

 と、絵衣子。

「なるほど」

 と、鏡子はおかしな相槌を打った。タカラジェンヌの感性は少々ズレている。

「わざわざこういう押形をお持ちになって、見せてくださるんですから、父親のかつての愛人とその娘を探したいというお気持ちなんですね。家族の絆を確かめ、末期癌で余命幾ばくもない父親に心置きなく最期を迎えてもらうため……ですよね」

「そうハッキリいわれると、身も蓋もないですが」

「いえ。感動してるんです」

 鏡子は良くも悪くも真っ直ぐな娘なのである。多くのタカラジェンヌがそうであるように世の中の悪意というものを味わうことなく生きてきた。絵衣子はそんな鏡子を保護者目線で見てしまう。男役と娘役は現実の生活では娘役が諸事万端をリードするのである。

 徳志は鏡子の目の輝きに勇気づけられたのか、手近な紙に漢字を書きながら、言葉を続けた。

「『いもんのぼう』はこのように……倚門之望と書くことが一般的ですが、骨喰丸の鞘書きと父の短刀の彫刻は倚門而望となっています。まあ、戦国策の原文では後者なんで、この文字を使うのはこだわる性格で几帳面といえますね」

 両者の一致は偶然なのかと彼は疑問に思っているらしい。鞘書きを書いた絵衣子の実父・母里音平はこだわりと几帳面な性格のために敵ばかり作っている男ではある。

「うーん。偶然の一致なのか……不思議ですね」

 絵衣子はまったく不思議そうでもなく、そういった。彼女も素っ頓狂なタカラジェンヌではあるが、何人か集まる場では全体を冷静に見渡す性分である。そもそも刀剣にさほどの興味はない。

 徳志は空気を読めない男ではないらしく、

「すみません。何やら縁を感じたもので、つまらない話をしてしまいました」

 頭を下げて、話を打ち切った。絵衣子はもう少し話に乗っかってやればよかったかと後悔した。

 

 帰路は夕刻だった。姫路から神戸方面へ向かう電車の中で、鏡子は遠い眼差しで暮れなずむ車窓を見ていた。金色の髪にすらりと背筋の伸びた立ち姿は誰の目にもタカラジェンヌだ。その姿を見ていると、絵衣子には音楽学校入学式の翌朝の記憶が甦った。

「三人で青い顔して、電車に乗ったよね」

 寮から脱走した鏡子を絵衣子と佑里で連れ戻し、通勤通学時の混雑した電車に乗った。今は佑里が急な休演で周囲をあわてさせ、鏡子が「路線」として嘱望されている。奇妙なものだ。

「あの時……鏡子はどうして脱走したのか、考えたりしなかった。そんな余裕もなかったし」

 前触れもなしにいきなり切り出した話題だが、鏡子は理解した。これが同期というものだ。

「ホームシックということで、かたづけられたやないの」

「うん。でも……あなたは理事の娘だよ。血筋に恥じない優等生だった」

 それだけではない。あとで知ったことだが、鏡子は花組組長の姪でもあった。つまり、鏡子の母親と華斗詩音は姉妹なのだ。

「そんな子が最初の夜に脱走なんて、釈然としないやね。父親に対して、何か反発でもあったのかな、同期の私たちは漠然とそう感じてはいたけれど、遠慮もあって、追究はしなかった」

「私の立ち姿に見とれながら、そんなこと考えてたん?」

「こうして電車に乗ってたら、ふと思った」

「あの時は家に急用ができたから、ということにしといてよ」

「学校や仲間よりも優先する急用?」

「子供だったねぇ」

 その一言で鏡子は話題を打ち切った。

 宝塚という時代錯誤な封建社会に放り込まれた少女たちは、同期と助け合わなければ何もできず、同期と助け合えば何でもできることを音楽学校の二年間で叩き込まれ、常に連帯責任の意識を持たされる。それが劇団の思うつぼの生徒操縦術であるとしても、彼女たちの結束は固い。同期の絆は退団後も生き続ける。

 鏡子はそんな伝統を入学前から熟知していたはずだ。同期愛よりも大事な「急用」とは何だろう。疑問を抱いた絵衣子だが、感覚的な娘なので、思考は長続きしない。車内にこもる喧騒に包まれるうち、何を考えていたのかも忘れてしまった。

 電車を降りて宝塚駅の近くを歩いていると、店先に並んでいるガチャガチャの前で鏡子は足を止めた。

「しばし待て。わが友よ」

 それは葛飾北斎の絵を立体化したミニフィギュアのガチャだった。硬貨を投入し、転がり出たカプセルを開けると、

「これも運命ってものね。あげる」

 と、絵衣子に渡してくれたのは、杖をつく北斎の自画像フィギュアだった。他に妖怪や富嶽図もあるのにこれが出るということは「運命」とまで行かなくても「運」ではありそうだ。

「絵衣子を宝塚へ送り出した両親……ほんとの両親の気持ちがわかっちゃったね。倚門而望だって。Kiroroの『未来へ』みたい……」

「違うと思う」

 絵衣子は吐息をついたが、たまには実の父親に連絡してみようかと考えた。それでも実行するには数日の猶予が必要だった。話し始めれば互いに遠慮なく言い合うのだが、連絡をとるに至るきっかけが必要なのである。

 娘役はスポンサーもつかず、楽屋の出入りにお付きを従えることもなく、つつましく生きている。絵衣子の場合は気楽に生きているといってもいい。

 数日後、午後の部の公演を終え、ファンから差し入れられた葛飾応為(北斎の娘・栄)の画集を眺めて、彼女の破天荒な生き様を思いやり、自分の気楽さをパワーアップした。お栄は「骨喰丸が笑う日」にも登場し、新人公演での絵衣子の役どころでもある。

 アパートに戻ると、東京へ電話をかけた。父の母里音平の声が返ってきた。

「久しぶりだな」

「東京公演も来てくれないしね」

「遠慮してるんだ。お前には育ての両親がいるし」

「くだらない。伊上の家はあなたのことなんて、歯牙にもかけてないわよ」

「ふん。預金残高でしか人の価値を決められない連中だからな。で……今日は何だ。役作りを原作者に相談か」

 絵衣子は原作者の縁者だというのに異例の抜擢をされることもなく、これまでと扱いは変わらない。本役ではソロで踊る場面こそあるものの、遊び好きな清麿を取り巻く芸妓の一人に過ぎない。新人公演では北斎の娘のお栄という癖の強い役だ。ただし、これは中年から初老の登場人物で、ベテランが扮する役どころだから、本役は組長の華斗詩音である。宝塚ファンから、グラビアアイドル向きだと批判(決して賛辞ではない)される絵衣子としては意外な配役だった。

「俺の小説に出て来る、わが道を行く女はお前の母親をモデルにしていることが多いんだ。母親を手本にしろ」

 母の名は伊上磨美。音平とは東京芸大美術学部の同級生で、四年生の夏休みに絵衣子を産んだ。登校日の少ない四年生で、しかも芸大は夏休みが長く、学生も個人主義の一匹狼ばかりだから、同級生たちも彼女の妊娠、出産に気づかなかった。

 卒業直前、単位が足りなかった母は担当教官に「結婚したし、就職も内定しているんです」と直談判したが、教官も学生の泣き落としは例年のことだから「子供でもいれば単位はやるがね」と本気にしなかった。そこで、彼女が生後半年にもならない絵衣子を学校へ抱いていくと、教官も同級生も仰天した……。そう聞かされている。

 当時、父の音平は学生作家としてデビューはしたものの、大学の寮に住んでおり、籍は入れたが、卒業後も食うや食わずのアパート暮らしだったため、鎌倉の旧家のお嬢様だった母とは一度も同居することなく、離婚してしまっている。

 そして、人気企業の広報部にデザイナーとして採用された母は、十年ほどでそこを飛び出して独立し、ついでに娘からも独立して、単身、アメリカへ渡った。

「俺はね、舞台は原作とは別物だと割り切ることにしてる。これまでにも漫画化やらドラマ化やら本質から離れた企画を持ち込まれてるからな。刀鍛冶の物語なのに刀鍛冶のところへ取材にも行かない舞台作りであろうと、脚本と演出の不足を出演者の頑張りでカバーしようって算段であろうと、お前が世話になってる歌劇団だから、見て見ぬふりを決めてる」

「見て見ぬふりといいながら、文句はいうんだ。ふふ……」

 父は考証にこだわり、物語を緻密に作り上げていくタイプなので、多分に鷹揚なところがある宝塚の演目に対しては手きびしい。絵衣子の入団当初はマメに観劇にも来てくれたが、この一、二年は彼女にいい役がついた公演にしか足を運ばない。「骨喰丸が笑う日」は来月には東京公演となるが、音平は来るかどうか。

「役作りは自分の本能にまかせるとして、おとうさんに訊きたいことあって……」

「俺の意見なんか聞かないことでは母親以上のお前が何の用件だ?」

「アラ。ちゃんと聞いてるわよ。宝塚受験の時も相談した」

 伊上家の義父は、うちから芸人は出せないと反対、義母は合格するかどうかもわからないうちから反対はしないという人だったが、合格したら反対するのは目に見えていた。

 発表の日、合格していたらさっさと手続きをしてしまえと入学金その他の費用を持たせて送り出してくれたのは音平だった。音楽学校では合格者は発表後に講堂へ直行させられ、その場で制服の採寸や入学手続きが行われる。

「あのさあ……。私が音楽学校入る時に骨喰丸を渡してくれたよね。あの短刀の鞘書きのことなんだけど。『門によって望む』とかいう」

「お前にあれが読めたのか」

「教えてくれる人がありましてね」

「あの鞘書きはお前に渡すにあたって、俺が書いた。十八史略という子供向け通史の春秋戦国あたりの項目にある言葉だ」

「斉の王に仕えた王孫賈(おうそんか)の母親の故事とかいうんだけど、なんだか気恥ずかしくなる意味らしいじゃない」

「しまった。離れて暮らす娘に対する心情がバレてしまったか。お前のことだから鞘書きなんか気にするまいと思っていたが」

「気にしないわよ。同じ言葉を彫り込んだ短刀が他にもあるという話を聞かされなきゃあね」

「何のことだ?」

「おとうさんなら、才藤兼景という名前を知っているかと思ったんだけど。赤穂の鍛冶屋さんだというんだから」

 音平は現代の刀剣職人とそこそこ交際がある。

「赤穂の兼景さんねえ……。作刀承認を得ている鍛冶屋は全国に三百人以上。コンクールの常連で名前を知られているのはそのうち一割ちょっとだろう。その一割には入っていないな。兼なんとかという刀鍛冶は昔から少なくない。聞き覚えがあるような気がするが、歳をとると記憶から一番消えていくのが人名だ。待て。パソコンを見てみる」

 何かの資料を探している気配があり、父の言葉は続いた。

「赤穂というと、幕末まで森家の領地だ。その抱え鍛冶だった兼景の末裔らしいな」

「おとうさんと気が合うかもね テキトーな人みたいだから」

「どうかな。同族嫌悪ということもある。それに俺は結果としてテキトーな人になっているのであって、本質は几帳面で遠慮深い性格……」

 言葉の途中で何やら記事を見つけたらしく、口調が変わった。

「兼景の遠祖は美濃鍛冶だ。南北朝期、大和国より美濃国に移住した直江志津派に発する。織田信長の家臣だった森家に抱えられ、慶長八年、津山藩主となった森右近太夫忠政は兼景を招致。先祖は土岐氏重臣・斎藤妙椿の一族にして、のち斎藤道三に追われ、山県郡伊自良村平井に逃れる。ゆえに兼景はその姓を斎藤もしくは平井と称す」

「才藤の字が違うようだけど」

「本家への遠慮でもあったんだろう」

「おとうさんの御先祖が森から母里へと表記を変えたように?」

 兼景の主家であった森家から分かれて徳川将軍の旗本となり、そこからさらにわずかな石高で枝分かれしたのが母里家だと聞いている。兼景と母里。これも何かの縁というものか。

「どんな家にも、一族からはみ出した分家があるものさ。兼景という刀工一派は豊臣政権、徳川政権のもとで主家の移封にともない、信州川中島、作州津山と移住するが、たいした名門刀工でもないのに分家がいくつもある」

「そのうちひとつが播州赤穂に移住したらしいわよ」

「で……その兼景がどうかしたか?」

「現代の兼景さんは愛人に短刀を作っていた。倚門而望という刀身彫りがある。骨喰丸の白鞘に墨書された言葉と同じ」

「子供の守り刀か。その刀鍛冶が選んだ言葉とも限らんぞ。子供には母親もいるし……」

 話の途中で、アッと父は声をあげた。

「記憶は作家を裁く者。覚えられそうもないことに深入りするなとポール・ヴァレリーはいっているが、記憶と思い出は違うような気もする」

「何をいってんのよ」

「昔……俺が新人作家だった二十四、五年前のことだが、ファンレターくれた読者と何度か手紙をやりとりするうち、母里さんの御先祖のお抱え刀鍛冶に兼景っていますよねと書いてきたことがあった。大阪の人だった。赤穂とは同じ関西ではある。現代の兼景を知っていたのかも」

 意外と律義な音平は、読者からの手紙に返事を書く習慣だった。過去形だ。今ではまったくの筆無精になってしまっている。

「刀剣女子なんてものが存在しなかった時代だ。少しは刀に興味がありそうなので、お前の実家から預かっていた骨喰丸の押形をとって、送ってやった。お守りとして」

「刀剣女子ではないということは、相手は女の人だったのね。お守りって、どういうことよ?」

「俺の手元にあった名刀は骨喰丸だけだったし、持ち主であるお前の母親の了解をとってから送ったが」

「そういうことじゃなくて……」

「お前が生まれた頃で、一緒に暮らせない心情に向こうも何やら意気投合するものがあったようだ。倚門而望という言葉はその時、私と彼女の間で交わしたキーワードみたいなもんだ」

「ファンに私の存在を知らせたわけ?」

「お前のことは文章にも書いているし、雑誌のグラビアにお前を抱いてる写真も載せたぞ」

「……知らなかった」

「赤ん坊の頃だけだ」

「そんな昔から倚門而望という言葉が頭にあったわけ?」

「骨喰丸にこの言葉を添えて、いつの日かわが娘に渡すつもりだった」

「あはははは」

「笑うな。彼女も自分に子供が生まれたら、そんな心境になるだろうと書いてきた」

「ふうん。子供ができたらじゃなくて、生まれたらという言い方は正確?」

「何?」

「すでに妊娠して、出産の予定があったようなニュアンスだから」

「正確なことは覚えてないよ。会ったことはないし、年齢も職業も聞き出そうとは思わなかった。そんなことはどうでも……」

「その人からの手紙、保存してある?」

「ファンレターは作家活動の戦利品みたいなものだからとすべて保管していたが、豪邸暮らしじゃないから、涙をのんで処分した。何年も続くファンはほとんどいない。考えてみりゃ、ラブレターだって、すでに熱が冷めた相手がいつまでも持っていたら気持ち悪いだろ」

「なかなかむなしい商売ね」

 若かった音平はファンレターへの返信だけでなく、時には記念品も送る小説家だったが、そうやって近づいてきたファンあるいは読者の中には面白半分にネットにガセネタを流す連中も少なくない。調子に乗って誹謗中傷する者もあった。

 もともと非道な業界人が跋扈する文壇に辟易していた音平である。ファンにも背を向け、芸大出身であるから文筆よりも美術方面へ軸足を置くようになり、今では義理がある媒体にしか寄稿しない。

「私もファンレターの扱いは慎重にすべきかな」

「お前は俺みたいに他人からの好意に飢えてないから、手紙もらって我を失うこともなかろうよ」

「何それ。意味がわからない」

「とにかく、俺は何度か引っ越すうちに手紙類も資料や本も整理した。なんとか生活できるスペースを作っただけだが」

骨喰丸が笑う日 第二十五回

骨喰丸が笑う日 第25回 森 雅裕

 宝塚南口駅や旧すみれ寮から宝塚音楽学校、宝塚大劇場へ向かう途中、武庫川に架かる宝塚大橋は別名を「おとめ橋」という。しかし、タカラジェンヌたちは「地獄橋」もしくは「涙橋」と呼ぶ。彼女たちの誰もが泣きながら渡ったことのある橋だ。

 音楽学校の予科生は下流側を二列縦隊で歩くことさえ決められている。みやび心華こと伊上絵衣子は研究科五年……音楽学校卒業後、歌劇団に入団して五年目。伝統の規律を振り払うような勢いで借り物の自転車を漕いだが、予科以来の泣きそうな気分を味わっていた。

 橋の上で漕ぐのを止め、いつでもどこでもマナーモードの携帯を取り出した。絵衣子の手の中で、同期の夏門みつ希こと小浪鏡子が哀願するような声を響かせた。

「見つかった?」

「部屋にはいない。散らかってもいないし、異変が起きた様子もなかった」

「今、どこ?」

「地獄の入口」

 橋を渡れば、劇団の建物が目前だ。

「同期全員、すでに地獄の釜の中よ。急いで」

 そうはいわれても、阪急の高架をくぐったところに待ち構えていたファンの前で、一瞬だけ自転車を止め、写真におさまった。劇場周辺での撮影やサインは禁止だが、劇団関係者の死角では無下にもできない。

 楽屋口にはファンたちが人垣を作っている。目当ては男役だから、絵衣子のごとき娘役の下級生には殺到することもない。

 楽屋へ上がると、真っ青な顔を並べている同期たちをかきわけ、花組組長の前に出た。

「申し訳ありません。佑里はアパートにいませんでした。大家さんが宝塚のファンだったので、鍵をあけていただきました」

 佑里とは常松佑里。同期は本名で呼ぶが、七緒ゆりかと芸名で呼ばれることも多い。佑里は常に成績上位の優等生である。 

「無断で休演するわけはないので、外出先で事故にでもあったのかも知れません」

 組長は華斗詩音。在団二十年以上のベテランだけに顔色も変えず、絵衣子を見やった。

「男と駆け落ちしたという面白半分の情報もあるけど」

「交際している人はいたようです。話に聞いただけですが、赤穂かどこかの人だとか……」

「面白くなるの? その話」

「いえ……」

「それは残念」

 絵衣子の携帯がバッグの中で小さな唸りをあげた。メールの着信だ。とても取り出せる空気ではないが、

「出なさい。佑里かも知れない」

 組長の許しを得て、絵衣子は携帯をチェックした。相手は佑里の携帯だったが、発信者は佑里ではなかった。

「才藤徳志と申します。常松佑里さんは急病で入院されました」

 それだけ。画面に現れたのは簡潔すぎるほどの文面だった。芸名ではなく「常松佑里」と本名を書いている。絵衣子は詩音にそれを示し、その場で折り返した。メールではなく電話だ。周囲の視線が彼女に注がれる。知らない男の声が返ってきた。

「はい……」

「伊上絵衣子と申します」

「ああ。みやび心華さんですね」

 芸名を呼ばれた。

「あなたからの着信が何度も入っていたんで……。さきほど、佑里さんの荷物を見て、気づきました。昨夜、救急車で搬送されたんです」

「何があったんですか」

「一酸化炭素中毒です」

「はあ?」

「僕は鍛冶屋なんですが、佑里さんは見学されていたんです。鍛錬所は場所によって一酸化炭素が滞留することがあって……」

「で、症状は?」

「軽症です。二、三日で退院できそうです」

 絵衣子は詩音に通話のあらましを伝え、才藤徳志なる人物には終演後にまた電話すると約束して、通話を切った。とりあえず安堵してもよさそうだ。

「彼女はしばらく休演だね」

 と、華斗詩音組長は冷静だが冷淡ではない。

「駆け落ちではなかったか。つまんない女だね。相手は鍛冶屋さんか。ふうん……」

 柔らかな声で呟いた。花組は現在「骨喰丸が笑う日」の公演中だ。鍛冶屋には縁がある。幕末の天才刀工・山浦清麿が主人公なのである。葛飾北斎やら吉田松陰やらの有名人がからみ、男たちの生き様、死に様を描いている。当然、宝塚だから男役中心に作られ、娘役女役は引き立て役、添え物である。

 昨日は休演日で、今日は午前と午後の二回公演となっている。その午前の公演に常松佑里は楽屋入りしなかった。彼女は格別に大きな役でもなかったし、休演者が出た場合の代役は公演前から決めてあるのが宝塚だから、舞台進行に混乱はなかったが、無断休演の責任を問われるのは本人ばかりでなく同期も同様だ。連帯責任は音楽学校以来の伝統である。午前公演が終わるや、同期生は上級生たちの間を謝って回り、絵衣子は自転車を借りて、旧すみれ寮に近い佑里のアパートへ走った……。

 組子たちに午後公演の準備を命じ、劇団事務所へ報告に向かう組長に、

「申し訳ありませんでした」

 同期全員が声を揃えた。佑里を責める者はいないが、急病が休演の言い訳になるとも思っていない。

 彼女たちはファン差し入れの「化粧前」で飾り立てた各自の席へ着き、準備を始めた。絵衣子は午前公演のあと、外へ出るために舞台用のメイクは落としてしまった。食事もしていなかったので、菓子を口へ押し込み、血糖値を上げながら、メイクに取りかかった。

「骨喰丸が笑う日」には原作があり、母里音平という小説家が以前に出版した物語である。文壇を嫌い、文壇から嫌われているこの原作者が絵衣子の生物学上の父親だった。

 家族制度上の父親は伊上周太。伊上は絵衣子が中学入学と同時に養女となった母方の叔父である。

 音平は少年時代から日本刀や刀装小道具の愛好家だったと聞いている。絵衣子が音楽学校入学に旅立つときも、東京駅で短刀なんか持たせてくれた。その時は白鞘だったが、付属の拵もあとから宝塚まで送りつけてくるありがた迷惑な父親だった。

 その短刀……骨喰丸は母方に伝来したものだが、伊上家には刀剣に興味を持つ者がおらず、手入れのために音平に預けられていた。伊上家は幕末以来、川村とか八七橋といった家の末裔が養子に入った家で、「骨喰丸が笑う日」は御先祖が清麿や北斎とも接点
があったという伝承を音平が構想としたものである。

 ありがた迷惑とはいえ、絵衣子は音楽学校の芝居小道具の授業で刀剣の扱いに慣れているところを見せ、一目置かれるようにもなった。かねてから母里音平作品の舞台化を目論んでいた刀剣好きの理事もいて、絵衣子が由緒ある骨喰丸を持っていることを知ると、創作の仕事にはこうした因縁があるものだといいながら宝塚の演目として実現させた。

 しかし、絵衣子は母里音平が実父であることは打ち明けず、親戚ということにしてある。吹聴することでもないし、隠すというより面倒だったからである。

 それでも何やらフクザツな家庭の子らしいと周囲も察しているようだが、それには触れない空気もあった。今の時代、そんな家庭は珍しくもない。

 そして、この公演中、骨喰丸は劇場ロビーにガラスケースを据えて、拵や白鞘とともに展示された。清麿が北斎の娘・栄のために作った短刀である。美術館モノの名品だった。

 

 終演後に電話で確認したところ、佑里は軽症で心配無用ということではあったが、ただ後遺症が出る心配もあり、すぐ復帰というわけにもいかず、この公演の残りの日程で彼女は休演となった。才藤徳志も軽い症状があり、今朝まで病院で治療を受けていたので、宝塚関係者への連絡が遅れたらしい。

 帰途、アパートへと戻る道すがら、絵衣子は音楽学校予科の頃を回想した。音楽学校の修業の日々をともに過ごした宝塚同期の結束は、他の社会では想像できないほど強い。特に常松佑里、小浪鏡子との出会いは絵衣子には強烈な記憶となっている。入学式の夜、同期の鏡子が寮を脱走し、絵衣子と佑里が連れ戻しに行ったのだ。

 入学式前に伊丹駐屯地から自衛隊の教官を招いて行進、礼の仕方を叩き込まれるのが宝塚教育の始まりだ。入寮の夜には新入の予科生全員、廊下に並ばされ、先輩の本科生から歩き方や服装など細部にわたる小言を頂戴する。そして、入学式。宝塚を宝塚たらしめている「規則」の分厚いプリントが渡される。初めて親元を離れた少女たちにはホームシックになるなというのが無理だ。

 深夜近く、絵衣子は本科の寮委員から呼び出された。呼ばれたのは予科全員ではなく、委員だけが秘かに聞かされた。小浪鏡子が寮内のどこにもいない。絵衣子は予科の寮委員を仰せつかっていた。しかし、小浪鏡子といわれても、同期の顔と名前がまだ一致しない。

 脱走者が出るのは入学式の夜。寮長も委員もそこは心得ていて、

「明日の朝一番で連れ戻してきなさい」

 と、命じられた。鏡子の実家は神戸の王子公園近くだった。絵衣子と予科の二番委員だった常松佑里の二人が早朝の電車で神戸へ向かった。

 委員は一番から四番まで任命され、同期がヘマをすれば一緒に頭を下げる。委員は成績順だから、優秀なのも考えものだった。

 脱走した鏡子は一番委員だったから、入試はトップ合格のはずだ。しかも歌劇団理事の一人である門馬響太郎の娘だった。

 電車の中で、絵衣子はそれを佑里から聞かされた。

「へええ。でも、門馬先生のお嬢さんなら自宅は宝塚近辺じゃないの?」

 音楽学校は全寮制というわけではない。アパートやマンションでの一人暮らしは許可されないが、自宅からの通学は認められている。

「王子公園なら宝塚から阪急で三十分。微妙な距離やな」

「はあ……。土地勘ないからわからないわ」

「門馬先生の自宅は芦屋やけどな。まあ、そのへんは家庭の事情いうもんやろなあ。第一、名字が違うし」

 離婚したということらしい。佑里は姫路出身で、宝塚受験生が集まるバレエスクールに通っていたから、同期たちの事情にも通じていた。

「理事のお嬢さんで一番委員の優等生が脱走するとはねぇ……」

 乗り換えの西宮北口駅へと向かう車窓は、絵衣子には見慣れぬ町並みだった。空席はあったが、阪急の電車には最敬礼することが礼儀とされる予科生ごときには座ることは許されなかった。

 あとで知ったのだが、佑里もまたサラブレッドで、母親は宝塚のOGだった。宝塚は家柄、血筋を重んじる傾向があり、母娘や姉妹がともにタカラジェンヌという例も珍しいことではない。小浪鏡子の場合は父が理事で、常松佑里は母がOGなのである。歌劇団入団後も下級生には試験があり、関係者を親類縁者に持つ生徒の場合、コネといわれたくない一心でレッスンに励むから、例外なく成績は優秀である。もっとも、採点に手心が加えられるという噂もあるが。

 関西育ちの佑里に土地勘があったおかげで、二人は目指す住所を探し当てることができた。

 応対に出た母親が門馬響太郎の前妻だった。目鼻立ちのはっきりした美人で、タダモノとも思えないが、彼女はあくまでも礼儀正しく冷静で、絵衣子たちは芸名がまだないので本名を名乗った。

 来意を告げずとも、もちろん母親にはわかっている。お上がりなさいともいわず、玄関に娘を呼んだ。おそらく一睡もしていないだろう鏡子の青い顔を見るなり、絵衣子は、

「帰るよっ!」

 それだけ叫んでいた。鏡子は何もいわず、バッグひとつを持って、それに従った。

 王子公園駅から西宮方向へと戻りながら、彼女たちは朝から何も食べていないのを思い出した。脱走した鏡子とて、朝食どころではなかったのだ。

「ファミレスでもないやろか」

 佑里はのんきなことをいったが、寮では寮長初め、気をもみながら待っている人たちがいる。この日、同期の予科生たちは歌劇団創設者である小林一三翁の墓参に出ているが、彼女たちも連帯責任を問われる。

 駅の立ち食いうどんですませようと提案したのは絵衣子だった。お嬢さん育ちの佑里と鏡子は尻込みしたが、絵衣子は高校の頃から慣れている。乗り換え途中で二人を店に押し込み、立ち食いを初体験させた。

 熱いうどんで胃を温めるうち、鏡子は泣きながら、

「御免な、御免な」

 と、繰り返した。

 もらい泣きしながら、うわ、私たち青春してるなあ、と実感したのを絵衣子は覚えている。なにしろ三人とも十代だった。二年後、常松佑里は七緒ゆりか、小浪鏡子は夏門みつ希となった。

 

 常松佑里の父親は姫路の開業医である。彼女は軽症ということで赤穂の病院を退院したが、後遺症を心配した父親が大事をとって、姫路市内の大病院へ再入院させた。

 公演がある日は見舞いに行けず、休演日を待って、絵衣子は佑里の入院先へ足を運んだ。花組の同期で成績最優秀の小浪鏡子が同行した。長身の彼女は見映えする男役で、実物の男と並んで歩くよりも気分がいい。舞台でも目立つ役どころを与えられる「路線」と呼ばれる有望株で、すでにファンクラブも作られている。

「同期の皆からことづけられた」

 と、この麗人は絵衣子にいった。

「私たちのかわりに佑里を一発殴っといてな、だって。君の拳には同期全員の思いが託されている。以上!」

「なんで私にいうのよ」

「かつて脱走歴のある私には佑里を怒る資格なんかないし」

「誰もがたくさんの失敗をして、迷惑をかけ合ってきたじゃないの」

 鏡子と一緒に向かった病室には、佑里だけでなく初対面の青年がいて、才藤徳志と名乗った。見舞いに行くことを事前に知らせてあったので、この男も彼女たちを待ち構えていたのだろう。童顔で柔和な雰囲気だが、格闘家のような身体は頑丈そうだ。

「佑里とは中学高校の幼馴染みなんです。赤穂で刀鍛冶をやっています」

 と自己紹介した。鏡子は稀少動物でも目の前にした表情だが、絵衣子は顔色も変えない。実の両親が東京芸大出身だったので、モノ作りを生業とする胡散臭い人種は見慣れている。

 佑里は少女のような儚さを漂わせる娘役だが、芯の強さが顔つきに出ている。絵衣子が見舞いに差し入れたホラー漫画を受け取り、

「もっと血湧き肉躍る漫画を持ってきてくれたまえ」

 笑顔だが、睨みつけながら、いった。絵衣子は負けずに睨み返す。 

「具合はどうなのよ、佑里」

「大丈夫。父が心配してこっちの病院に入れてくれたけど、大袈裟なのよ。中毒といっても、めまいと腰が抜けて動けなくなった程度。後遺症が出るほどの重度じゃない。すぐまた退院できる。皆には迷惑かけて御免」

 佑里は肩を落として謝罪した。

「昨日は外出を許可してもらって、劇団に謝りに行った」

 楽屋にも顔を出したようだが、あいにく絵衣子は生徒用食堂、鏡子は床山部屋にいた。会うことはできなかった。

「組長さんは、男と遊ぶならうまいことやりや、と笑ってた。豪快にゲラゲラ笑ってた」

 いかにも華斗詩音らしい。

 才藤徳志は立派な体格を縮めて恐縮しているが、「男と遊ぶ」の部分を否定するでもない。

「換気をちゃんとしなかった僕が悪いんです。鍛錬所には構造上、一酸化炭素が滞留しやすい場所があるんですが、油断してました。それから、連絡も遅れてしまいました。申し訳ないです。しかし、こうしてお二人にお会いしてみると、さすがは音楽学校の頃から注目されていた夏門みつ希さんとファンから宝塚やめてグラビアに行けといわれるみやび心華さんですね。存在感あります」

 皮肉なのか賛美なのかわからないが、この男には妙な人なつこさがある。鏡子は絵衣子に佑里を殴れとそそのかしたことを忘れて、笑っている。

「今は刀剣ブームだとかで、お忙しいんでしょ。刀剣女子が押し寄せてきたりして」

 鏡子は明るい声に単なる社交辞令ではない愛想を含ませたが、徳志は「うーん」と唸りながら苦笑した。

「いや。刀剣女子が好きなのは国宝や名物などの有名刀剣のみです。有名刀剣の現代製の写し物でも有り難がってくれるのは、作る側にしてみればうれしいのか情けないのか……。あっ、こんな話は余計ですね」

「この絵衣子……みやび心華は刀剣女子ではないけど、刀には無知でもないですよ」

 と、鏡子。鏡子も佑里も日常会話では関西アクセントの標準語を使うことが多い。関西でも標準語を使う上流家庭は少なくないが、全国区の劇団である宝塚では標準語を基本にしながら独自の言語へと進化している感がある。

「心華さんは」

 と、徳志は絵衣子を呼んだ。

「骨喰丸をお持ちだそうですね。それが今上演中の『骨喰丸が笑う日』の重要アイテムとなっている」

「ええ。劇場ロビーに展示されています」

「原作者の母里音平さんとはお知り合いなんですね」

「一応、親戚です」

「一応」という言葉にまったく一応ではない家庭の事情があったが、それを知る者はごく少ない。佑里と鏡子は同期の中でも特に親しいから知っているが、それを佑里は徳志に話していないようだ。

「展示を僕も見ましたが、骨喰丸の白鞘には倚門而望という墨書がありますね」

「そういえば、そんなような……」

「意味は御存知ですか」

「さあ。たぶん父親の落書きです。しょうもない言葉遊びが好きで」

「お父様は大学教授ですよね。骨喰丸は御先祖から伝わったとか」

「ああ、まあ、そんなような……」

 むろん、絵衣子が口にした「父」は教授などではなく、それは養父の役職である。ニコニコと愛想笑いでごまかし、言い訳でもするように、いった。

「父方ではなく母方が葛飾北斎の縁者で、あの短刀が伝来したとか聞いたことあります。刀好きの父に手入れのために預けてあったようです」

 ここでいう「父」も母里音平のことである。

「『戦国策』にある言葉ですね」

「え。何が?」

「倚門而望です」

 徳志は絵衣子の間抜けな表情を無視して言葉を続けた。

「春秋時代、斉の王孫賈(おうそんか)の母のエピソードです。いもんのぼう。門に寄りて望む。親が家の門あるいは村の門に立って、わが子を見送り、帰りを待つ、そんな意味です。骨喰丸は親から子へ渡された短刀ということですね」

 この男、何をいいたいのかと絵衣子は一直線の視線をぶつける。目力は強い。徳志はにこやかにそれを受け流した。

「実は他にも倚門而望という言葉を持つ短刀があるんです。鞘に書いてあるのではなく刀身に文字彫りされているんですが」

「はあ」

 徳志は薄い和紙を取り出した。

「短刀の押形……拓本です」

 骨喰丸よりもだいぶ小さな女持ちの懐剣である。刀身に「倚門而望」の彫りがある。茎には「播州赤穂住兼景」の作者銘と絵衣子の生年と同じ平成年紀、そして立夏の文字が刻まれている。

骨喰丸が笑う日 第二十四回

骨喰丸が笑う日 第24回 森 雅裕

 マンダレーからは患者移送の汽車に便乗である。自分で歩ける者を優先し、重患は少なかった。それでも腐肉の悪臭が漂っていたが、ラングーンへ向かうという希望のせいか、患者たちの顔色は明るかった。

「アーシャもいなくなったか。この旅はますます殺伐とするな」

 綿貫はつまらなさそうに菓子を食っている。餅米とココナツミルクの焼き菓子である。

「けっ。何を食っても砂を噛むようだ」

「砂ですよ、それ」

 八七橋が冷たくいうと、綿貫はあらためて手元の菓子を見た。

「菓子だぞ」

「ああ、そうですか」

 八七橋は綿貫に背を向けて横になった。

 マンダレーからラングーンまで六百五十キロ。一晩中走り通し、夜が明けてもまだ目的地へは着かない。

 貨車側板の破れた穴から外を覗くと、雲はあるのだが、降っていない。突然、猛烈な振動とともに急制動がかかり、怪物の絶叫のような汽笛が鳴り響いた。

 寝ていた兵たちがぶつかり合い、悲鳴をあげながら身を起こした。

「敵機だ。逃げろ!」

 八七橋は寝ている者を蹴り起こしながら貨車の扉を開けた。

 綿貫がバク、三文を呼び止め、

「俺の荷物を持て!」

 と命じながら、自分は八七橋にしがみつくように貨車から転がり出た。他の貨車からも兵たちが続々と飛び降りた。兵站病院へ送られる患者たちだから迅速には動けない。

 八七橋は手近な数人を線路下の溝へと引きずった。頭上に爆音が覆いかぶさり、機銃掃射が降りそそいだ。身体を吹き飛ばされる者が続出し、肉塊、肉片が飛び散った。

 反撃されるおそれはないから、敵の戦闘機は悠々と反復攻撃を繰り返す。一方的ななぶり殺しだ。

 弾を撃ち尽くすと、ようやく引き上げていった。汽車はぼろぼろだが、動くようだ。しかし、昼間は走れない。機関車が引っ張って飛行機が近づけない山間に隠した。

 軍医と衛生兵は負傷者を見回ったが、救いようのない重傷者は放置するだけで、撤退路の白骨街道と何も変わらない。歩ける者は付近の集落へ退避するよう、命令が出た。

 しかし、八七橋は軍医に反論した。

「待て待て。やめた方がいい。イギリス機は好餌ありと見ると必ず仲間を呼ぶ。新手がやってくるぞ。日本兵が付近の集落へ逃げ込むことを予想してるはずだ」

「ふん。お前、イギリス野郎の考えが読めるのか」

「最前線で顔を突き合わせてきたからな」

「そいつはお見それした。だがな、汽車は夜まで動かない。雨が降るかも知れん。患者たちを野ざらしにはできん。食い物もない。お前らも負傷者を運ぶのを手伝え」

「集落で治療できるのか」

「そういうわけではないが……」

「じゃ、そのへんの木陰にでも運んだ方がマシだ」

「勝手にしろ」

「そうするよ」

 八七橋と軍医は背を向け合った。

 酸鼻を極める散乱死体をかきわけ、助かりそうな者を十人ほど線路脇の物陰へ運んだところで、爆音が近づいてきた。イギリス機が二機、低空で侵入し、線路を素通りして、集落を襲撃した。爆弾投下と機銃掃射の轟音が鳴り響くのを八七橋はいたたまれぬ思いで聞いていた。

 空襲が通り過ぎ、八七橋たち囚人部隊が集落へ駆けつけると、そこは容赦ない殺戮の場であった。現地の住民は避難して残っていなかったが、負傷兵の叫び声、呻き声がそこら中で交錯し、衛生兵が下半身のなくなった軍医を抱えて泣きわめいている。その衛生兵も身体のあちこちが焼け焦げ、血まみれなのである。

 八七橋はこの光景にも動じず、死体を埋める穴をどこにどうやって掘ろうかと考えていた。冷静というのと違う。死体に対して事務的になっていたのである。

 そんな自分への自己嫌悪を振り払うように横を見ると、綿貫が革トランクを両腕に抱えていた。

「閣下は飛行機よりも戦争のやり方を一変させる兵器があるとか、のたまわっておられましたな。間に合うのですか」

「無理だろうな」

「じゃ、俺たちは何のためにあなたの石ころを運んでいるんです?」

「ちっ。やはり見たのか」

「ウラン鉱石ですね」

「ここまで来たら教えてやってもいいだろう。インド東部ビハール州・ジャドゴダで採掘した」

 平成十二年、日本で開催された「第八回地球環境映像祭」において大賞を受賞したドキュメンタリー「ブッダの嘆き」で、ウラン鉱山の放射性廃棄物による環境汚染と住民被害が表面化する地域である。

「カルカッタの西の山岳地帯ですな。それは御苦労なことで」

「もっと御苦労なことがある。兵器化するためにはウラン鉱石の中に〇・七パーセントしかないというウラン235を抽出して、これを濃縮ウランに変えねばならない。莫大な経費と工業力と人材が必要だ。日本にそんな国力がないことは軍部にも研究者にもわかっている」

 なのに原子力研究を行う理由は、好意的に解釈すれば、日本の科学者たちは戦後の平和利用を想定していたからである。

 日本軍の原爆研究は陸軍が理化学研究所に依頼した「ニ号研究」、海軍が京都帝大に依頼した「F号研究」の二本立てで行われているが、二号研究は陸軍総体を挙げての計画ではなく、航空本部が中心で進められており、兵器行政本部はカヤの外という役所仕事であった。

 いずれにせよ、最大の問題はウランの入手である。朝鮮半島、満州、モンゴルなどの各地で発掘が試みられたが、成果はあがらない。戦況が悪化していく中、南方要域の駐屯軍はそれどころではなかったのである。

 昭和十九年初めにはドイツの潜水艦がチェコ産のウラン鉱石一トンを積んで日本へ向かったが、マレー沖で消息を絶った。

 同年七月、インパール作戦が無残な失敗に終わり、太平洋戦線でサイパン守備隊が玉砕した頃、東條英機はウラン鉱石と濃縮ウランの区別さえつかずにウラン十キロあれば原爆が作れると盲信し、陸軍兵器行政本部にウランを集めよと命じたが、海外からの入手は絶望的であり、昭和二十年になると、福島県石川町で中学生を勤労動員して、終戦まで採掘が試みられるが、これも徒労となるのである。

 綿貫はこの絶望的状況と自分は無関係とばかりに、自慢顔で語った。

「俺は最初から軍なんか頼りにせず、アジアの有望な地域を調べ歩いてきたわけだが、ウラン鉱石らしきものを発見しても成分を調べなければ使いものになるかどうか、わからん。お前たちが運んでいるのが、その見本だ。仮に使えるとしても、実用化のためには大量に必要だが、もはやインドへのこのこ出かけて採掘することはかなうまい」

「なるほど。仮に英印軍があなたの任務を知ったとしても、追いかける価値もなかったわけだ。無駄な努力でしたね」

「戦争は無駄な努力の殿堂だよ。努力しましたと宣伝することに意味がある。軍隊もしょせん役所だ。予算よりも人命を食う役所だ。戦死者が多く出れば、わが軍は頑張っていますと言い訳ができる」

 散らばる死体を埋葬したが、すべてを埋める時間はなく、負傷者をろくな治療もできぬまま貨車に乗せて、日が暮れると、また動き出した。貨車の何両かは破壊されていたが、どうせ乗客も減ってしまった。

 敵の夜間爆撃機を警戒し、途中で何度も停車したため、ラングーンへ到着したのはマンダレーを出た二日後だった。

 ラングーンでは光機関の本部と支部が同じ建物に入っている。こういうところが、光機関も役所である。綿貫を同行すると、支部長は立ち上がり、自分の椅子を少将閣下にすすめた。

「八七橋、御苦労だったな。しばらく兵站病院で療養しろ。少将閣下にも療養してもらって、それから帰国の手配をします」

 綿貫は煙草の煙の行方を見ながら、冷たく呟いた。

「ふん。俺がおとなしく帰国すると思うか」

「は……?」

「インドが駄目ならビルマで石を掘るさ」

 綿貫が何をいっているのか、支部長は理解できない表情だが、

「気にしないでくれ」

 八七橋はニコリともせずに告げた。

 綿貫は囚人部隊が苦労して運んできた革トランクを指差した。表面の革はほとんど腐っている。

「こいつを最優先の軍機貨物として本土の航技研に送れ。船はいかん。飛行機に載せろ」

 ウランの含有を調べるわけである。調べたところで、もはや無駄な努力であるが、綿貫にしても「山師」としての責任感があろう。

 光機関支部を出ると、彼らは兵站で防暑衣一式を受領した。新しい編上靴はこんなに重かったかと驚いた。

 それから第五十四師団の司令部へ向かった。宮崎繁三郎中将はこの「つわもの兵団」師団長に任命されている。綿貫、バク、三文も同道したが、宮崎はベンガル湾北東部へ赴任する準備に追われていて留守だった。しかし、ようやく追い着くことができたわけである。

 出直すことにして、彼らは兵站病院へ検査入院した。入院すると一気に疲労が出て、八七橋は丸一日寝続け、目覚めると綿貫はまだ寝ていたが、バクと三文は退屈そうに院内をうろついていた。

「空襲があったもんで、職員も患者も防空壕へ退避しましたが、八七橋さんはよく寝てましたなあ」

「気づかなかったよ」

「まあ、俺たちも今さら逃げ隠れはしません。厨房でメシを盗み食いしてました。しかし、甘味が欲しいですなあ」

 彼らはそういったが、八七橋は冷たく無視した。

「俺に同意を求めるな。泥棒の仲間入りはせんぞ」

「へへへ。この病院の厨房の裏手に食糧庫があるんですわ。今夜あたり忍び込みましょうかね」

「そんな元気があるなら、すぐ退院だな。行く先は陸軍刑務所だぞ」

 八七橋は忙しい。コヒマから持ち帰った戦死者の遺骨や遺品など、家族の住所がわかるものはそちらへ送り、わからないものは自分の実家へ送った。帰国することがあれば、捜索するつもりだ。

 光機関支部や軍司令部など回って、その夜、八七橋が病院へ戻ると、バクの姿が見えなかった。三文によると、やはりよからぬ行動を起こしたらしい。

「食糧庫で羊羹でも手に入れたら、どこぞの女給への手土産にするつもりでしょう」

「探しに行くぞ。ついてこい」

「放っておきゃいいのに」

「宮崎閣下へ報告を終えるまで、事件など起こされては困る」

 病院を抜け出し、ヤシの木に囲まれた食糧庫を見回ったが、バクの姿はない。病院の通用門の外には町中へと道路が続いている。衛兵の詰め所があるが、塀を乗り越えることは造作もない。

 敗戦の痛手からか、町には活気がなく、通行人も少ない。そう遅い時刻でもないが、深夜のような静けさだ。八七橋と三文が歩くうち、薄闇の中に人影が動き、二人の男とすれ違った。ビルマ国民軍の兵士のようだが、八七橋たちに敬礼するでもなく、よそ見しながら離れていく。肩にかけた雑嚢が膨らんでいる。不吉なものを感じてその後ろ姿を見送っていると、

「八七橋さんっ」

 三文が悲鳴のような声をあげた。路地の入口に人が倒れている。息絶えたバクだった。防暑衣も靴も身ぐるみ剥がされている。

「さっきのビルマ人だ」

 八七橋は踵を返し、走り出した。ちょうどそこへ自転車が通りかかったので、

「人殺しを追いかける。貸してくれっ」

 有無をいわさず、自転車をひったくり、ペダルを漕いだ。目指す二つの人影が少ない街灯の下で見え隠れしている。

「待ちやがれ、バルマ!」

「バルマ」は「ビルマ」の現地発音なのだが、ビルマ人の蔑称でもあり、普段の八七橋なら口にしない言葉である。

 男の一人が振り返りざま、刃物を抜いた。銃剣だ。八七橋は自転車を振り上げて投げつけ、ひるんだ隙に蹴り倒した。なおも暴れる男の喉元を踏みつけて絶息させ、銃剣を奪った。もう一人は拳銃を向けてきたので、銃剣で腕を切り裂き、胸を刺し貫いた。

 八七橋は格闘術の猛者ではないが、何か月も無数の死体を見てきた経験が彼を無慈悲にしていた。躊躇なく身体が動くのである。

 二つの死体を残して、バクが転がる現場へ戻ると、やはり死体を見慣れた三文が、自転車を貸してくれた男と話し込んでいた。

「死体には慣れてるのに、仲間の死体を見るのはつらいもんだなあ」

「つらいといいながら、何を熱心に書いているのかね」

 三文は手帳の余白にこの状況を記しているようだ。

「そいつは小説家志望だ」

 八七橋がいいながら近づくと、男は頷きながら彼を見やった。

「人殺しはかたづけましたか」

「かたづけた。すまん。自転車をこわした」

「どうせ軍の廃品をもらった自転車だからかまわんが……」

 男はほとんど裸のバクの死体を視線で指した。

「頭を石か何かで殴られてる。服が血で染まるのを嫌ったか。タコとかダコとかいう匪賊の仕業だろうか」

「いや。ビルマ国民軍の中に寝返りが起きているんだ。歴戦の日本兵でも油断してしまうさ」

 八七橋は犯人から取り上げた雑嚢を開き、盗品を確認した。わずかな軍票の他は、防暑衣、靴。箱入り羊羹もあったが、こんなものでも強盗に狙われるのが敗軍というものだ。

 自転車をこわされた男はひとつの品に目をとめた。使い込まれた銃剣だ。

「これもこの被害者のものか。なんで持ち歩くのかね」

「お守りみたいなもんだ。コヒマ以来、銃は捨てても銃剣は手放さなかった」

「へえ。お宅ら、インパール帰りですかい」

 男は革鞘から銃剣を抜き、町のかすかな明かりを当てた。

「日本軍の銃剣は先端の三分の一だけグラインダーで研いであって、刺すことはできても切ることはできない。しかし、こいつは凄い。根元まで刃をつけてありますな。禁止のはずだが」

「戦地で牛や豚を解体することに慣れた兵なら、皆こうしているよ」

「ほお……。申し遅れた。私は軍刀修理班の芝浜天平といいます。本業は日本刀研師です」

「ふうん。兵隊とは縁のない職人さんですな」

 日本兵が自軍の将校に対して一番憤慨するのは、役にも立たない軍刀をぶらさげていることだ。敵は白兵戦なんかやる気はないし、将校も自動小銃をぶっ放して戦う。これでは先進国と後進国の戦争である。

「私は光機関の八七橋謡太だ」

 憲兵隊に事件を知らせ、バクや犯人たちの死体が運ばれるのを見届け、八七橋は兵站病院へ戻った。憲兵隊は八七橋を拘束したかったようだが、「とがめられる筋合いではない」と撥ねつけた。

 

 翌日、八七橋は綿貫、三文とともに再び宮崎繁三郎の師団司令部を訪ねた。すでに九月も後半に入っていた。宮崎が率いる第五十四師団はベンガル湾方面へ進出し、英印軍を迎え撃つことになっている。そこまでたどり着くだけでもアラカン山系を越える難路である。

 綿貫は宮崎の従兵に紅茶を持ってこいと命じ、手近な椅子にドサリと座って、だみ声を響かせた。

「八七橋はスパイなんかやらせておくのは惜しい。陸軍刑務所の所長くらいはつとまるぞ」

 宮崎は彼らに饅頭を配りながら、いった。

「ラングーンで有名な菓子屋の饅頭だ。……綿貫さんが人をほめるとは珍しい」

「ほめちゃいない。陸軍は適材適所ということを知らん、と批判している」

「まあ、この男にはもっと大きな囚人部隊を指揮させたいとは思うが……」

 そいつは御免だと八七橋が他人事のように聞き流していると、宮崎はあらためて彼らを見やった。八七橋につけた囚徒兵は七人だったが、ここにいるのは三文だけである。

「おい。お前だけか」

 宮崎は眉を曇らせた。八七橋は手短に報告した。

「ハカセはウクルルの野戦病院、相笠とカノンはタナンで離脱。和尚はトンへの寺院で修行に入りました」

「おいおい。何だそれは」

「彼らはあとから追及してくるものと期待します。五右衛門はウントーで戦死、バクはビルマ国民軍に昨夜殺されました」

 宮崎は小さく唸った。

「そうか。御苦労だったな。三文は五十四師団で引き取ろう。八七橋はどうする? 光機関には前線で遊軍となっている者も多いようだが」

「当面はインド国民軍の立て直しに協力することになりそうです。彼らに立て直す気があれば、の話ですが」

「なければ、うちへ来い。五十四師団の戦闘担当区域はアラカン山系東の海岸地区だ。現地で情報収集できる奴が欲しい」

 結局、そういうことになった。というのも、光機関ラングーン支部では八七橋を持て余したのである。

 後日、支部へ顔を出すと、支部長は露骨に迷惑顔だった。

「八七橋。憲兵がお前を差し出せといってる。ビルマ兵を殺したからだ」

「先に殺されたのは日本兵だ」

「まずいんだよ。日本軍としちゃビルマ国民軍を刺激したくないんだ」

 インド国民軍と同様にビルマ国民軍も日本軍が顧問となって育成した軍隊だが、ビルマ政府が日本の傀儡であることに不満も多く、軍内部には抗日運動すら見られる。インパールで日本軍が惨敗したため、反日の機運はさらに表面化し、旧宗主国のイギリスに内通する軍幹部さえ出ている有様である。インド国民軍は日本軍とともに戦ったが、ビルマ国民軍にはそんな期待はできない。

 こうして八七橋はラングーンから厄介払いされ、宮崎の第五十四師団に従って、活動することになった。

 第五十四「つわもの」兵団は宮崎の指示で実戦的な訓練を重ねつつ、ベンガル湾に面したアキャブの南に浮かぶラムレ(ラムリー)島とその対岸に主力を展開させた。

 昭和二十年が明けると、猛烈な艦砲射撃と空襲のあと、英印軍はアキャブとその南のミエボン半島を攻略。二月にはラムレ島へ上陸した。

 第五十四師団は河川が複雑に入り組むアラカン地域を後退しつつ、ミエボン東のカンゴウで激戦を繰り広げ、タマンド、ダレー河畔、ドケカン、タンガップと圧倒的な敵軍相手に抵抗を続けて「イラワジ会戦」における戦線の一端を担った。

 しかし、三月半ばには、押し寄せる英印軍の前にマンダレーが陥落した。八七橋はラングーンへ呼び戻され、ビルマとタイ国境の調査斥候を命じられた。ビルマ戦線はもう維持できない。タイへの脱出路を探れというのである。千古未踏のジャングルは道路も集落も変化している。日本軍が持っている古い地図では役に立たない。

 八七橋は数名の部下を率いてチェンマイまでのルートを調べ歩いた。目印に巨木を削り、通過の日付を書き込んだ。

 難路を踏破して、五月初め、ラングーン方面は危険という連絡を受け、タイ国境に近いモールメインまで戻った。サルウィン河の下流、ビルマ第三の都市である。ここから首都ラングーンはアンダマン海を隔て、西へ百六十キロ。そのラングーンが陥落したという情報が流れている。ビルマ国民軍は寝返って反乱軍となり、日本軍を背後から襲撃した。

 モールメインは北部地区に高射砲陣地があり、敵機と交戦する砲撃音が響いてくる。日の丸つけた飛行機も飛んでいた。珍しい光景だ。軍の施設が居並ぶ界隈では、将校が軍馬を飛ばしている。隊列を組んで移動する部隊もあった。

 八七橋は光機関のモールメイン支部へタイ国境やチェンマイ付近の自作地図を提出し、道路の状況、集落の有無を報告した。そして、

「もうラングーンへは戻れんぞ」

 と聞かされた。

「先月末、ビルマ方面軍木村司令官がモールメインへ逃げてきた。ビルマ主席バー・モウも一緒だ」

 モールメイン支部長は書類を両手に抱えて右往左往していたが、八七橋は顔色も変えずに尋ねた。

「ラングーンの在留邦人は?」

「置き去りだ」

「イラワジ河西部で交戦中の第二十八軍は?」

「見捨てられた」

 これが日本軍上層部の正体である。机上の空論というべき作戦で多くの兵を犬死にさせて恥じず、自らの保身しか考えていない。

「では、宮崎師団は?」

「ここに至っても宮崎繁三郎という将軍は不敗だ」

 第五十四師団は四月前半に「レモーの大殲滅戦」を攻勢発起し、アフリカ師団とインド師団からなる敵軍に痛撃を与えたが、アラカン山系以東に転進すべしとの軍司令部命令を受け、イラワジ河(エーヤワディー河)流域へ後退した。

「いかに宮崎閣下が戦上手とはいえ、多勢に無勢だ。さらにペグー山系へ後退することになるだろう」

 そこから東へシッタン河を渡り、シャン高原を横断すればサルウィン河、さらに東は隣国タイである。引き際を誤れば、敵中に孤立する。

 八七橋は表情を動かさないが、声には苛立ちが混じった。

「もうじき雨季になる。そこら中が冠水地帯になるぞ。俺の調査斥候を無駄にせず、タイへ全軍脱出できりゃいいが」

「それは軍の上層部の責任だ。八七橋。お前には次の任務がある。カレン州ビーリン川の西側で将官が孤立している。救出しろ」

「将官? まさか」

「綿貫平蔵少将だ」

「カレン州で何やってるんだ、あの閣下」

「何かの稀少鉱石を掘っているらしい」

 カレン州でウラン鉱石らしきものが採掘されたと報道されるのは戦後七十年近く経った平成二十四年のことである。以前から金の採掘現場でウラン鉱石はしばしば発見されていた。しかし、当時のミャンマー鉱山省は「そのような情報は入っていない」と明言を避けている。

 八七橋はこの男に珍しく肩を落としてうなだれた。

「妙に仕事熱心なんだよなあ、あのタヌキ」

「英印軍が迫っているというのに、光機関の八七橋を寄こせ、他の者が迎えに来ても動かんと頑張っている。御指名だ」

「やれやれ」

「兵站へ行って、必要な武器弾薬を受け取れ。鹵獲兵器もあるはずだ」

「一人で行けというんじゃあるまい」

「あ、そうそう」

 支部長は急にニヤつき、肩の荷を放り出すような声を発した。

「支部の裏にカレー屋がある。めちゃくちゃ辛いが、ビルマのカレーにしては脂っこくない。うまい店だ」

「だから何だ?」

「その上が旅館になってる。お前に同行する連中が数日前から滞在中だ」

「同行? 何者だ?」

「戦友だよ、お前の」

 支部長はあまり興味があるようでもなく、書類の束を抱えて、背を向けた。

「タヌキ閣下を救えというなら、途中まででいいから車を出せ」

 八七橋はそう声をかけ、苦虫を噛みつぶしながら支部から退出したが、支部長のいいなりになるのが業腹で、カレー屋とやらへ直行する気にならなかった。床屋で髪を切りながら新しい任務を頭の中で整理した。

 それから教えられたカレー屋へ行き、二階の広間を覗くと、見知った顔があった。

「八七橋さんっ」

 タナンで別れた相笠曹長だった。昨年の夏以来だ。

「おおい、俺たちの隊長が来たぞ」

 声をかけると、廊下に並んでいたいくつかの部屋から馴染みの連中が顔を出した。

 相笠、カノン、ハカセ、和尚、三文。戦死した者以外は囚人部隊の全員が揃った。八七橋は吐息とともに顔をしかめた。うんざりしているようにしか見えない。いいたいことは山ほど溜まっていたが、実際に会ってみるとどうでもよくなる。

「悪運の強い奴らだ。生きていたか」

 どいつもこいつも別人のように血色がよくなり、肉がついている。

「誰だ、お前」

 一番の変貌は修行のためトンへの寺院に置いてきた和尚だ。よほど厚遇されたらしく、あきれるほど肥え太り、別人となっていた。

 仏頂面の八七橋を笑い飛ばすように、相笠が明るくいった。

「俺たち、ちりぢりになって、英印軍をかきわけるようにしてラングーンへたどり着きました。原隊の五八はマンダレー方面からシャン高原をサルウィン河へと敗走中。宮崎閣下の第五十四師団はイラワジ河の渡河に苦心惨憺。陸軍刑務所も所員は逃走。日本大使館も在留邦人を集めて脱出。ラングーン市内は無法化して、略奪が横行しています。俺たちは行く先もないまま、いつのまにやらこの顔ぶれが揃っちまった。八七橋さんの消息を光機関支部で訪ねると、モールメインで合流して、新任務に同行してくれと頼まれましてね。タヌキ閣下をまた救出に行くんでしょ。俺たちゃどうせ員数外の囚徒兵だ。好きにやらせてもらいますわ。あんたについていきます」

「馬鹿どもが。俺は知らんぞ」

 武器調達のため、兵站へ向かおうと宿を出ると、階下のカレー屋で声をかけた客があった。

「やあ。奇遇ですなあ」

 ラングーンでバクが殺された時、犯人を追うのに自転車を借りた男だった。遊び人風で、異相といえる顔つきだが、親しみは持てる。

 だが、八七橋は無表情に彼を見つめ、愛想は洩らさない。こういう男である。

「ええと、魚屋さんでしたな」

「研師をやっている芝浜です。落語の『芝浜』の主人公は魚屋ですが……。これからタイ経由で帰国します。そちらは日本刀には興味がない光機関の八ツ橋さんでしたな」

「八七橋です。刀に興味がないわけではない。現代戦では役に立たないと思っているだけだ」

「八ツ橋、いや八七橋という珍しい名前には覚えがある。数奇者の間で知られた源清麿の短刀があってね。地蔵だか何だかが彫られている。その持ち主がそんな名前だった。短刀には号があって、確か……」

「骨喰丸」

「そうそう」

「俺の実家だ。俺の御先祖は職人だったらしい。清麿や固山ともつきあいがあったそうだ」

「それはそれは……」

「俺の親父は上野の美校で教官をやってる。俺がこの地から帰れなかったら、アジア解放のために戦ったと伝えてくれ」

「お近づきのしるしに、一緒にカレー食いませんか」

「うん」

 八七橋は自分の仲間たちを振り返った。

「こいつらも明日はどうなるかわからん身だ。食わせてやってくれ」

 芝浜が返事もしないうちに囚徒兵たちは店先に並べられている数種類のカレーから選んで注文し、席についている。

「八七橋さん。ビルマにはシャン族がおり、シャン高原もある。両者が必ずしも一致するわけではないが、美人をシャンという由来はここにあると聞きました。本当ですかね。確かに目がパッチリした美人が多いようだが」

「さあ。ドイツ語に由来しているという説が一般的と思うが……。その昔、山田長政の家来たちが住み着いたのがシャン高原だといいます。住民は日本人と似ている」

「そうそう。シャンの若者が日本刀らしきものを差しているのは驚きました。総髪をうしろに束ねて、勤王の志士みたいだ」

 男たちはそんなのんきな会話を交わした。

 終戦の八月は三か月後に迫っていた。

骨喰丸が笑う日 第二十三回

骨喰丸が笑う日 第23回 森 雅裕

 その日はチーク林に囲まれた野営地に天幕を張り、パパイヤの味噌汁に感激した。ほとんど雑草と塩だけで食いつないできた兵たちには至福の食事であった。

 翌日、戸板所長の手配でウントーへ向かうトラックに便乗できた。直線なら東南へ四十キロだが、山間を縫う自動車道は六十キロにもなろう。荷台には囚人部隊の他に身なりのいい輜重兵が四人乗っていた。

「臭えなあ」

 彼らは露骨に顔をしかめた。

「肥溜めにでも落ちたのか、あんたら」

「血腥い女もいるようだ。このあたりの女は生理も派手なのか」

 アーシャは血痕で黒ずんだ防暑衣だが、これは負傷でも生理でもなく、ヒルの所業だ。密林にも山道にも巨大なヒルが多く、木の上からも足元の落葉の中からも現れて人に食いつく。血を吸って大きくなると破裂する。そのために衣服を血に染めている者も少なくない。

 バクと三文がおもむろに防暑衣を脱いだ。ぼろぼろのその服を手に立ち上がり、嘲笑する輜重兵の中でも目立つ二人に迫った。

「おい。動くな。近づくな、コラ」

 嘲笑が恫喝に変わったが、かまわずに汚れきった服を彼らの頭にかぶせた。輜重兵は悲鳴をあげてのたうち回った。

「うげっ。ごふっ。ぐわあっっっ。げええええええっ」

 バクと三文は鬼のような形相で笑った。

「へへへ。たっぷり吸え。これが最前線の匂いだ。ただし、服に吐くなよ」

 輜重兵の仲間が「やめろ」とバク、三文に飛びかかり、たちまち荷台は修羅場と化した。なにぶんにも囚徒兵は栄養失調で疲弊している。形勢不利であるが、八七橋は彼らよりも五右衛門の様子を見ていた。喧嘩にも参加せず、苦悶の表情を浮かべ、腹を押さえている。

 トラックが停車し、

「何をしているかっ」

 運転手の伍長が荷台を覗き込むのと同時に五右衛門は飛び降りて、物陰へ走った。

 この騒ぎの中で寝ていた綿貫が身を起こした。

「兵隊どもと一緒だとうるさくてかなわん。俺は少将閣下だぞ。お前ら皆蹴り落として、この車は俺の専用車にしてもいいんだぞ。そうしないのは、敵機に襲われた時にお前らを盾にするためだ。おい、運転手。さっさと動かせ」

 トラックが動き出す寸前に五右衛門が飛び込んできた。綿貫は冷たく睨んだ。

「おい。腹下しは赤痢じゃなかろうな」

「ビルマ栗のせいですよ」

 五右衛門は荷台の外へ身を乗り出し、盛大に嘔吐もした。ピンレブで狂喜して食ったものはすべて絞り出してしまった。それを見て、綿貫はさらに顔をしかめた。

「エメチンの副作用じゃないのか」

「乗り物に酔ったんです」

 五右衛門はあくまでもシラを切ったが、囚人部隊がピンレブで入手した薬品の中にエメチンがあり、五右衛門がこっそりそれを飲んでいることを八七橋は知っている。これは抗原虫薬で、アメーバ赤痢の特効薬だが、吐き気を催させる。

「俺に近づくな。息もするな。こっち見るな」

 綿貫はハエを追い払うように両手を大袈裟に振った。

「そんな病原菌野郎が汽車に乗るつもりか。迷惑な話だ」

 綿貫が逃げるように荷台の隅にへばりつくと、輜重兵たちも顔をしかめて五右衛門から距離をとった。

 走行中は携帯円匙(シャベル)に排便して外へ放ったり、ついには荷台から尻を突き出し、垂れ流し状態となった。もはや五右衛門の罹患は決定的であった。

 

 陽が傾き始めた頃、原始的な光景にようやく人工的なものが現れたが、いたるところ破壊されていた。それがウントーの町だ。それでも、ここには「文明」があった。さほど大きくはないが、駅前という人間の生活空間がある。ただ、周辺にあふれているのは敗残兵だ。ほとんどが骸骨のような傷病兵で顔の区別もつかず、その顔色も皮膚病で緑色だった。

 イギリス機の空襲の合間を縫って、物売りがカゴを担いで歩き回り、路上で料理をしている現地人もいる。マンゴー売りの少年が寄ってくるのを振り払い、八七橋は駅舎へ向かった。

 ピンレブの戸板所長が書いた光機関の命令書を鉄道連隊の士官に出したが、ちらりと一瞥しただけだった。

「アメーバ赤痢の兵がいるだろう」

 車の同乗者が報告したらしい。 

「そいつは療養所に置いていけ。汽車はスシ詰めだ。他の兵に感染させるわけにいかない」

「兵たちと相談してみるよ」

「汽車は今夜出る。空襲の合間を縫って、わずかな本数が走っているだけだから、次はいつになるか、わからんぞ」

 八七橋にしても五右衛門を乗せてやりたいのはヤマヤマだが、他の者に感染させるわけにはいかない。特に綿貫を守るのは八七橋の任務である。

 駅舎を出ると、マンゴー売りの少年が煙草を吸っていた。日本兵がそれに目をつけ、

「おい。興亜じゃねぇか。なんでガキが日本の煙草を吸ってるんだよ。寄こせ」

 少年を囲んで、脅していた。軍用煙草は平時なら酒保で売っているが、戦場では食糧と同じく軍の支給品である。

「やめとけ」

 八七橋は彼らに近づき、ピンレブで入手していた興亜を差し出した。

「これをやるよ」

 興亜など連合軍の捕虜に与えようとしても決して口にしないという劣悪品だ。八七橋としても惜しいものではない。兵たちは感謝するでもなく、こいつ何者だという怪訝な表情だが、その間に少年は逃げてしまった。

 兵よりも少年から礼をいわれなかったことに肩すかしを食らった気分だった。しかし、駅前広場の建物をひとつ曲がると、そこに彼が立っていた。

「ありがとう」

 八七橋を見上げ、何やらふてくされたようにいったが、日本兵より礼儀正しい。 

「お前、親は?」

「空襲で死んだ」

「そうか」

「その帽子、くれよ」

 礼儀正しいと感じたことを少々後悔した。敵からの分捕り品のカウボーイハットである。不織布、つまりフェルト製で、コヒマからかぶっているので、かなりボロボロだが、なにしろ他の敗残兵の身なりが凄まじいから、日本兵の持ち物としてはマシな方といえる。

 八七橋が帽子を少年の頭にかぶせてやると、顔の上半分が隠れた。彼が帽子を直した時には、八七橋はすでに目の前にいない。背を向け、早足で歩いていた。

 駅前から少々離れたところに陸軍休憩所があり、薬剤沐浴と被服の蒸気消毒を行っているが、不潔な兵隊の数をこなしきれず、着替えもないため、混乱を極めていた。

 その休憩所に囚人部隊はたむろしていた。移動式の野戦消毒車の傍らで、裸の三文とバクが服の消毒を待っている。三文は無帽となった八七橋を挑発するように、

「雨季つづく、ビルマで帽子、捨てた身の」

 と、付け句を促してきた。

「今宵待たるる、光機関車」

 そう応じると、三文は長い吐息をついた。

「ありがたや。汽車は今夜出るんですね」

「お行儀よくしてなきゃ乗せてくれんぞ。もう喧嘩なんかするな」

 八七橋は五右衛門を見やった。彼はマンゴーを食っている。

「五右衛門。食欲はあるのか」

「御覧の通り、モリモリです」

「果物なんか病人が食うもんだぜ」

 八七橋がそういうと、バクが横から割り込んだ。

「八七橋さん。こいつ、物売りのガキから煙草と引き換えにマンゴーをせしめたんですぜ。悪い大人ですわ」

「あのガキは親のために煙草が欲しかったのかも知れんだろうが」

 五右衛門はそう弁解したが、八七橋は無表情に否定した。

「そのガキなら、駅前でスパスパやってたぞ」

「あちゃー。そうですかい。それはそれは」

 五右衛門は落ち着かぬ足取りで歩き出し、皆から離れた。下痢が止まらないのである。

 その後ろ姿を見送り、綿貫が冷徹に声を響かせた。

「おい。あんな赤痢野郎を汽車に乗せるつもりじゃないだろうな」

 八七橋はむっつりとして答えず、五右衛門を追った。駅舎の近くに便所が増設されており、その前でしばらく待った。なかなか現れない。間に合わずにそこいらの物陰で用を足したのか。どこへ行ったのかと視線を周囲に巡らせ、駅前広場のはずれにそれらしき姿を見つけた時、上空に爆音が響いた。日本機ではない。

「爆音!」

 あちこちで叫び声があがり、日本兵たちは遮蔽物を求めて走り回った。爆音が低く降りてきて、双発のボーファイターが現れた。

 八七橋が塹壕へ飛び込むのと爆発音が轟くのと同時だった。破壊的な地響きが連続し、土砂が舞い上がった。投弾のあとは執拗に銃撃を繰り返す。

 ようやく「爆音解除」の声がかかると、八七橋はスリ傷だらけになりながら塹壕から這い出た。爆撃は駅舎ではなく便所を吹き飛ばし、周辺の建物も消えていた。機関車は待避所に隠してあるが、あちこちに火災が発生している。日本兵の死体も散乱していた。

 八七橋は瓦礫の間を抜けて、五右衛門を見かけたあたりへ急いだ。頭を半分失った五右衛門が転がっていた。その下に動くものがある。五右衛門をひっくり返すと、見覚えある少年を抱え、守っていた。

 少年はもがきながら死体の腕を振りほどいた。特に負傷はしていない。

「おい。大丈夫か」

 八七橋は埃まみれのカウボーイハットを拾い、少年にかぶらせた。少年は身を起こすと、

「日本兵なんか、早くいなくなれ!」

 そう叫んで、走り去った。五右衛門の死体を振り返りもしなかった。

 死体は一箇所に集められ、所属と姓名を確認し、まとめて埋葬される。身体が四散して誰のものか不明の手足もあるが、白骨街道に比べれば人道的といえた。しかし、敗残兵の多くは認識票や軍隊手帳など紛失しており、五右衛門も個人識別できるものは持っていない。そもそも階級すら剥奪された囚徒兵である。

 八七橋は死体を運んでいる部隊の士官に五右衛門の所属と氏名を告げ、陸軍休憩所へ戻った。囚人部隊に爆撃の人的被害はなかったが、三文とバクは裸のままである。情けなさそうに嘆いた。

「野戦消毒車が吹っ飛ばされて、俺たちの服がどっか行っちまいましたよ。五右衛門に調達してもらわなきゃ」

「無理だ」

 泥だらけの八七橋が重い口調でそういうと、皆の視線が集まった。

「五右衛門は?」

「死んだ」

 八七橋が短く吐き捨てると、綿貫は鼻を鳴らし、手まで叩いた。

「よし。これで汽車に乗せる必要はなくなったな。好都合だ。天佑神助、我にあり」

「あんた!」

 裸のバクが八七橋につかみかかろうとしたが、八七橋はその腕を抱え込み、押し戻した。

「やめろ。俺がやる」

 いうが早いか、綿貫の顎を殴った。声も立てずに綿貫は頽れたが、八七橋は見向きもせずにその場を離れた。鉄道連隊へ行き、五右衛門の死体から切り落とした小指を示して、

「赤痢の兵は死んだ。汽車に乗せてもらうぞ」

 と告げた。

 

 兵站に頼み込んで、戦死者のものと思われる廃棄寸前の防暑衣を調達し、三文とバクはなんとか格好がついた。

 夜になると、ジャングル内の引込線に隠してあった列車が引き出された。C56の型式番号をつけた日本製の懐かしさを覚える機関車だ。これにつながれた貨車は穴だらけだが、敗残兵の目には拝みたくなるほど神々しい。

「土足で乗っちゃ申し訳ない気がしますな」

 そういう兵の声が聞こえたが、貨車の中は土足でなければ乗りたくない汚れ様だ。

「ゴミ溜めだな」

 綿貫が殴られた顎を撫でながら、いった。

「俺はお前らと一緒にいて悟ったぞ。ゴミ溜めが不快なのは自分が清潔だからだ。自らゴミになればこんな環境でも耐えられる。さしずめ俺はゴミの親玉だ」

 八七橋は冷たく綿貫を見やった。

「いいえ。ゴミの親玉は俺です。綿貫閣下はゴミだか何だかわからない石ころです」

「石ころ……。貴様、俺の荷物を見たのか」

「おや。閣下の荷物は石ころですか」

「この野郎、すっとぼけやがって……。あのな、俺を殴った奴は貴様で三人目だ。前の二人は悲惨な事故にあって一年ほど病院暮らしだった」

「いいですな。のんびり療養したいものです」

 貨車が走り出すと、文明の有り難さを実感したが、敗残兵で満杯の車内に横になる広さはなく、膝を抱え、隣の者ともたれ合って寝るのである。

 時折、外を火花が流れるので、貨車の穴から身を乗り出すと、機関車は煙突から盛大な炎を上げながら走っている。

「こいつは石炭じゃなく薪で走ってるんだ」

 乗り合わせた士官が力なく笑った。

 敵機が来たら、いい目標になってしまう。イギリス機が夜は飛ばない習慣を守ってくれることを祈るしかない。

「日本からはるばるやってきた機関車だ。こいつも苦労してるんだな」

 八七橋は走る鉄の塊に親近感さえ覚えた。

 明け方にマンダレーで降車させられ、乗り継ぎ便が出る夜まで待つことになった。乗り継ぐのは傷病兵を移送する汽車だった。

 マンダレーはビルマ中央に位置し、首都ラングーンに次ぐ第二の都会である。一九四二年五月以来、日本軍の拠点のひとつとなっている。兵站病院の他にインド国民軍の仮設病院も設営されていた。

 インパール作戦には六千人のインド国民軍が参加したが、多くが戦病死して、チンドウィン河まで撤退できたのは二千六百人に過ぎず、しかもそのうち二千人は半死半生の傷病兵であった。最高司令官チャンドラ・ボースは彼らのためにマンダレーとメイミョーに大規模な仮設病院を設営したのである。

 駅近くの光機関支部でそれを聞いたアーシャは、

「行ってみます」

 と、疲弊した表情に強い意志を浮かべた。彼女はインド国民軍の婦人部隊ジャンシー連隊の士官であり、医者でもある。八七橋もインド国民軍の世話役だった光機関の一員であるから、仮設病院の状況は気になる。

 綿貫と囚人部隊を光機関支部に残し、八七橋は自転車を借りた。荷台にアーシャを乗せ、ビルマ最後の王朝の古都へと漕ぎ出した。 

 マンダレーはこの国の仏教信仰の中心であり、無数の僧院とパゴダ(仏塔)が建っている。日本軍は信仰を軍政に利用しようとしたが、超俗的なビルマ僧が協力するはずもなく、反感すら買っている。イギリスとの戦闘で破壊された寺院さえあり、僧侶とすれ違うと、八七橋は肩身の狭い思いだった。

 マンダレーは雨季でも比較的降水量が少なく、西の空へと傾く日差しを浴びながら、王宮の城壁沿いに巡らされた壕の縁を走った。

 寺院の一つが改装され、病院となっていた。受付で名簿をざっと見たが、知り合いの名前など調べきれない患者数だ。彼らは広い板の間にズラリと並んで横たわっていた。とりあえず収容されている戦病兵を見回り、八七橋とアーシャはそれぞれが顔見知りを何人か見つけては声をかけた。

 泣いて再会を喜ぶ者もあれば、愚痴をこぼす者もある。意味不明な歌を口ずさんでいた患者はうつろな目に八七橋をとらえると、さらに張り切って声量を上げた。歌が終わるまで解放してくれそうにないので、やむなくつきあっていると、周囲とは空気が異なる長身の麗人が近づいてきた。

 かつてシンガポールの社交界で花形だった女医のラクシュミー女史。今はジャンシー連隊のラクシュミー少佐。連隊長である。ラクシュミーとは日本でいう吉祥天であり、十九世紀に対英戦を戦ったジャンシー王妃の呼称でもある。八七橋も顔だけは見知っている。

 そのラクシュミーが上品に微笑んだ。

「アーシャ。生きていたのですね」

 インドでは姓がカーストや宗教宗派などの出自をあらわすため、上流階級でもなければ公然とは使わない。八七橋もアーシャの姓を聞いたことがない。

 彼女は連隊長に八七橋を引き合わせた。

「こちらの部隊のお世話になりました」

「光機関の八七橋中尉です」

 八七橋が会釈すると、ラクシュミーは連隊長らしくピンと背筋を伸ばしたが、表情は柔らかい。

「インパールではインド国民軍が御迷惑をかけました」

「とんでもない。彼らは勇敢でした。作戦が無謀だったんです」

 八七橋と社交辞令を交わすと、ラクシュミーは痩せこけたアーシャを診断するような目で見やった。

「あなたはインドへ潜入して、日本軍に協力していたのですね」

「はい。今は日本の少将閣下をラングーンへ送る途中です」

「それは……苦労したでしょう。ひどい顔色はマラリアですか」

「今は寛解しています。とりあえず大丈夫です」

「負傷したのですか」

 アーシャの防暑衣は背中から腰にかけて血痕を残している。

「いえ。山ヒルです」

「ああ。服がそうボロボロでは隙間だらけですもんね」

 アーシャは薬品よりも血と埃の匂いが強い病棟を見回した。

「ここも大変な状況ですね」

「医者も看護婦も足りませんが、医薬品はなんとか都合がつきます。あなた、何か必要なものがあるなら……」

「いえ。大丈夫です」

 看護婦が大声でラクシュミーを呼び、せわしなく彼女は患者のもとへ走った。病院もまた戦場であった。

 駅へと戻る途中、壮大な仏塔の群れに遠い視線を泳がせた。

「すごいなあ。人間はこういうものを作るほど偉大なんだな」

 自転車のペダルを踏みながら、この光景の中では大声でなければ聞こえぬ気がして、八七橋は怒鳴った。

 アーシャは普通の声量だが、

「そして、破壊するほど愚かでもある」

 歯切れよくそういった。爆撃や戦闘の跡がいたるところに見られるのである。彼女の声の明るさに助けられて、八七橋は言葉を続けた。

「あんた、あの病院でやるべきことがあるだろ」

 返事はない。

「こっちはラングーンまで鉄道一本で任務終了だ。あんたはもう必要ない」

 自転車のうしろが軽くなり、八七橋は漕ぐのをやめて振り返った。雨季に入って以来、しばらく見なかった猛烈な夕焼けの中に、アーシャは立っていた。軍人らしくスラリとした直立不動の姿勢だ。

「一旦、駅へ戻るか、それともここで別れるか」

 アーシャは自分でかついでいる背嚢をちらりと目線で振り返った。八七橋とその一行は全財産を各自で携行しているのである。

「皆さんと別れるのがつらいので、ここで」

「わかった。これからビルマ全土が戦場になる。死ぬなよ」

「八七橋中尉も皆さんも」

 アーシャは明眸皓歯の見本のような表情を見せて前傾で敬礼し、八七橋は軍人らしくなく手を上げただけで応じた。

骨喰丸が笑う日 第二十二回

骨喰丸が笑う日 第22回 森 雅裕

 ヘロウから南西へおよそ十キロ。泥道を歩くと、次第に腐臭が強くなり、囚人部隊はようやくシッタンに達した。腐臭は傷病兵と死者が放っている。後年、この敗軍の渡河地は幽鬼の森と語り継がれる。

 野戦病院には三千人以上の患者が治療も受けられずに転がり、意外にも日本人の看護婦がいたが、彼女たちも骸骨のように痩せさらばえ、それでも健気に働く姿は痛々しく、正視できなかった。

 イギリス機の空襲を警戒し、各部隊は森の中に潜んでいる。いたるところに張られた天幕はまるで穴蔵だ。陣地や野営地に便所を設置しない日本軍の常で、そこら中に異臭が漂っている。

 八七橋は烈兵団の現地本部で渡河を交渉したが、身なりのいい中尉が応対し、

「噂は聞いているぞ。囚徒兵の隊か」

 歓待する気はないらしく、

「烈のガラクタども。渡河点を死守して、お国に奉公したらどうだ?」

 といわれる有様だった。

「五八(第三十一師団第五十八連隊)の第二大隊がピンポンサカンに反転して撤退を掩護している」

 第二大隊は大隊長が三回も代替わりしている「捨て石」部隊で、ピンポンサカンはシッタン西方二十キロの山中である。

「貴様らも五八なら、協力してもバチは当たらんと思うがな」

「あのな、関ヶ原の島津義弘みたいな捨て奸(がまり)を我々に期待するな」

 八七橋は破れ窓の外を見やった。囚人部隊は本部の周辺にたむろし、そのだらしない姿に前線を知らぬ者たちは眉をひそめ、露骨に鼻をつまむ者もある。 

「奴らは宮崎閣下の命令で、光機関の任務に協力している。寄り道している暇はない」

「命令書はあるのか」

「最前線でいちいち文書のやりとりなんかするか」

「そうかい。なら、勝手にしろ。渡河なんか一番最後だ」

「いいのか。囚人部隊が毎日このあたりをうろつくぞ。喧嘩はするわ盗みはするわ……」

「クズどもが。そもそも帝国陸軍では部隊と呼ぶのは大隊以上だ。中隊以下は単なる隊である。ましてやたかだか数名の囚徒兵どもなんぞ、ただの寄り合いだ。不良クラブだ」

「寄り合いでも不良クラブでも歴戦の連中だ。馬鹿にするなら、あんたも敵に弾の一発でも撃ってからにしろ」

 捨てゼリフを残し、八七橋は背を向けた。

 本部となっている掘っ立て小屋の近くに糧秣小屋もあったが、配給しているものは何もない。ほとんどの兵には文句をいう元気もなく、ぐったりと周囲に座り込み、その体力さえない者は横たわっている。

 見張りの兵と揉めている元気者は綿貫だ。マラリアは小康状態で、本人は普通の声量のつもりだろうが、腹立たしいほど響く。

「この空っぽの小屋を見張ってる暇があるなら、便所に改装したらどうだ? 前線を知らない兵隊でも穴くらい掘れるんだろ」

 この男の目的は配給ではなく見張りの兵を罵倒することのようだ。ひとしきり、その目的を果たすと、囚人部隊がへたり込んでいるカヤの木の下へやってきた。

 八七橋の顔色を見て、吐息をぶつけてきた。

「渡河のメドは立たんようだな。どうするんだ、光機関」

「工兵隊に軍票でも握らせて、舟に乗せてもらいますか」

「まだまだだな。交渉事はな、一番上の人間とやるもんだ」 

 綿貫は因縁をつけるような眼差しを樹林の先へ向けた。大名行列みたいな一行が半死半生の兵たちに敬礼されながら近づいてくる。「師団長」という声が聞こえた。新任の河田槌太郎中将である。

 着任するや、着の身着のままで潰走する兵たちに激怒し、捨ててきた装備を拾いに戻れと命じたという噂の将軍だ。その河田師団長と参謀たちが肩で風切って闊歩している。

 野垂れ死に寸前だった将兵がのそのそと身を起こし、兵に支えられて、一人の少佐が敬礼しようと立ち上がりかけたが、同時に股下から流れ出たものがあった。高熱のために垂れ流した小便である。

 飾緒を右胸に吊った参謀が半狂乱でわめいた。

「貴様あ、師団長閣下の足元に垂れ流すとは何事かっ」

 指揮杖で頭といわず肩といわず殴りつけ、相手がうずくまると、背中を執拗に打ち続けた。

「貴様のようなフヌケがいるから負けるんだっ」

 少佐であれば大隊長クラスで、六百人からの部下の指揮官である。それがまるで虫ケラ扱いであった。

「帝国陸軍のツラ汚しめ」

 八七橋たちの耳にも、その罵声は届いた。

「ツラ汚しはてめぇらじゃねぇか」

 ぼそりと誰かが吐き捨てた。

「その杖で、敵に向かって殴りかかってみやがれ」

 囚人部隊がふてくされていると、綿貫が挑発するように、いった。

「おい。お前たちの根性の見せどころだぞ。ヘイコラするなよ。お前たち、補給もないままに圧倒的な敵と戦い、死体で埋め尽くされた山道とジャングルを歩いてきたんだろ。その地獄を知らんくせに威張り散らすお偉方に敬礼なんかしたら、死者に申し訳ないぞ」

 綿貫も傲慢な男だから、師団長に敬礼などしたくないのだろう。この男の指示に従うわけではないが、八七橋たちには敬礼する気力も体力もなかった。

 参謀が彼らに目をつけ、歩み寄った。

「貴様らはどこの兵隊か」

 八七橋が答えた。

「光機関と『烈』の五八です」

「貴様、士官か」

「はい」

 参謀は指揮杖の先で八七橋を小突いた。

「光機関の工作員はおよそ軍人の規律も慣例も守らんと聞くが、敬礼もできんのか」

 八七橋はしらばっくれることにした。

「目がかすんで、よう見えんのです。どなたですか」

「師団長だ。河田閣下だ」

「それは失礼しました。佐藤閣下なら、気配でわかるんですが」

 前師団長の佐藤中将は部下を全滅から救うために独断で撤退命令を出し、罷免された。あえて、八七橋はその名を出した。

「佐藤閣下はピカピカの長靴ではなく巻脚絆に地下足袋で兵たちの間を回り、煙草を配ってくださいました」

「貴様あ……。立て。立たんか!」

「はい、ただ今……。負傷と病気で、足腰が思うようになりません」

 八七橋は立ち上がろうとしたが、大袈裟によろけて倒れ、握っていたものを師団長の足元へ転がした。卵形をしたイギリス軍のミルズ型手榴弾である。参謀たちはあとずさった。

「な、何だ、これはっ」

「はあ。飯も薬もなく、渡河の順番はいつになるかわからず、多くの戦友たちと同様、こいつで自決しようかと」

 三文、バク、五右衛門も手榴弾を握っている。

 綿貫が唐突に叫んだ。

「こいつらに自決なんかされては困るっ」

 綿貫の顔色は黄ばみ、目つきが一層悪くなっている。だが、だみ声は神経を逆撫でするほど、よく響いた。 

「俺は特殊任務を帯びている。安全なところまで、こいつらに護送してもらわねばならん」

 参謀が興奮のあまり声を裏返らせながら、怒鳴った。

「何だ、貴様。その口のきき方は何だっ」

「何だ貴様と問われて名乗るもおこがましいが、航空技術研究所の綿貫平蔵少将である。出世争いからはどうせ落ちこぼれている。予備役なので、好きにやらせてもらっている」

「そんな都合のいい予備役があるかっ。特殊任務とは何だっ」

「ベラベラしゃべっては特殊任務にならんわ」

「何だとぉ。ほんとに将官なのかぁ」

 参謀たちの方が階級は下なのだが、無遠慮に嘲笑した。河田師団長だけは真顔である。

「待て待て。綿貫……。そうか、貴様か」

 河田の語調には毒がある。 

「五、六年前、俺が満州の歩兵第四十四連隊長だった頃、航技研のハルビン出張所にいた男だな。当時は佐官だったが」

 河田中将は不快そうに顔をしかめた。いい思い出ではないらしい。

「もっと昔の話をすれば、陸士で喧嘩ばかりして、いつも負けていたデコン(最劣等生)がその名だったな。どういうわけか、勝った喧嘩相手はことごとく事故にあったり装備を盗まれたり、災難に見舞われた」

「へっ。そのうち、誰もが俺を避けて通るようになったよ」

 河田は陸士二十三期。宮崎が二十六期。綿貫は宮崎より一期上であるから二十五期である。

「綿貫を光機関がビルマへ護送する話は宮崎から聞いている。宮崎はシェボーの軍司令部へ出頭したが、お前らが現れたら便宜を図ってくれといい残していった。遅いから、途中で全滅したかと思ったぞ」

 河田は目を細め、皮肉をこめて唇の端を吊り上げた。

「しかし、宮崎お気に入りの連中が、立ち上がることもできんほどの傷病兵の集まりとはなあ……」

 八七橋は少しばかり申し訳ない気分になったが、綿貫は嘔吐でもするのかと思うほど不気味に笑った。

「ぐへへへ。まったくお話にならんガラクタどもで、俺も困っているが、なァに、こいつらは俺が立てといえば立ちますわ」

「そのようだな」

 河田は汚物でも見るような目だが、綿貫は意味ありげにニヤニヤとほくそ笑んだ。 

「河田師団長。満州時代の楽しい楽しい思い出話を俺が始める前に、さっさと追い払いたいだろう」

 この恫喝するような表情は綿貫の特技ともいえた。

「渡河させてもらいたい」

 河田は苦虫を噛みつぶしながらも、侮蔑を浮かべた。

「シッタンは空襲も砲撃も激しく、渡河の順番を待つ間に死んでいく者も多い。工兵隊が下流のオークタンにいる。そちらへ行け。連絡を入れておいてやる」

「信じていいんだろうな。いつぞやハルビンでは、あんたの言葉を信じたばっかりに……」

「うるさい。やめろ。さっさと出発しろ。チンドウィンの深い河底が待っているぞ」

 その時、空気を切り裂く音が頭上を横断し、チンドウィン河に重砲弾が落ちた。河岸近くの兵たちがクモの子を散らすように逃げ惑い、立て続けに水煙があがった。

 河田はその阿鼻叫喚に背を向け、綿貫の薄笑いをも振り払い、参謀たちを引き連れて、早足で逃げ去った。

 

 シッタンの混雑からあふれた撤退部隊は南へ十五キロ、オークタンに集結していた。待機休養中といえば聞こえはいいが、空襲や砲撃に脅え、ジャングルの中に息を潜めているのである。白骨街道をチンドウィン河までたどり着いた兵たちの半数は渡河を待たずに命を落としていた。

 烈兵団の渡河を担当している工兵第三十一連隊の天幕を見つけた。バクの本来の所属部隊である。

 大尉の階級章をつけた中隊長は囚人部隊を見るなり、周囲に怒鳴った。

「おおい。身の回りに気をつけろ。手癖の悪い連中が来たぞ」

「御心配なく」 

 と、バクは中隊長の目の前にウェブリーリボルバーを置いた。弾丸の詰まった弾薬盒も差し出した。

「こっちから進呈しますよ。コヒマで英印軍から分捕った拳銃です。勇敢に戦った戦利品として、孫子の代まで自慢できますぜ」

 中折れ式の拳銃である。中隊長は珍しげにいじり回しながら訊いた。

「……で、用件は渡河か」

 八七橋は頷いた。

「河田師団長から連絡があったはずだが」

 中隊長は面倒そうに首を振った。

「聞いてないぞ。工兵連隊は渡河資材を持ってモニワへ移動せよというのが師団命令だ」

 綿貫が八七橋を押しのけ、もたれかかるように割り込んできた。

「河田め。そういう奴だ。そもそも満州であいつは……」

 八七橋は、熱発がぶり返して震えている彼を押し戻し、

「昔話はまた今度。さっき買ったキュウリでも食ってなさい」

 子供をあやすようにいい、中隊長へ向き直った。

「これでも少将閣下だ。師団長はこの閣下に悪口をいいふらされる前に渡河させたいらしい」

 中隊長は大仰に「うーん」と唸った。門前払いという雰囲気ではない。こいつは買収可能だ。

「二、三日後には俺たちは撤収する」

「それまでに全軍の渡河が終わるのか」

「八月三十一日をもって渡河終了というのが日本軍の決定事項である。完遂できたかどうかは問題ではない」

 八七橋はうしろに控えていた五右衛門に合図した。五右衛門が軍粮精(キャラメル)の小箱を取り出すと、中隊長はそっぽを向いた。見栄っ張りの将校としては付け届けなど欲しくないという建前だ。しかし、彼の物入れ(ポケット)へ五右衛門が勝手に押し込むことは拒絶しなかった。

 囚徒兵は反抗的な連中だから、幹部からは嫌われている。中隊長はいまいましそうな表情だが、言葉は変わった。

「今夜来い」

 それだけである。ハエでも追い払うように手を振った。

 

 渡河はイギリス機の攻撃を避け、夜間に行われる。日が暮れると、工兵隊が隠しておいた資材を運び、準備を始めた。順番を待つ兵たちもぞろぞろと集まってきた。姿を確かめる必要はない。不潔な日本兵が動くと、闇の中でも異臭で察知できると清潔なイギリス兵は語っている。

 わずかに星明かりがあり、河面に波が光った。八七橋が灌木の間にうずくまってそれを見ていると、アーシャがいった。

「残してきた人たちはこの河を越えられるでしょうか」

 ハカセ、相笠、カノン、和尚、四人を白骨街道に置き去りにした。

「さあ……。戦死や病死は仕方ないが、自決だけはして欲しくないなあ」

 もはや日本兵が持っている銃や手榴弾は自決用でしかない。

「向こうへ渡ったら、そのあとは……?」

「ピンレブまで山越えだ。その先はウントーまで道が開けている」

 明け方近くになってようやく順番が回ってきた。何時間も待たされると全身が錆びついたように動かない。囚人部隊は懸命に立ち上がり、互いに支え合い、引きずり合いながら仮桟橋へ身体を運んだ。

 河幅千メートルの大河を渡るために、各地の渡河点では工兵隊の門橋や鉄舟、ゴム製の浮◯舟が奮闘し、原住民の丸木舟までもが挑発され、それで足りなければ筏が組み立てられた。

 ここオークタンでは長さ十メートル、幅六メートルほどの筏が使用された。孟宗竹を縦横二段に組んだ堂々たる大筏で、両岸を横断する二条のワイヤーが筏の両端に取り付けた鉄環へ通されており、ワイヤーに並行して渡したマニラロープをたぐって進む。ロープウェイのようなものだが、牽引するのは工兵の鉄舟である。綿貫の荷物は鉄舟に積んだ。

 岸から百メートルも進むとチンドウィン河の威力は圧倒的で、筏の上は濁流に洗われた。振り落とされないように筋力の落ちた腕で必死にしがみつく。悲鳴や呻き声が水音に混じった。

「俺を落とすなっ」

 綿貫が筏の上で溺れそうになりながら叫び、近くの兵に抱きついた。

「助けてくれっ」

「知るか。勝手に落ちろ」

「俺が死んだら日本は負けるぞ」

「墓参りくらいしてやるよっ」

 そんなことを皆で怒鳴り合った。声を出していなければ手足が動かなかった。

 空が白み始める頃、対岸のクントウにたどり着くと、彼らはさらに呻いたり叫んだりしながら這い上がった。英印軍の砲撃が始まり、河面に水柱が林立した。しかし、この対岸までは届かない。

 綿貫は泥だらけになりながら、ぬかるんだ地面をびちゃびちゃと叩いた。

「へへへ。やったな。これでクソいまいましい戦場ともおさらばだ」

 だが、八七橋は短機関銃を杖がわりに立ち上がり、冷淡に吐き捨てた。

「ピンレブまで兵站も病院もありません。生き残るための戦いは続きますよ」

 ピンレブまで図上距離は八十キロだが、実際に歩く距離は百二十キロにはなろう。しかも二千メートル級のジビュー山系を越えねばならない。

 チンドウィン河を渡れば路傍の死体も減るかと思えば、まったくそんなことはなかった。湿原で道に迷うと、ぬかるみの中に日本兵の死体を探した。腐臭でわかる。死体が道標であった。下っ端の兵ばかりだった。士官の死体はまず見ない。

 体力を振り絞って渡河した兵たちを日本軍は放置したのである。チンドウィン河を渡れば、とりあえず敵軍の捕虜となるおそれはない。軍の上層部が避けたかったのは大量の投降者を出すこと、それだけであった。

 見捨てられた兵は骨と皮ばかりなって力尽き、横になったらもうおしまいだ。一、二日で腹にガスが溜まって膨れあがり、目、鼻、口、さらに肛門にまでウジが入り込み、三日もすれば食い尽くされて骨しか残らない。

 ジビュー山系のけもの道は人一人通るのがやっとの狭さで、気づくと死体を踏み越えていることもあった。それも一体や二体ではない。八七橋たちには、もはや死体をかたづけたり埋葬する気力も体力もなかった。

 クントウから北寄りの撤退路をとり、ヤナン、カウンカシとたどってジピュー山系を越え、ワヨンゴン、そしてピンレブに至る。

 英印軍の追撃はチンドウィン河の東側にはまだ到達していない。もはや使うこともない銃は途中の集落で売り飛ばし、食い物にかえた。これが菊の御紋の三八式なら多少は良心がとがめただろうが、囚人部隊が装備していたのはイギリス製の鹵獲品だ。

 ピンレブには掘っ立て小屋ではない「建物」が並び、兵站も療養所もあった。

 光機関出張所で所長の戸板中尉に会った。所長といっても、所属しているのは軍属を含めて三人程度である。白骨街道の実状を報告すると、

「よく生きて戻ったなあ」

 戸板は八七橋の肩を叩いた。

「大変だっただろう」

「もう歩かんぞ。食い物も薬もない」

「ウントーまで車を出してやる」

 ウントーからは鉄路でマンダレー、さらにラングーンへと南下できる。

「食い物と薬もないか。うん、兵站へ案内してやるよ」

 戸板と八七橋が出張所を出ると、林の中で囚人部隊が休んでいた。見知らぬ兵隊が彼らに話しかけ、何やら交渉しているようだが、

「おいっ。消え失せろ。いつから帝国軍人は物売りになったのか。陸軍の恥さらしめっ」

 戸板が怒鳴りつけて、追い払った。あとには飯盒一杯の栗が残された。

「あ。栗を売りつけられたか。ビルマ栗は猛烈な下痢を引き起こす。だまされちゃ駄目だ」

 バクと三文がニヤニヤと笑った。

「余計なことしてくれましたな。こっちが売りつけようとしたんです。うちの兵に、こいつを食って下痢が止まらない奴がいますぜ」

 五右衛門の顔が見えない。そのへんの物陰でしゃがんでいるのだろう。

「噂にたがわぬ抜け目ない連中だな」

 あきれ顔の戸板だが、木陰で寝転がっている綿貫に敬礼した。といっても、会釈のようなものだった。

「光機関の戸板中尉です」

「ドブ板? 覚えやすい名前で結構だ」

 綿貫はどんよりした視線を向けた。熱発のために身体が重く震えている。

「抜け目ない連中でも食い物と薬は足りん。寄こせ」

「兵站に病院もあります。行きましょう」

 彼らがヨタヨタと移動を始めると、軍袴(ズボン)を引き上げながら五右衛門も追ってきた。

 戸板はそれを振り返り、なにしろ不潔の見本のような連中が臭気を発しているから、息苦しそうに、いった。 

「病人がいるのか」

「ここいらの日本兵に健康な者がいるか」

「列車はスシ詰めだ。感染症だと厄介だぞ」

「そんなこといっていたら、日本兵の大半は列車に乗れない」

 綿貫が杖がわりの木枝で戸板の足を叩いた。 

「おい、ドブ中尉」

 ドブ板とさえ呼ばない。

「ビルマも平和ではあるまい。五月に蒋介石の軍が怒江を渡ったよな」

「はい。第三十三軍(ビルマ方面軍隷下)は反撃に転じましたが、拉孟と騰越の守備隊はもういけません。敵さんにはアメリカの支援があります。玉砕は時間の問題です」

「前門の英印軍、後門の中国軍だな」

「追っ手を防げば搦め手へ回る。火を避けて水に陥るってやつです」

「ふん。日本語をよく知っている奴とおしゃべりができてうれしいよ」

 年が明ければ、連合軍は雪崩を打ってビルマ領内へ侵攻してくる。日本軍はインパール作戦で崩壊した戦力の立て直しが間に合うだろうか。

「もっとも、大陸じゃあ一号作戦(大陸打通作戦)が発動されて、わが軍が進撃していますから、蒋介石も調子に乗ってばかりはいられないでしょう」

 戸板はそういったが、中国大陸で勝利したところで、太平洋戦線で連敗していては無意味なのである。

骨喰丸が笑う日 第二十一回

骨喰丸が笑う日 第21回 森 雅裕

 和尚は指導僧に向かって手を合わせた。

「恐れ入ります。正直申し上げます。自分は高僧などではありません」

「お前はキリスト教の神父だそうだが、インドの神像を拝み、珍妙な経を読んだとか」

「無節操とは思いますが、仏道を蔑ろにするつもりはまったくないのです」

「はたして、本当に日本人は宗教に寛大なのか。日本の自由主義神学、簡易信条主義が異教に対して抵抗する力を持たぬだけではないのか」

「そうかも知れません。しかし……」

 和尚は神像を取り出し、膝元に置いた。踊っているようなヒンドゥーの女神は異教徒の目には不埒に見えるかも知れない。

「私は偶像としてではなく、この神像の美しさ、力強さ、気高さ、重ねた年月の重さに惹かれました。宗教宗派を超えた人類の宝だと思います」

「イギリス人も同じ考えのようだ。自分たちの所有物が奪われたと、この神像を追い求めている」

「これがイギリス人のものに見えますか」

「いや。イギリスこそインドから盗んだ泥棒だろう」

「その通りです」

「しかし、泥棒からなら盗んでもいいことにはならぬ」

「はい。私ごときが私物化すべきでないと反省もしています」

「仏道とは執着を断つ道である。キリスト教でも執着は戒めているはず」

「はい……」

「異教徒だからといって、仏陀は憎しみを抱くものではない。しかし、偽りの経を読んで仏を冒涜し、村民を侮辱したことは許されぬ」

「申し訳ございません」

「腹が減り、足を痛め、思慮分別をなくしたか」

 指導僧は和尚の不自然な座り方に目をとめた。

「見せてみよ」

 和尚が足に巻きつけたボロ布を剥がすと、青黒い皮膚とただれた肉が現れた。指導僧は顔色も表情も変えず、ためらいもせずに申し渡した。

「しばらく当寺院に滞在せよ。宗旨替えせよとはいわぬ。仏の道を知ることはキリスト教徒としてもよき修行となろう」

「お待ちください、セヤドー」

 八七橋はいささか焦った。

「この者には日本軍人としての任務があるのです。この地にとどまっている時間はありません」

「偽の高僧のまま、この地を離れられると思うか」

 集落の村人によってたかって撲殺されるかも知れない。むろん、囚人部隊の武装からすれば勝ち目はこちらにあるが、戦う気には到底なれなかった。ここは従うしかない。

「やむを得ん。和尚。一月もすれば解放されるだろうから辛抱しろ。すまんが、他の者はつきあえない」

「わかりました。修行なら、私としても望むところです。第一、この腐りかけた足では、皆の足手まといになるだけです。先に行ってください。あとから追及します」

 この夜、和尚は寺院に泊まり、八七橋はタン・テンの家へ戻った。綿貫もアーシャや兵たちも撲殺されることなく、床下の部屋と土間に疲弊した身体を投げ出していた。

「偽の高僧はどうなりましたか」

 と、アーシャ。

「居残りで修行だ。足も治療できるだろう。タン・テンは俺たちを疑ったり怒ったりしていないか」

「半信半疑というところですね。でも、彼は日本が好きだといってました。日本軍は統制がとれている。道路を整備し、学校を建て、農作業も手伝ってくれた、と」

 ビルマの西端(インド寄り)はチンドウィン河で分断され、この大河の西と東では人情も違う。西側は日本からの恩恵はあまり受けておらず、東側ほど親日的ではないが、それでも、こうして好意を示してくれる現地人がいる。

「恥じ入るばかりだ。日本は欧米とは違うといいながら、結局、現地の人たちを見下している」

 疲れ切った八七橋は壁にもたれ、重い瞼を閉じた。

「貧すれば鈍する。まったくだ……」

 呟きながら、眠りに落ちていた。

 

 翌日、兵たちとアーシャは村人の畑仕事を手伝い、八七橋は綿貫をトンへの野戦病院へと同道した。ふらつく綿貫に肩を貸すため、バクが随伴した。

「畜生……」

 と、綿貫は震えながら、繰り返し唸るばかりだ。トンへの野戦(病院)もウクルルと同様、患者は野ざらしで、これまた病人のような衛生兵たちが水や粥を手にして、ふらふらと患者の間を巡っている。

 軍医はおざなりに綿貫を診断し、事務的に告げた。

「熱帯熱だな」

 そんなことはわかっている。治療してもらいに来たのである。しかし、軍医は実に無愛想だった。

「栄養をとって安静にしているしかないな」

 こういう傲慢な人間に対して下手に出るとよけい増長させる。八七橋は大きな体格にモノをいわせ、圧力をかけながら相手を見下ろした。

「栄養がとれるのか、ここで」

「無理だな」

「じゃ、キニーネでもアクリナミンでも、とにかく薬を寄こせ」

 軍医は八七橋の高圧的な態度に戸惑い、顔色をうかがうように口調を変えた。

「わずかな医薬品や糧食も空襲や砲撃で吹っ飛ばされたからね。ない袖は振れないんだよ。ここには千五百人の患者があふれています」

 ついには敬語になった。

「あとからあとから半死半生の連中がたどり着きますが、収容を断ることも多いんです。収容したところで……」

「自決の強要か毒の注射か」

「…………」

「こちらは少将閣下だぞ。優遇してくれ」

「特別に屋根のある寝床を提供できるくらいです。ただし床はありません。地べたに枝葉を敷いただけです。それでよければ」

「よくはない」

 こんなところに入院させても、食い物もろくに与えられずに重篤化するだけだろう。八七橋は綿貫を連れ、集落へ戻った。途中、綿貫は歩きながら小便を垂れ流した。高熱のため筋肉が弛緩しているのである。

「ざまアねぇなあ」

 バクが肩を貸しながら無遠慮に舌打ちすると、

「貴様、いずれ銃殺にしてやる」

 綿貫は負けずに悪態をついた。こういう男は生命力が強い。

「へいへい。銃を持てるほど元気になってくださいや」

 バクは鼻で笑った。 

 集落へ戻り着くと、タン・テンが困り顔で迎えた。

「病院へ行ったのに、ナーブー閣下はよけい顔色を悪くして戻りましたな」

「病院とは名ばかり。治療どころじゃない」

「困りましたな。どうされます?」

「下流のシッタンを目指したいんだが」

 チンドウィン河の渡河点はいくつかあり、ここトンへもそのひとつのはずだが、組織的計画的な渡河は行われていない。一か八か、筏を組んで漕ぎ出す兵たちもいたが、昼間はイギリス機の餌食となり、夜間は浮流物にぶつかり、転覆して濁流に沈んだ。岸近くの流れは比較的おとなしいが、中央部は表面と河底が二層に分かれ、河底は急流のため、表面には轟々と大きな渦が重なり合っている。吸い込まれたら浮き上がることはできない。

 多くの部隊はシッタン周辺に集結し、渡河の順番を待っている。シッタンなら野戦病院も規模は大きいはずだ。しかし、トンへからは直線距離でも五十キロ。徒歩なら倍はあるだろう。河岸はいたるところ氾濫し、多くの支流も暴れ放題で、膝まで没するぬかるみが広がっている。踏破するのは困難である。

「シッタンの手前まで舟を出しましょう」

 と、タン・テンは申し出てくれた。チンドウィン河は岸辺付近なら流速も急ではなく、現地人は舟で上流下流を往来している。

 囚人部隊は脱落者が相次いだので、綿貫少将とアーシャの他には、八七橋以下、三文、バク、五右衛門、合わせて六人に減っている。とはいえ、大きめの舟は日本軍に徴発されてしまい、現地人が隠している小さな丸木舟では六人は窮屈すぎるだろう。漕ぎ手も必要である。

「二艘用意しましょう。漕ぎ手もおります。しかし、マスター。シッタン周辺は日本兵が各地から押し寄せ、トンへよりも混乱しています。病人が治療を受けられる保証はありませんよ」

「そのことだが……」

 垂れ流しの綿貫を見ているうち、彼の症状が切迫していることを実感して、八七橋には突飛な考えが浮かんでいた。

「イギリス軍が俺たちを探しているといったな。そんなに神像が欲しいなら、返してやろう。引き換えに薬をもらう」

「泥棒のイギリスにインドの宝を返してやりますか」

「インドの女神はあんたたちに功徳を施すためにここまで来た。もう役目は終えた」

「おお。なるほど」

 よくも口から出まかせがいえるものだと八七橋は自分にあきれたが、まんざら嘘でもない。タン・テンも素直に頷いた。

「よろしい。イギリス軍の野営地はわかっている。連絡してあげましょう」

 タン・テンに英軍との橋渡しを依頼し、八七橋は和尚が「修行」する寺院へ足を運んだ。一人の僧が声をかけてきたので、挨拶だけで通り過ぎようとしたが、ふと気づいて振り返った。

「あ。和尚か」

 敝衣蓬髪だった和尚だが、剃髪し、赤茶色の僧衣をまとっている。

「なかなか似合ってるじゃないか」

「頭がカミソリ負けで痛いです」

「和尚。女神像を渡してくれ。英軍に返す。薬を手に入れないと少将閣下は死ぬ」

「正気ですか、八七橋さん。敵と取り引きできるんですか」

「駄目モトだ。奴らの騎士道とやらに期待するしかない」

「光機関の考えることはわかんねぇです」

 和尚は納得した様子でもなかったが、青銅の女神像を渡してくれた。

 

 集落のはずれにある広場が待ち合わせの場所だった。

 八七橋は腰に拳銃を吊っただけで、一人で向かった。軍服は日本陸軍将校用防暑衣である。普段通りの日英混合でもかまわないと考えていた八七橋だが、それでは取り引き相手に何をいわれるかわからない。五右衛門がどこからか調達してきたものだ。

 ジープが現れ、後部席では下士官が銃を持って警戒しているが、運転しているのは士官だった。日本軍では考えられない。その運転手が車を降り、無造作に近づいてきた。この男が取引相手だった。

「ヤナハシ中尉かね」

「いかにも。ヤナハシです」

「私はフォスター少佐。ブルース大尉から君の部隊のことは聞いた。彼は今、インパールで任務についている」

 少佐は煙草を取り出した。

「やるか?」

「じゃ、こちらも特製のやつを」

 八七橋もポケットから手製の煙草を取り出し、英国製JPSと交換した。トウモロコシの皮で巻いた超特大の一本だ。少佐は目を丸くした。

「……凄いな」

 八七橋が耐水マッチで火をつけてやると、目をしばたたき、咳き込んだ。

「君たちがチンドウィン河を渡る前にこうして会えて、よかったよ。向こうへ行かれたら、わが軍の追走もスローダウンせざるを得ない」

「挨拶はすんだ。取り引きしよう」

 八七橋は背嚢から女神像を取り出し、少佐へ渡した。少佐は撫で回すように無事を確認した。

「インド美術の至宝だ。こいつを持ち逃げするとは……日本兵もなかなか見る目がある」

「アジア人が作ったものだからな。欧米人より見る目があるかもな」

 イギリスの植民地支配に皮肉をこめながら、八七橋が手を差し出すと、少佐は小さな紙箱を寄こした。キニーネと希釈液のアンプルが数本ずつ、それに注射器が納まっている。

「使い方はわかるかね」

「心配無用だ」

「病人がいるのか。敵軍に薬を求めるくらいだから、重要人物なのかな。降伏したまえ。こちらの野戦病院なら治療を受けられるぞ。階級にふさわしい、兵隊とは別の特別待遇もできる」

 八七橋が将官を護送していることは察知しているようだが、フォスター少佐はあまり興味なさそうだ。八七橋も余計なことはいわない。

「気持ちだけ頂いておく。では、これにて」

 少佐に対して敬礼し、背を向けた。着慣れない軍服は窮屈だった。

 

 綿貫少将に薬を与えて一日休ませたあと、囚人部隊は雨の合間を縫い、チンドウィン河へ漕ぎ出した。二艘の丸木舟に分乗し、漕ぎ手は前後に二人ずつの計四人で、すべて女だった。前後で「ヘイ」とか「ホイ」とか掛け声を交わしながら、でかい杓文字のような櫂を操るのである。下流へ届ける野菜の他に擬装用の葦や雑草を積んでおり、八七橋たちはその下に身を隠した。

 夜が明け、周囲が明るくなると、女たちは笑いながら空を指した。「ブーンブーン」あるいは「ズーンズーン」と騒いでいる。「Zoom」は英語圏の「ブーン」である。陽気な彼女たちにも緊張感が漂い、頭上に爆音が近づいてきた。雲間に現れた飛行機が降下してくる。

 女たちは頭から笠を取って大きく振った。現地の女と見れば、イギリス機は攻撃してこない。翼を傾けながら、低空を飛ぶ機内にパイロットの顔が見える。

 納得したらしく、上昇して飛び去った。爆音が聞こえなくなると、腹を下している者は尻を河面に突き出して用を足した。日本兵には当たり前のことだが、ビルマの女たちの目の前でこれをやるのは無礼千万である。彼女たちは大声で騒ぎ立てたが、怒っているのか笑っているのか、わからない。

 とりあえず謝れ、と八七橋は日本語で怒鳴った。

「大袈裟に身振り手振りで謝れ! 泣き真似くらいしろ! このガラクタども!」

 女たちが本気で怒り出す前に、八七橋が率先して叱りつけた。叱ったり謝ったりするうち、イギリス機は何度も飛来し、そのたびに同じことが繰り返された。

 トンへとシッタンの中間点となるインターバンで一旦上陸し、女たちは積んできた野菜を市場へ運んだ。烈兵団司令部の移動先でもある。八七橋たちは岸辺の小屋で副官の一人をつかまえ、宮崎少将の消息を尋ねた。返答は素っ気ないものだった。

「宮崎閣下は現状報告のためシェボーの第十五軍司令部へ向かった」

 と聞いた。シェボーは北ビルマ平原の中心で、マンダレーの北百キロ。宮崎繁三郎はすでに烈兵団の歩兵団長ではなく、宮崎支隊からも離れていた。烈兵団には河田槌太郎新師団長が着任しており、宮崎にも新たな任務が発令されるはずだ。

(追いつかねぇもんだなあ)

 ディマプールで綿貫を拾って以来、一月半も歩いている。囚人部隊がシェボーに達する頃には、宮崎はそこにいないだろう。

「渡河の状況は?」

「八月末日には師団すべての渡河を終わらせる予定だ。他の師団も同じようなもんだろう」

「終わる見込みがあるのか」

「間に合わなかった連中は英印軍と一戦まじえ、命があれば各自で渡河してもらうことになる」

「つまり、見捨てて置き去りということか」

 副官に文句をいっても詮ないことである。八七橋はおとなしく呟いただけだが、綿貫はあたりかまわぬ大声を発した。

「兵隊なんかどうでもいいが、俺は最優先で渡河させろ」

 凄んだところで、副官には暖簾に腕押しである。

「ここにはあんたたちみたいなのが毎日押しかけてくる。うしろを見ろ」

 小屋の中にも外にも順番待ちの汚らしい士官や下士官が列をなしている。

「河田師団長に談判する。どこにいるのか」

 と綿貫はわめき続けた。

「ヘロウとシッタンの状況を視察されています」

「へっ。そりゃ逃げ回るだけの軍隊じゃあ、師団長閣下も視察しかすることがないよなあ」

 熱が下がり、少しばかり元気になると、綿貫の狷介さも復活した。

「けっ。ははははは」

 勝ちどきでもあげるように粗暴な嘲笑を放ったので、副官はあきれ顔でそっぽを向いてしまい、もはやこれ以上の会話も交渉もできなかった。

 八七橋たちはインターバンで舟を降りるつもりだったが、漕ぎ手の女たちがもう少し乗せてくれるというので、さらに日が暮れるまで河を下った。

 シッタン手前のヘロウでは遠くに砲撃音も聞こえ、前線のキナ臭さが漂っている。舟旅はここまでだった。女たちにイギリスの軍票を渡そうとしたが、彼女たちは笑って受け取らなかった。しかし、五右衛門が金平糖を一袋持っていたので、これを差し出すと、大喜びで受け取った。彼女たちはこれからトンヘまで濁流を遡上して戻るのである。その労苦に報いるにはまったく足りない謝礼だった。

 彼女たちと別れ、八七橋は五右衛門に尋ねた。

「どこで手に入れた?」

「へっ。司令部という宝の山に行って、手ぶらで帰ってくる奴がありますか」

「お前がいてくれて、よかったと初めて思ったよ」

「恐縮です」

 五右衛門は落花生の袋を掲げた。これも盗んだらしい。

「食いますか」

「今のは取り消す。ほめたわけではない」

 夜、チンドウィン河の岸辺に広がる葦原には無数の鬼火が燃えた。その下には日本兵の死体が折り重なって埋もれている。

骨喰丸が笑う日 第二十回

骨喰丸が笑う日 第20回 森 雅裕

 囚人部隊はタナンを経てミンタミ山系を西から東へと横断し、チンドウィン河の西岸を目指した。

 途中の集落の廃屋には床下まで日本兵の死体があふれ、木陰や岩穴にも折り重なっている。それを食い散らかすのがハゲタカだ。死体を見慣れた囚人部隊もその惨状には叫び声をあげ、半狂乱でハゲタカを追い払った。山道では死体の合間を縫って歩き、血便の海の中で立ったまま小休止することもある。

「こんな戦争があるか。地獄だ。俺たちは地獄を歩いている」

 ぶつぶつと誰かが呟いている。俺かな、と八七橋は自問した。これが現実なのか悪夢なのか、それすらも覚束ない。そんな行軍を続け、トンへの北側まで到達した。崖下、葦原の向こうに巨大な濁流が広がっている。ようやくここまで来た。

 雨季のチンドウィン河はその幅およそ一キロ。日本軍三個師団がインパール目指して渡河した五か月前とは様相が一変していた。

 雨宿りに都合のいい廃棄トラックがあった。内部から日本兵の死体を引きずり下ろし、綿貫少将は呻きながら転がり込んだ。彼はマラリアを発症していた。軍隊では発熱といわず熱発という。綿貫はこの熱発に見舞われた。

「夜中はちっとばかりよくなるが、昼はしんどい」

 兵の分まで食っていた彼が食欲もなくし、震えながら関節の痛みを訴えた。

「畜生。こんな死体だらけ虫だらけの山道を来る日も来る日も歩かせるからだ。俺は少将閣下だぞ。ウクルルやフミネで車か馬を調達できただろ」

「できませんでした」

 八七橋は子供をなだめすかすように、いった。

「第十五軍(ビルマ方面軍)の将官ではない綿貫閣下の名前には何の効力もありません。車も馬も貴重です。なんでこんなところをうろついているのかもわからない謎の人物よりも優先して運ぶべき人物や物資があるんですよ。何万という軍隊が総崩れになっているんですから」

「ふん。役立たずめ」

「恐縮ですが、もっと閣下が怒りそうなことがあります」

「まさか……キニーネがないというんじゃあるまいな」

「はい。そのまさかです」

「あーあ。いわんこっちゃない。俺以外の者に無駄遣いしやがって」

「トンへには野戦病院があります。明日には着きますよ」

「ふん。謎の人物を治療してくれりゃいいがな」

「無駄遣い」といわれたアーシャがいつになく恐い顔で診断した。

「閣下は悪性の熱帯熱です。半月はこの状態が続きます」

 彼女は三日熱だったので、致命率は高くない。キニーネの甲斐あって、不快感などの副作用は続いているものの、症状は改善している。熱帯熱には三日熱のように周期的な「熱発」はない。しかし、アーシャはきびしい所見を下した。

「半月後には腎臓や脳の障害を併発するでしょう」

 マラリアで脳を冒され、意味不明な奇声をあげながら徘徊する病兵はいくらでも見かける。その先にあるのは死だ。

「俺ももう駄目です」

 そう嘆いたのは和尚である。靴を脱ぎ、半泣きでうなだれた。泥濘化した山道を歩けば靴に土砂が入るので、皮膚が擦り剥けて赤くただれる者は多いが、和尚の場合はそれに加えて水虫が悪化し、骨まで露出している。ボロ布を巻き、軍靴を裂いて広げ、無理矢理に足を入れているのである。

 付近の民家で休ませてもらえればいいのだが、敗残兵が押し寄せるため、根は親切な現地人とはいえ、いい顔はしなくなっている。

 和尚は痛みに顔をしかめながら、いった。

「考えがあるんですが」

「何だ?」

「ここはビルマです。熱心な仏教国です。僧侶を非常に尊敬する。誰かが日本のジージーポンギー(高僧)に化け、現地人に有難いお経を聞かせてやって、一宿一飯にありつくというのはどうです?」

「バレたら、ぶち殺されても文句はいえんぞ」

「背に腹はかえられませんよ」

 欧米には従軍牧師などが存在し、日本にも軍属の従軍僧というものがあるが、ほとんど有名無実である。戦争が激化すると、僧侶や神官という聖職者も一般人と同じく徴兵され、配属先で必要に応じて仏事や神事を行う程度であった。

「当然、高僧に化けるのはお前なんだろうな。キリスト教徒のくせに仏教のお経を唱えられるのか」

「ダテに和尚と呼ばれてるわけじゃありません。般若心経くらいは心得ています。それで足りなきゃ適当に引き延ばしますよ。どうせ日本語なんかわかりゃしない。お経らしく唸ってやればごまかせるでしょう」

 ビルマ人の敬虔な信仰心を知っている八七橋は気が進まなかった。ためらっていると、綿貫と目が合ってしまった。

「ふん。兵隊なんかどうでもいいが、この俺は屋根と壁と床と火のあるところで休み、服も乾かさないと重症化するぞ。自分の任務を思い出せよ、中尉」

 斥候に出ていたバクと三文が戻ってきて、

「この先に小さな集落があります」

 と報告した。現地の村人をだますのは、まず様子を見てからだ。雨の中、椰子の林をかき分けた先に数軒の家が建っていた。高床式の中農以上の家を選び、近づくと、軒下で鍋料理の準備をしていた女たちが、主人らしき初老の男を呼んだ。

「ジャパンマスター。私はタン・テン」

「よろしく。ヤナハシです」

「おかしな日本軍が来るかも知れないと聞いておりました」

「おかしな……? 誰がそんなことを?」

「数日前にイギリス軍が来ましてなア。隣村に宿営しています」

 八七橋たち囚人部隊に執着しているのが英印軍ではなく、イギリス軍というのが胸に引っかかった。宗主国の執念を感じる。

「隣村は近いのか」

「歩いて半日です。でも、小さな部隊で、日本軍と戦闘するつもりはなさそうです。あなたたちもおかしいが、イギリス軍もおかしい」

 はぐれ部隊らしい。英印軍の主力ならチンドウィン河のもっと下流側……南へ進出している。

「俺たちがおかしな日本軍かね」

「日本兵らしくない身なりで、女連れのナーブーが威張っていると聞きました」

 ナーブーとはビルマ語で「変態」というような意味である。

「ああ。それなら俺たちかも知れんなあ。イギリス軍はナーブー閣下を探しているのかな」

 八七橋は目線で綿貫を指した。椰子の下にへたり込んでいる彼を見やり、タン・テンと名乗った現地人は一笑に付した。

「へ。ありゃアいかにもナーブーらしいですが、あの男に何か値打ちがあるんですか」

「ありふれたマラリア患者だよ」

「イギリス軍はあなたたちがインドの宝を盗んだといっていた」

「宝?」

 心当たりは神仏像しかない。

「戦争しながらそんなものを追いかけているのか。奴らは余裕があるなあ」

 しかし、神仏像はトラックごと置いてきたはずだが、それでは足りないのか。

 イギリス軍が迫っているとなれば、ここは現地人を味方につけるしかない。八七橋は「高僧作戦」の覚悟を決め、自分の背後を振り返った。人間の形をしたボロ布の集団が立っている。その中で、仲間に肩を借りている一人を指した。

「実はあの男は立派な高僧でしてね。日本兵の魂の救済を行っている」

「ほおほお。それはそれは……」

「ここで休ませてもらえたら、あなた方にお経を唱えて差し上げることもできるのだが」

「おお。ぜひお願いしたい。隣近所の者たちも呼びます」

 ビルマでは僧侶に布施をすることは積善行為とされる。その信仰心につけ込むのは心苦しかったが、八七橋は任務遂行のために良心を振り払った。

 家の高い床下は土間になっていて、竹や板を敷いた一角もある。とりあえず、部隊はここで一旦装備を下ろし、火の近くで濡れた服を乾かした。

「ここいらには英軍の手が回っているらしい」

 と、八七橋が兵に交替で周囲の警戒を命じると、綿貫が憎々しげに吐き捨てた。

「ふん。逃がしてやったイギリス士官が報告したんだろ。ガラクタ部隊と油断させといて、実は重要人物を護送しているとな。お人好しの現地人が俺たちを、いや俺を売ろうと考えつかなきゃいいが」

 そんな言葉は無視して、八七橋は和尚を見やった。彼はドクダミらしき正体不明の草をつぶした応急薬を血まみれの足へ塗り、わずかながら人心地がついたようだ。

「和尚。俺たちが売られるかどうかはお前の高僧ぶりにかかっている。頼むぞ」

 彼らは装備を担いで、梯子のような階段を上がり、床上の部屋に祭壇を準備した。蝋燭を立て、

「ふんふん」

 和尚は何かを自分にいいきかせるように、背嚢から鈍い光沢を放つ金属細工を取り出した。八七橋にも見覚えがある。女神像である。

「これはインドの神像ですが、宗教は違っても、信仰の根本は同じです。これを拝みましょう」

「おいおい。こんなことだろうと思った。トラックに残してこなかったのか。こいつはイギリス軍もお気に入りのよほど貴重品らしいぞ。十二、三世紀の何とかだといってたな」

「ディーヴィーです。宗教を超越した見事な芸術品だったので、手放せなかったんです。自分が無事に日本へ帰ることができるかどうかもわからないのに。笑えますな。あははは」

「笑う余裕があって結構だ」

 潰走する日本兵は装備品をことごとく捨てて歩いている。神器のごとく扱ってきた菊の御紋の三八式歩兵銃など真っ先に捨てた。ほとんどの兵は飯盒と水筒しか持っておらず、裸同然の身なりの者も珍しくない。囚人部隊はまだ装備充実し、余裕があるといえる。

 タン・テンが隣人、近所の住民を引き連れて現れた。祭壇のインド神像に目をとめ、異教だと咎めることもなく、むしろその姿に見とれた。

「有難いものですなあ」

 純朴な現地人である。しかし、馬鹿ではない。

「ははあ。イギリス軍が探しているのはこれですかな」

「…………」

 八七橋はタン・テンを凝視し、無言の圧力をかけた。タン・テンは善良な笑顔を返した。 

「イギリス軍には知らせませんよ。この村が戦場になっても困る」

 八七橋は感謝をこめて大きく頷いた。タン・テンが呼んだ住民の中に一人、ちらりと八七橋と目が合った若者があったが、特に気にはしなかった。

 部屋にはタン・テンの家族、隣人たちが集まり、八七橋たちを合わせると十人を越えた。だが、この場に見えない顔もあった。

 床下から途切れがちな叫び声が聞こえた。取り残された綿貫である。八七橋が覗くと、悪寒に歯を鳴らしながら不満を吐いた。

「俺を一人にするな」

 ぐったりしているが、口調だけは強い。

「自分たちだけ、うまいもの食う気か」

「おや。食欲おありですか」

「あるか、そんなもん。ないが、のけ者にされると腹が立つ」

 この傲慢な男も精神的にまいっていた。一人になるのが不安なのである。仕方がない。引きずるようにして床上へ運び、祭壇の前に端座する人々のうしろで、壁にもたれさせた。

 部屋には荘重な緊張感が漂っていた。これは予想外だという面持ちで、和尚が八七橋を見やった。粛とした空気の中では、首を回した音さえ聞こえそうだ。もうあとへは引けない。八七橋は深く頷き、彼を祭壇へと送り出した。そんな和尚を拝む者もある。

 和尚は痛めた足に苦労しながら胡座をかき、祭壇に正対して深呼吸すると、おもむろに口を開いた。

「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時……」

 唸るように般若心経を唱え始めた。なかなか堂に入ったものだ。だが、般若心経は三百文字に満たない経文である。和尚はひとしきり言葉をひねくり出し、周囲の様子をうかがったが、タン・テンたちは微動だにせず、拝み続けている。

 和尚はさらに軍人勅諭や島崎藤村の詩まで繰り出して時間を稼いだ。八七橋はビルマの仏に許しを乞いながら聞いていた。

 時折、「へっ」「ふっ」と場違いな声が部屋の隅から発せられた。綿貫である。熱発で、うわごとを洩らしているのかと思ったが、失笑であった。

「へっ。神仏に祈って願いがかなうなら、俺のマラリアをなんとかしてくれ」

 そんな悪態までついた。傍らにいたアーシャがなだめたが、綿貫は沈黙しなかった。吐き散らす言葉のほとんどは意味不明だったが、空気はぶちこわしだ。和尚のあやしい誦経が一段落したところで、列席の中から若い男が立ち上がった。

「もうよろしいです」

 日本語だと気づくのに少々手間取ったが、八七橋は血の気が引くのを自覚した。もともと顔色は最悪だから表情には出なかっただろうが、言葉がわかる者がいるとは予想しなかった。慎重な八七橋も疲労で注意散漫になっていた。

「あの人は何を笑っているのですか」

 男は綿貫を目線で指した。八七橋は神妙に答えた。

「マラリアで熱に浮かされ、呻いているのです。笑っているように聞こえるのは、脳をやられたせいでしょう。……あなたは?」

「マンダレーで日本語を勉強しました。日本軍の通訳をやったこともあります」

 男は和尚に冷徹な表情で迫った。

「あなたが本物の僧なら、その証を見せていただきたい」

 うろたえる和尚にかわって、八七橋は背嚢の荷物を漁り、いくつかの品々を取り出した。

「戦死者の遺品や遺骨を預かっている。彼らを慰霊し、遺族に届けると約束しました」

 コヒマの戦場で散華した戦友たち、綿貫の副官だった手柄山の指の骨や軍隊手帳などを広げた。手帳にはさんだアラカン桜の押し花はすでに黒く黴びていた。

 なおも男は追及した。

「僧侶であるなら、何故、でたらめな経を読むのか」

 ばれている。和尚は懸命に弁明した。

「実は私はキリスト教の神父なのです。しかし、戦地で日本兵を供養する時には仏式が求められ、戦死者は神社に祀られます。もともと日本では宗教が混在しているんです。インドの神像を大事にするのもそのためです。とはいえ、不完全なお経を読んだことは申し訳ない。お許しください」

 日本の仏教とビルマの上座部仏教は大きく異なる。妻帯し、従軍もする日本の僧侶など、ビルマ僧からすれば破戒僧であり、天皇崇拝や戦死者慰霊の式典は邪教の所業でしかない。ましてやキリスト教の神父がそれを行うことなど、ビルマ人は怒るべきか笑うべきかも迷うだろう。

 男がこの異常事態に戸惑っている隙を逃さず、八七橋も謝罪した。

「彼だけが悪いんじゃない。責任者は私だ。日本には、貧すれば鈍するという言葉があります。我々は飢えて疲れて、愚かなことをしてしまった」

 囚人部隊の全員で頭を下げたためか、男は彼らを責めることはしなかった。

 何が起こったのかとタン・テンが尋ねたが、男は、

「宗教が違うようだ」

 としか答えなかった。偽の高僧だとは糾弾されなかったので、タン・テンは彼らの前に食べ物を並べてくれた。

 土鍋一杯のジャガイモと野菜、鶏肉のトマト煮、粥、魚の塩漬け等々、飢えた日本兵には豪勢すぎる饗応である。

 兵たちは交替で歩哨に立ちながら、夢中になって掻き込んだ。アーシャも婦人部隊の軍人であるから、見張りに立った。

 気づくと日本語のできる男は姿を消していた。

「村はずれにパゴダ(仏塔)があり、寺院もあります。そこへ行きましたよ」

 と、タン・テンがいった。この集落へ入る前、斥候に出したバクと三文は寺院があることなど報告しなかった。八七橋は、食事をむさぼっている彼らを嘆息とともに睨んだ。

「お前ら、どこを見ていたんだ」

「ここはビルマですよ。寺くらいそこら中にあります」

 喜ばしい状況ではないようだが、八七橋たちがこの場から逃げたところで、好転するとも思えなかった。不安やら反省やらで八七橋は苛立ち、呼吸すら忘れて食い物を口へ押し込んでいる和尚に、強い口調を投げた。

「和尚。ガツガツ食うな。ビルマの僧侶は托鉢を受けたものは肉でも魚でも食う。それが信者に功徳を積ませるという考えだ。しかし、午後は食事をしない。酒なんか論外だ。まあ、日本の僧侶は違うとはいえ、現地人を幻滅させてはいかん」

 綿貫には逆の言葉をかけた。

「綿貫閣下は無理してでも食わなきゃいけませんよ」

 綿貫は鍋の汁を器に取り、それを啜るばかりだった。 

「薬をむさぼり食いたい気分だ。インドに入った時、マラリアの予防に飲んだアクリナミンのクソ苦さが懐かしいわ」

 この男は自分のせいで偽の高僧が露見したことなど、気づいてもいないようだ。

 食い終わった頃、先刻の男が戻ってきた。

「セヤドー(指導僧)にあなたたちのことを話しました。寺院へお越し頂きたい」

 拒否すれば、彼らの正体を村人たちに暴露されるかも知れない。八七橋に選択肢はなかった。

「我々は軍人だ。武器は携帯しますよ」

「いいでしょう。ただし、寺院の入口で預かります」

 やむを得ない。ビルマの寺院は靴や靴下さえも脱ぐべき聖域だ。

 体調の悪い綿貫と看護のアーシャ、護衛の兵たちを残して、八七橋と和尚は男のあとに続いた。外は曇天と樹林の影で時刻もわからない。時計などは猛烈な湿気のため、はるか以前に壊れている。日没が近いが、すでに暗かった。

 和尚は不安を抱えていたものの、もともと深刻に悩む性格ではないようだ。

「我々はどうなるんですかね。仏罰を受けますかね」

「毎日、死体だらけの地獄を腹を減らして歩いてるんだ。これ以上の仏罰があるか」

「それもそうだ。腹一杯食えたし、思い残すことはないです」

 極限状態が続き、誰もが感覚がおかしくなっている。八七橋も命など惜しくはない。しかし、綿貫を護送する任務がある。現地人の信頼を失うのも心外だった。まだこの世に未練がある。

 集落のはずれに、辺境には不釣り合いなほど立派なパゴダが建ち、少し離れたところに寺院もあった。奥まった一室に「連行」されると、そこには老齢の指導僧が端座していた。世俗から超然とし、威厳と慈悲をたたえた風貌で、これはもう八七橋たちとは役者が違う。

 ここへ案内してきた男が通訳として立ち合い、指導僧が口を開いた。

「日本軍と英印軍が入れ替わり立ち替わりで現れる。先日はイギリスの将校がやってきた。今日は宗教というものに無分別な日本の高僧がお出ましか」

 皮肉に聞こえるが、悪意を感じさせる表情ではない。

骨喰丸が笑う日 第十九回

骨喰丸が笑う日 第19回 森 雅裕

 軍曹は八七橋以下の囚人部隊を睨め回した。

「偉そうなことぬかして、光機関は女連れで撤退かいな。ええ身分やのう。わしらにもお裾分けしてくれや。さもないと、これやでぇ」

 軍曹はこれ見よがしに拳銃を向けようとした。

「ほれほれ。恐ろしいやろ」

 八七橋の短機関銃が火を吹く方が早かった。もはや威嚇ではない。軍曹は派手に血しぶきをあげながら横転した。

「ひえええっ」

 他の野盗兵たちは悲鳴をあげながら三八式歩兵銃を振り回したが、構えも何もなっていない。囚人部隊が銃口を突きつけると、抵抗しなかった。

「う、撃たないで」

 がちゃがちゃと銃を投げ捨て、溺れるように両手を振った。

「堪忍してくださいっ。悪いのはその軍曹殿ですっ。わしらは軍曹殿に命じられて、仕方なく従っただけなんですう」

「ふん。仕方なく、そんなに肥え太ったのか」

 ボロ布をまとった骸骨のような日本兵が続々と倒れている惨状の中で、この野盗兵どもは前線にも行かず、街道にたむろして物資を着服していたのである。

 一人の兵が拝むように合掌しながら、いった。

「自分なんか、これでもウクルルの野戦病院で殺されるところを逃げてきたんです」

 聞き捨てならないことをいう。

「おい。病院で殺される……とはどういう意味だ」

「自分はマラリアで入院していた輜重兵なのであります。後方へ移送する車両部隊が来るからと、患者は病院近くの谷間へ集められたんです。六月末から七月初めでした。迎えの車なんか嘘でした。毒を注射されたり射殺されたり、自決を強要された者もおりました。なにしろ千人からの数ですから、仕舞いには薬も弾も使うのが惜しくなったらしく、動けぬ患者はそのまま放置です。ウジに食い殺されろというわけです。自分はなんとか這い出し、そこの軍曹殿に助けられたのであります」

「病院から見捨てられるほど半死半生だった患者を悪党一味が助けるというのも妙な話だ」

「自分は輜重兵が物資を隠匿している場所を知っておりましたから」

「お前たちの優雅な軍隊生活はそれを横取りしたおかげか」

「あ、はい」

「なら、お前ら、近くに物資を溜め込んだ根城があるんだろ。案内しろ」

 八七橋がそう命じるのを聞きつけた綿貫少将が、

「ほお。お宝が隠してあるのか」

 と、頬を緩ませた。囚人部隊の足取りも少々軽くなったが、相笠曹長は八七橋と肩を並べて歩きながら、憂鬱な声を発した。

「イヤな話を聞きましたな。ウクルルの野戦病院……」

「有り得る話だ。あの野ざらしの病院なら予想できたことだが……」

 負傷したハカセを置いてきた。他に選択肢はなかった。無事を祈るしかない。

「ガダルカナルでも自決者は多かったですし、追い剥ぎみたいな野盗兵も珍しくなかった。しかし、自決は卑怯だという風潮もありました」

 相笠のその言葉を綿貫が聞きつけた。

「何だ、お前。ガ島帰りなのか。どこの部隊か」

「野戦重砲兵第七連隊」

「ふうん。奇遇だな。俺の弟と同じだ。優秀な弟だ。俺ほどじゃないが」

「へええ」

 相笠は興味なさげな生返事だったが、綿貫は意地悪く目を光らせた。

「野戦重砲兵第七連隊の本隊はラバウルだが、ガ島へ単独転用された中隊があったそうだな」

 野戦重砲兵第七連隊の第二中隊は四門の九二式十糎加農砲をジャングルの奥深く擬装し、この砲の低伸弾道と長射程を活かして、五か月にわたって、米軍のヘンダーソン飛行場へ嫌がらせ砲撃を続けた。米軍は砲陣地を懸命に捜索したが発見できず、憤怒と畏敬をこめ、これを「ピストル・ピート」と呼んだ。

「そうかそうか。相笠……。聞いたことがあるぞ。ガ島撤退の時、敵の逆上陸撃退要員として居残りを命じられ、軍刀抜いてゴネた将校がいたそうだの」

「そうですね」

 相笠は取り合わないが、近くを歩いていたカノンが声を荒げた。

「そうですね、じゃねぇでしょう。相笠さん。あんたが本当のことをいわないなら、俺がいいます」

 カノンは綿貫に強い語気をぶつけた。

「俺はガ島で相笠さんの部下だったんだ。綿貫閣下。あんたの優秀な弟さんとやらも存じておりますぜ」

 綿貫に負けじと挑発的な表情を作ったが、当の相笠は面倒そうだ。

「あのなあ。昔話なんかよりも目の前を見ろ」

 山林やジャングルで戦った者は、人が住む地域は遠方からでも気配で察するようになる。 

「ほれ。宝の山に到着したぞ」

 雑木林の奥の岩場に木々や枝葉を寄せ集めた簡素な小屋がいくつかあり、それが野盗兵の野営地だった。何人かの兵が留守番をしており、近づく彼らを敵意むき出しの視線で迎えた。

「何じゃ、おま……」

 いいかけたのを、

「全員、そこへ並べ!」

 八七橋の怒声がさえぎった。囚人部隊の面々は油断なく彼らを囲み、銃口を向けている。野盗兵どもは一癖も二癖もある面構えだが、人相、物腰の凶悪さでは囚人部隊も人後に落ちるものではない。

「お前らの親玉の軍曹は射殺した。あとを追いたい者は前へ出ろ」

 彼らは顔を見合わせたが、動く者はいない。

「では、物資横領の実態を調べる」

 八七橋にそんな権限などないが、怒りが理屈を越えていた。小屋の中を捜索した。わずか数日の野営地とは見えなかった。

「こんなところに永住でもするつもりか。敵はすぐそこまで迫ってるんだぞ」

 常に英印軍の偵察機が飛び、諜報員や現地人の目も光っている。野営地の所在は隠しきれない。

「もちろん移動するつもりでさア。行商しながら」

 野盗兵たちはニタニタと愛想笑いを見せた。白骨街道には米や得体の知れない肉を売り歩く兵もいる。

「そうか。そりゃ運ぶのが大変だろう。荷物を減らしてやるよ」

 囚人部隊は物色を始めた。小屋の中には米を詰めた麻袋に乾燥野菜、小豆、塩と砂糖もある。

「補給物資の横領は即座に銃殺されても文句はいえんぞ」

 八七橋はそう脅したが、野盗兵は悪びれない。

「軍隊は俺たちに何もしてくれやしねぇ。自力で生きていくしかねぇでしょうが」

「盗っ人にも三分の理だな」

 軍靴があった。綿貫少将は自分のボロ靴を捨て、浮き浮きと履き替えた。その様子を見た野盗兵は、

「あんたたちこそ、俺たちの上前ハネる泥棒でねぇか」

 半泣きで抗議したが、綿貫は冷たく一蹴した。

「ふん。俺は偉いんだから物資を優先的に使用するのは当然だ」

 綿貫は堂々たる図々しさだが、八七橋には良心の呵責がある。

「俺たちだけで独占はしないよ」

 物資を囚人部隊の背嚢に詰め込みながら、いった。

「お前たちにも残しておくし、残りは通りかかる連中が拾えるように街道脇へ運んで……」

 そこへ突然、不気味な風切り音が頭上から落ちてきた。近くで炸裂した。立て続けに砲弾が降り注ぎ、轟音が大地を揺るがした。英印軍の砲撃だ。周囲が爆煙に包まれ、悲鳴をあげながら、野盗兵たちは逃げ惑った。

「そっちは駄目だ! こっちへ来い!」

 八七橋は怒鳴った。彼と囚人部隊は咄嗟に北へと退避したが、野盗兵たちは南へ逃げた。榴弾砲を並べた敵陣地は北である。八七橋の叫びは爆発音にかき消され、届かなかった。

 英印軍の砲撃射程は必ず近くから遠くへと延伸する。こちらが一発撃てば百倍千倍にも撃ち返される最前線の兵なら経験していることである。

 嵐のような砲撃が終わると、あたりの木々はことごとくなぎ倒され、地面という地面は穴だらけになっていた。囚人部隊は無事だが、野盗兵たちは肉塊となって飛び散り、息のある者もいるが、手足を吹き飛ばされ、助かる見込みはない。彼らの小屋も粉砕されてしまい、土砂の中に米や物資が散乱している。

「死体よりも泥まみれの物資の方が胸が痛むぜ」

 誰からともなく、嘆きの声が出た。無事な品々をかき集め、八七橋は指示した。 

「少なくても全然ないよりマシだ。街道へ運んで、通過する兵の目につくように置いておこう」

 野盗兵の死体は砲撃の穴にまとめて埋め、虫の息の者には水を飲ませてやるくらいしかできない。

 力なく水をこぼす兵の口元から相笠は水筒を離して、ちらりと八七橋を見やり、いった。

「軍法会議の手間が省けましたな。英印軍が掃除してくれた」

 八七橋も機嫌はよくない。

「親玉の軍曹は俺が撃ち殺した。後味が悪いぜ」

「戦線離脱の野盗兵だ。銃殺は当然です。殺らなきゃ殺られてた。こいつらは人の心を失った餓鬼だ」

「餓鬼だって、国じゃいい夫、やさしい息子だったかも知れん」

「いいや。本当にいい夫、やさしい息子は軍隊では痛い目を見るだけです。ずる賢い悪党が生き残る。そんな連中が帰国すれば要領よく出世するだろうが、日本は腐っちまう」

 相笠が本心からそういっているのかどうか不明だが、八七橋の心は少しばかり晴れた。罪の意識が軽くなったわけではなく、自分は仲間に恵まれたと実感したからである。

 もっとも、綿貫少将は仲間ではない。げはは、と嘲笑した。

「日本は腐るだと。ほほほ。あはは。へへへ。それならガ島でゴネて生き残った奴も帰国するべきじゃないよな」

 その言葉に反応したのはカノンである。彼は陶然とした表情で戦利品の砂糖を舐めていたが、目つきに現実の光が戻った。

「あのですな、閣下。俺は今、わりと気分がいいんで紳士的に話しますよ。閣下がそこまでおっしゃるなら、俺も昔話をさせてもらいます」

「面白い話なんだろうな」

「相笠さんがゴネたのは事実ですが、経緯はだいぶ違いますぜ。下士官兵だけ残して将校は撤退しろと命令されたのに、部下を置き去りにはできないと相笠さんは拒否し、自分も残ったんだ。俺も一緒です。砲兵なのに、歩兵から餞別がわりの小銃と手榴弾をもらってね。結局、敵と交戦することもなく、命令が二転三転したあげく、ジャングルの中を右往左往させられて、最後の撤退部隊ととともにガ島を離れたんです」

「ふん。そんな立派な将校がなんで降等されたのかな」

「志願して居残ったくせに部下を率いて勝手にガ島を脱出したと糾弾されたんでさア。そう騒ぎ立てたのはラバウルからマニラへ引き上げてきた将校でね。その名前は忘れもしねぇ……」

「ははは。わが弟だったか」

「いかにも。綿貫さんでしたぜ。今回の任務、ディマプールへ綿貫少将とやらを迎えに行くと聞いた時から、イヤな予感はしてたんです。縁者だったとはね……」

「ふん。身の上話はそれで終わりかな」

「相笠さんも俺も『烈』の山砲兵第三十一連隊へ転属となったが、ふてくされて喧嘩に明け暮れる日々。部隊から持て余されていると、宮崎閣下が五八(歩兵第五十八連隊)へ引き抜いてくれたというわけですよ」

「あーあ。一寸の虫にも五分の魂ってわけか」

 綿貫が大仰に欠伸を噛み殺すような表情を見せたので、カノンも怒鳴り出しそうな口の動きを見せたが、相笠が素早く制止した。

「身の上話は好意的な相手に聞かせるもんだ。でなきゃ笑われるだけさ」

 そうそう、と八七橋も呟いた。

 

 アラカン山系の東端に近づくと、標高も千五百メートル前後になり、雑木林と亜熱帯の樹木が混じり合う。フミネはインド・ビルマの国境の町で、密林に覆われた平坦地である。空中で手づかみできるほどのブヨと蚊の大群が囚人部隊を迎えた。

 ここで雀の涙ほどの米と塩をもらい、部隊が荒れ果てた民家で休んでいる間、八七橋は情報収集と撤退路の確認を行うため、光機関の連絡所へ足を運んだ。

 もとは何かの商店だった建物で、ここも撤退の準備中だ。世良中尉に会った。マラムへ綿貫少将救出の命令を伝えに来た男である。

「そろそろ現れる頃だと思っていた。綿貫少将は無事か」

「今のところはな。副官は死んだが」

「囚徒兵たちはどうしてる?」

「一人、ウクルルの野戦(病院)に置いてきた。あそこの患者は自決を強要されるという噂を聞いて、心配しているんだが」

「それは……希望はないかも知れんな。しかし、この先も脱落者が出るぞ。ここいらは疫病の巣窟だ」

「そいつが英印軍よりも恐ろしいよ」

「そういや、お前、英印軍のお尋ね者になってるぞ。何をやったんだ?」

「ん?」

「敵はヤナハシ部隊を探しているという情報が入っている」

「そういえば、伝単に俺の名前があったな。『美術を理解するヤナハシ部隊』とか」

「ははは。そりゃ人違いかも知れんな」

「敵の目当ては囚人部隊なんかではなく、綿貫少将ではないのか。本人によると、重要人物らしいからな」

「綿貫少将の存在は敵に知られているのか」

「行く先々に現地人の目があるんだぜ。威張り散らすジジイは目立つだろう」

「少将がインドで何をやっていたのか、聞いたか」

「教えてくれるもんか。何やら戦争のやり方を一変させる兵器がどうのこうの、のたまわっていた。ありゃ山師だぜ」

「将軍には詐欺師みたいなホラ吹きが多いもんだ」

「いや。本物の山師だよ。何を掘っていたのかが問題だが」

 自分たちが石を運ばされていることは口に出さなかった。光機関の同僚とはいえ、任務の仔細は話さない習慣だ。

「死んだ手柄山という副官は陸士ではなく東大出の学者肌の男だった。彼の軍隊手帳を遺品として預かっているが、軍歴はずっと技術畑だ」

「ふむ。陸軍が朝鮮や中国各地でウラン鉱山を探索している話は耳にしているが」

 世良は八七橋が語らずとも、核心を突いてくる男である。頭がいいというより、八七橋と呼吸が合っているのである。

「インドで掘り当てたとしたら、英印軍がそれに気づいて、綿貫少将を追いかけるかも知れんな」

「気づいていれば、な」

 マッチ箱の大きさで戦艦を吹き飛ばすという夢のような爆弾が開発研究されていることは八七橋も聞いているが、鵜呑みにはできない。科学的に可能だとしても、膨大な費用と資材が必要となるだろうことは想像できる。

 そんな夢物語よりも八七橋には他に気になることがある。

「宮崎閣下はどうされている?」

 烈の佐藤師団長は無断撤退のため罷免され、本来の序列なら宮崎が後任となるのだが、宮崎支隊が消息不明だったので、河田槌太郎中将が後任となった。

「河田閣下が赴任するまでの師団長代理として、宮崎閣下はインターバンの師団司令部へ向かった。閣下は中将に進級された。御本人は喜んでもいないようだが、中将で歩兵団長のままということはあるまいし、市ヶ谷台(参謀本部)に入るような人でもないから、どこか前線の師団長就任が用意されていると思う」

 宮崎はマラムで八七橋たちを送り出す時、必ず追って来い、待っているといってくれた。再会できる確証はないが、約束は守る人物だ。道のりは困難でも、また会えると勇気が湧いた。

 別れ際、世良は乾パンの包みとマラリア薬のキニーネ、下痢止めの赤玉などを少量ではあるが、八七橋に持たせてくれた。

「フミネも物資が払底している。これで勘弁してくれ」

「これだけでもあれば心強い」

 再会を約して、八七橋はこの場を離れた。

 

 フミネを出ると道はいくぶん下りとなり、泥濘化しにくい土質だ。二日歩けばタナンである。ここで変調をきたす者が現れた。外見は誰もが病人に見えるほど疲弊しているのだが、カノンは焚き火の燃え殻を石の上でつぶし、炭粉を飲んでいた。これが日本陸軍流の下痢止めなのである。

「カノン。腹痛か」

 八七橋は世間話でもするように訊いた。下痢は珍しいことではないのだが、これが赤痢であれば事態は深刻だ。

「はあ。しかし、大丈夫です」

 カノンはそういったが、やがてこの男は痙攣性の腹痛で倒れ、動けなくなった。しかも下痢が止まらない。排便のために皆から離れることすらできなくなった。血便を垂れ流しである。

 綿貫が距離を置き、鼻をつまみながら吐き捨てた。

「アメーバ赤痢だな。隔離しないとマズイ。一緒には行けんぞ。俺に感染させるなよ」

 冷たいようだが、それが当然なのである。置いていくしかない。八七橋が赤玉を与えるのを見て、綿貫は口を尖らせた。

「薬なんか与えても無駄じゃないのか」

 赤玉は抗菌薬というよりは下痢止めにすぎない。看護する者がいなければ、投薬も無駄かも知れない。半死半生の日本兵が発症すれば、一、二日で死ぬ。比較的元気なカノンとて数日もつかどうか。

「俺が一緒に残る」

 と相笠が告げると、カノンはうつろな目つきで首を振った。

「そりゃいけません。相笠さん。皆と一緒に行ってください」

「ガ島以来の腐れ縁だ」

 相笠は有無をいわせぬ態度で、悲壮感はない。いかにも戦闘部隊の元・将校である。中野出身者にはない指揮官としての資質を持っている。綿貫少将を護送する任務からはずれることになるが、八七橋も口出しはできない。

「元気を出して、あとから来い」

 そういって、彼ら二人と別れるしかなかった。だが、病人はそれだけで終わらない。

 タナンからシッタンへ南下するカボウ谷地は敵だらけなので、東寄りの山道を進み、ミンタミ山系へ入った。標高千五百から九百メートルの小山脈だが、チンドウィン河の河畔トンへまでは平地が続く。

 その途中で、アーシャが高熱を出した。マラリアである。八七橋がフミネで入手したキニーネを与えようとすると、

「貴重な薬を私に使うべきじゃありません」

 本人は遠慮し、綿貫少将も大きく頷いた。

「アーシャにキニーネを使って、あとで俺がマラリアに罹ったらどうするんだ」

「まあ、その時はその時ですよ」

 八七橋は強引にアーシャに飲ませた。

骨喰丸が笑う日 第十八回

骨喰丸が笑う日 第18回 森 雅裕

 五右衛門が戻ってきて、薄汚れた軍刀を差し出した。

「調達してきましたぜ。どこからどうやって手に入れたかは訊かないでください」

 抜いてみると、あたりまえの話だが、過酷な環境にさらされた刀身は錆びている。

「斬れ味悪そうだなあ。こんなもんで斬られると痛えぞ」

 その抜き身をひっさげ、八七橋は釣谷大尉を廃墟の外へ促した。

「出ろよ、大尉」

「いかれてる。お前たちはいかれてる」

「うるさい。怒鳴り込んできたのはそっちだろうが」

 雨は降っていないが、付近は闇である。空を覆う雲に明るい部分があるのはどこかの火災を反射しているからだ。

 足場の広い場所を選び、八七橋は軍刀を構えた。先祖に刀剣関係の職人がいたためもあり、真剣の扱いには慣れている。中野学校の格闘技訓練は空手が主流だが、剣道の心得がある者も多く、八七橋の刀術も実戦本位である。

 釣谷も軍刀を正眼に構えたが、斬り合いにはまったく慣れていない。軍刀は威張り散らすための道具にすぎず、相手も武器を持っている場合はどうすればいいのか、途方に暮れていた。

 八七橋は無造作に間合いをつめた。釣谷は悲鳴のような気合いを発して、軍刀を振り上げた。八七橋は鐔元を打ち、叩き落とした。切っ先を喉元に突きつけると、釣谷は瓦礫につまずいて転び、叫んだ。

「待て。待て待て。落ち着けっ」

「落ち着いて喧嘩ができるか。撤退路は日本兵の死体であふれ、すでに軍隊としての秩序もない。今さら死体が一つ増えたところで、誰も気にとめない」

「待ってくれ。撤退部隊に米を配っている場所を教える。ここから東に一キロほど行くと赤い屋根の学校跡地がある。そこが糧秣交付所だ」

「ふうん。そうか」

 八七橋は軍刀を相手の眼前から引き下げ、背を向けた。釣谷が背後から襲ってくるようなら斬り殺そうと思うほど気持ちが荒んでいたが、何事も起こらなかった。

 

 翌日、部隊の兵たちと交付所へ行ってみると、敗残兵の行列ができていた。立っていられず、座り込む者も多い。

 ここでも輜重兵の横暴がまかり通っていた。

「コラコラ。臭いからあまり近寄るな」

「ほれ、オンボロ少尉、さっさと飯盒を出せや」

「こいつら、負けて逃げ帰ったくせに食い意地だけは張ってやがる」

 血色のいい伍長や上等兵がボロボロの将校を嘲笑しているのである。そればかりではない。列にはインド人やビルマ人の通訳も並んでいたが、

「お前らにやる食い物はない」

 と、追い返されていた。これには八七橋も堪忍袋の緒が切れかかったが、

「八七橋さん」

 相笠曹長が間延びした声をかけ、機先を制した。彼らはどちらかが熱くなると一方がなだめ役に回る。いつの間にか、そんな関係が出来上がっている。 

「アーシャは来なくて正解でしたなあ」

 実人数の分しか米をくれないので、部隊全員で並ぶべきなのだが、インド人で、しかも女であるアーシャはどうせ不愉快な扱いを受けるだろうから、並ぶのをやめさせたのである。綿貫は「少将が兵卒ごときと一緒に並べるか」と自ら拒否した。

「八七橋さん。ここはおとなしく配給を受けましょうや。囚人部隊には囚人部隊の喧嘩のやり方がありますぜ」

 相笠は意味ありげにニヤリと笑った。何か企んでいるようだ。

 喧嘩は彼らにまかせるとして、八七橋は肩を落として歩く通訳たちに声をかけた。

「残念ながら、日本軍はもうお前たちを必要としていない。さっさと逃げないと、もっとひどいことになるぞ」

 そう忠告し、彼らの飯盒に自分の米を分け与えた。

 野営地へ戻る途中、八七橋は振り返って、部隊の顔を見回した。

「うちのろくでなしのゴロツキども、何人か姿が見えないようだが」

 すぐうしろにいた三文が、低いが明るい声で言葉を返した。

「八七橋さん。しばらく俺たちのやることに目をつぶっててください」

「何をやる気だ?」

「最前線を知らない輜重兵に戦争の恐ろしさを教えてやります」

 疲弊した顔が悪戯っぽく輝いている。三文は小説家志望とやらで、この陰惨な地獄を人間観察の場と心得ているような男である。何かネタはないかと常にアンテナを立てている。

「なるほど。横柄な輜重兵の寝床がどこなのか、調べに行ったか」

「へへ」

 兵たちは日暮れには戻ってきたが、翌日の夜明け前、また数人が連れ立って出ていった。八七橋は気づいていたが、どこへ何をしに行くのかは尋ねず、放っておいた。もともと、彼らは八七橋の部下でもない。

 雨は降っていない。木陰でアーシャが綿貫の靴を修理している。はがれた靴底を木の皮の繊維で縛り付けていた。

「そんなものじゃ長持ちしないだろ」

「かわりの靴を手に入れなきゃなりませんね」

 街道に死体があふれているとはいえ、装備を剥ぎ取られ、まともな靴など転がっていない。

「靴は撤退の生死にかかわる。わが部隊に調達係の五右衛門ありといえども、よその兵隊から靴泥棒はできないよなあ」 

「やさしいんですね、意外と」

「今のうちだけだ。これから先は友軍といえども生き残りをかけた戦いになる」

 アーシャは明るくなった空を樹林の間から見上げた。清々しい朝の空気ではない。ねっとりとした空気の中を蚊やブヨが飛んでいる。

「皆さん、朝早くからどこへ行ったんでしょうか」

「飯盒と米を持っていったようだから、飯炊きだろう」

「夜が明けたら炊飯禁止のはずですが」

「だからこそ、さ」」

 八七橋は突き放すように、いった。囚人部隊は決しておとなしい人間の集まりではない。任務に支障がない限り、勝手にやらせようと八七橋は考えていた。

 相笠が崖下から登ってきた。この男は兵たちと同行せずに泰然自若としているが、むろん部下がどこで何をしているかは知っている。 

「クソしに谷へ下りたら、重機や山砲がゴロゴロ捨ててあった。輸送担当の後方部隊が前送せず、放棄したようですな」

「任務を果たさずに後退したのか。前線でいくら補給を要請しても届かんわけだ」

「近くで野営してる連中に聞いたら、宮崎支隊が放置された弾薬を回収しながら撤退したそうですよ。支隊は傷病兵を担架輸送していましたから一度には運べず、次の野営地まで何往復もしたらしい。崖下でぶっこわれている武器までは運びきれなかったようだ」

「そうした武器弾薬の一部でもコヒマに届いておれば、むざむざとインパール街道を敵に突破されることもなかっただろうに。宮崎閣下の怒る顔が目に浮かぶなあ」

 そんな話をしていると、飛行機の爆音が聞こえてきた。だいぶ距離があるが、数回の爆発音も空気の震動となって伝わった。

「あの人たちですね」

 アーシャが呟いた。察しはついた。囚人部隊の兵たちはこの朝、輜重兵の野営地近くで炊飯し、その煙で敵軍の飛行機を誘導したのだ。

 綿貫が枝葉を重ねて作った屋根の下から現れ、

「やかましいのう。空襲が目覚ましがわりとは、今日も殺伐とした一日になりそうだな」

 ぼやきながらアーシャが修理した靴を手に取ったが、出発まで履く必要はないから、ポイと投げた。礼をいうでもない。

「ガラクタろくでなしゴロツキどもが見えんな。脱走でもしたのか」

 八七橋は兵たちが置いている荷物を指差した。

「こんなところで脱走して、どこへ行くっていうんですか」

「降伏という逃げ道がある」

「降伏するなら少将閣下を手土産として差し出しますよ」

「ふん。そんな奴は俺が撃ち殺してやる。……腹が減ったなあ。ゴロツキども、食い物を持たずに戻ってきたら尻を蹴飛ばしてやる」

 やがて、そのゴロツキどもが飯盒を手に下げて、ぞろぞろと戻ってきた。八七橋は眉をひそめて、彼らを迎えた。

「空襲があったようだが、無事か」

「ヘマはしませんや」

「お前たちじゃない。輜重の連中だ」

「へへ。お見通しですか」

「起き抜けに爆弾の雨じゃ目を覚ますどころか永遠の眠りになっちまうだろ」

「爆音!と怒鳴ってやったら、泡食って小屋や天幕から飛び出してきて、右往左往してましたがね。敵のパイロットも腕が悪いですなあ。爆弾、はずしまくりですわ。死人や重傷者は出てないと思いますぜ」

「いやいや。ありゃ死人が出てるぞ」

 彼らはけらけら笑っているが、綿貫がそんな会話など興味なさげに訊いた。

「お前ら、飯は炊けたか」

「もちろん」

「じゃ、食おう。寄こせ」

 飯といっても野草でカサ増しした粥だが、分配の準備を始めながら、三文が紙切れを取り出した。

「八七橋さん。こんなもの拾ったんですが」

 敵機が空からまき散らす伝単(ビラ)だった。活字に飢えた日本兵はこれを拾って読み、用便後の尻拭きにも重宝する。三文は文筆家としての興味なのか、拾い集めている。

「忠誠勇武なる大日本帝国軍人に告ぐ」で始まり、「君たちは何のために戦争をしているのですか」と問いかけるのが決まり文句である。日本兵の死体と飢餓から解放された投降兵の写真が対比され、鮨や天ぷらなどの日本食をカラー印刷したものも定番である。

「何だか、いつもと違いますよ」

 三文は不思議そうに首をかしげた。

 太平洋戦線の日本軍連敗を報じ、「わが軍は騎士道をもって君たちを迎えます」と投降を呼びかけている点はいつも通りなのだが、末尾に「美術を理解するヤナハシ部隊の皆さんは特に歓迎いたします」と補足されているのである。伝単にこうして特定の部隊名を入れてくることも時々あるのだが、囚人部隊はわずか数名の「班」にすぎず、烈兵団の中でも員数外のはみ出し部隊なのである。

「俺たちが有名になってる。どういうことでしょうかね」

「あのブルースとかいうイギリス士官が報告したんだ。美術を理解するヤナハシ部隊というのは、あえて石像を壊さなかったことをいってるんだろう」

 石像を積んだトラックは谷底へ落とさず、エンジンを破壊しただけで置いてきた。

「俺たちを特に歓迎するというのはブリティッシュ・ジョークなのか。それとも特別な理由があるのか」

 八七橋は気のない口調で呟いた。今は綿貫少将を敵に差し出すことなく白骨街道を撤退する任務で頭が一杯だ。

 

 ウクルルからフミネへの街道はイギリス軍が開通させたが、インパール方面とは違い、舗装はされておらず、道幅も三メートル程度である。その街道も大雨のために土砂崩れが多発していた。アラカン山系でも峻険な地域で、二千五百メートル級の山々が連なっている。敵に追撃される中、食料調達もせねばならず、一日かけて四、五キロしか進めないこともある。

 小休止していると、雑木林の中を横切った者たちがあった。日本兵とインド人あるいはビルマ人のようだ。まるで罪人でも連行するような陰鬱な空気が木々の間に漂っている。

 三文が八七橋の傍らで呟いた。

「何ですかね」

 この部隊の兵たちは事件には鼻がきく。八七橋も嗅覚は誰よりも鋭い。察しはついた。

「くそぉ。カノン、一緒に来い」

 大柄で人相も凶悪なカノンを呼び、八七橋は彼らのあとを追った。三文も好奇心を鼻先にぶらさげて、ついてきた。

 崖沿いの斜面を進むと、三人の日本兵が二人の現地人を跪かせている。兵たちは小銃を構えていた。

「何かの祈祷でも始まるのか。そいつら通訳だろ」

 八七橋が声をかけると、伍長の階級章をつけた男が睨み返した。

「もう通訳はいらん。機密保持のため処分する」

「日本軍に今さら何の機密があるのか。腹を減らした傷病兵だらけということか。そんなの、敵は先刻御承知だぞ。どこの部隊か」

「祭(十五師団)の尾本連隊だ」

「インパール戦線の一番深部で戦った部隊だな。壊滅したと聞いているが、それにしちゃ元気じゃないか」

「俺たちは後尾収容班だ」

「脱落者を収容するのではなく、無用の者を始末するのが後尾収容班の仕事か」

 銃を通訳に突きつけた兵たちは目を伏せ、ふてくされている。悪びれた様子は皆無だった。

「中隊長の命令だ」

「その中隊長とやらはどこにいるか」

 伍長が答えようとしないので、八七橋は短機関銃の銃口を彼の口元へ押しつけた。

「上官への口のきき方も知らんのなら、こんな口はもういらんだろ。吹っ飛ばしてやる」

 伍長は語調を変えた。

「あ、あんたこそ何なんですか」

「撤退状況を視察している光機関だ」

 と、八七橋は適当な嘘を吐いた。こんな下劣な連中に正直である必要はない。

「現地人宣撫工作は光機関の任務である。その工作活動をふいにする虐殺行為は軍司令部に報告せねばならん」

 これは嘘でも大袈裟でもない。民族解放の戦士、天業恢弘の使徒を自負するのが中野学校、光機関である。

「中隊長はこの崖の上の野営地におります」

 斜面を登らねばならない。道のすぐ脇は崖である。

「案内しろ」

 通訳と兵たちの見張りに三文とカノンを残し、八七橋は伍長を小突いた。歩き出すと、伍長は愚痴るように言葉を吐いた。

「日本軍は資源確保のためにアジアに進出したのではないのですか。現地人は占領民ではないのですか」

「それでは欧米がやっていることと変わらん。日本軍は野盗の集団ではない」

 しかし、大東亜共栄圏など実現すれば資源の確保は不可能になる、と大本営は考えている。軍政によって現地を締め付ける大本営の方針は、八七橋が受けた中野学校の教育とは相反するものだった。謀略や諜報といった秘密戦には悪辣非道な印象がつきものだが、その根底にはアジア諸国との友情や誠意がある。敗戦時、多くの中野出身者が復員の道を捨て、現地軍の独立運動に身を投じることになるのも、そのためである。

 雑木林の中をしばらく進むと、後方で銃声が響いた。二度である。通訳を撃ったのだ。八七橋の傍らで、伍長が気まずく息をのんだ。

「この野郎っ」

 八七橋は反射的に伍長を殴ろうとしたが、拳が届く前に相手は崖へ飛んだ。岩や樹木にぶつかって転がり落ちながら、一目散に逃げた。あれでは全身スリ傷だらけになるだろうし、ヘタすれば骨折だ。あきれた逃げ足の早さだった。

 あの様子では尾本連隊というのもあやしいし、崖の上に中隊長がいるというのも嘘に違いない。彼らの所属部隊を探し歩く気力もなく、八七橋は憮然としながら、銃声の響いたあたりへ戻った。二人の通訳の死体が転がっている。三文とカノンは傍らに座り込んでいるが、撃った連中は姿がない。

 三文が嘆息混じりに、いった。

「目を離した隙に撃ち殺して、脱兎のごとく逃げていきやがった。人間のクズというのは逃げ足が早いもんですな。常日頃から逃げてばかりの人生なんでしょう」

「わかったようなこといってるが、逃げるのを指くわえて見てたのか。お前らの銃は何のためにあるんだ?」

「八七橋さん。あいつらだって、通訳を殺せと上官か憲兵に命令されただけです。本当に悪いのはあんな下っ端じゃない」

「そうかい。大東亜共栄圏の理想は遠いな」

「八七橋さんこそ、あの伍長はどうしましたか。逃げられましたか」

「うるさい。通訳の死体は埋めてやれ。帝国陸軍の恥だ」

「へいへい。俺たちも逃げたくなるぜ」

 三文とカノンはそう愚痴りながら、通訳の死体から服を脱がし始めた。八七橋は制止する気になれなかった。手伝いを呼ぶために泥ハネを上げながら歩き出した。

 

 ウクルル・フミネの中間点となる7411高地で、八七橋は英印軍の陣地を遠望した。山頂、山腹に山岳榴弾砲を並べている。日本軍から攻撃されるおそれはないから、掩蔽もせずに堂々たるものだ。

「負け戦とはみじめなものよなあ」

 日本兵はやせ衰え、二十代にして老廃の死相さえ浮かべながら、さまよい歩いているのである。歩ける者はまだいい。いたるところに日本兵の腐乱死体が転がっている山道で、倒れた者はもう立ち上がれない。襲ってくるのは銀バエのウジばかりではなく、鬼畜と化した友軍だった。

 囚人部隊が土砂崩れの山道を迂回して歩いていると、半死半生の兵たちが排泄物の中に折り重なっており、その周囲を物色して回る者たちがいた。

「まだ歩けます。靴は勘弁してください」

 力なく懇願する兵から数人の鬼畜たちが装備や靴を剥ぎ取っていた。

「よしよし。こっちはまだクソまみれじゃない」

「血便は赤痢だ。触るなよ」

 そんな調子で、手慣れた追い剥ぎだ。八七橋たちが近づいても、チラリと一瞥しただけで、気にとめる様子もない。

「何をしているかっ」

 八七橋は怒鳴ったが、彼らはその理由もわからないようだ。

「お前らこそ何じゃい」

 態度も悪い。八七橋は彼らの足元へトンプソン短機関銃を連射した。硝煙の漂う中、彼は茫洋とした表情を変えないが、怒りは充分に伝わる。

「それが士官に対する態度か。まず敬礼せえ!」

「ひえっ」

 男たちは無帽である。無帽の場合は上体を前傾させるのが決まりだ。だが、八七橋の剣幕に動転したのか、右手で挙手した。

「帝国陸軍にそんな敬礼があるか。さてはお前ら、偽日本兵か脱走兵だな。なら、撃ち殺してもかまうまい」

 短機関銃を油断なく彼らに向けた。野盗へと変貌した敗残兵に隙を見せたら、こちらがやられる。

「何だ何だ」

 雑木林の中からさらに数人が現れた。どいつもこいつも血色がいい。親玉らしいヒゲ面の軍曹がだみ声を響かせた。

「わしら、レッキとした日本兵でっせぇ。これが皇軍とやらの正体ですわ。けけけ」

「俺は光機関の山崎中尉だ」

 本名をいいたくない時、八七橋が使うことになっている偽名で、光機関の仲間は承知している。

「お前ら、日本兵なら官姓名を名乗れ。師団司令部に報告し、軍法会議にかけてやる。有罪になれば、軍籍剥奪、軍人恩給もなくなり、家族も非国民扱いと知れ」

 居丈高に脅しをかけたが、軍曹はふてぶてしく鼻で笑った。

「けっ。こんな異国の山中で光機関も階級も軍法会議も軍人恩給もあるかいっ。生きるか死ぬか、それだけじゃい。ほれ、こうしてる間にも、こいつ死によったわ」

 靴を奪われた兵が動かなくなり、息絶えていた。身体の半分はすでにウジに覆われ、鼻や口の中にも出入りしている。

骨喰丸が笑う日 第十七回

骨喰丸が笑う日 第17回 森 雅裕

 コヒマから七十キロほど南下し、ミッション手前で街道をはずれ、山の中へ入った。ウクルルまで四十キロ。松の巨木の原生林と鬱蒼とした密林の中に日本軍の工兵隊が苦心惨憺して道路を切り開いたのだが、雨季のためにいたるところがぬかるみと化し、降りて歩いたり、トラックを押したりする場面も増えた。転落しそうな崖もある。実際、谷底には車両の残骸も見えた。

 雨があがると、たちまち敵の戦闘機が飛来する。低空を飛んでくると、爆音より先に頭上に現れることがある。突然、山陰から機影が現れ、樹林をかすめた。旋回して戻ってくる前に、八七橋は原生林を踏み分けながら停車した。

「降りて隠れろ!」

 分散して、岩陰や木陰に身を縮めた。

 敵の戦闘機は必ず二機ペアで飛来する。しばらく上空に爆音を響かせていたが、攻撃してくることもなく、やがて遠ざかっていった。

 綿貫少将が吐息をついた。

「へっ。撃ってこなかったな。味方のトラックだと思ったのか」

 八七橋は相変わらず表情を動かさない。泰然とも茫洋ともいえる。

「あるいは積み荷を破壊したくなかったのかも。いささか手遅れですが」

「神仏の像がそんな値打物なのか」

「日本兵が値打物を積んだトラックを奪ったと航空隊にも知られているとしたら、英印軍は連絡が密だということです。ここいらでトラックを捨てましょう。道はもはや、ぬかるみというより泥沼だ」

「やれやれ。歩くのか」

「ウクルルまで行けば、兵站もある」

 希望的推測だ。すべての部隊が飢えている。ウクルルに集積されていた補給物資は奪い合いになったと考えるべきだろう。しかし、行くしかない。

 八七橋はへたり込んでいるイギリス士官に近づいた。手にはトンプソン短機関銃を持っている。

「立て」

 周囲の兵たちが気まずく息をのみ、士官の表情がこわばった。

「日本軍は捕虜の首をはねるそうだな。野蛮人め」

「俺たちの誰も軍刀は持ってない。殺す気ならとっくにやってる」

 のっそりと立ち上がったイギリス士官に、ここまで来た道を指した。

「行け」

「うしろから撃つ気か」

「行きたくなきゃ、このジャングルで余生を過ごせ。お前の勝手だ」

 八七橋はもうこの男にかまわず、部隊の面々に命じて、トラックの荷台から背嚢や綿貫の荷物を下ろさせた。運ぶのは分担したが、

「クソ重い荷物、何が入ってるんだあ」

 綿貫の荷物には文句が出た。やむなく、八七橋は負担を軽くするよう指示した。

「機関銃は捨てろ」

 インパール作戦の開始時には、日本兵は一人六十キロもの装備を背負って進撃している。しかし、間断ない激戦と劣悪な環境で疲弊した今の彼らにそんな体力は期待できない。

 捨てる前の機関銃で、トラックのエンジンを蜂の巣にすると、囚人部隊は唖然とするイギリス士官を置き去りにして、歩き出した。

「おいいっ。ほんとに行くのかっ」

 イギリス士官は怒鳴った。

「俺はマーチン・ブルース大尉だ。お前らの指揮官は?」

 八七橋はちらりと振り返って、怒鳴り返した。

「ヤナハシだ。ヨウタ・ヤナハシ中尉」

 ブルースは敬礼した。八七橋はニヤリと笑ったが、手を振っただけだった。

 綿貫少将が鼻で笑った。

「スパイ中尉の面目躍如だな。あいつを逃がすのか」

「捕虜なんか連れ歩いても足手まといなだけです。食わせる飯もない」

「殺せば万事解決だろ。我々のことを英印軍に報告されるぞ」

 ジャングルの彼方で砲撃の音が聞こえる。壊滅状態の日本軍を英印軍が追走しており、ウクルル方面の撤退路は戦闘地域なのである。

「報告されたところで、状況は変わらんでしょう。それに、あいつが味方に拾われる頃には、俺たちはずっと先を行ってる」

 七月三日のインパール作戦中止命令から半月が経っている。泥の中に日本兵の死体を見つけることが多くなった。撤退途中、力尽きたのである。水汲みに谷間へ下りると、上流に腐乱死体が折り重なっていることもある。

 そうした衛生的とはいえない水で、道すがら発見した筍を灰汁で煮る。灰と水を二回取り替え、最後に水だけで煮る。こうしてアク抜きしなければ、この地域の筍は苦くて食えない。

 火を使うのは夜に限られる。英印軍は夜襲専門の日本軍と違い、肉弾戦などやる気はない。明るい時間、機動力にモノをいわせて押し出してくるのである。

 明け方、雨があがった。敵の戦闘機がパトロールに飛ぶ。兵たちが消火のために焚き火を崩し始めると、

「めんどくせぇ」

 と、綿貫が布バケツに溜めてあった雨水を焚火の上へぶちまけた。「やめろ」という暇もない。たちまち白煙が立ちこめ、あたりを覆った。ノロシをあげたようなものだ。

「早くここを離れるぞ」

 天幕を畳み、荷物を持った。もたつく綿貫の背中を蹴るように押した。

「馬鹿ですか、閣下は」 

 火を消すには、燃える薪を振り回しながら走って煙を散らすのが鉄則だ。故郷の家族には見せられない滑稽な姿である。

 いくらも避難しないうちに、頭上を爆音が襲った。戦闘機が現れ、爆弾を投下し、彼らが野営していたあたりで炸裂音が轟いた。樹林の間を爆風が抜け、崖の窪地に身を隠すと、今度はあたり一面に機銃掃射の雨が降り注いだ。

 地上を蹂躙した戦闘機が飛び去り、八七橋は泥まみれで窪地から這い出した。

「大丈夫かあ」

 周囲に声をかけると、何人かが悪態つきながら物陰から現れたが、

「畜生。やられた」

 ハカセが悶えている。左足が血まみれだ。爆弾の直撃は免れたが、破片が食い込んでいる。アーシャが素早く彼の軍袴(ズボン)と袴下を引き裂こうとする。

「やめてくれ。服は貴重だ。自分で脱ぐ」

 この男は致命傷ではないが、三十メートルほど離れた場所には緊迫感が漂っていた。

「手柄山さんが」

 副官の手柄山中尉が荷物に覆い被さるような形で倒れている。綿貫のトランクを岩陰に隠そうとしていたのだろう。荷物は無事だが、彼は腰のあたりを吹き飛ばされ、虫の息だった。

「手帳……」

 そう呻いている。八七橋がポケットから軍隊手帳を取り出し、開くと、押し花がはさんである。六枚花弁のアラカン桜である。

「子供に……」

「子供に届けろと? あんた、子供がいるのか」

 手柄山は口から言葉のかわりに血を吐き、身を震わせながら事切れた。

 伸びていた髪を少しだけ切り、右手の小指を切断して、手柄山の服の切れ端に包み、八七橋は自分のポケットに入れた。

「そんなもの、生きて持ち帰ることができるのかな。ふん。トランクが血だらけだ。よく拭いとけよ」

 綿貫は平然と部下の死体を見下ろしている。八七橋は死体を埋めるように兵たちに指示し、綿貫を横目で睨んだ。

「手柄山さんは閣下の荷物を守ろうとして死んだんです。少しは感謝したらどうです?」

「ふん。それがこいつの任務だ。行くぞ。ここはあぶない。お前ら、さっさと荷物を持て。ケガ人なんか放っておけ。足手まといだ」

 そうはいかない。

「カノン。ハカセを背負ってやれ。ここを離れたら、担架を作ろう」

 すまない、と何度も繰り返すハカセの声を聞きながら、出発した。

 綿貫のトランクをかついでいる五右衛門が、

「あーあ。手柄山さん、影の薄い男だったが、これじゃ浮かばれねぇぜ」

 と、八七橋の傍らで吐き捨てた。

「この中身、何なんですかね。八七橋さんは中野学校で開錠を教わったんでしょうが」

「お前こそ、師団随一の大泥棒だ。大抵の鍵なら開けられるのが自慢だろ」

「へへっ」

「そのトランク、勝手に開けるんじゃないぞ。いいな。わかってるな」

 語気を強めて念押しした。

「へーい。よくわかりました」

 その夜は各自が少しでも雨をしのげる場所を求めて野営した。翌日の早朝、八七橋は五右衛門に揺り起こされた。足音を殺して荷物の置き場所へ行くと、トランクの鍵が開いている。

「中身、驚きますぜ。とんだお宝だ」

 見ると、梱包されているのは書類の束と日誌、それに黒ずんだ石塊が数個である。

「石だな。どう見ても石だ」

「綿貫の野郎、石ころなんか運ばせやがって……。ぶちのめしてやる」

「まあ、待て。副官の手柄山中尉が命にかえて守った石だ。何か意味がある」

 八七橋は書類と日誌をパラパラとめくった。仔細に及ぶ地図が何枚か添えられている。綿貫はインド北部で何やら発掘していたようだ。

「折を見て、俺が綿貫に訊く。お前はこのことを他の連中にはいうな。石なんか運んでいると知れたら、士気にかかわる。トランクをもとに戻しておけ」

 溜め息が五右衛門の返事だった。

 ウクルルへ向かう途中、日本兵の死屍累々たる光景に出くわすことが増えた。戦死ではなく、ほとんどが餓死、病死、そして自決だった。

 猛烈な銀バエの大群の中には、まだ息のある兵も横たわっている。

「しっかりしろ。食い物をやろう」

 そう声をかけると、彼らは決まって、

「食い物はいりません。手榴弾をください」

 自決を望み、そういうのである。

 彼らを救う手立てはない。チャーチル給与の粉ミルクやチョコレートのカケラを与え、八七橋たちは立ち去るしかなかった。

「畜生。こんな戦争があるか」

 囚徒兵たちは嘆いた。最前線の兵には英印軍よりも日本軍上層部への憎悪の方が強く、「俺たちは英印軍に負けたんじゃない。第十五軍(日本陸軍のビルマ方面軍)に負けたんだ」と憤る声さえあった。

 宮崎繁三郎少将は、日本軍の撤退はかくも見事であったと示すべく、死体を埋めさせ、動けぬ者は担架に乗せて運び、「このためにわが部隊が全滅してもかまわん」と人間の尊厳を訴えたが、その数は宮崎支隊の手に負えぬほど膨大であり、宮崎支隊とは別ルートでジャングルをさまよった部隊もあるから、放置死体は増える一方であった。

 インパール作戦で死亡または行方不明となった日本兵は約三万。死体という死体がウジに覆い尽くされた。陰惨な戦場を体験し、神経のタガがはずれた者でなければ、この白骨街道の光景に耐え、歩くことはできない。

 だが、目をそらし、視覚は慣れても、嗅覚はなかなかそうもいかない。嘔吐しそうだったが、飢えた胃にはそんな元気もない。ジャングルには熊や虎もいたはずだが、まったく見かけない。日本兵の死臭と排泄物のために野生動物さえも逃げ出したのである。

 追走する英印軍にとっても、折り重なる腐乱死体は厄介な障害物だった。感染症を恐れ、ガソリンをかけて焼却し、ブルドーザーで土砂もろとも崖下へ落とした。

 その様子を囚人部隊の面々は高台から目撃した。 

「ひでぇことしやがる」

「奴らはアジア人なんて猿の一種としか思ってない」

 英印軍は自分たちの進路にDDTを撒布し、消毒する慎重さであった。

 

 七月末、囚人部隊はウクルルへ到達した。インパールの北東六十キロ、歩けばその倍はある台地で、ウクルルはインパール、コヒマに続くアラカン山系第三の街だったが、空襲で破壊され尽くし、かつての面影はない。

 街の中心部は英印軍が優勢で、日本軍は郊外の荒廃した集落やジャングルの中に野営である。どこにどの部隊がいるのかもわからない。

 八七橋たちは砲撃や空襲の破壊音を聞きながら、野戦病院の位置を尋ね歩き、負傷したハカセを運び込んだ。

 野戦病院とはいっても、本来の施設はすでに閉鎖され、これもジャングルの中の野営陣地である。バナナの枝や葉で屋根を葺いた小屋は高級な部類で、天幕すら張らず、野ざらしで横たわっている患者も多い。戦場の狂気が腐肉の悪臭となって漂っていた。

 患者の中には列兵団の顔見知りも何人か見かけた。烈の主力はすでにひと月前にウクルルを通過し、南のフミネへ向かっている。フミネは第十五軍の補給地である。フミネまで図上距離は六十キロだが、山道であるから、その倍以上を歩くことになる。歩けぬ者は置き去りである。

 患者がウジまみれなので、取ってやろうとすると、

「取らないでください。膿をウジが食ってくれるので、少し楽になるんです」

 まったく生気のない表情で、いった。ハカセもいずれこうなるだろう。ウクルルまで運ぶ途中、アーシャがドクダミ草と里芋に似た葉を焼き、軟膏を作って応急の手当てはしたのだが、負傷した左足は大きく腫れ上がり、腐り始めているのである。もはや、彼を囚人部隊に同行させることもできない。

「患者は車と馬で後方へ移動させる」

 そんな機動力があるのか疑わしいが、軍医にそういわれたら、身柄を預けるしかない。

 ハカセは手当を受けながら恐縮した。

「八七橋さん。すみません。お役に立てず」

「命があるだけよかったさ。どんなことをしても生きろ。また会おう」

 八七橋はそういって別れた。七月初め、機能を停止したウクルル野戦病院は身動きできない患者およそ千名をすでに「処分」していた。だが、八七橋はそんなことは知らない。

 この野戦病院で、兵站の置かれている場所も聞いた。補給を受けねばならない。

 軍医は吐息とともに首を振った。

「行っても無駄だぞ。もう何もない」

 インパールを北側から攻撃した祭兵団がウクルルの物資を洗いざらい持ち去ったため、あてがはずれた烈兵団は食料を求めてフミネへと後退した。佐藤師団長はすでに解任されて七月末にはラングーンにあり、本来なら後任となるべき宮崎少将率いる宮崎支隊は全滅と報じられたが、整然と撤退してウクルルに現れ、烈兵団主力より二十日ほど遅れて、これまたフミネへ向かっている。

 八七橋は相笠曹長を伴い、一縷の望みをかけて兵站へ出向いた。家畜小屋のような建物がいくつか並び、斜面には穴蔵が掘られて、「兵站出張所」の看板がかかっている。人の気配を求めて、穴蔵の奥に声をかけた。しばらく待つと、軍服をだらしなく着崩した伍長が姿を見せた。

「何か用か」

「食料を受領したい」

「寝ぼけてるのか」

「ここは兵站だろう」

「ウクルル兵站は六月十日をもって、業務停止している。ここは輜重部隊の野営地に過ぎん。帰れ帰れ」

 迷惑そうに背を向けた。たかだか伍長が中尉に向かってこの口のきき方である。敗軍には規律さえも失われていた。

 相笠が殺気立って、踏み出そうとする。それを八七橋は制止し、

「おい」

 伍長を呼び止めた。振り返ると同時に、頬へ鉄拳を見舞った。転んだ伍長は、

「何しやがる」

 起き上がって、八七橋へつかみかかろうとしたが、今度は股間を蹴り上げられて悶絶し、ようやく謝罪した。

「くそ……。あ、いえ。すみません。失礼しました」

「上官侮辱罪だ。このあたりにお前を放り込む営倉なんぞなさそうだから、これで勘弁してやる。文句あるならお前の上官を連れて来るがいい。俺は光機関の八七橋中尉だ」

「烈の五十八連隊、相笠曹長だ。俺たちは野戦病院の北の集落にいる」

 二人は名乗り、引き上げた。途中、何度も振り返った。逆上した馬鹿者が追ってくるかも知れない。

 

 ウクルル周辺では昼は火を焚くのは禁止で、息をひそめているしかない。囚人部隊は半壊した廃墟を野営場所に決めた。日が暮れて、焚き火で濡れた服を乾かしながら、その火で籾ごと米を煎り、粥を作った。そこへ、

「光機関のヤナハシはいるかっ」

 士官が乗り込んできた。

「俺だ」

 八七橋は粥をすすりながら、男を見返った。大尉の階級章をつけ、あまつさえ軍刀も腰に吊っている。敗残の撤退部隊にはまず見かけない身なりの良さだ。

「俺は輜重の釣谷だ。貴様、うちの者を殴ってくれたそうだな」

「礼には及ばん」

「な、何をっ……」

 軍刀の柄に手をかけた。同時に八七橋の周囲の兵たちが一斉に銃を構えた。釣谷は気圧されながらもさらに逆上した。

「き、貴様ら、大尉の俺に銃を向けるのかっ」

「ほお。輜重には上下の礼儀はないのかと思ったが」

 と、相笠がうつぶせになった綿貫の腰をほぐしながら、いった。手で揉むのではなく、綿貫の要望で上に乗り、足裏で踏みつけている。

 綿貫はうめきながら、釣谷大尉に説教口調で、いった。

「あのな。こいつらは烈兵団のゴロツキ部隊だ。喧嘩するだけ損だぞ」

「なんだ、ジジイ、貴様は」

 綿貫は軍服ではなく階級章もつけておらず、その服も乾かしている途中なので、裸である。風格に乏しいから、将官には見えない。ジジイ呼ばわりされて、さらに凶悪な表情となった。

「八七橋。こいつ、ぶち殺してかまわん。俺が許す。輜重司令には俺が話をつけてやる」

 それを聞いて、五右衛門が下卑た笑いを見せた。

「へへ。八七橋さん。果たし合いなら、そのへんから軍刀借りてきますぜ」

 この手癖の悪い男はイソイソと小屋から出た。

 釣谷は気勢をそがれ、居心地悪そうに視線を泳がせていたが、囚徒兵たちはこの闖入者を無視して、近くの者とそれぞれの世間話に戻っている。八七橋もアーシャと言葉を交わした。

 彼女も下着姿だが、泥と垢にまみれており、シラミ取りに精を出しているから、食うや食わずの兵の目には色気どころではない。

「八七橋さんはマンダレーまで歩く行程は一か月といってましたが……」

「嘘だよ。その倍はかかりそうだなんていったら、閣下が腰を上げそうになかったんでね」

「やはり、私が足手まといになりましたね」

「なんの。そのうち、もっと足手まといなケガ人や病人が出る。ハカセが離脱した今、あんたは貴重戦力だ」

「私が歩けなくなったら、かまわずに置いていってください」

「俺がそうなるかも知れないがね」

 釣谷が耐えきれずに叫んだ。

「何なんだ、この部隊は。慰安婦連れでデレデレダラダラと撤退か」

 アーシャは携行しているモーゼル拳銃をストックから引き抜き、釣谷へ向けた。「慰安婦」という日本語はわかったようだ。

「よせ」

 その腕を八七橋が跳ね上げると同時に、どん、と銃声が響いて、弾丸が壁を砕いた。

 釣谷は何が起こったのか理解できず、首を細かく左右に振りながら立ちすくんでいる。

骨喰丸が笑う日 第十六回

骨喰丸が笑う日 第16回 森 雅裕

 翌日は雨季の気まぐれか、曇天だった。朝のうちは霧が地上を覆っていたが、風が出て、それも消えた。雨が降らねば降らぬで、これまた厄介である。山間を歩いていると、

「飛行機がやたら飛ぶなあ」

 と、相笠曹長がいまいましそうに呟いた。ハリケーン戦闘機が低空を何度も飛来する。制空権を完全に握っているので、悠然たるものだ。時折、遠くから機銃掃射音や爆発音が聞こえてくる。

「動くものがあれば、片っ端から攻撃していやがる」

 相笠は嘆息したが、八七橋は相変わらずのどかな表情だ。

「探しものは俺たちかな。このへんをうろついてる日本軍は他にいない」

「便所に残してきたグルカ兵の死体はうまく流れてくれなかったようだ。見つかったんでしょう。それにだ、こうやって街道を避けて歩いても、原住民はどこかで俺たちを見ている。英印軍に豊富な物資をばらまかれりゃ、口も軽くなって注進に及ぶでしょう。しかし、こんなはぐれ部隊、英印軍も無視しそうなものだが」

「将官がいるとなれば、見逃しちゃくれないよ」

「……あの寺の坊主、もしくはインド国民軍が俺たちを売ったと?」

「おそらく」

 インドは親英派のインド軍と親日派のインド国民軍に分かれているが、互いに宣撫合戦をやっている。寝返りも起こり得る。

 ズブザ川はまた舟が必要だが、八七橋と馴染みの住民は対岸だ。こちら側にも舟があるだろうと川岸を探し歩くと、小舟が隠されているのを見つけた。近くに集落があるが、「貸りたい」と迂闊に接触すれば英印軍に通報される危険性もある。略奪禁止とはいうものの、八七橋は迷った。そんな彼の心中を察したのか、

「私が交渉します」

 アーシャが申し出た。舟の持ち主を探し、八七橋が持っていたイギリス軍の軍票で話をつけた。

「どうだ。彼女は光機関なんかより有能だろ。ぐははは」

 と、綿貫は高笑いだが、この男は人を嘲笑しても怒っているようにしか見えない。

 渡河で用心すべきは敵機の襲来だが、雨季の幕間は短く、また雨が降り出したのは天助だった。

 アーシャの働きでズブザを越え、ディマプールを出て三日目の午後、コヒマまで戻り着いた。市街地はイギリスによって開発されたが、その周辺には原住民が穴を掘って暮らしているような集落が点在している。そんな集落も戦禍のために無人となっていた。

「人類は原始時代からたいして進化していないのかも知れませんなあ」

 荒れ果てた集落に入り、八七橋が呟くと、

「進化していないのは日本陸軍だ。歩く軍隊は時代遅れだ」

 と、綿貫のだみ声には侮蔑が混じった。

「閣下は航空技術畑だと聞いています。飛行機は勝敗を分けますね。インパール作戦に入って以来、イギリス機はしょっちゅう見るが、友軍機を見たのは一回だけです。しかし、地べたを這い回る歩兵がいなければ、戦争は……」

「ふん。あのな、飛行機よりも戦争のやり方を一変させる兵器があるんだよ」

「何です、それは」

「お前らにいってもわからん」

 機動力を持つ連合軍に対して、ひたすら徒歩に頼る日本軍歩兵の脚力は鍛えられている。しかし、女連れでは足取りは遅れがちだ。有能なアーシャとはいえ、背嚢を背負い、敵との遭遇を避けながら雨の山道を歩くのは過酷だ。一日かけて十キロしか進めないこともある。これは予定外というしかない。

 それに加えて、綿貫のわがままも厄介だった。集落の空き家へ転がり込み、

「もう一歩も歩かんぞ。車を用意しろ」

 靴を脱いで、足を投げ出した。豆が破れて血が滲んでいるが、前線の兵士の足の悲惨さはこんなものではないから、誰も同情しない。

 アーシャも靴を脱いで、血だらけの足を手当てしている。彼女は泣き言も文句もいわない。

「おい。俺の足の手当をしろ」

 綿貫はアーシャに命じた。まるで女中扱いだ。

「アーシャはな、もともとは医者だ。たいした腕じゃないが、黄禍をまき散らす二等兵の医者よりは役に立つ」

「自分は軍曹であります、将軍閣下」

 と、ハカセが抗議した。

「こないだまでは軍医中尉でしたが」

「降等されたのか」

「アメーバ赤痢にかかった兵に粥を作ってやりましてね。上官からは赤痢は絶食療法と決まっていると怒鳴られたが、それじゃ体力がもたずに死んでしまうと、私は一歩も引きませんでした。赤玉の特効薬もありましたから兵は回復しましたが、上官には睨まれた」

「それだけか」

「その上官は自分がアメーバ赤痢にやられた時には、粥を作ってくれと懇願してきた。なけなしの米で作ってやりました。しかし、赤玉はすでに払底していたもんで、死んじまいましたよ。軍医部が赤玉を横流ししているという噂がありましてね。私がその犯人で、事情を知る上官を見殺しにしたということになりました。濡れ衣ですわ」

「こんなのばかりなのか、この部隊は」

 綿貫は相笠に訊いた。

「まともな部隊じゃ閣下のお世話はできない、という宮崎支隊長の判断です」

「お前もただの下士官ではなさそうだな。何をやった? 補給品の横流しか」

「そいつはそこにいる五右衛門の専門分野だ。自分は……」

「何だ?」

「いや。よしましょう。自慢話はしたくありませんや」

「けっ」

 彼らのそんなやりとりをよそに、八七橋は空を仰いでいる。雲が低く垂れ、間断なく雨が降っている。

「明朝も飛行機が飛ばないようなら……」

 そう呟くと、決断した。

「トラックを奪おう。俺たちがこのあたりをうろついていることは敵に知られてる。どうせ追いかけ回されるなら、徒歩より車の方が楽だ」

「いいぞ。よく決心した。お前ら、戦争よりも泥棒が得意そうだもんな」
 綿貫は手を叩いて賛成した。

 

 コヒマ市街の南に三叉路があり、英印軍がさかんに往来している。三叉路の西には激戦地の代名詞となったテニスコートがあり、その南に連なる丘陵には日本軍がイヌ、サル、ウシ、ウマ、ヤギと名付けた五つの陣地が並んでいる。両軍合わせて四千人の戦死者を出しながら一進一退、奪い合った修羅場である。さらに南のアラズラ高地には宮崎支隊が設営していたこともある。ここから街道を南下するとインパールへつながるのである。コヒマは英印軍の重要拠点であり、車両も大量に停まっている。

 車の運転ができるのは八七橋と相笠、工兵のバクだけである。綿貫少将たちに護衛をつけて相笠に指揮をとらせ、ヤギ陣地の麓に遺棄されたM4戦車の残骸の前で落ち合うことにして、八七橋はバクと五右衛門を連れて敵軍の集積所へ潜入した。

 ウマ陣地の西に倉庫群が広がっている。宮崎支隊は何度か物資を奪っているから、勝手知ったる敵地である。雨のせいで人影も少なく、戦勝気分なのか、警備兵も勤労意欲は乏しそうだ。

 隙間だらけの鉄条網をくぐり抜け、幌をかけたベッドフォード軍用トラックに目をつけて、悠然と近づいた。ずぶ濡れのまま、八七橋は運転席へ乗り込む。バクは助手席へ駆け込み、五右衛門は荷台で後方の警戒だ。

 エンジンをかけると、その音を聞きつけ、近くの小屋からイギリス兵が現れた。その怪訝そうな顔へ向けて、八七橋は「来なくていい」と横柄に手を振った。八七橋の容貌は日本人なのかインド人なのか、イギリス人の目には即座に判別できない。しかも軍服の上には英印軍のポンチョをまとっている。

 悠然と走り出し、邪魔な敵兵には警笛まで放って押しのけた。烈兵団と英印軍の死闘で、付近の樹木はあらかた吹き飛ばされている。荒涼とした丘陵の谷間を縫い、ヤギ陣地の麓へやってきたが、誰の姿もない。

「あいつら、何してやがる」

 付近の高台には英印軍の陣地がいくつも構築されており、監視の目が光っている。じっと待つのはいい気分ではない。

 バクは助手席で身を縮め、周囲をうかがいながら、いった。

「ねぇ、八七橋さん。イギリス野郎は怪しい奴を見つけたらとりあえず膝の皿を撃つというのは本当ですか。 次に足を引きずった奴が現れたら、スパイとして処刑するんだとか」

「イギリス人は日本人がそうすると噂しているよ」

 八七橋は荷台の五右衛門へ声をかけた。

「荷物は何だ。食料か。弾薬か」

「積んである木箱を開けておりますがね」

 五右衛門が銃剣を使って木箱を開けながら、

「食料でも弾薬でもありませんや。へっ」

 舌打ち混じりに笑った。

「和尚なら喜びそうですがね」

「何だ?」

「石像でさあ」

「石像?」

「インドの古い寺院にありそうな神様だか仏様だかですよ」

「ふん。東洋美術略奪部隊のトラックだったか」

「捨てますか」

「ここではやめておけ。敵の目がある。まあ、和尚の意見を聞こう。あいつらが来たぞ」

 待っていた連中が現れ、「席を空けろ」と綿貫は助手席に座り、兵たちは荷台へ這い上がった。八七橋はトラックを動かしながら、運転席と荷台の間の窓から顔を出した相笠に、いった。

「お茶でも飲んでたのか」

「よくわかったな」

「ほんとかよ」

「閣下が紅茶を飲まなきゃ一歩も動けんとおっしゃるのでね」

 彼らは分捕り品の紅茶を持っている。綿貫は雨衣から落ちる水滴で足元に水たまりを作りながら、笑った。

「ぶははは。雨の中でも火をおこせるとは、戦争はこんな馬鹿どもを少しは利口にするようだ」

 慣れた兵隊なら、焚き付けにする乾燥した小枝を持ち歩いている。火勢が強くなれば、濡れた生木でも燃える。

 八七橋はハンドルを切りながら、無表情に呟いた。

「煙が見つかったら集中砲火を浴びますよ」

「生水を飲んで赤痢になって、クソを垂れ流しながら死ぬよりはマシだ。そういえば、こいつら、燃えさしを持って駆け回りながら煙を散らしていたぞ。滑稽な奴らだ。ふん」

 その滑稽な奴らは積み荷を調べていたが、しばらく走ると、荷台から和尚が声をかけた。

「八七橋さん。このトラックの積み荷は凄いですよ。ガンダーラの石彫仏です。二世紀か三世紀あたりでしょう。それから青銅のシヴァやヴィシュヌもある。これは十一世紀から十三世紀と見えますからチョーラ朝かな。イギリスへ送るつもりなんでしょうよ」

「大英博物館は植民地からの略奪品だらけだからな」

「何なんだ、この部隊は。修学旅行にでも来ているのか」

 と、綿貫がわめいた。

「重い石像なんか積んでいたら速度が出ない。蹴り落としてしまえ」

 これには和尚が反対した。

「駄目です。貴重なインド美術です。価値のわかる者の手に渡すべきです。それが略奪者であっても、道端に放り出すよりマシです」

「ロンドンまで届けてやる気か。のんきな戦争だな」

「他にものんきな荷物がありますぜ」

 五右衛門の声が割り込んだ。

「蓄音機だ。それからレコード、いや音盤の山でさあ。欧米の歌謡曲もあればクラシックもある。戦場にこんなもの持ち込むとは、英印軍は余裕ですわ」

「イギリスの将軍閣下の趣味かもな」

 そんな無駄口を叩きながら南下して、コヒマから三十キロを越え、トヘマに至る。インパール作戦の初期において、第三十一師団の「左突進隊」としてウクルル、サンジャックを攻略した宮崎繁三郎の部隊はトヘマでインパール街道へ出て、ここからコヒマへと北上したのである。

 その宮崎支隊も英印軍に押し返され、じわじわと後退しながら、六月末までトヘマの南の村落マラムに布陣していた。十日以上前、囚人部隊が綿貫救出に出発した地点である。今では日本軍はすでに撤退し、イギリス軍が大手を振って往来している。何台かの軍用車とすれ違い、追い抜かれることもあった。

 インパール街道はイギリスが整備した舗装路だが、そこら中が砲撃や空襲のために穴だらけで、補修工事が行われ、渋滞が発生している。

「おいおい。いやな光景だぞ」

 行手に車両や兵士が集まっている区画がある。雨の中、数台のトラックがぬかるんだ交差点で立ち往生しており、後続車が列をなしている。

「トラックが渋滞するほどの物資輸送かよ。わが皇軍じゃあ戦争にならないわけだ」

 八七橋は速度を落として近づいた。前後に車両が続いているので、逃げようがない。憲兵の交通整理に従い、渋滞を抜けかかったところで、一人のイギリス士官が立ちふさがった。運転席へ近づいてくるのを見下ろし、八七橋は英語で怒鳴った。

「エンジンの調子が悪くて、ふかしてないと止まるんだ。さっさと行かせろ!」

「どこまで行くんだ?」

「ミッションだ」

 適当に答えたのだが、

「乗せてくれ」

 否応なく荷台へ回ろうとする。ようやく前の車が移動したので、八七橋はアクセルを踏み込んだ。背後の窓から荷台を振り返ると、イギリス士官は囚人部隊の兵が素早く引っ張り上げていた。置き去りにして騒がれるのを避けたのである。荷台の隅に座らせ、囲んだ兵たちが銃口を突きつけると、息をのんで硬直した。

 問題は便乗しようとしたのが一人ではなかったことだ。トラックがゆっくり進むうち、俺も乗せろと数人の英印兵が追いかけてきた。荷台に手をかける者もあった。そんな連中を乗せる気はないから、トラックは加速を始めている。さすがにおかしいと気づいた者たちが叫んだ。

「日本兵だあああああ!」

 荷台のイギリス士官も、

「降伏しろ! お前たちの安全は保証する!」

 自分の立場をわきまえない怒号を発した。その騒ぎを聞きつけ、周囲の英印軍の兵士たちがあわただしく動き始める。イギリス士官はなおわめき続け、

「そいつ、黙らせろ!」

 荷台の誰かが怒鳴り、それからどたどたと音が響いて、

「ぶちのめしてやった」

 相笠が八七橋に報告したが、それだけではなく、

「ジープが追ってきたぞ!」

 怒鳴り声が追加された。ジープ二台だ。発砲してきた。荷台の囚人部隊も応戦した。彼らは三八式などという前近代的な日本の小銃は持たず、装備はイギリス流である。ステン短機関銃(機関短銃)やブレン軽機関銃も携行している。盛大に弾をばらまき、ジープの一台は運転席あたりを撃ち砕いて崖から転落させた。さらに積み荷の木箱を荷台から突き落とし、もう一台はそれに乗り上げて横転した。

 しばらく走り、八七橋は追っ手が来ないことを確認して脇道へ逸れ、トラックを樹林の中に停めた。

「周囲を警戒しろ。……被害は?」

 八七橋が荷台へ回ると、散らばった空薬莢を捨てながら、相笠が答えた。

「とりあえず無事ですがね……」

 イギリス士官の左肩は血まみれで、ハカセとアーシャが手当てしている。

「破片が入ってる。取り出さなきゃまずい」

 消毒と刃物の準備を始めた。 

「敵なんか放っとけ」

 綿貫が吐き捨て、他の兵たちも無言で同意した。当のイギリス士官も、

「何をする。お前ら、麻酔もなしで切り裂く気か」

 抗議したが、ハカセは取り合わない。

「暴れないよう、押さえとけ」

 兵たちがイギリス士官の手足を押さえた。士官はもがいて抵抗したが、

「イギリス士官なら耐えろ。ジョンブル魂を見せろ」

 八七橋がそういうと、観念して静かになった。

 周囲を警戒していた兵たちは、

「味方が人質にとられても撃ってくる英印軍も冷たいもんだな」

「ふん。立場が逆なら、日本軍だって撃つだろ」

 愚痴っぽくそんな会話を交わしたが、綿貫はニタリと笑った。

「そもそも日本兵は敵軍の掌中に落ちたりしないことになっておる」

 この将軍が本気でそんなことを考えているのかどうかはわからない。

 八七橋は荷台の木箱を見やった。大小五、六個ある。

「おい。ジープに向かって、何を落としたんだ?」

 五右衛門が答えた。 

「蓄音機と大量のレコードでさあ。仏像だか神像だかは和尚が大切に扱えというもんで、落としてません。もっとも、我々の身代わりになって、ぶっこわれたものもありますが」

 和尚は砕けた木箱をかきわけていた。

「ひでぇよひでぇよ。木箱を弾よけの盾にしやがった……」

 和尚は残骸の中から、台座を含めて高さ二十センチほどの神像を取り出した。

「でも、こいつが無事だったのは僥倖です。荷物の中に青銅の神像はいくつかありますが、これが群を抜いて秀逸で、魅力的です」

 くびれた腰をくねらせ、踊っているようにも見える。胸の大きさを強調している。

「ディーヴィーです。女神です。十二、三世紀のものでしょう。日本なら平安から鎌倉の頃です。日本の仏像も棒立ちではなく、こうした躍動美を見せるようになる。面白いですなあ」

 綿貫が笑った。

「ふふん。お前が手にしていると、豚に真珠としか見えんがな」

「ハイ。それはマタイ伝の七章にある言葉です。真珠は神の教え、豚とは神に逆らう人です。悔い改めない人を無理に正そうとすると迫害を受けるぞという意味と考えられますが、もう一つの解釈もできます。無知蒙昧な人間を侮蔑しているわけではなく、そのように人を見下す心こそが豚であるという釈義です。つまり、これは自省の言葉なのです」

「ごちゃごちゃと御託を並べる男だなあ。へええ。お前、愛読書は聖書だというんじゃあるまいな」

「そうですが、何か」

「何だ、貴様。キリスト教徒なのか。スパイ中尉と気の合う仲間というわけだな」

 八七橋は小柄な綿貫を横目で見下ろした。

「閣下。あのですな。私の渾名は……」

「だから、スパイだろ」

「それは男子の間の渾名でね。女子には大仏と呼ばれました」

「それはまた御利益のなさそうな大仏だな」

「鰯の頭も信心から、ですよ」

「何をいいたいのか、わからん」

「私もです。……よし、ガラクタども、行くぞ」

 八七橋は兵たちにトラックへ戻るように指示した。

 手術を終え、イギリス士官は痛みに歯を食いしばりながらも、

「こんな汚い包帯なんか巻いたら傷が悪化する」

 と、染みだらけの包帯に不満を洩らしたが、

「これでも日本軍としては清潔な包帯だ」

 ハカセはかまわずに彼の肩をボロ布で縛り上げた。

骨喰丸が笑う日 第十五回

骨喰丸が笑う日 第15回 森 雅裕

 八七橋はかしこまりもせず、別に敬礼もしない。

「光機関、八七橋中尉です。第三十一師団、宮崎支隊からお迎えに来ました」

「なんだ。あやしい連中だな。身なりは日英印の混合じゃないか」

 自分こそ軍人らしからぬ格好だが、この将軍閣下は軍服など似合いそうもない。

「味方の補給がないので、食料、弾薬、被服も敵軍から奪っています」

「何人で来た? 一個小隊か」

 周囲に五人を配置し、この部屋には八七橋の他はハカセと五右衛門だけだ。

「合計八人です」

「あーあ。こんなのを迎えに寄こすとは、宮崎もこの綿貫をなめてくれたものよのぉ。あいつはな、陸士の一期下だ」

「歩兵団長(宮崎)から聞いています。綿貫閣下は予備役だそうですが」

「ふん。ちょいとワケありでな。冷飯食いだよ」

 自嘲というより軍の上層部を批判しているようだ。

 僧侶は若い修行僧に声をかけ、寺の周囲を警戒するように指示した。

「ここには十人以上の僧がいます」

「迷惑をおかけする。しかし、長居はしませんから」

 八七橋が無愛想ながらも僧に軽く会釈すると、綿貫は食事の手を止めないまま、難癖をつけるように訊いた。

「長居は無用とは俺も同感だが、お迎えのガラクタどもの指揮官は陸士何期か」

「陸士じゃありません。東大です」

「けっ。学士様に戦争はできるんだろうな。どこで訓練を受けた」

「東部第三十三部隊」

 陸軍中野学校の表向きの通称だ。綿貫は表情に侮蔑さえ浮かべた。

「道理で軍服が似合わんし、敬礼もしないわけだ。ふん。俺こそ軍服なんか似合わんといいたそうだな」

 この閣下、まったくの愚者ではないようだ。

「お前の子供の頃の渾名を当ててみようか。スパイだ」

「よくおわかりで」

「顔つきには外国の血が入っているようだからな」

 八七橋の祖母には異国の血が入っていたと聞いている。それが隔世遺伝したようである。

「本物のスパイには好都合というわけだ。ふはははは」

 綿貫はカン高い音程をつけて笑った。なるほど、これは宮崎がいったように人に好かれる人物ではない。

「東大といえば、うちの副官と同じだ」

 綿貫は傍らに立っていたクルタパジャマの男を指した。知的だが、気の弱そうな男である。事務的に名乗った。

「手柄山中尉です」

「大学では何を?」

 陸士出身でない副官に違和感を覚え、八七橋は尋ねたのだが、綿貫がさえぎった。

「お前らの身の上話なんかいい。同窓会は戦争が終わってからやれ」

 手柄山は軍人というより学者か技術者のようだ。

「随伴は副官だけですか」

「女もいるのが見えんのか。現地の案内係だ」

「案内係?」

 綿貫は食卓で給仕をしている女を目で指した。三十代前半。東洋人なのか白人なのか不明な顔立ちで、混血だろう。

「アーシャだ。ベンガルから一緒に行動している」

「ベンガルへ行かれたのですか」

 ベンガルといってもインド北東部の広範囲に及び、漠然としている。

「俺がどこを巡り歩こうとお前らには関係ない。アーシャはチャンドラ・ボースの従姉妹だか又従姉妹だか知らんが、とにかく親類縁者らしい」

「ほお。女だてらに革命家ですか」

「イギリスから見ればお尋ね者の血縁者だ。インドに残しておくわけにはいかん」

 そんな義理堅い人物とも人道主義者とも見えない綿貫だが、いちいち詮索していてはこの任務は果たせない。しかし、八七橋はこの状況を歓迎できなかった。

「これからの退路は女の足では困難かと思いますが」

「車で来たんじゃないのか」

 冗談なのか本気なのか、綿貫という男は腹が知れない。

「移動は徒歩。それが日本陸軍の基本です」

「おい。俺は少将だぞ。しかもこの荷物だ。まあ、運ぶのはお前らだから、俺はかまわんがな」

 背嚢や革トランクなどが合計三つ、置かれている。

「何です、この荷物は。インパール街道で行商でもする気ですか」

「ふん。お前らにはこの荷物の価値はわからん」

 窓の外を見張っていた五右衛門が、

「女の可愛いおべべでも入ってるのかな」

 揶揄する笑いを放つと、綿貫はもっと大袈裟に哄笑した。

「ぐははははっ。アーシャはそのへんの女とは違うぞ。ジャンシー連隊の士官だ。光機関ならこの連隊の訓練のきびしさは知っているよな」

 百年前にイギリスとの戦いで死んだ王妃の名を冠したラニー・オブ・ジャンシー連隊は、昭和十八年にチャンドラ・ボースの肝煎りによって、昭南(シンガポール)で特設された婦人のみの正規軍である。在マレーのインド人の名家の子女はこぞって志願した。光機関も顧問や連絡係として関わっているが、彼女たちの厳正な軍規と猛烈な訓練は昭南市民も広く知るところである。単なるお飾り部隊ではない。

「足手まといにならないよう、頑張って歩きます。自分の荷物も自分で運びます」

 流暢な日本語で、アーシャはいった。

「なるほど、そのへんの女ではないようだ」

 感心する八七橋に、アーシャは冷徹な表情で尋ねた。

「歩く行程はおよそ一か月でしょうか」

「そうですな。チンドウィン河を渡り、マンダレー方面へ向かう。そのあたりまで行けば、ラングーンへ向かう交通機関がある」

「負け戦とは情けないものだな」

 と、綿貫が愚痴った。 

「カルカッタあたりから洋上へ出て、潜水艦に迎えに来させるつもりだったが、役立たずの海軍に断られた。そんな危険は冒せんとな」

 インパールの激戦に連動して、連合軍は海上作戦をも展開している。今やインド洋は制海権も制空権も連合軍に握られているのである。

「俺としても、潜水艦という鉄の棺に閉じ込められて死ぬのはまっぴらだけどな。そもそも、カルカッタまで敵地を縦断するのも命がけだ」

 アラカン山脈を越え、チンドウィン河を渡ってビルマへ向かうのも命がけだ。敵は英印軍ばかりでなく、ジャングルは疫病の巣窟なのだ。食料をどうするかという難題もある。しかし、八七橋はそんなことは口に出さなかった。

「あの……。お話の途中すみませんが」

 と、青ざめたハカセが腹を押さえながら、いった。

「腹の具合が悪いんで……。便所はどこですか」

「こいつっ」

 綿貫は手にしていた木の匙を投げつけた。手づかみの現地人とは違い、こんなものでカレーを食っていたのである。

「裏庭の川っぷちに建っている掘っ立て小屋が便所だ。おい。変な病気じゃないだろうな。俺に感染させると国家の損失だぞ」

「一応、自分は医者だったもんで、ただの腹下しと診断します。へへっ。これがホントの日本陸軍の黄禍ってやつですわ」

 ハカセは小銃を置き、銃剣だけ腰にぶらさげて、教えられた方向へ駆け出した。衛生事情の悪いアジア各地では、日本兵は腹を下しやすい。

「医者が兵隊かよ。ふざけた部隊だな」

 不機嫌な綿貫に八七橋はのんびりした声を返した。

「剽軽者が多くて退屈しませんよ」

「結構だ。しかし、食事中にシモの話なんかしおって……。もうやめた」

 綿貫はカレーを放棄し、手柄山の助けを借りて、着替えを始めた。戦闘服に似ているが、軍服ではなく、南方での狩猟や旅行用の上着である。

 八七橋はカレーを見ていた。入っている肉は豚である。

「ヒンドゥー教徒は牛はもちろん、豚も食べない人たちがいると聞きますが」

「先祖の魂が動物の形に生まれ変わるというのが彼らの考えだからな。基本的に殺生禁止だ。インド軍とインド国民軍に分かれて戦争してるのにおかしな話よ」

 僧侶が床に並べられた鍋と食器を指し、八七橋に訊いた。

「召し上がるか」

「有難いが、急ぎますから」

「せっかくの御馳走だ。飯盒にもらっていきましょうや」

 と、五右衛門が飯盒にカレーと野菜炒めを詰め始めた。僧侶はさらに八七橋にすすめた。

「あなたもパンをお持ちになって、道々お食べなさい」

 チャパーティーという円形の薄いパンが積み重ねてある。

「遠慮はいらん。もらっておけ」

 綿貫が挑発するようにいい、八七橋は試されていることに気づき、食いたくもないパンに手を出した。一枚、また一枚とそれを取り、傍らの五右衛門にも渡した。八七橋がパンを取るのに使ったのは左手である。そのパンを折り畳んだり巻いたりしながら背嚢に押し込んでいると、綿貫が冷たく笑った。

「ふん。少しはインドの習慣を心得ているようだ」

 重ねられたパンを右手で取ると、残りのパンは不浄な食いかけと見なされる。だから左手で取るのである。

「インド人は右手で直接食うから、熱い食い物もない。俺は木の匙で食うから熱いものを出すように命じてある。冷飯を食わされるのは軍隊だけで充分だ」

「郷に入っては郷に従えといいますよ」

「それは中国の歴史書『五灯会元』にある言葉だ。お前、敵の思想にかぶれているのか。さすがスパイ学校の出だな」

 アーシャもジャングル探検隊のような服装に着替えたが、人目にかまわず、何を隠すわけでもない。堂々たる態度は感心だが、禁欲生活を続けてきた兵たちには目の毒である。

「俺たちは礼節ある日本兵じゃないぞ」

 八七橋はそれだけいい、彼女に注意を与えた。アーシャは黙って左の腋下にストックホルスターを装着した。そこに突っ込んでいるのはモーゼルC九六という重量級の大型拳銃である。この女なら、余計な心配は無用かも知れない。

 寺の周囲を警戒していた相笠がドアを破るような勢いで駆け込んできた。

「八七橋さん。英印兵がこっちへ来るぞ。五、六人だ」

 緊張が走ったが、傍らの僧は悠然としている。 

「ヒンドゥー教徒のグルカ兵です。時々、ここに礼拝に来る。大丈夫。うちの僧が適当にあしらいます」

 八七橋は小さな窓から外をうかがった。特に危険な匂いはしない。

「うちのろくでなし部隊は?」

「寺の裏手へ回した」

 と、相笠。

「よし。川原から脱出する」

 ここへ来る前に周囲の地理は確認している。

「珍しい食い物を見た」

 相笠は自分の飯盒を五右衛門に渡した。

「その魚の蒸し物を入れろ」

「はいよ」

「ところで、少将閣下は?」

 八七橋はぼそりと答える。

「目の前だ」

 相笠は副官の手柄山中尉を凝視した。

「こっちだ。俺だ!」

 綿貫が犬でも呼ぶようにパンパンと手を叩いた。

「人を見る目がない奴だ」

「失礼。行商人かと思ったもんで」

「き、貴様あ……」

 相笠は肩をすくめながら銃口をドアへ向けている。八七橋も短機関銃を構えた。潜り込むように男が入ってきた。

「英印兵が一人、裏へ回ったようです」

 男は英語でそういった。白いクルタパジャマ姿のインド青年である。八七橋に緊張感はないが、油断なく彼を見つめた。

「次から次と出入りのにぎやかなところだな。誰だ」

 青年は両手を振りながら愛想笑いを作った。

「インド国民軍の工作員です。ラジープといいます。光機関に教育を受けました」

「英印兵は俺たちに気づいたか」

「いえ。そんな様子はありません。裏へ回った兵は便所が目的でしょう」

 それはそれで、まずい。ハカセが用足しの最中だ。相笠が助けに向かおうとしたが、それより早く、ドン、とドアにぶつかりながら、そのハカセが部屋の中に倒れ込んだ。血まみれだ。

「どうした。やられたのかっ」

「いえ、腰が抜けた。あははは」

 彼の血ではないようだ。

「べ、便所で英印兵と鉢合わせしちまって、お互い、敵か味方かわからなかったんですが、二言三言交わしたら、向こうが銃を構えようとしたので、咄嗟に刺し殺しましたぁ。よ、よかったんでしょうか」

「よかったんだよ。落ち着け」

 英印軍も国民軍もインド兵は同じ軍服を着ているので、最前線の戦場でも混乱するのである。

「その死体はどうした?」

「便所の中へ隠しました。大自然の水洗なんでね、川へ流れていくと思いますが」

「見つからんうちに逃げるぞ」

「この寺の地下から川原へつながる抜け道があります」

 と、僧侶が得意気に提案した。

「川沿いに歩くなら、途中には険しい山林や行き止まりの崖もある。ラジープに案内させましょう」

 ラジープは武器を持たず、ネパール山岳民族が使うククリと呼ばれる大型のナイフを腰にさげているだけだ。戦闘用というより草ヤブや木の枝を払う道具である。

 八七橋は僧侶に向き直り、いった。

「便所の死体が見つからなければ、そいつは脱走したものと見なされるだろうが、見つかったら、あんたたちに迷惑がかかるな。知らぬ存ぜぬで頑張ってくれ」

 八七橋は少しは恐縮したのだが、綿貫のガサツな声が響いた。

「おい、スパイ中尉。坊さんに金払っとけ」

 綿貫は小声でも怒鳴っているような圧迫感がある。僧侶はニンマリと微笑んだ。

「日本軍が来たら謝礼はたんまり……と綿貫さんがいうから、かくまってきたんです」

「しょうがねぇ将軍だな」

 八七橋は現地人懐柔のために持ち歩いているイギリス軍の軍票を束のまま差し出した。敵軍陣地から奪ったものである。日本軍の軍票など通用しない。

 八七橋と綿貫たちは地下から寺院の裏へ出て、見張りに配置していた兵たちも合流し、川沿いの山林へと駆け込んだ。

 しばらく進み、崖を迂回すると、

「この山林の中を南下すれば、川と街道の交差路に出ます」

 ラジープは先を指差したが、

「わかった。案内はここまででいい」

 八七橋は突き放すように、いった。

「俺にもこのあたりの土地勘はある」

「あ。いや、しかし……」

「俺たちといると危険だ。君は君で、祖国独立のために戦え」

 茫洋とした八七橋がキッパリそういうと、逆らえない空気がある。ラジープは承服できない様子だったが、

「そんな目立つ白服で一緒にいられても困る。戻れ」

 強い口調で指示し、肩を叩いた。彼の後ろ姿が見えなくなるまで、八七橋は見送った。目には警戒の色を浮かべている。

 相笠曹長が尋ねた。

「八七橋さん。以前にこのあたりへ来たことがあるのか」

「ない」

「何だってぇ」

「あいつは信用できるかどうかわからない。だから追い返した。教わった道とは別を行くぞ。この川なら歩いて渡れる。対岸から下流へ歩いて、街道の脇へ出よう」

 綿貫少将が露骨に舌打ちした。

「けっ。なんとも疑い深いスパイ中尉よのぅ。さっきのカレーもあいつが作ったんだぞ。あんな炊事係が俺たちを敵軍の中へ案内するかも知れないと思ったか」

「あるいは閣下の荷物が金目のものだとすると、仲間に襲わせて、奪う算段をしているかも」

「ふん。俺が財宝でも隠し持っているってか。俗物の考えそうなことだ」

「違うんですか」

「俺自身が日本の宝だ」

 ははは、と笑う者があり、

「誰だあああ、笑ったのは!」

 綿貫は囚人部隊の面々を睨め回したが、皆はかまわずにさっさと川原へ下りていく。

「おいいっ。俺にザブザブ水をかきわけろというのかあ」

「どうせ雨季だ。地べたを歩いていてもそこら中がぬかるみです。グズってると置いていきますよ」

 その夜は天の底が抜けたかと思うような雨となった。

骨喰丸が笑う日 第十四回

骨喰丸が笑う日 第14回 森 雅裕

 昭和十九年三月、第十五軍司令官・牟田口廉也中将は戦局打開をはかるべく「太平洋戦争で最も愚かな作戦」を発動した。「チンドウィン河を渡河し、アラカン山脈を越え、三週間でインパールを攻略すべし」……ウ号作戦、通称「インパール作戦」である。

 第三十一師団「烈」はインパールの北方百キロのコヒマを占領して英印軍の補給路を遮断し、第三十三師団「弓」は南から、第十五師団「祭」は北東からインパールを挟撃するという作戦であった。総兵力およそ九万。これにインド国民軍六千が加わった。

 しかし、大規模な空輸によって戦力充実した英印軍は日本軍を寄せつけず、補給もなく消耗し尽くした師団長たちは牟田口司令官に反発したが、牟田口は「弓」柳田、「祭」山内、各師団長を解任更迭して、作戦続行を命じた。本来、師団長は天皇が任命する親補職であり、その大権を侵す暴挙であった。

 六月初め、「烈」佐藤師団長は独断で撤退を開始。彼もまた解任され、軍法会議で牟田口の無謀無策を糾弾する覚悟であったが、後日、心神喪失と決めつけられ、ジャワ島に軟禁されることになる。

 こうして師団が撤退を始める中、コヒマ・インパール間の街道遮断を継続する任務を与えられた残存部隊があった。最前線で死闘を繰り広げていた歩兵第五十八連隊を主力とする宮崎支隊である。率いるのは名将の誉れ高い宮崎繁三郎少将。しかし、この精鋭部隊も五十日に及ぶコヒマの戦いで、兵力は六百にまで激減していた。

 街道死守を命じられて三週間。宮崎支隊はコヒマから南へ三十数キロのマラムまで後退し、さらに南のカロンへの後退を準備しつつ、持久記録を作るべく粘ったが、戦力差はいかんともしがたく、六月二十日、ついには突破された。隊列を組んでインパール街道を驀進する戦車から顔を出した英印兵は、なすすべもなく見送る日本兵に手を振る余裕であった。

 ちなみに英印軍とはイギリス領インド軍の俗称で、インド人の志願兵によって構成される軍隊であるが、前線ではイギリス軍とインド軍をいちいち区別もできず、合同軍という意味合いもなくはない。

 街道を突破されたのちも宮崎支隊はゲリラ的な戦闘を続けたが、日本軍拠点のひとつであるウクルル方面に英印軍の大部隊が進出中と知り、これに夜襲をかけるべく準備にかかった。

 各地に分散していた兵を集め、戦傷者は後方へ送り、夜襲隊は宮崎自らが指揮をとる。これが最後の戦闘。自分たちの死に場所だと誰もが覚悟を決めた。しかし、出発直前の深夜になって、中止が伝達された。

 間断なく雨が降っている。

 八七橋謡太は光機関の士官である。大男で、大仏というのが子供の頃からの渾名であった。

 F機関、岩畔機関と続いた日本の諜報機関は、東南アジアの植民地からイギリスを駆逐するべく、独立運動を支援してきた。それを受け継いだのが光機関である。インドで縁起がよいとされる「ピカリ」という言葉と「光は東方より来たる」の意味を合わせて命名された。緒戦において、東南アジア諸国は日本が制圧したため、光機関はインド専門組織となり、インド国民軍に対する軍事顧問団でもある。

 その宣撫工作部隊の一員として、八七橋はビルマ、インドで活動してきた。インド国民軍は戦意旺盛で、インパール作戦にも参加したが、日本軍とともに撤退してしまい、八七橋は取り残されて、宮崎支隊の居候となっている。

 夜襲にも加わるつもりだったが、中止という肩すかしを食らって、掘っ立て小屋で雨をしのぎながら横になっていると、雨音が変わり、人の気配が近づいてきた。

「八七橋さん」

 八七橋は一応は陸軍中尉なのだが、軍隊の枠から「はみ出た」存在なので、娑婆と同じく「さん」づけで呼ばれている。

「支隊長がお呼びです」

 呼びに来たのは相笠曹長で、勇猛で知られる第五十八連隊の中でも名物男といわれている。

「俺と一緒に来るようにと」

 雨衣のポンチョを頭からかぶり、暗闇の設営地を二人で歩いた。

「夜襲中止というのはどういうわけですかね」

「撤退命令が届いたんだろう」

「あの山と河をまた踏破してビルマへ逃げ帰るなんて、うれしくないですな。作戦開始の時には、インパールを占領すればカルカッタ(コルカタ)の港から日本へ凱旋できるぞと勇ましく出発したのに。しかも、撤退となれば、優勢な敵軍が追いかけてくる」

「追いかけてきてくれなきゃ、敵から物資が奪えない。どうせ撤退途中には友軍の補給なんかないだろうからな」

「前向きだなあ、光機関の人は」

 支隊司令部といっても、原住民が放棄した空家で、材木を寄せ集めた掘っ立て小屋である。いたるところから雨水が流れ込み、宮崎繁三郎少将も雨衣を着込んでいる。敵からの分捕り品だ。

 宮崎は昭和十四年のノモンハン戦でソ連戦車百五十両を相手に歩兵一個連隊で奮戦し、停戦を有利に導いた人物である。戦術に長けているばかりでなく、人格者としても部下の信望があつい。

 司令部には宮崎だけでなく、ひさしぶりに見る顔があった。世良中尉。光機関の僚友である。最後に会ったのは半年前のラングーン(ヤンゴン)だった。

 八七橋と世良は目を合わせて会釈だけ交わしたが、まずは宮崎が口を開いた。

「撤退命令が来た。わが支隊はウクルルへ向かう。敵軍も大挙してウクルルへ押し寄せている」

「撤退というより、殿(しんがり)部隊ですね」

「そうだ。名誉ある殿部隊だよ。しかし、八七橋には別の任務が届いた」

 宮崎は傍らに立っている世良に発言を促した。世良は冷ややかに八七橋を見据えている。

「生きていたか、八七橋」

「お互い様だ」

「しかし、この再会はうれしくないかも知れん。お前に命令を伝えに来た」

「聞こう」

「ディマプールに日本陸軍の少将が孤立している」

「はあ。何の話だ?」

 ディマプールはコヒマの北西へ直線距離で四十数キロ。ベンガル・アッサム鉄道とコヒマ・インパールを結ぶ道路の結節点であり、英印軍の物資集積所である。牟田口司令官はコヒマ占領後の烈兵団にディマプールへ侵攻せよと命じたが、彼我の戦力差を無視した無理難題であり、実現しなかった。コヒマにしても、英印軍の本拠は陥落しておらず、完全占領できたわけではない。

「親日派の寺院に隠れているが、周囲は敵だらけで身動きできない。救出して連れ帰れ。綿貫平蔵少将という人物だ」

「そりゃ何者だい」

「予備役だが、元は陸軍航空技術研究所にいたらしい。新兵器の開発研究を担当する部署だと思うが」

「そんな人物がなんでディマプールなんかにいるんだ? 大体、わが軍が到達していないディマプールへどうやって行ったんだ?」

「金銀財宝がある場所には、万難を排してもたどり着く人間がいるものだ」

 世良中尉は不潔で不快な戦場でも涼しい顔だ。講義でもするように、語った。

「ボースの宝石という噂は聞いているだろう」

「宝石だの財宝だのという噂は東南アジアのそこら中にあるわな」

 チャンドラ・ボースは「ネタージ(指導者)」と呼ばれるインド独立運動の中心人物である。ガンディーの非暴力主義に反対し、国の内外から危険人物視されていた。

 第二次大戦が勃発すると、支援を求めて、ソ連、イタリア、ドイツと接触したが相手にされず、最後の希望を日本に求めた。昭和十八年、Uボート、伊号潜、飛行機と乗り継ぎ、五月に東京へたどり着いて、東條英機と会談した。ボースの東亜解放思想は大東亜共栄圏の理想と一致したのである。

 ボースはイギリスからの祖国解放を目指すインド国民軍最高司令官となり、十月には昭南(シンガポール)で樹立された自由インド仮政府首班に就任した。

 インド国民軍の本拠はラングーンに置かれ、ボースは兵力の拡充に奔走したばかりか、ビルマ方面軍司令官河辺中将に対して、インパール作戦の実現とインド国民軍の作戦参加を執拗に迫った。インパール作戦はインドと中国を結ぶ連合軍の補給路「援蒋ルート」を断つことが主目的だったが、日本軍上層部には慎重論もあった。しかし、ボースの熱望が日本軍を動かしたのである。

 真偽不明の逸話も流布している。昨年七月、シンガポールの政庁舎前広場で開かれたインド民衆大会や今年一月にラングーンのシュエダゴン・パゴダ(仏塔)前の広場で行われたボースの誕生祝賀会では、数千数万の聴衆が先を競いながら、壇上に金銀や宝石を投げ込んだという。インドでは、尊敬するネタージの誕生日には、その体重に相当する重量の財宝を支持者たちが贈る習わしなのだと語る者もある。ボースは百キロを超える偉丈夫だ。

「ボースの宝石」は自由インド仮政府の資産でもあるわけだが、それがアッサム州のどこかに隠されているとまことしやかに囁かれている。コヒマやディマプールを含むナガランド州はアッサム州の東隣である。

 光機関は、捕虜インド兵や東南アジア在住のインド青年をマレーやラングーンで工作員として教育し、潜水艦でボンベイ(ムンバイ)沖などに運んで、インド国内へ潜入させた。彼らによって、ボースの宝石が活動資金として持ち込まれた可能性はある。あるいは綿貫少将とやら
もそうしたルートでインドへ入ったのかも知れない。

「しかし、インドのイギリス軍は拡充する一方で、工作員や独立運動家には逮捕者や脱落者が続出した。そして、インパール作戦の失敗だ。敵軍に奪われそうなボースの宝石を綿貫少将が隠匿し、持ち出そうとしている、という話もなくはない」

 世良は平然とそんなことをいい、八七橋は冷たく彼を睨んだ。

「航空技術畑の将官がやることかね。そんな与太話を信じろと?」

「いや。俺も信じちゃいない。まあどうせ、軍人には命令の意味や理由を問うことはできない」

「綿貫少将とやらが親日派のインド人にかくまわれているなら、彼らの手引きや国民軍の協力があれば、自力で脱出できるのでは?」

 八七橋が疑問を呈すると、

「綿貫という男は変わり者でな」

 宮崎が会話に入り、四角い顔を悠然と崩して微笑んだ。

「陸士で俺より一期上だったが、人に好かれる人物ではない。助けてやろうという気にならない」

「はあ」

「しかし、変人とはいえ、物見遊山で戦時下のインドへ入るほど暇でもあるまい。ボースの宝石かどうかは知らんが、何らかの任務を帯びている。見捨てるわけにはいかんだろう」

「光機関が救出命令を出すんだから、それなりの重要人物なんでしょう。それなら、俺一人を行かせませんよね」

 八七橋は同行した相笠曹長を見やった。この男が呼びつけられた理由がわかった。宮崎も相笠へ温和な視線を投げた。

「相笠曹長。お前の班を八七橋の指揮下に入れる」

「あー。そう来ましたか」

 相笠はかしこまるでもなく、苦笑さえ浮かべた。

「了解です」

 相笠曹長以下七名の班は烈兵団の囚徒兵や持て余し者の吹き溜まりである。インパール作戦前にラングーンの陸軍刑務所に収容されていた者、作戦中に前線で問題を起こした者などで、さっさと死んでくれとばかりに師団の先鋒をつとめる宮崎支隊へ配属された。班長の相笠も元は士官だったが、降格されたと噂されている問題児である。

 しかし、八七橋は「烈」の士官ではない。宮崎の部下ではなく、相笠の上官でもない。

 宮崎は表情は柔らかいが、言葉は重く響いた。

「この期に及んで、指揮系統にこだわっても仕方あるまい。相笠班をお前にまかせる。綿貫のような男を迎えに行くなら、お前たちのごとく抜け目のない兵隊でないとな」

「恐縮です」

「師団司令部も移動しているだろうが、必ず追って来い。待っているぞ」

 宮崎らしい激励を受けたが、世良からは、

「また会おう」

 あきれるほど冷徹にそういわれ、八七橋と相笠は支隊司令部を出た。

「えらいことになりましたね」

 相笠は他人事のように呟き、八七橋も緊迫感のない声を返した。

「ボースの宝石が本当だとしても、俺たちに分け前が入るわけじゃないもんなあ」

「あれっ。本気にしたんですか」

「楽しいことを想像しないと、こんな旅はできない」

 八七橋は相笠班の野営陣地へ足を運び、命令を伝えた。兵たちにたちまち不平不満が炸裂した。

「師団が撤退するというのに、俺たちだけコヒマへ戻って、その先のディマプールまで行くだとお。正気かよ」

「正気じゃねぇ作戦には慣れてるが、こいつは特にひどい」

「どうせジャングルの中を半死半生で潰走してる軍隊だ。命令もへったくれもあるか」

 相笠が面倒そうに手を振って、彼らを制した。

「宮崎支隊長の命令だ」

「弱いですなあ、その名前を出されると」

「わが班は支隊長のお気に入りということだ。期待に応えろ。夜が明けたら出発する」

 部隊は上官に抜刀したという噂の相笠を班長に、三文、和尚、ハカセ、五右衛門、バク、カノン、合計七名である。軍法会議で有罪が確定した者は階級章を剥奪され、そこまで至らない者は階級章をつけているが、彼らは官姓名ではなく、渾名で呼び合っていた。

 彼らに敗残兵の悲惨さはない。インパール作戦では補給の途絶が最大の問題となっているが、最前線の宮崎支隊に飢餓は発生していない。敵軍から物資を奪いながら戦闘を継続してきたのである。後方部隊よりも最前線の方がモノがあるという奇妙な現象が起きていた。

 八七橋と相笠班は英印軍から鹵獲した短機関銃やリー・エンフィールド銃で武装し、チャーチル給与と呼ばれる食料も携行して、マラムの陣地を離れた。装備だけ見れば、皮肉にもこの方面の日本軍の中では精強部隊である。

 敗走する日本軍とは逆にインパール街道沿いを北上する彼らの存在を英印軍に知られるわけにはいかない。身を隠しながらジャングルを踏破し、先日まで激闘を繰り広げたコヒマへ戻った。

 コヒマはインパールの北方、直線距離にして約百キロ。三千メートル級の山脈が南北に走るアラカン山系の切れ目である。ここからディマプールまで続く渓谷にイギリスはインパールへつながる軍公路を建設した。大型トラックもすれ違える幅広のアスファルト舗装道である。

 しかし、戦火によって、その街道も穴だらけで、周囲の樹木は焼き払われ、いたるところ禿げ山となっている。山の形が変わるほどの砲撃は英印軍の仕業で、日本軍にはそんな火力はなかった。

 谷間の水を汲みに歩いていた原住民と出くわした。このあたりは標高二千メートル。初夏ではあるが、八七橋たちは英印軍の外套を着ており、頭にはカウボーイみたいなテンガロンハット、日英両軍のヘルメットや略帽をかぶり、あるいはターバンを巻いている。別に偽装しているわけではなく、物資不足のためだ。英印軍にはアジア的な容貌の者もいるから、この囚人部隊は一見したところ、正体不明である。

「見られた。殺るか」

 カノンがボソリと呟いた。この男は砲兵で、体力自慢である。アラカンの山岳地帯では、野砲を牽引する馬が次々と斃れたため、砲兵隊は野砲を放棄し、残る山砲を分解して、人力で運んだ。神輿でもかつぐような彼らの姿を見て、よその兵隊は「砲兵隊でなくてよかった」と実感したものだ。

 八七橋は表情を動かさず、カノンを制止した。

「やめとけ。家族が騒ぎ出したり、死体が見つかると、英印軍が警戒する」

 八七橋は宣撫工作員であり、現地の人間に溶け込むことを第一と心得ている。靴下に入れた米を原住民へ二本与え、

「我々は特殊任務中である。出会ったことは家族にもいうな。さもないと英印軍に拘束され、拷問を受ける」

 英語とヒンディー語を混ぜながら、日本軍とも英印軍とも名乗らずに脅した。恐縮する原住民と別れて歩き出すと、カノンが嘲笑した。

「甘いですなあ、八七橋さん。奴ら、兵隊の死体からフンドシまで剥ぎ取る連中ですぜ」

「日本軍が現地人に恨まれるようなことはしない。それが俺の任務だ」

 コヒマを通過すると、十数キロでズブザである。川に橋梁がかかっているのを谷間から遠望した。当然、警戒厳重だから、迂回して渡河しなければならない。

「立派な橋だよなあ」

 工兵のバクが因縁でもつけるように、いった。バクは「爆弾」に由来した渾名だ。彼が因縁をつける矛先は光機関である。

「俺の工兵中隊は歩兵第百三十八連隊に配属されたが、四月の初め、爆破命名をうけて、俺の班がここへ向かった。たった八名。爆薬は十六キロの黄色薬だ。ちゃちな木造だという情報をもたらしたのは光機関だったぜ。しかし、たどり着いてみりゃ、御覧のごとく、大型トラックや戦車が往来する二条の鉄橋だ。あまりの光景に茫然自失しちまった」

 八七橋は眉を寄せ、さらに奇妙な形にひねった。

「はて。光機関では、頑丈な鉄橋だと報告しているが」

「へえ。そうですかい」

「他ならぬ俺が師団司令部に報告した。師団から連隊やら工兵隊やら伝達されるうちに希望的情報に変わってしまったんだ。よくあることさ。……で、どうした?」

「手に負えないから、小戦闘をまじえながら帰隊しましたよ。そしたら人員を増やして、また行かされた。しかしね、敵もさるもの、一段と警戒厳重になっていて、橋に近づくこともできずに半分が戦死だ。またしても帰隊したが、次はアンパン(爆雷)を竹棒にくくりつけて戦車に突入しろと来たもんだ。そんなもん、敵のM3やM4には通用しないと文句いったら、ぶん殴られた」

「で、殴り返して、囚人部隊か」

「俺がやられたんなら我慢もしますよ。うちの中隊長が臆病者どもの上官ということで、師団の参謀に殴られたんだ」

「なるほど。そりゃ許せん」

「戦死は覚悟しているが、犬死には御免ですぜ」

 ズブザ川はさほど大きくもないが、雨季で水量が増しており、泳ぐことは避けたい。八七橋には顔馴染みの原住民がおり、舟を借りることができた。謝礼として、外套を渡した。このあたりでは布が貴重なのである。

「現地人とは仲良くしておくものですな」

 兵たちは感心したが、

「盗んだ方が手っ取り早い」

 と、悪ぶる者もあった。たぶん、口先だけだろう。宮崎支隊では原住民からの略奪は厳禁である。

 ズブザを通過した二日後、彼ら囚人部隊はディマプールに到達した。インド北東部では最大都市である。町の中心部へは向かわず、街道と並走するダンシリ川沿いに北上すると、開けた平地に石造りの建物が現れた。大規模ではないが、外壁は神々の彫刻で飾られ、一部には極彩色が施してある。ヒンドゥー教寺院である。

「このあたりはキリスト教徒も多いと聞きますが……派手なお寺ですなあ」

 和尚は合掌して拝みそうなくらいに感心している。この男は和尚と呼ばれているが、実際のところ、娑婆ではキリスト教の神父だった。

「キリスト教なら、日本軍の味方はしてくれないかも知れないぜ」

 相笠曹長がそういうと、和尚は心外そうに口を尖らせた。彼は上野の美校出身で、宗教美術にも関心があるらしく、壁の彫刻について解説した。

「インド彫刻の特徴の一つがミトゥナ像です。男女合歓を神と一体になる宗教的歓喜として表現しています」

「博物館に来たわけじゃない」

 八七橋はそういい、周囲を慎重に見回って、脱出路など確認した。

「インド国民軍に協力的な寺らしいが、ここは敵地だ」

 見た目は茫洋としている八七橋だが、相笠に命じて、見張りを配置させながら、屋内へ忍び込んだ。廃墟かと思うような静けさだ。クルタパジャマを着込んだ男と鉢合わせし、銃口を突きつけた。

「撃たないで。どちらの兵ですか」

 男は英語で訊き、八七橋も英語で答えた。

「日本兵だ。隠れている人物を迎えに来た」

「ああ。待っていました」

 男が発したのは日本語だ。この寺院の僧侶だった。

「私は戦前、日本への留学経験があります」

 イギリス支配に反発して日本へ渡った留学生は多く、彼らはインド独立を目指す運動家となっている。

 僧侶に案内され、奥の部屋に通されると、男が二人、女が一人、そこにいた。彼らもクルタパジャマを着込んでいる。本来は男の民族衣装だが、女も同じ身なりだった。

 一番年長と見える男だけが床に座り込んで、飯を食っていた。これが綿貫だった。カマキリのような逆三角形の頭で、三白眼が異様にキツイ。意地の悪い校長先生という風情だ。

骨喰丸が笑う日 第十三回

骨喰丸が笑う日 第13回 森 雅裕

 悪人どもの巣窟となっている浅草の印刷工場に戻ると、暗くなり始めた部屋に石油ランプを点し、徒者どもは飯を食っていた。稲荷寿司だ。縛り上げられた一則の口にも押し込んでやっている親切さだ。

「何、このほのぼのとした光景」

 ニイナが呟くと、一則はいかにも苦しそうに口を動かしながら、いった。

「俺は稲荷寿司が物凄く苦手だ。吐き気さえする。近づけないでくれとお願いしたら無理矢理食わせやがるんだ。もう勘弁してくれ。あ、お茶も苦手だ。稲荷寿司もお茶も恐い」

 もうこいつ、置き去りにして帰ろうかとニイナは嘆息した。

 清矢も一則には敬意なんか払わない。

「短刀は駄目だったが、夏雄の鐔が手に入った。そもそも、葛飾北斎の歯のカケラを埋め込み、清麿師が自刃に使った短刀なんて、外国人にはもったいないってもんだ。一則さんよ。これで勘弁してやる」

「へ?」

 清矢は桐箱の蓋を取り、中身を示した。

「上野へ行って加納夏雄自身に認めてもらった。本物だ」

 清矢の浮かれぶりに一則は一瞬だけ怪訝な表情を走らせたが、縄を解かれたので、深く考えるのはやめたようだ。

「そうか。そういうことなら、帰らせてもらうぞ。履物をくれ」

 一則は自宅から拉致されてきたのだから裸足だ。清矢は左右違うボロ下駄をそのあたりから見つけてきて、彼に履かせた。

「下駄は進呈するよ。一則さんよ。また何かあったらよろしく」

「また何か……?」

「俺はね、偽物を作ったことはないが、偽物を売ることは絶対ないとはいえない。美術商である以上、清濁併せ呑む度量も……」

「断るっ」

 一則は折り詰めから稲荷寿司を取り上げて口へ運びながら、ニイナを外へ促した。

 すでに日は暮れており、空気には墨が流れ始めている。一則の足元はふらついていたが、口数は減らない。

「ニイナ。そのへんで一杯やっていくか」

「その腫れ上がった顔で?」

「そんなにひどいか」

「お金だって持ってないでしょ。私に払えなんていったら、もっとひどい顔になりますよ。飲むより病院が先では?」

「それこそ金がかかるって嫁に怒られらあ。こんなものじゃいくらにもならねぇし」

 一則は鉛の四角い塊を握っていた。印刷工場からかすめ取ってきたらしい。鉛は彫金の仕事場で地金を叩く台などに使うことがあり、必要なものである。

「しかし、夏雄があの鐔を本物と認めたというのはどういうわけかな。呆けたのか」

「まあ、私を目のあたりにして、男が呆けるのも無理はないけど」

「とにかく本人のお墨付きが出たんだ。これからも偽作を続けてやるぜ」

 一則は何をどう勘違いしたのか張り切っているが、ニイナは相槌を打つのも面倒になってしまった。

「ところで、あの自称美術商め、短刀は駄目だったといっていたが、どうかしたのか」

「旅に出たみたいよ。運があればまたわが家に戻るでしょ」

 ニイナは早足なので、二人の距離が開いた。一則の耳には届かなかったかも知れない。

 

 翌日、ニイナは美校を訪ねた。小袖に行灯袴、編み上げブーツという活発な若い娘たちに流行り始めた格好で、美校よりも一年遅れて開校した音校の女学生に見える。

 夏雄は実技の授業中で、終わるのを廊下で待った。窓の外には陽光が跳ね、鳥の声が葉擦れに混じる。ここで勉強したかったと痛切に感じた。

 やがて鐘が鳴り、教室から夏雄が現れた。

「おお。君か」

 ニイナを認めたが、足は止めない。ニイナは夏雄を追うように廊下を歩きながら、この娘らしくもなく肩をすぼめ、恐る恐る訊いた。

「先生。あの鐔ですけど、どうして……」

「ああ、うん。蓮に蛙だったな。河野春明にあれと同様の構図がある。私もやってみたいと思っていた。その手間が省けた」

「そんな理由で自作とお認めになったんですか」

「本物ということにしないと、君が困りそうだったからな。噛みつきそうな目つきに負けた。あの美術商とやらに本当のことを教える義理もないし」

「でも……」

「私に借りができたと思うなら、ひとついわせてくれ。今さら一則に偽物作りをやめろといっても聞くまい。しかし、君は聞くべきだ。やめろ」

「……はい」

 夏雄はそれ以上いわず、自分の制作室に消えた。閉じられたドアに向かって、ニイナは頭を下げた。

 この事件はこれで終わらなかった。一月ほどのち、ニイナが自宅で仕事をしていると、同居の老婦人が覗き込んだ。

「今ね、あんたに届け物を頼まれたって子供がね、これ持ってきたけど」

「届け物?」

 差し出されたのは一尺を少し越える荷物である。包みを開くと、拵に入った短刀だ。盗まれた骨喰丸だった。すぐに外へ飛び出して近所を見回ったが、子供とやらはもう見えなかった。通りすがりに小遣いをもらっただけの使い走りなのだろうが、どんな人物に頼まれたのか、尋ねたかった。それが誰か、直感のようなものがあったからである。

 

 八年後、明治三十一年(一八九八)の正月から帝国博物館の一室で「婦人美術家展」が開催された。ほとんどは絵画だが、それさえも出品数は少なく、来場者も他の展示を見るついでに立ち寄る程度で、閑散としていた。女流作家にはまだ偏見が強かった時代である。ニイナは破れ傘を背負った鬼の彫金置物を出品した。

 ある日の会場受付の当番はニイナと上村津禰(松園)だった。津禰は京都府画学校(のち京都市立芸術大学)で学んだ閨秀画家で、ニイナより五歳の年少である。

「年末に夏雄先生の高齢祝賀会があったのやろ。百八十人の金工が大集合やったて聞いたけど、ニイナちゃんは出席したんか」

「私なんかに声がかかるもんですか。うちの師匠は顔だけ出したけど、誰とも口をきかずに帰ってきた。はぐれ者に居場所なんかないってさ」

「いやいや。美術界の王道を歩いとっても、足の引っ張り合いはあるみたいやわ」

 津禰は会場へ靴音も高らかに現れた人物を指した。前髪を塔のように立てた三十代後半の婦人が大名行列よろしくお伴を従えている。関係者たちは総立ちで迎えた。

 彼女は展示をおざなりに一周し、「御苦労様」とか「女流作家に期待しています」という主旨の社交辞令を笑顔とともに残して、風のように去った。

「歩く厄介だね、あれは」

 ニイナも作り笑いで彼女を見送った。名前は九鬼波津子。文部官僚・九鬼隆一の妻で、九鬼は男爵にして駐米公使、宮中顧問官を歴任した帝国博物館館長である。波津子については花柳界の出という噂もあるが、真実は定かではない。彼女が有名なのは岡倉天心との不倫を暴き立てた怪文書が出回ったためである。

 津禰が呟いた。

「美校も何やらややこしいことになってるみたいやないの」

「そうだねぇ」

 ニイナは美術界の情報に疎い……というより興味がない。それでも新聞ネタにもなっており、美校に内部抗争が起きていることは仄聞している。ニイナには美校に隣接する音校に情報源があった。

 数日後、ニイナは谷中の画材屋に赴いた。一歳近いわが子を抱いている。三年前、実家「旭屋」に珍しい酒が入ったからと音校へ配達に行かされ、若い教官に見そめられた。実は仕組まれた見合いであった。

 画材屋へは手製の筆を納品に来た。穂は普通に獣毛だが、軸を無垢の鉄で作り、ずしりと思い。ニイナは単純に金工の遊び心で作っただけだが、画材屋が隠し武器にもなると面白がり、何本かの注文をくれたのである。軸には大津絵風の鬼が彫り込んである。

 店主と世間話などしていると、見覚えある老人がゆらりと入ってきた。加納夏雄だった。ニイナとは八年ぶりの再会だが、夏雄は彼女の顔をジッと凝視したものの、驚きも喜びも怒りも表に出さなかった。

「お。知った顔だぞ。うーん。誰だったかな。まあいい」

 とぼけているのか、忘れたのか、わからない。彼は緑青を求めに来たのだった。日本画の顔料であるが、タンパン(硫酸銅)とともに色上げに使う。

「御自分で色上げなさるんですか」

 夏雄ほどの金工になれば、下地作りや蝋付け、色上げなどは専門職にまかせるものだ。

「この年になると、初心に戻りたくなってね」

 夏雄は七十歳を越えている。以前に会った頃よりもひと回り身体が小さくなっていた。シワの奥の目線がニイナの腕の中の子に注がれた。

「その子は君の子か」

「はい。もうすぐ一歳になります。名前は環。源清麿の名前をもらいました。男女どちらにも使える名前がいいかな、と」

「ふむ。女の子だな。父親は何者かね」

「音校で助教をやっています」

「ほお。音楽家か」

 明治二十三年(一八九〇)に美校より一年遅れて開校した音楽学校だが、国費節減のため明治二十六年(一八九三)には高等師範学校へと移管され、付属学校に格下げされてしまった。明治三十一年現在、初代校長だった伊沢修二を中心に独立運動が起きている最中である。

「音校も美校も大変だな。創作活動よりも猟官運動にいそしむヤカラが多いからな」

 いいながら、ごく自然に夏雄は骨張った両腕を差し出し、ニイナの赤ん坊を抱いた。

「いい子だ。私がもっと若ければ、将来は弟子にとってやるのにな。母親や府川一則より上手になるぞ」

 やはり、夏雄はニイナを覚えていた。

 この時から間もない明治三十一年二月、加納夏雄は七十一歳の生涯を閉じた。それを待っていたわけではあるまいが、三月、東京美術学校騒動が勃発した。美校創立に貢献し、初代校長でもある岡倉天心が免職となったのである。

 ことの起こりは図案科教授・福地復一の数年来の横暴が学内の反発を招き、辞職勧告された事件である。怒り狂った福地は、岡倉天心に妻を奪われた九鬼隆一を巻き込み、恩師というべき天心の私行を暴く怪文書をばら撒いて、美校の教育を「国財を費して有為の青年をして悉く魔道に陥らしむ」と激しく罵倒した。

 九鬼は美術行政の有力者であり、さらに鑑画会系の美校と対立する龍池会系の日本美術協会の圧力を受けた文部省は、天心の免職を決定した。これに反発した美校の教職員三十四名が一斉辞職を宣言し、文部省はあわてて説得にかかったが、結局、十七名が美校を去り、学生たちにも退学者が出た。

 天心は彼に続いた橋本雅邦、横山大観、菱田春草、下村観山らとともに日本美術院を谷中初音町に設立し、この年から日本絵画協会と合同で日本美術院連合絵画共進会展を開催した。しかし、輪郭線を用いず色彩の濃淡によって空気や光を表現しようとする新しい日本画の試みである「朦朧体」描法は酷評され、「日本美術院怪画狂進会」と揶揄される有様であった。

 

 家庭人となったニイナは池之端で暮らしていた。この年の夏が終わる頃、山田吉亮が訪ねてきた。固山宗次一門のつながりで、幼い頃からの馴染みである。この元・首斬り役も数えで四十五歳になる。

「お前、山浦時太郎を覚えているか。清麿の息子だ」

「しんねりむっつりしたお兄さんがいたのは覚えてるけど……私が小さい頃、行方不明になった人でしょ」

「今、鍛冶橋監獄署にいる」

「役人?」

「そんなわけあるか。大泥棒一味の幹部として、ぶち込まれているんだよ」

 そういえば、東京や大阪を荒らし回った盗賊団がつかまったという新聞記事をしばらく前に見た記憶がある。

「俺は囚獄掛だったから、警察にはコネがある。こんな囚人がおりますが……と知らせてくれた」

「時太郎さん、生きてたんだね」

「まだ四十半ばだからな。しかし、将来は真っ暗だ。樺戸集治監へ送られることになっている」

「何、それ」

「北海道開拓の強制労働だよ。奴は罪人である前に脱走兵だ。北の大地に骨を埋めろというお裁きなのさ。こっそり面会させてもらうことになった。奴はお前に会いたがっているようだ」

「どうして?」

「娑婆の見納めに昔の知り合いに会いたいんだろう。自分が何者なのか、自分を知ってくれている人間に会って実感したい。人生に希望を持っていた頃を思い出したい。俺は多くの罪人を見てきたから、そんな気持ちはわからんでもない」

 ニイナにはわからない。

 翌日、彼女は吉亮に伴われ、鍛冶橋へ出向いた。

 鍛冶橋には明治末まで使われる警視庁の庁舎があり、その並びに鍛冶橋監獄署がある。前に架かっているのが八重洲橋だ。

 机と椅子があるだけの殺風景な部屋で待たされ、吉亮とニイナが風の通らぬ空間で暑さにうんざりしていると、男が入ってきた。髪をととのえ、髭も剃っているが、身なりは垢じみている。もはや若くもない時太郎だった。吉亮は差し入れに着替えを持参していた。さすがに囚獄の実情に通じている。吉亮とて懐具合に余裕はないはずだが。

 ニイナも何かしらお守り的なものを差し入れたかったが、囚人が私物を自由に持てるとも思えず、上野でシュークリームを買い、時太郎は甘いものが苦手かも知れないので、数種類の握り飯も手作りして持参した。

 時太郎は人相が悪くなり、ギョロリとした眼差しで、食い入るように面会者を見つめた。昔は他人と正面から視線をぶつけ合うことは苦手だった男だ。吉亮は彼の変貌に少々驚いたが、およそ二十年ぶりの再会である。変化があって当然ではあった。

 まるで喧嘩でも売るように、時太郎は言葉をニイナに向けた。 

「ニイナか。俺を覚えているか。おしめを替えてやったもんだ。いや、そんな昔のことを持ち出してもしょうがない。立派になったな」

「こんなところで会いたくなかったです」

「うん。ハッキリしているところはアサヒさんと同じだ」

 時太郎はボソボソとしゃべるが、若い頃より饒舌になっている。吐き出したい鬱積があり、興奮もしているのだろう。

 時太郎は握り飯を食い、シュークリームは同房の者と分けるといい、見張りの警官を見やった。時太郎の言葉を咎める様子はない。

 ニイナは長年の疑問を口にした。

「時太郎さん。帝都を荒らし回った盗賊一味だそうですね。八年前、私のうちに泥棒が入りました。短刀の骨喰丸も盗まれましたが、後日、どういうわけか、戻してくれた。あれは……時太郎さんですね」

「あそこがアサヒの実家の別宅であることは知っていたが、娘のお前が住んでいるとは思わなかった。なるべく人を傷つけたくないから、誰もいない留守を狙ったんだが」

 留守の情報は使用人から得たのだろう。内応者がいたのか。しかし、今となっては追及しても詮ないことだ。

「手分けして家捜ししたから、俺は骨喰丸には手を出していない。あとで収穫品を調べていて、気づいた。この短刀だけは持ち主が決まっている。だから返した」

「あの時、盗まれてなきゃあ、悪徳美術商の手で外国へ売り飛ばされてた。裏稼業の人たちにはつながりがあって、それを知ったあなたが先回りして持ち出したのかも、と思わないでもなかったけど」

「考えすぎだ。俺はそんな気のきく人間じゃない」

 話題を逸らすように、時太郎は吉亮へ向き直った。時太郎が一歳年上である。

「固山家の皆さんはどうされている?」

「宗一郎さんは白河で亡くなった。源次郎さんはハサミ鍛冶を息子と一緒に続けているが、お前がこんなことになっているなどとは知らせぬ方がよかろう。あの人も七十近い。年寄りにこの世の心残りを背負い込ませるもんじゃねぇ」

「清麿の道楽息子も落ちるところまで落ちたからね。皆さんは俺に親切にしてくれたが、駄目な奴だと蔑んでもいた。そんな俺になついてくれたのは小さかったニイナだけでね。俺には子供もいないし、他の人たちに会いたいとは思わないが、ニイナのことはずっと気にかかっていた」

 それが彼が強制労働へ送られる前に彼女に会いたがった理由か。

 吉亮は素っ気ないが、明朗な声で、いった。

「どんな家でも一族を見回せば問題児がいるもんさ。だが、時太郎よ。名誉な話もあるんだぜ。もう十年以上も前になるが、榊原鍵吉先生が天覧兜割りを成功させた。噂じゃ同田貫ってことになってるが、実はお前が作った刀だ」

 その榊原鍵吉もすでに明治二十七年に没している。

「兜割りのことは新聞で見たが……俺の刀だったか」

「今は宮様が所有している」

「そうか。冥土への土産話ができたよ」

「まだ冥土へ行く必要はなかろう。刑期を終えたら東京へ戻れる」

 囚人とはいえ、過酷な強制労働は社会問題となっており、刑期を満了する見込みは少ない。そして、その時は時太郎を知る者たちの多くは生きていないだろう。

「幸か不幸か、ふさ(吉亮)さんに首を斬られずにすんだな」

 時太郎は抑揚のない声で、そういった。ほとんど無表情であった。しかし、この男が過ごしてきた年月がどのようなものだったのか、異様に強い眼光が語っていた。

 こののち、山浦時太郎は彼らの前に戻ることはなかった。

 ニイナは婦人金工として実績を重ねたが、作品数は少なく、その名は一部の数奇者が知るのみである。

 そして、大正十二年(一九二三)九月の関東大震災でニイナこと川村(旧姓)丹奈は命を落とした。五十四歳だった。娘の環は結婚して神奈川に住んでおり、難を逃れた。環には男子があり、彼はやがて来る激動の昭和に生きることになる。

骨喰丸が笑う日 第十二回

骨喰丸が笑う日 第12回 森 雅裕

 清矢は日本美術を流出させた多くの外国人の中でも著名な一人の話を始めた。

「観光のつもりで日本へ来て、七年も滞在したという道楽者の医者だ。去年、帰国してしまったが、日本美術を買い漁ってくれた。今でも何かと注文をくれる。以前、さる日本の実業家が秘蔵していた加納夏雄の鐔がビゲロー氏に納まったんだがね、仲介したのは私だ。ところが、キップリングとかいう旅行中のイギリスの小説家が偽物だとケチつけてね」

 のちのノーベル賞作家ジョゼフ・ラドヤード・キップリングは明治二十二年の春、世界旅行の途中で日本に滞在し、日本美術を買い漁る金満旅行者たちを「特権的ディレッタント」と呼び、「生きているうちは世間で羨ましがられても、死ねばそのコレクションは偽物ばかりと評価が下がる」と嘲笑した。

「この小説家はシロウトのくせに、日本かぶれの外国人は悪徳骨董商のカモになって偽物を売りつけられていると悪態をつく根性悪だ。こんなホラ吹きのいうことなんか取り合わなきゃいいものをビゲローは外国人仲間のツテを頼って、夏雄本人に鐔を持ち込み、真贋をただした。作った覚えはないという返事だった。鐔を突っ返された私は、仕入れ先の実業家にこいつの出所を尋ねた。府川一則から買ったということだった。……これだ」

 清矢は一枚の鐔をニイナに手渡した。 

「なるほど。見覚えあるわ、これ」

 夏雄の銘が巧みに入れられているが、一則の作である。四分一地の板鐔で、巨象を片切り彫り、群盲を素銅や赤銅の平象嵌で表現している。ニイナも下仕事を手伝っている。ただ、どこかに悪戯心を入れるのが一則の贋作である。

「いい出来だけど、そもそも群盲象を撫ずの図を夏雄が彫るとも思えませんねぇ。あの先生は花鳥風月の気取った作ばかり。ほほほ」

「ほほほ、じゃないっ。良心的な骨董屋いや美術商である私は、帰国するビゲロー氏へかわりに素晴らしい日本美術を送るからと約束した。へっ。遠いアメリカに帰ったなら、知らん顔すればいいのに、と思うだろ。思っている顔だな」

「別に」

「ビゲロー氏のような蒐集家に偽物を売りつけたと悪評が立つと、今後の外国人相手の商売に影響するんだよ。ボストン美術館じゃ日本美術部門が近く発足するという話だが、モースやらフェノロサやらビゲローやらはこの美術館と密接なつながりがあるらしい。私が君に対して紳士的に振る舞っているのは、君のお雇い外国人の血筋に敬意を表してのことだ」

「だからさあ、私にどうしろっていうの?」

「今いったろ。素晴らしい日本美術をビゲロー氏へ送らなきゃならんのだ。君に提供してもらいたい」

「まさか……私自身を人身御供に」

「違うっ。頭、大丈夫なのか、君は」

「たぶん」

「持っているだろ、短刀だよ短刀」

「短刀……?」

「私はね、知ってるんだよ。清麿師の弟子だったんだからね。わが師匠が作り、葛飾北斎の歯の細片を埋めてアサヒが地蔵尊を彫った短刀だ。ゆえにその号を骨喰丸という。師匠が自刃に使った短刀でもある。日本美術史の歴史的遺産だ。北斎の娘のお栄さんからアサヒへ、その子である君へと受け継がれたはずだ」

「ふーん。そんな因縁があったのか、あの短刀」

「持っているんだな」

「はい」

「持っているのに由来を知らんのか」

「誰も教えてくれなかったし」

「まあいい。それを寄こしなさい。さもなきゃ、一則の目をつぶして、二度と彫金などできなくしてやる。偽物を作るくらいなら廃業するのが職人の矜持というものだ。私を見ろ。本物の刀鍛冶だったことがあるのかと榊原鍵吉からも馬鹿にされたが、偽物作りだけはやったことがないぞ」

 語り終えた清矢が一則とニイナを見やると、顔を突き合わせて話し込んでいた。

「狩野芳崖も加納夏雄も栄職に就きたいだけの俗物だったな。絵描きの世界も龍池会だの鑑画会だのと対立してるじゃないか。美校ってのは鑑画会のなれの果てだろ」

「入学させてくれたら、ひっかき回してやったんですが。あははは」

 勝手な雑談をしている師弟に、清矢は苛立った声を投げた。

「おい。こっちの話を聞け」

「聞いてるわよ。短刀持ってこなきゃ師匠の目をつぶすって話ね。いいわよ。短刀はあげる」

「君は……少しはためらうとか抵抗するとか、ないのか」

「モノに執着はしない。執着はそれが人の弱みになると母親にいわれてきたからね」

「どこにある?」

「私んち」

「よし。今すぐ取りに行こうじゃないか」

「ついて来る気?」

「ここから出て、警察にでも駆け込まれちゃ面倒だ。むろん、そういう場合には一則先生も無事ではすまないが」

 外に出ると、待たせていた俊五郎は子供たちから竹馬を取り上げ、駆け回って遊んでいる。

「何だよ、このオッサン、仕事もしないで遊んでる駄目人間かよ」

 俊五郎は指差して嘲笑する子供の指をつかみ、

「人を指差すんじゃねぇ。しかもオッサンじゃねぇぞ」

 ひねりあげたものだから、子供は火が点いたように泣きわめいた。

「けっ。折れちゃいねぇ。泣けば助けてもらえると思ったら大間違いだ。世の中そんなに甘かねぇぞ」

 ニイナは竹馬を子供たちに押しつけ、

「こんな大人になりたくなかったら、さっさと逃げな」

 追い払った。捨てゼリフに「馬鹿女」と罵倒したガキの背中には石を投げた。はずれたが、水たまりに落ちて派手にしぶきをあげた。二発目を拾ったが、すでに射程距離を離れている。

「短気な女だな」

 呟く俊五郎に、ニイナは冷たい視線を向けた。

「何やってんだよ、兄弟そろって」

「兄貴が何やってるか、俺が知りたいよ。ここにいるんだろ」

「お使いを頼まれた」

「そっちの旦那は?」

「刀屋だか骨董屋だかだよ」

「美術商だ」

 と、清矢。俊五郎は愛敬ある男なので、ニコニコしている。

「彫金なんかやってると、骨董屋とか美術商というのは借金取りと同義語だぜ」

「あんたは何だ。用心棒か」

「俺は府川一則の弟だ。彫金もそこそこやるぜ」

「そこそこじゃしょうがねぇ。一流になったらお付き合いしよう」

 ニイナは俊五郎の肩を叩いた。

「あんた、もう船宿へ戻っていいよ」

「何やら危険だから俺を同行したんじゃないのか」

「まあね。いざという時、私が頼りにしてるのはあんただよ」

「迷惑な女だなあ。何でお前なんかと出会っちまったのかなあ……」

 ぼやく俊五郎を置き去りに、ニイナは裾を翻した。小袖に靴というこの時代には奇異でもない和洋折衷の身なりである。地べたへ噛みつくような足取りで、隅田川の方向を目指した。

 

 日本橋の酒屋「旭屋」の本所別宅はかつては寺地と畑に囲まれていたが、明治以降は宅地化、工業地帯化が進んで、落ち着かない町並みになっている。

 ニイナが帰り着くと、門前に警官が立っていた。

「おい。何だありゃ」

 清矢はたじろいだ。

「よ、余計なこというなよ。わかってるな」

「…………」

 ニイナは嫌な予感とともに足を早めた。警官に誰何されても、ほとんど止まらなかった。

「ここの住人です。何かありましたか」

「泥棒が入った」

「え」

 屋敷の内外にも警官がうろついていた。古いボロ屋とはいえ、維新前から御先祖が収集した美術品の一部が置いてあり、物置となっている部屋もある。

 住んでいるのはニイナの他、親戚と使用人が数人である。どういう血縁なのか、ニイナもよく知らない同居人の老婦人がいった。

「昼間、皆が留守にしてる間、入られちゃったのよ」

 今日の昼、ニイナは博覧会の会場におり、親戚は芝居見物、使用人は日本橋の本宅へ使いに出ていた。

「人が襲われなかったのは不幸中の幸いだわ。でも……」

 ニイナの部屋も荒らされていた。彼女は蒐集家ではないが、仕事の参考にするために刀剣、刀装具が置いてあった。それらが根こそぎ持ち去られている。

「あらまあ……」

 ニイナはしゃがみ込んでしまった。清麿系清矢堂が御所望の骨喰丸も消えていた。

「ど、ど、ど、どうするんだ。無駄足かよ。計画がぶち壊しだ」

 ニイナよりも清矢が焦っている。

「へっ。誘拐やら脅迫やらしといて、計画もへったくれもあるもんですか」

「こりゃもう、一則の運命は風前の灯火だな」

「夏雄の偽物をつかまされたから落とし前つけろというなら、夏雄の真作を差し出せばいいんでしょ」

「あるのか、本物が」

「偽物作りはまず本物を手元に置いて研究すること。師匠の仕事場には夏雄の鐔があります」

 嘘である。あるのは偽物だけだ。しかし、とりあえず清矢をだますしかない。

「行ってみる?」

「もちろんだ」

「ちっ」

「舌打ちするな、舌打ちを!」 

 

 大横川の東側に一則の屋敷と仕事場がある。屋敷といっても長屋よりマシという程度の粗末な家だ。

 妻のマサヨは勝手口に七輪を置いて、アジの開き干物を焼いていた。夕食の支度だろうが、のんきなものだ。しかし、清矢を見るなり、

「ひえっ」

 追い払うつもりか、団扇を振り回した。

「ニイナちゃん。こ、この男はうちの亭主を……」

「はい。連れ去った一味です。自称美術商です」

「なんでまた来たの?」

 身の側から焼く干物の皮がめくれ始めているので、ニイナはひっくり返しながら答えた。

「師匠がこの人に借りを作っちゃったもんで、ちょいと仕事場を見てもらいます」

「何? 金目のものを持ち出す気じゃないでしょうね?」

 この女は亭主の一則が拉致されたのは、どうせ金がらみの問題だと思っている。面倒なので、ニイナは一笑に付した。

「あはは。ここに金目のものなんかないことを見てもらうんですよ。納得してもらえりゃ、師匠は帰ってきます」

 ニイナは清矢を仕事場へ案内し、適当に道具や備品を見せるふりをした。マサヨは干物を焼くのを中断して、疑わしそうに監視していたが、そのうち飽きて目を離した隙に、ニイナは桐箱をひとつ着物の袖の中に落とした。一則の手になる贋作の中でも上出来の鐔である。

 外へ出て、大横川の川っ縁でそれを清矢へ渡した。

「これか」

 赤銅地で、花弁を落とした蓮が蜂の巣のような花托となり、その茎を蛙が這い上がる図である。あまり気持ちのいい画題ではない花托を見栄えよく彫り上げている。

「ううむ。俳画的だ。外国人が喜びそうだ。しかし、夏雄にしては諧謔趣味ではないかな。本物という証はあるのか」

「自分の目で見極めなさいよ。美術商なんでしょ」

 ハナっから清矢にはそんな気はないらしい。打算しか顔に浮かべず、いった。

「君は帝国博物館で加納夏雄に会ったといっていたな」

「挨拶しただけだけど」

「面識があるわけだ。なら、この鐔を見てもらおうじゃないか。真贋を本人に尋ねたい」

「今から? いつまでも博物館にいるとも思えないけど」

「急いで行こう。さあ行こう。私も夏雄先生とお近づきになりたい」

「相手にされないと思うわよ」

「商売というものは九十九回の無駄足を踏んで一回成功するんだよ」

 清矢が先に立って歩き出した。ニイナの足取りは重い。

 

 帝国博物館は西陽の中にたたずんでいる。閉館が近い。広い通路を出口へ向かう来場者をかきわけつつ、清矢がいった。

「そうだ。君の作品を見ようじゃないか。どこだ?」

 自作の鐔の前へ案内した。清矢はガラス越しに覗き込んだ。

「ふむ。君はそこそこ以上の腕だな」

「自分には見る目があるといいたいわけ?」

「人間の格がわからねぇ奴に美術品の格はわからねぇ」

「名言集でも出す気?」

「いい気になるなよ。失敗は成功のもとだが、駄目な奴には成功も失敗のもとなんだ」

「うわあ。岡倉天心に説教されてるかと思ったわ」

「いちいち腹の立つ娘だなあ」

「この状況でお互い上機嫌じゃいられないでしょ」

 もともと夏雄に会いたくないニイナは会場をおざなりに探しただけだが、こうしているうちに顔見知りの彫金家に見つかり、

「何してる? 加納夏雄先生? 美校へ行ったぞ」

 と、余計な情報を得てしまった。博物館の隣といえる立地だ。そちらへ回らざるを得ない。

 美校が近づくにつれ、ニイナは引き返したくなった。鐔を夏雄に見せ、偽物だと宣告されたら、もはや警察へ駆け込むしかなさそうだ。その場合、一則は視力を奪われるばかりでなく、贋作家であることも公になってしまうが。

 教務は勤務時間を終えて無人だったが、通りかかった学生に夏雄の制作室の場所を尋ね、西陽の射す廊下をたどって、目当ての部屋前に立った。

「こういう洋式の扉はな、ノックということをするんだよ」

 と、清矢が叩くよりも早く、ニイナは大声を発していた。

「加納先生、失礼します!」

 膠の匂いが薄く漂う部屋で、夏雄は机に向かっていた。

「おや。君、よく会うね」

「お会いするつもりはあんまりなかったんですが」

「よんどころない事情ができたという顔だな」

「こちらがお目にかかりたいと……」

 清矢を引き合わせようとしたが、夏雄はそれをさえぎり、

「これ、どうだ?」

 描いている途中の彫金下絵を示した。夏雄は円山四条派を学んでおり、画才も一流だが、見せられたのは額装する彫金板の下絵で、海辺松の図だった。もはや彫金は道具類を飾るものではなく、独立した美術なのである。

「これ、地板は何です?」

「銀だ。それに象嵌を施す」

「となると、銀地の厚みは……」

 そんな問答を始めたので、傍らの清矢はわざとらしく咳払いした。夏雄は彼には目もくれなかったが、とりあえず、ニイナはこの男を紹介した。

「えーと、この人は刀屋というか骨董屋というか……」

「美術商です」

 清矢は胸を張ったが、夏雄はカケラほどの愛想も洩らさなかった。

「日本美術を海外へ流出させている売国奴か」

「恐縮です。もともとは日本一の刀鍛冶だった清麿の弟子でございます」

「師匠が日本一なら、あんたも日本一の弟子でなきゃおかしいよな」

「あ、いや、そんなことより」

 清矢は桐箱を差し出した。

「つきましては、加納夏雄先生にこれを見ていただきたく……」

 夏雄はたいして興味もなさそうに蓋を取った。

「ふむ」

 中身を確認しても、顔色も変えない。

「見たぞ。それで?」

「御意見をうかがいたいのですが」

「我ながら面白い出来だ」

「えっ。ということは……」

「うん。そういうことだ」

 そんなはずはない。これは間違いなく一則の手になる偽物である。ニイナは思わず夏雄を睨みつけたが、彼は涼しい顔だ。

 清矢は清矢で、当然のことのように証拠を求めた。

「先生、先生。それでは、箱書きをいただけますか」

「箱書きなんぞつまらん趣向だ。箱書きが本物でも中身を取り替えられたらどうする?」

「はあ……」

「箱書きなんかよりも……」

 夏雄は箱の中の鐔に親指を押し当てた。磨地の赤銅は指で触れると皮脂がついて酸化し、指紋が残る。これはもう拭いたくらいでは取れず、磨いて色上げをやり直すしかない。通常なら、こんなものは鐔の美術的価値を下げる汚れであるが……。

「私の拇印がわりに指紋をつけておいた。これでよかろう」

「ははっ。名人の指紋つきとは、ありがたき幸せでございます」

 指紋による個人識別は研究が始まったばかりだが、日本には古くから拇印という習慣がある。しかし、冷静に考えれば、この鐔が市場へ出た時に指紋が夏雄のものという証拠はなく、付加価値になるのかという疑問があるが、清矢は名人の前に出て、舞い上がってしまっている。あとで首をかしげることになるだろう。

 ニイナも首をかしげたくなる。なんだって、夏雄はこの偽物を真作と認めたのだろうか。

 清矢はもう夏雄と友人にでもなったかのように図々しい。

「先生。これを機会にひとつ、清麿系清矢堂めをお見知りおきください」

 清矢は懐紙に包んだものを差し出したが、夏雄は突っ返した。

「最近、物覚えが悪くてな、特に嫌なことはどんどん忘れる」

「あーそうですか。お互い様ですな」

 清矢は開き直ってしまい、笑顔を閉じた。商人にしては愛想に乏しく、手揉みしながら夏雄に近づくでもない。自分が刀鍛冶として挫折したものだから、名人に対して反感があるのか。根は横柄な性格のようだ。

「私を売国奴呼ばわりなさったが、美校と威張っても、日本美術を外国に売り込むのが目的でしょうが。外国の音楽を吸収しようという音校とは真逆で、不純だ」

 もはや喧嘩腰だが、夏雄は歯牙にもかけない。

「ふふふ。ヘソ曲がりな美術商の意見として承っておくよ」

 用務員がやってきて、夏雄の分だけ茶を淹れた。それをきっかけにニイナと清矢は夏雄の前を辞した。

「お墨付きならぬ指紋はもらえたし、九十九回の無駄足ではなかったわね」

「ふん」

 西の空が茜色に染まっている。

骨喰丸が笑う日 第十一回

骨喰丸が笑う日 第11回 森 雅裕

 榊原鍵吉が天覧兜割りを成功させると「剣客の名誉」と新聞記事になったため、屋敷を訪ねて賛辞を並べる者が続出した。清麿系清矢堂もその一人である。 

 手土産の菓子折を差し出し、顔中に笑いを炸裂させながら、いった。

「すぐそこで、謡曲を歌ったり舞ったりしながら歩いている田舎親父とすれ違いましてね。頭がおかしいんでしょうな。周りの迷惑を考えろと怒鳴りつけてやりました。ははは」

「羽織袴に腰弁当ぶらさげたオヤジか」

「はい。このあたりの住人ですか」

「でもないが、うちにもフラッと入ってくることがある」

「とんでもない奴ですなあ。ところで、先生。新聞を拝見しましたよ。おめでとうございます。先生ならやってのけると思ってました。使った刀は同田貫の豪刀だそうですな」

「まったく違うが、清麿系とか自称している刀剣商がそんな噂を広めているようだな。自分が納めた刀だとか」

「滅相もない。新聞によれば、伏見宮様の御蔵刀だそうじゃないですか」

 新聞記事では「伏見宮邸にては本日行幸あるに付、榊原健吉(ママ)氏始め数名の剣客を招き予て同邸に御秘蔵の名剣を以て甲(兜)切の技を榊原氏に演ぜしめ……」となっている。

「まあ、世間は好き勝手な噂を流すものよな。俺が使った同田貫の豪刀とやらはその場で宮様に献上されたとか、宮様から金十円を下賜されたとか」

「私はですね、本番前の稽古に使う兜鉢を先生にお買い上げいただいたことは真実ですから、それは吹聴して回っておりますが」

「商売上手だな、清麿系清矢堂。前から少々引っかかっていたが、この『系』というのはどういう意味だ?」

「名人清麿の弟子ということで、宣伝させてもらっています」

「刀鍛冶なんか廃業してるじゃねぇか。それどころか、お前、本物の刀鍛冶だったことがあるのか」

「きびしいですなあ、先生」

「おぬし、わが道場の外国人の門下生にも近づいてるようだが」

「はははは。人脈作りでございます。日本の美術品は海外で大評判でしてね。骨董屋もせっせと海の向こうへ送り出している次第で。しかし、本当に甘い汁を吸っているのは役人と結びついた有力者ばかり。フェノロサとかいうお雇い外国人までもが周旋や仲買に精を出し、刀関係は今村長賀やら本阿弥光賀やらが独占する有様。まあ、光賀さんは先年、死んじまいましたが」

「自分も余禄にあずかりたいというのか」

「そういえば、最近、狩野芳崖が素晴らしい不動明王の絵を描いたとか、評判ですね」

「何が『そういえば』なのかわからんが……」

「榊原先生のお屋敷にも狩野芳崖の不動明王がありますな」

「ああ。床の間に掛けてある」

「あれこそ、本画を描くための下絵ですな。榊原先生が不動明王の雛形(モデル)になったとか」

「それもまたいい加減な噂というものだな。絵師はいつも知り合いを雛形にしたといわれるものらしい。似てねぇだろ」

「どうしてどうして。そっくりです。あれ、売ってくださるおつもりはありませんか」

「芳崖先生からもらったんだ。売るわけにはいかぬ。お前が惚れ込んで、どうしても欲しいというならくれてやらんでもないが、外国へ売り飛ばす料簡なんだろ」

「じゃあ、芳崖先生を紹介していただくというのはどうです? 直接、絵をお願いしたい」

「高いぞ」

「なんの。維新後は狩野派なんぞ相手にされず、養蚕業で失敗したり、陶磁器や漆器の下図を描いたり荒物屋をやってみたり、絵を投げ売りしてもまったく売れなかったそうじゃありませんか。その頃の売れ残りでいいんです」

「お前は自分に都合のいいことしか考えぬ男よなあ」

「はい。恐縮でございます」

「まあ、小石川は近いから、俺も散策がてら遊びに行くことはあるが」

「小石川に何がありますので?」

「図画取調掛といったかな。東京美術学校とやらを作るための準備室みたいなもんが小石川植物園の中にある。芳崖先生はそこを仕事場にして、絵を描いている」

「おお。じゃあ、ぜひ私をそこへ同行……」

「無駄だと思うぞ」

「はあ。何故ですか」

「お前、謡曲を歌い舞う田舎親父を怒鳴りつけたといったろ。それが狩野芳崖だ」

「あ? へ? あれが芳崖先生? そ、そんな……」

「あの御仁は俺より二歳年長でな。若い頃から傍若無人だった。ところかまわず歌ったり舞い踊ったりするんだよ。頭がおかしい奴だと画壇では毛嫌いされていた時代もある。執念深いからお前の顔は覚えていると思うぞ」

 

 明治二十年(一八八七)十月、図画取調掛は東京美術学校と改称した。二十一年の晩秋、榊原鍵吉は狩野芳崖に新作を見に来いと誘われ、小石川植物園に立ち寄った。美校の仮校舎があり、教官たちはここで制作しているが、学生はまだいない。美校の第一回入学試験が行われるのは明治二十一年十二月、上野の教育博物館跡に開校するのは二十二年二月である。

 芳崖の新作は観音像だった。観音が手にする水瓶から浄水が落ち、それによって赤ん坊の命が与えられ、地上に降りていくような図だ。

 芳崖はこのところ体調が芳しくなく、いつもの刃物のような剣呑さも感じさせなかった。しわがれた声で、解説した。

「まだ制作途中だが、慈母観音もしくは悲母観音だ。観音は本来は男だが、この絵には母性を投影した。イタリア・ルネサンスにはすぐれた聖母像というものがあるが、日本にはない。西洋人にできることが日本人にできぬわけがない」

「東洋の聖母像というわけか。斬新だな」

「しかし、宋の呉道子の魚籃観音をもとにしているとか、朝鮮の海印寺の木版大蔵経に刷られた観音図と同じだとか、構図だけを見て、遠慮もなく指摘する弟子がいてなぁ」

「ははは。狩野芳崖に噛みつくとは、なかなか見所のある弟子ではないか」

「破門した」

「おいおい。若者の芽を摘んではいけませんな」

「あるお雇い外国人の子だ。日本女との混血だ。フェノロサを通じて、弟子にしてやれと求められたんだが……」

 芳崖は一輪挿しの花瓶を鍵吉の前に置いた。真鍮製で、奇妙な彫刻があった。破れ傘を肩にかついだ鬼が天を指差して何やら叫んでいる図だ。

「俺が目を離している隙に、そこらにあった花瓶にその弟子が彫った。うまいもんだ。こいつの志は彫金にある。絵はそのための心得として、修業していたにすぎない。さっさと本業に戻れといってやった。俺の弟子として、美校へ入りたいようだったが、それは無理な話だからな」

「なんで無理なんだ?」

「美校は男子校と決まっている。音楽取調掛の音校は共学だが」

「あ。弟子というのは女か」

「加納夏雄の弟子に入れるよう、はからってやろうと思っているが、大所帯は嫌だとかぬかしておる」

 芳崖と夏雄は同い年である。

「夏雄さんのところは弟子も多いですからなあ」

 と、鍵吉は相槌を打った。この時はただの世間話だった。その後、鍵吉と芳崖は女弟子の行く末を話題にすることはなかった。

 明治二十一年十一月、もともと肺を病んでいた狩野芳崖は悲母観音がその絶筆となり、東京美術学校の開校を待たずに世を去った。狩野派の掉尾を飾ったこの絵師の享年は六十一歳であった。芳崖には俊英をうたわれた弟子が複数いたが、いずれも師の死後は歴史に埋もれた。

 

 加納夏雄が川村丹奈という名前を知ったのは明治二十三年の第三回内国勧業博覧会の審査会場であった。

 彫金部門の出品作はほとんどが置物や調度品であり、大作がずらりと並ぶ中で、一枚の鐔に夏雄は注目した。鬼女を背負った大森彦七の画題である。「倣利寿 丹奈」と銘が入っている。

「何故、これが入賞しないのか」

 夏雄は審査員としてこの鐔を評価したが、他の審査員たちが反対した。

「はぐれ者の府川一則の弟子ですよ。しかも、今どき刀装具なんて……」

 府川一則の初代は絵を葛飾北斎に学んで北嶺の画号をもらい、北斎の没後は金工の東益常に入門している。幕府の命を受け、銅銭の原型を作るほどの人物だったとも伝わるが、明治九年(一八七六)に没した。二代は安政二年(一八五五)生まれで、まだ三十代半ばの若さ。腕はいいが、廃刀令以降の刀装金工の例に洩れず、無聊をかこっている。

 審査員たちは時代遅れの鐔など、歯牙にもかけぬ様子だ。

「利寿に倣う、と銘があるが、奈良利寿にこんな鐔があるんですか」

「あなた方は知らんのか。清田直という銀行家が所蔵する名品だ」

 清田直は元熊本藩士で、細川家から第十五国立銀行の世話役に派遣された人物である。名刀を多く収集した愛刀家だった。

「川村丹奈という作者は清田さんと面識があるのかな。これだけ精密に写すからには、本歌を手に取って見ているはずだが」

「ほお。夏雄先生は本歌を御存知ですか」

「この鬼女には色気がある。利寿の本歌に負けていない」

「ふははは。おおかた、作者自身を投影したんでしょう。お雇い外国人が日本の女に生ませた娘です。母親譲りの売女ですよ、どうせ」

「女なのか、この作者は」

 ニナもしくはニイナとは変わった名前だが、彫金家としての称号かと夏雄は思ったのである。

「絵もやっていたらしいが、狩野芳崖先生に破門された問題児です」

 そういえば、芳崖にそんな女弟子がいたことは聞いている。芳崖は夏雄の門下に入れようと思案していたが、実現する前に死んでしまった。

(そうか。俺ではなく府川一則に師事したのか)

 一則は腕はいいが、彫金界のはみ出し者である。「加納夏雄何するものぞ」と、夏雄の偽作を行っているという噂もある。そんな人物の弟子では、どれほど才能があろうとも将来有望とはいえぬのではないか。他人事ながら、夏雄は歯がゆいものを感じた。

 

 明治二十三年の四月から七月までの日程で、上野公園を広く会場にして、第三回内国勧業博覧会が開催された。

 加納夏雄が川村丹奈に会ったのは、帝国博物館内の彫金展示室であった。素人とは思えぬ視線で、展示品を様々な角度から観察している少女がいた。顔立ちは混血のようだった。

(もしや、あれが……)

 直感が働いた。まず、若さに驚いた。二十歳になるかならぬかだろう。

「あなたは川村丹奈さんではないかね」

 その娘は夏雄の顔を見やると、拗ねたようにややうつむいたが、視線はしっかり相手をとらえている。

「川村です」

「加納夏雄だ」

「存じています」

「あなたの出品作には感服した」

「へ。賞はいただけませんでしたけど」

 彫金界の頂点に立つ名人を前にして、ニイナは動じない。

「本歌よりも鬼女の顔が若干小さいようだが、これは女だから……ということかね」

「はい。『太平記』では鬼女は楠木正成の怨霊の化身となっていますけど、福地桜痴なる作家先生が正成の娘の千早姫という設定の演劇を構想していると聞いて、その方が面白いかな、と」

「面白いが……賞というものは主催者の権威を示すためにある。つまり、この世界も人間関係がややこしいということだな。あなたは府川一則の弟子らしいな」

「それじゃ駄目ですか」

「ううむ。……どうして府川一則なのだ?」

「先代の一則師匠は葛飾北斎の弟子でしたから」

「ふむ。あなたも北斎の縁者なのかね」

「そんな昔のことは知りません」

「確かにまだ若いな。それにしてはいい腕だ」

「母が彫金やってましたし、刀鍛冶の固山宗次一門の皆さんからも可愛がってもらいました。私が生まれた頃には刀はもういけませんでしたけど、お手玉や人形よりもタガネやヤスリを玩具にして育ちました。そんなこんなで諸々の縁故やツテのおかげで、清田直さんに奈良利寿の鐔を見せてもらい、写しを作りました」

「固山一門は私もつきあいがあった。廃刀令以降、疎遠になってしまったが、そういえば、アサヒという変わり者の彫金家が出入りしていたな」

「母です」

「おお。母上は息災かね」

「亡くなりました」

「そうか。それは残念だな」

「実家が日本橋の酒屋で、私は本所にある別宅で暮らしています。一則師の屋敷に近いので、通うに都合がいいんです」

 夏雄は一則の悪い噂を聞いているだろう。その女弟子に向ける言葉は説教めいていた。

「評価は自分ではなく他人がするものだ。受け入れられないからといって、世間に背を向けてはいけない。自分の根っ子がどこにあるのかを忘れず、自分を卑下せず、他人を見下さず、精進してください」

「ありがとうございます」

 ニイナは小笠原流礼法で辞儀をして、夏雄に別れを告げた。育ちは悪くないから、礼儀は正しい。

 

 府川一則の屋敷と工房は本所にあり、ニイナはここと自宅の両方に仕事場を持っている。

 通ってくる弟子は数人いるが、それも毎日ではなく、大抵は一則が一人で作業している。この日、ニイナがやってきた時、一則はおらず、嫁のマサヨが青い顔でへたり込んでいた。

「ニイナちゃん……」

「どうしました?」

 マサヨは悲鳴をあげながら、すがりついてきた。

「旦那がさらわれた」

「はあ……?」

「ついさっき、あやしげな連中が来て、それで、あ、あなたに、これ」

 紙片を引きちぎらんばかりの勢いで押しつけられた。浅草の地図が殴り書きされていた。

「下手くそな地図だなあ……」

「そこへあなたに来いって」

「誰が?」

「うちの旦那を連れ去った連中が」

「よくわからないけど、誘拐とか拉致とかなら、警察へ行けばいいんじゃありませんか」

「そんなことしたら旦那の命はないって……」

「ふうん。で、いつ行けばいいんです?」

「あなた、わかってないわね。今すぐに決まってるでしょうが」

「あ。そうなんですか。手ぶらでいいんですか」

「早く行きなさい、早く!」

 わけもわからずに追い立てられてしまったが、一人で剣呑な場所へ乗り込むほど無警戒な娘ではない。知り合いの船宿へ寄り、ここで船頭の見習いを兼ねて雑用をやっている府川俊五郎を呼び出した。一則の弟だが、兄とは十五も年が離れており、ニイナとは同年である。彫金の修業もやっているが、遊び全般の方に熱心な若者だった。

「俊五。ついてきな」

「船頭が出払ってるから、お客来たら俺が漕がなきゃならねぇんだよ」

「船を沈める気か、あんたは。そんな迷惑なことやめな。師匠を助けに行くよ」

「兄貴、また喧嘩でもして、警察の厄介になってるのかよ。しょうがねぇなあ。いい年して」

 船宿の主人はニイナの実家と親しいので、俊五郎を連れ出しても文句はいわなかった。

 

 浅草の路地裏、地図の場所には小さな印刷工場があった。俊五郎をその前で待たせ、

「私があぶないようだったら、助けに来て」

 と、指示した。

「あぶないかどうか、どうやってわかる?」

「以心伝心ってやつだよ」

「お前のいうことはわけがわからねぇ。そもそもこんなところで兄貴は何してるんだ?」

「それを今、見てくる」

 ニイナは工場とも倉庫ともつかない建物に踏み込んだ。散らかっている印刷物を見ると、あやしげな政治団体の機関紙など手がけているようだ。

「ごめんくださーい」

 犯罪者の巣窟らしき場所なのに、我ながら間抜けだとは思ったが、奥に向かって声を張り上げた。

 暗がりの中に人の気配が動き、階段の上から返事があった。

「こっちだ。上がってきな」

「嫌だ。何があるかもわからないのに行くわけないでしょ」

 小柄な男が顔を出した。

「私は清麿系清矢堂という骨董商だ」

「何、その間抜けな屋号」

「口の悪い娘だな。母親譲りか」

「母を御存知?」

「清麿師の弟子だった頃、いじめられたもんだ」

「ふうん。いじめたくなる気持ちはわからなくもないね」

「清麿師が死んでから一門は離散した。アサヒが子を産んだことは風の便りに聞いた。君に危害を加えれば、固山一門や首斬り浅右衛門を敵に回すことはわかっている。だから、安心して上がってこい」

 薄汚れた階段をきしませながら上がった先に穴蔵のような部屋があり、ガラのよろしくない男たちが五人ほど待ち構えていた。

「危ない仕事を一緒にやっている皆さんだ」

 と、清矢は粗雑に紹介したが、ニイナは聞いていない。師匠の一則が椅子に縛りつけられていた。数発は殴られたらしく、顔が腫れている。

「私に手を出さずとも、師匠はこんな目にあわせるわけ?」

「抵抗するし、減らず口叩くし、色々と腹が立つ男なのでね」

 ニイナが一則の前にしゃがみ込むと、彼は自嘲的に笑ったが、声は寝言のようにくぐもった。

「すまんな、ニイナ。忙しいのに」

「上野で加納夏雄に会いましたよ。私の鐔をほめてくれました」

「ははは。大御所を呼び捨てにするとはいい度胸だ。あの先生も出品してるんだろ」

「はい。百鶴図花瓶を出品して、一等妙技賞です」

「馬鹿馬鹿しい。審査員自身が一等賞とはふざけた話じゃねぇか」

 平然と日常会話を交わす師弟に、清矢が冷たく割り込んだ。

「やめろ。世間話できる状況じゃないだろ」

「だって、何の用で呼ばれたのかもわからないし……」

「話してやるから、そのへんに座れ」

「長くなるの?」

「始めるぞ。ウィリアム・スタージス・ビゲローというアメリカ人がいてね……」

骨喰丸が笑う日 第十回

骨喰丸が笑う日 第10回 森 雅裕

 下谷車坂に榊原鍵吉の直心影流道場と屋敷がある。自他ともに認める剣術界の第一人者ではあるが、金銭とは無縁の生活であることは、建物のくたびれた外観からもわかる。

 それでも道場からは弟子たちの掛け声が聞こえる。勝手知ったる場所なので、源次郎は屋敷の玄関へ回った。

 門下生が掛け取りの商人と押し問答をしている脇から、奥へ向かって声をかけた。

「栗飯を持ってきてやったぞお」

 少ない髪で今なお髷を結っている筋骨たくましい男が現れた。面長で、大きな口を一文字に結んでいる。榊原鍵吉である。数えで五十八歳になる。

「物売りでも現れたかと思えば、お前か」

「俺だ」

「ザンギリ頭だけでなく、しばらく見ないうちに身なりまで洋装になったのか」

「ラシャ切りバサミなんぞ作っているから、仕立屋と親しくなっちまってな」

「すまん、すまん」

 この鍵吉の言葉は玄関にいた商人への謝罪である。商人は掛け取り台帳を振りかざし、横合いからすがりつくように支払いを求めてきたが、鍵吉は取り合わない。

「年末にはまとめて払うから、米を二斗届けてくれ。今日中だぞ」

「あのね、うちは米屋じゃねぇです。煮売り屋(惣菜屋)ですぜ」

「同じようなもんじゃないか」

 あきれ顔の商人にさらに「すまん、すまん」といいながら、鍵吉は背を向けた。

 源次郎は鍵吉とは二、三年会っていない。それでも、上がれともいわれぬうちに靴を脱ぎ、座敷で座り込んでいた。

 手土産の栗飯を差し出し、屈託なく笑った。

「ひさしぶりだな、鍵さん」

「源さんも元気そうで何より。今や洋バサミの名人ってわけか」

「まあ、何でも作るさ。お前さんこそ、講釈席や居酒屋をやっても失敗続きなのに、本業の剣術道場はなかなかにぎやかじゃねぇか」

「警視庁や陸軍の連中、お雇い外国人までが何となく集まって来やがってな。人徳だ」

「人徳者ってのは借金取りも押しかけるものらしいな。掛け取りは勝手口へ回るものだが」

「ああ。勝手口を守る嫁が俺より恐いからな。うちに来る掛け取りは玄関に居座るのだ。借金取りばかりじゃなく、旧友も来るぜ」

 鍵吉は赤鬼のような顔面圧力を源次郎にぶつけた。

「何の用だか知らんが、金の話じゃなさそうだ」

「うん。他でもねぇ。お前さん、兜割りをやると聞いた」

「おしゃべり野郎がいるようだな。他言無用だぞ」

「同田貫を探しているそうだが」

「いやいや。利刀を探しているだけだ。昔、昭徳院様(徳川家茂)の御前で鉢(兜)割りをやった時、同田貫を使った。借り物だったので、今はどこにあるかわからん。ああいう刀なら、またうまくいくかと思っている。それで、知り合いの刀屋が探してみるといっていたが……おしゃべりはそいつか」

「ふふん。刀屋じゃなく俺に相談しろよ。同田貫にこだわらねぇなら、利刀を用意してやるぜ。榊原鍵吉はゴツイ刀にこだわるほど馬鹿じゃねぇと思っていたよ」

 兜の鉢を断ち割るなら豪刀が向くという考えは安直だ。重ねの厚い刀なら丈夫だということにはならない。厚い分、切れ味は落ちる。そのため、何かに斬りつけた時の衝撃が相手ではなく刀へと跳ね返り、曲がったり折れたりする危険性がある。

「刀の御用命なら固山一門へどうぞ。頼りにしてくれねぇとは水臭えじゃねぇか」

「何いってやがる。俺がやってた講釈席を覗きに来たのはいいが、講釈師連中と大喧嘩しやがって。忘れたか。席がつぶれたのはお前のせいだぞ」

「せっかく俺がビスケットを差し入れしてやったのに、乾き物の洋菓子は喉に悪いから御勘弁などと気取ったことぬかしやがるからだ」

 源次郎はいうべきことをいうと、座敷から立ち上がった。

「じゃあな、席亭」

 と、皮肉と親愛をこめて呼んだ。

「うちで待ってるからな。いつでも来てくれ。洋バサミくらい土産に持たせてやるからよ」

 

 それから数日後、鍵吉は源次郎を訪ねてきた。

「洋バサミをもらいにきた。うちの嫁が仕立物に使いたいそうだ」

「気に入ったのを持ってけ」

 源次郎は完成品を五挺ほど並べた。鍵吉が裁ちバサミを選ぶと、

「それから、ついでにこれも見ていけ」

 源次郎は箪笥から三本の刀を取り出した。源次郎自身の作、父の宗次の作、それにかつて時太郎が軍人の注文で鍛えた刀である。

「気に入ったのがあれば、鉢割りに使え」

 鍵吉はまず源次郎の刀を凝視した。

「さすがにソツがないな。見事なものだ。ただ、上品すぎる」

「しかし、鉢割りのような荒事にも耐えてみせるぜ」

「刀を手にすると色々感じるものだ。無性に振り回したくなる刀もあれば、身近に置いて、心の支えとしたい刀もある。こいつは後者だな」

 そして、宗次の作刀を手にした。

「はて。変わり出来だと思ったら、清麿と銘があるが……」

「実は親父の作だ。ちょいと訳ありだが、かの吉田松陰の愛刀だった」

「ふうん。維新を呼び起こした英傑とやらか。そんな名刀なら大切に仕舞っておけ」

 そうはいいながら、鍵吉は手から離すのは惜しそうだったが、吐息とともに置いた。

「同田貫みたいな野暮ったいのが混じってるな」

 と、鍵吉が見入ったのは時太郎の作だった。一見、豪刀なのだが、実際は身幅も重ねも尋常よりやや大きめという程度に過ぎない。妙な迫力を持つ刀だった。

「いかにも無骨だな」

「山浦清麿の息子が作ったものだ。俺がつきっきりで手伝っているから合作のようなものだな」

「清麿は名人だと聞いている。息子というのは知らんが」

「人づきあいの悪い男だったからな。同じ屋敷に住んでいた俺たちでさえ、何日も顔を合わせないことがあった。名は時太郎という」

「これを借りる」

「いいよ。振り回したくなったか、その刀」

「何か斬りつけてみたくなる。やれるもんならやってみろ、と挑発してくる刀だ」

「ふうん。鍛冶屋とはまた違うものを剣術家は感じるようだ。ところで、ぶっつけ本番というわけにはいくまい。鉢割りの下稽古はやったのか」

「骨董屋から兜鉢をいくつか買い取って試してみたが、斬れないというより、へこんでしまうんだ。そうならないように鉛とか砂とか粘土とか詰め物を試してみたが、結果は同じだった」

「鉢割りは斬り手の腕と刀の利鈍だけの問題じゃないと思うぜ。据え物斬りの専門家に相談したらどうだい」

「専門家……?」

「山田吉亮。最後の山田浅右衛門だ。うちとは長いつきあいだ」

 明治十三年に斬首刑が廃止されたため、吉亮は明治十四年に斬役から市ヶ谷監獄書記となり、翌年には退職した。以後は定職につかず、山田家秘蔵の人胆(胆嚢)を密売したり、知人を頼って生きている。無為徒食でも世話してくれる人たちがいるのだから、これも人徳である。

「山田吉亮か。昔、撃剣会に入れてくれと道場を訪ねてきたことがある。あいにく俺は留守だったが、弟子がけんもほろろに応対してな。撃剣は据え物斬りとは違うと笑ったものだから、立ち合いを求められた。突きの一撃で弟子は昏倒しちまった。あはははは」

「まあ、吉亮ならそれくらいやるだろうな」

「会うことがあれば、無礼を詫びたいと思い続けて十数年……。お前、間に入ってくれるか」

「よかろう。奴の屋敷はここからそう遠くないが、風来坊みたいになっちまってな。在宅かどうかわからんが、寄ってみるか」

 二人は牛込赤城下の吉亮の住処へ向かった。以前は一緒に暮らす女もいたのだが、今は孤独に生活している。山田家の人間は数奇な宿命を背負っている。明治維新以後、不幸が続き、吉亮の血縁者には兄の吉豊の遺児がいるくらいで、家族と呼べる者はいなかった。

 小さな屋敷だが、庭があり、そこでは年配の女が着物を洗い張りしていた。張り板なんかないから、戸板をはずして使っている。使用人など雇う余裕はないはずだが。

 来意を告げると、女は口を歪めて愚痴った。

「私は近所の表具屋の者だけどね、まあ、ここの旦那ったら身なりはきちんとしてるんだけど、洗い物をしないからさ。シラミが湧くのよ。そんなんでうちに来られちゃ迷惑だからね」

「お宅にいるんですかい」

「居候みたいなもんさ。小遣いやるまで出ていかないんだから、もうっ」

 女に案内され、吉亮が転がり込んでいるという表具屋へ歩を運んだ。裏庭に離れ座敷があり、彼は何やら筆を走らせていた。達筆なので、表具屋の主人に代筆を頼まれることが多いらしい。

「おお。源兄か。むさ苦しいところへようこそ。といっても、俺の家ではないが」

 山田吉亮は三十四歳になる。世間では働き盛りだが、この男は退廃的な生活をしている。しかし、ただの世捨て人ではない。代々続いてきた山田家の最後の首斬り役である。背筋を伸ばし、客を迎えた。

「そちらは榊原鍵吉先生ですな。何度かお見かけしたことがある」

「榊原です。いつぞやは弟子どもが無礼を働いた。申し訳ない。わしの教育が足りなんだ」

「なアに。こちらこそ、若気の至りとはいえ、禁じ手の突き技を使ってしまいました」

「ふふふ。あの者は二、三日、飯も食えなかったぞ」

 散らかっているわけではないが、薄汚れた部屋の古畳の上で、彼らは膝をつき合わせた。

 鍵吉は事情を話し、

「……以前にも昭徳院様の御前で鉢割りをやったから、やり方さえ間違わねば可能だと思うが」

 と、斬る手つきを見せた。吉亮が同じ動作をしたのとまったく同時だった。彼らには何やら通じるものがある。

「その時と同じにやればいいでしょう」

「あの時はな、役人どもが浜御殿に会場設置し、兜の鉢を用意した。俺は刀を持参しただけだ」

「その鉢ですが、どのように据えられていましたか」

「地面に丸太を杭のように立てて、その上に鉢をかぶせる形でのせていた。鉢の内部に詰め物はなかったと思う」

「丸太というのは人の頭ほどの径でしたか」

「そうだ」

「ふむ。昭徳院様の治世といえば安政ですな。私は幼児の頃ですから、見聞きしておりませんが、おそらく、腰物奉行あたりに、山田浅右衛門が鉢の据え方を伝授したのでしょう。わが父、吉利です」

「ほお……」

「その丸太の上部、つまり兜鉢の内部に当たる部分は頭の形に丸めてあり、鉢に密着するようになっていたはずです」

「それだけか」

「そもそも兜の鉢なんざ薄っぺらい鉄板にすぎない。刀で斬れるのが当然です」

 日本刀は刃筋を通さねば本来の斬れ味を発揮しないが、一流の剣客ならそこは抜かりがあるまい。斬れないのは刀が当たった時の力が吸収され、鉄板がへこんでしまうからである。なら、へこまないよう、適度な固さの「頭」を内側からあてがってやればいい。ただ、頭頂部の内側には緩衝材となる浮け張りという布が張ってあるから、このままでは完全に密着させることはできない。

「浮け張りは取り外さなきゃいけませんぜ」

「問題は会場の設営だ。事前に聞いたところでは、台とする丸太を準備しているが、ひと抱えもあるような大きなものらしい。杭のように打ち込んだり埋め込んだりするのではなく、ただ置くだけだろう。鉢割りに挑むのは俺だけではなく、逸見宗助、上田馬之助、警視庁にその人ありと知られた二人も出場する。彼らは彼らなりに鉢試しのやり方を調べているようだ。昔は炊きたての飯か餅、熱いオカラなどを詰めて、鉢を温めて斬ったと聞いてきて、実行するつもりらしい。それなら、鉢を据え置くのは大きめの台の方がやり易かろう」

 へっ、と源次郎は一笑に付した。

「そりゃね、鉄を温めれば少しは柔らかくなるが、はたして鉢割りに有効かな。刀の世界には非常識なことをもっともらしく吹聴する連中がいるものよ。偽物の錆付けには茎の上で塩鮭を焼くのが秘伝だとか、鞘の中で刀はどこにも当たっていないなんてぬかすホラ吹きもいる。世間はそういう荒唐無稽な話を喜ぶからな」

「では、俺は頭形の木台を作って、会場へ持参したいと思うが」

「知り合いの指物師がいるから、そいつに作らせよう。天覧に供し奉るとなれば、張り切って作るだろう」

 と、源次郎がいい、吉亮も頷いた。鍵吉は怒ったようなきびしい表情で、頭を下げた。これでも喜んでいるのである。

「すまん。造作をかける。鉢試しは十日だ」

「いつの?」

「今月だ」

「おい。軽くいってくれたが、明後日じゃねぇか。ひええ。間に合うかなあ」

 源次郎はザンギリ頭に指を突っ込み、髪をかき回した。

 

 十一月十日、麹町区紀尾井町の伏見宮貞愛親王邸に明治天皇の行幸があり、弓術、鉢試し、席画、能楽、狂言が催された。鉢試しは刀だけでなく、槍や弓でも行われ、それぞれ名手が選ばれて挑戦した。このうち、刀での鉢試しがのちに「天覧兜割り」と呼ばれることになる。

 鍵吉は羽織袴でこの場に臨んだ。警視庁の官服姿で現れたのは立身流の逸見宗助と鏡新明智流の上田馬之助。彼らは控え室で道着に着替えた。ともに警視庁武術の中心人物である。彼らを警視庁撃剣世話掛(師範)に選抜した審査員が榊原鍵吉だった。逸見は数えで四十五歳、上田は五十七歳。

 会場は内庭にひと抱えもある丸太が腰よりやや低い高さに立てられ、鉢試しの台としてあった。

 鉢を固定するために中へ入れる砂袋や角材を組んだ木台も用意されていたが、剣士たちはそれぞれ考えるところがあり、その使用を辞退した。

 兜は前立や錣などはずしてある。内部の浮け張りも取り除くよう、前もって剣士たちから主催者へ申し入れてあった。台に置かれるのは鉢のみである。

 逸見が呟いた。

「ちょっと寒いですな」

 夏の方が鉢が冷えずに都合がいい。そういいたいのだろう。

「雨が降らぬだけ、マシだ」

 上田が控えの席で腕組みしながら唸るように、いった。この男は警視庁のみならず、宮内省の武道場である済寧館の御用掛(師範)をも兼務している。

 鍵吉は逸見と上田に訊いた。

「お前たちは鉢を温めるといっていたが、事前にそのやり方を試してみたか」

「むろんです」

 と、二人は同時に頷いたが、逸見はやや顔を曇らせた。

「手持ちの鉢を温めて斬りつけてみましたが、へこんだだけでした。刀がよくなかったのかと豪刀を探し回り、ようやく長船物を見つけて持参しました」

「備前刀は曲がるぞ」

「重ねが三分もありますから大丈夫かと……」

 この男もゴツイ刀が鉢割りに向くと考えている。上田も同様で、緊張した面持ちではあるが、自身ありげだ。

「私は二尺八寸の大段平を知人から借用してきました。榊原先生は同田貫ですか」

「いや。山浦時太郎という世に知られていない刀工の作だ」

「失礼ですが、そんなもので大丈夫ですか。我々は宮内省を通して、鉢に詰める熱い飯をこちらのお屋敷で用意してもらっています。榊原先生も……」

「俺はいい」

 鍵吉は彼らにも頭形の木台を提案したかったが、いかんせん、まだ届いていないのである。源次郎と吉亮は急ぎ作らせて届けると約束したが、彼らとは表具屋で話し合って以来、音沙汰がない。

 鉢試しが始まった。一番手の逸見宗助は宮内省済寧館の道場生である皇宮警察官の助けを借りて、飯を入れた布袋を鉢へ詰め込み、丸太の台へ置いた。その手つきを見ると、かなり熱そうだ。

 冷めぬうち、逸見は裂帛の気合いとともに豪刀を振り下ろしたが、検分役が鉢を覗き込み、

「斬れておりません」

 と叫んだ。刀が曲がったのは遠目にも明らかだった。

 逸見が恐懼しながら引き下がり、無残にへしゃげた鉢が運び去られる。次は上田馬之助である。彼も逸見同様に鉢を温める作戦だ。

「榊原先生」

 皇宮警察官が小走りに近づいてきて、耳打ちした。

「さきほど、刀工の固山義次殿、囚獄掛斬役だった山田吉亮殿がお出でになりました」

「うむ」

「邸内へお通しするわけにはいかぬと申し上げたところ、お帰りになりましたが、榊原先生にお届けいただきたいとことづかったものがございます」

 邸内の準備室へ行くと、頭形の木台が届けられていた。寸前で間に合った。

「私の鉢試しには、これを使ってもらいたい」

 鍵吉は皇宮警察官に指示した。会場に戻ると、落胆の空気が流れていた。上田が失敗し、深く頭を下げながら、退出するところだった。

 へこんだ鉢にかわって、また新たな鉢が用意された。飯を入れてあった布袋も取り去られ、鉢は鍵吉が希望した木台にかぶせる形で置かれた。南蛮鉄を鍛えた明珍派の桃形兜である。鎌吉自身がその位置を慎重に決めた。鉢の大きさに合わせて調整した頭形の台ではないので、少しは隙間が生じているが、贅沢はいえない。斬りつける頭頂から額あたりにかけての部分が台に密着しておればいい。

 鍵吉は来席者に一礼し、脱いだ羽織を皇宮警察官に渡した。手にした刀は山浦時太郎の作で、試斬用の斬り柄を装着してある。

 鎮座する鉢との距離をはかり、張りつめた空気の中で悠然と振りかぶった。光芒が彼の頭上から鉢へと落ちた。手応えはあった。

「斬り込んでおります!」

 検分役が鉢を手に取り、伏見宮へ差し示した。天皇は自ら手を伸ばして、伏見宮からそれを受け取った。

「おお」

 と、雲上人の驚嘆の声を周囲の者たちは聞いた。

 三寸五分、鉢は斬り裂かれていた。

骨喰丸が笑う日 第九回

骨喰丸が笑う日 第9回 森 雅裕

 陽光の中に梅の匂いが漂う頃、アサヒが宗次の屋敷へやって来た。

「年始の挨拶に来たよ」

「何いってやがる。もう一月も末じゃねぇか。しかも手ぶらで」

「土産ならあるさ」

 アサヒは幼児を連れている。娘である。外国の血が入った顔立ちをしていた。名前はニイナという。丹奈と書くらしい。

 ニイナは短い笛みたいな玩具を持っていた。木彫りのウソ(鷽)である。それを宗次に差し出した。彼女は彼を「むーちゃん」と呼ぶ。

「むーちゃん。お土産」

「おお、ありがとうよ。亀戸天神のウソ替えに行ったのか」

 母娘は同時に頷き、アサヒがいった。

「可愛くもないウソを買うために、えらい混雑だったわ。彫刻やってる者としちゃあ、自分で作った方がいいやね」

「お前が作ったって、御利益ないだろう」

「これは異なことを。刀の名人とも思えないわね。手作り一点物の方が御利益あるに決まってらあ。今度、作ってあげるから、床の間に飾っときな」

 亀戸天神のウソ替え神事は、幸運を招く鳥とされているウソの木彫りを、新しいウソに取り(鳥)替えると、旧年中の悪い事が「嘘」になり、新年の吉運を招くとする行事である。量産される木製ウソは簡素なものだ。

「アサヒよ。お前に訊きたいことがあったんだ。昔から気になっていたんだが」

「何さ? いってみてください。心残りのないように」

「それじゃあ口に出したら、すぐにも冥土へ旅立ってしまうみたいじゃねぇか」

「じゃ、やめなさい」

「やめねぇよ。骨喰丸はどうなってる?」

「短刀かい。私が持ってる」

「彫刻の地蔵が持つ宝珠はどうして別の鉄を象嵌してあるんだ?」

「へ?」

「北斎師が悪戯で鍛えた鉄の切れっ端だそうだな」

「よく御存知ですこと」

「だが、それだけとも思えねぇ」

「細かいことが気になるのはモノ作り職人の性というものかねぇ。あははははははは」

 アサヒは火鉢の鉄瓶から勝手に茶を淹れながら、唐突に物凄い作り笑いを見せた。

「冥土の土産に教えてあげるよ。銘を覚えてるかい」

「ああ」

 骨喰丸には「応鏤骨 為形見」の銘があった。

「死んじまった北斎さんの歯の小さなカケラを入れて、フタをするように宝珠を象嵌したんだ。お栄さんの思いつきさ」

 アサヒは母親をお栄さんと呼んだ。

「彫り師の銘は入れてないけど、あれもお栄さんからいわれたんだ。お前なんか清麿さんの銘と自分の銘を並べ入れるほどの貫禄じゃないって。まあ、手元にあればいつでも入れられるし、死ぬ前にでも気が向けば入れるさ」

「なるほど、そうか。銘の意味も号の由来もわかった。骨とはつまり歯のことだったか」

「あまり気持ちのいい趣向でもないけどね」

 江戸の人間は遺骨への執着が薄い。根無し草のような人間が多いから、墓も永遠に残るものとは考えていない。歯のカケラを埋め込んだ短刀が子孫に伝えるべき墓石がわりということか。

「短刀は葛飾北斎の血流の証であるとして、将来、血が絶えたらどうなるのかな」

「そんな先々のことなんか知ったことかね。どんな流転をするのか、刀にも運とか定めというものがあるだろ」

 宗次は縁側でヤモリにちょっかい出しているニイナを見やった。

「お前の娘はどういう定めの下で生きていくのかな」

「才人の血はしっかり受け継がれていくことを明らかにしてくれるさ。その頃には、宗次さんは極楽浄土だろうけど」

 捨てゼリフを残してアサヒ母娘が去ると、宗次は庭へ出て、杖をつきながら鍛錬場を覗いた。誰もいない。火を使っていないから、空気が冷え切っている。倒れ込むように横座の位置へ座った。数年前までは鎚音の絶えることがなかった場所だが、時の流れは頭上を通り越していった。

 老いてからの宗次は、ぼんやり過ごす時間を持たないようにしてきた。ろくでもない過去の思い出ばかりが浮かんでくるからだ。そうした雑念を振り払うように、仕事場の備品の一つ一つを眺めながら、これから転業せねばならぬかと、自分の身体など動きもしないのに、とりとめのないことを考えた。息子たちは作刀する一方で、一般刃物をも手がけ始めている。

 鍛錬場の隅に束ねられた作りかけの包丁、洋式のラシャ切りバサミを眺めていると、次男の源次郎が大きなサツマイモを二つ、手にして現れた。

「親父殿。冷えるだろ。芋でも焼こうや」

 鍛錬に使う稲藁を火床に積み上げ、火を点ける。炎がおさまると灰の中に芋を押し込んだ。周りに炭火を置き、あとはただ待つだけである。

「子供の頃、兄貴や弟子たちと火床で芋を焼いてて、親父殿に見つかったことがあったな。怒られるかと思ったら、芋もうまく焼けねぇ奴に鉄の鍛錬はできねぇといわれた」

「俺も綱英師のもとで修業していた頃には、火床の隅に芋を隠して焼いたもんだ。ある時、親方が来て仕事を始めてな。がんがん火を焚くもんだから、こちとら気が気じゃなかった。あとで取り出したら真っ黒になってた」

「そりゃ泣ける話だ」

 源次郎がそばに置いた炭火で、宗次は暖を取りながら、訊いた。

「時太郎はどうしてる?」

「そのへんの寺地で、凧揚げでもやってるんだろ」

「仕事ぶりはどうだ?」

「へ。仕事じゃねぇ。遊びだよ、あいつのやっていることは」

 時太郎は土置きした計算ずくの丁子を焼くことができず、焼刃土を塗らない裸焼きを試したりもしたが、結局これもあきらめ、肌物に手を出している。丁子は勘だが、肌物は頭で作る……そううそぶいていた。固山流の作風ではない。

「まあ十本に一本くらいは、田舎へ持っていきゃ出来の悪い則重で通るかも知れねぇ」

「図体だけは親父にそっくりになってきやがったよ。あの猫背の後ろ姿を見ると、清麿が甦ったかと思う時がある」

「しかし、刀の時代が終わったのは、時太郎にはむしろ好都合だったよ。親父の一門を率いる器量じゃない。ラシャ切りバサミを手伝わせているが、やる気があるのかないのか、わからねぇ」

 洋服というものが普及し始め、生地を裁断するためのハサミが需要を増している。源次郎は握りのワッパ部分を作る特殊な金床など、新たな鍛冶道具を工夫し、新事業に取り組んでいた。

 義次の刀匠名を持つ源次郎は無頼の性格だが、鍛冶屋の才能は兄の宗一郎よりあるかも知れない。

「亀戸へ行ってみてぇな」

 ぽつりと宗次が呟くと、源次郎は軽い口調を返した。

「初天神の縁日はもう終わっちまっただろ」

「この身体で、そんな混雑の中へ行けやしねぇよ。梅屋敷へ行きてぇんだ」

「じゃあ、俥(人力車)で行こうか。お伴してやるよ」

 うん、と宗次は頷いた。

 

 亀戸の梅屋敷は伊勢屋彦右衛門という商人の別宅だったが、水戸光圀が命名したと伝わる臥龍梅なる奇木で知られる。遊客が増えるにつれて梅は三百株を数えるまでになり、臥龍梅も代を重ねている。

 もう一箇所、向島に新梅屋敷と呼ばれる百花園がある。こちらはあえて人工的な整備をせず、花々が野趣あふれる形で咲き乱れて、風流を気取る江戸後期の文人たちに愛されていた。

 宗次と源次郎は両方を回り、園内の茶屋で休んだあと、帰路には浅草へ寄った。北斎の墓参である。浄土宗誓教寺は町の喧騒から離れている。木々に覆われた墓地の落葉を踏みながら、決して大きくはない墓碑の前に立った。「画狂老人卍墓」と正面に彫り込まれている。

 ここで、北斎の葬列に加わった清麿を初めて見た。二十四年前だ。恐ろしく早く過ぎた年月だった。

「あまり熱心に拝んでると、北斎師が迎えに来ますぜ」

 源次郎に肩を叩かれ、歩き出しながら、それぞれが感じることがあった。源次郎は父が痩せたことを実感し、宗次も息子がそれに驚いたことを察した。

「北斎師もそうだが……たいした人物に出会ってきたよなあ。刀にかかわる名人達人、維新の風雲児、幕藩のお歴々。あらかた、三途の川の向こう側だ。目を閉じると、手招きしてるのが見えらア」

「呼ばれていちいち出向いていたら、身が持ちませんぜ」

 西陽を追いかけるように四谷の屋敷へ向かい、帰宅したのは日暮れだった。宗次は人力車を降りなかった。手を貸そうとした源次郎だったが、父の顔を覗き込み、動きが固まった。

 宗次は息絶えていた。源次郎はしばらく立ちすくんでいた。そして、

「ほんとに北斎翁が迎えに来た……」

 口をついて出たのはそんな言葉だった。固山宗次の行年は七十一歳であった。

 

 宗次の葬儀は身内と親しい者だけで行われ、代々木村狼谷の火葬場へ向かう前、アサヒは自作のウソの彫り物を棺桶に入れ、ニイナとともに参列に加わった。

 半年後の明治六年七月に政府は火葬禁止令を出し、それからわずか二年で撤回することになるが、宗次は遺骨を故郷の奥州白河で埋葬するため、火葬となったのである。

 それからまもなく宗一郎と源次郎は髷を落とし、宗一郎は江戸を離れて白河の実家を継いだ。四谷の屋敷に住むのは源次郎と彼の妻子、時太郎と雪野ということになった。

 そして明治九年三月、廃刀令が発せられ、いよいよ士族はその象徴を奪われることになった。刀職者の多くは失業し、真偽は不明だが、刀屋の店先では大八車に山積みの刀が二束三文で処分されているという噂も流れた。

 固山工房が受ける注文もほとんど一般刃物である。特に源次郎のラシャ切りバサミは舶来品よりも日本人向けに小さめで、好評だった。時太郎を助手にして、生産に励んだ。

 そんな時、刀の注文が入った。源次郎にではなく、時太郎である。嫁の雪野が知人から受けた依頼だった。

「知人ったって、女郎のことですからね。どんな知人だか、わかるでしょうが」

 毒づいたのは時太郎である。

「薩摩の軍人の注文ですよ。雪野は昔の客から俺の仕事をとってくる」

 そんな文句を聞いても源次郎は眉一つ動かさない。

「お前のために頭下げてるんだろ。いい嫁じゃねぇか」

「恥ですよ。女郎にはそれがわからねぇ」

 雪野は今は堅気で、高級軍人が利用する料亭で働いている。たいした収入のない時太郎は彼女のヒモみたいなものである。

「よさねぇか。女房の悪口なんかいうんじゃねぇ」

 と、源次郎は少しだけ表情を動かし、苦虫を噛みつぶしたが、赤ん坊の頃から知っている時太郎だから、本気で怒る気にはなれない。時太郎も相手の顔色を読む男ではなく、愚痴を続ける。

「あいつは飾り立てるのが好きで、ちやほやされることに慣れてる」

 無口な時太郎だが、固山家の人間とは同じ屋敷に住み、鍛冶仕事をともにしているから、気が向けば話す。特に雪野への不満は続々と口をついて出る。

 源次郎はそんな時太郎をジッと見つめた。相手を跳ね返すような眼差しだ。

「女郎と知った上で惚れたんだろう。仲よく水天宮に詣でたりもしていたじゃねぇか」

「まあ、江戸が東京と変わっても、この町の人間は信仰熱心というより信仰行事が好きですから」

「子を授からなかったのは、かえって好都合だと思ってるのか」

 時太郎は否定しなかった。雪野と別れることを考えているらしい。生活能力もない男が二十歳かそこらで所帯を持ったのである。破綻して当然ではあった。

 源次郎はこの男との会話が面倒になってしまった。

「で、注文ってのはどういう刀なのかな」

「同田貫みたいなゴツイのが御所望です。やってられませんや」

「いいじゃねぇか。どうせお前、丁子なんか焼けねぇだろ。同田貫なら、汚い地鉄に直刃か小乱れでいいんだぜ」

 仏頂面の時太郎へ向けて、源次郎は皮肉混じりの苦笑をぶつけた。 

「ぜいたくいうんじゃねぇぞ。この国の文物は御一新でことごとく駄目になっちまった。画工すら、狩野芳崖は養蚕に手を出して失敗し、橋本雅邦は三味線のコマ削りで糊口をしのいでる。ましてや刀工は語るに及ばず……」

「偽物作りで生計を立てている連中もいるようですが」

「お前、そんなことをやりたいのか。偽物を作るだけの技量もねぇだろう」

「はあ……」

 一か月ほどかけて、時太郎は一本を鍛え上げた。この男がのんびり研究していた肌物ではなく、一般的な板目である。互ノ目丁子の土置きをして、焼入れを試みたが、ムラ沸だらけになってしまった。三度やり直したがうまくいかず、キズが出たので廃棄した。清麿の作風を意識していたが、似ても似つかなかった。

 もう一本を鍛え始めた時太郎に、源次郎はいった。

「清麿さんの出発点は備前の丁子だろう。それができたからこそ、独自の作風に達した。その境地をいきなり目指そうというのは、仕事をなめちゃいねぇか」

 時太郎はあきらめの早い男だ。

「ええ。今度は直調に互ノ目まじりにしておきますよ」

 と、このいい方が、源次郎を苛立たせた。

「素直に直刃でいいじゃねぇか。それともお前、直刃すら、元から先までピンと均一に焼けねぇのか」

「焼けませんよ。そもそも、均一に焼いたって面白味がないでしょう」

「均一に焼く腕を持ってから、面白味ってやつを目指せよ。それが職人ってもんだ」

 備前伝の鍵は炭素量と焼入れ温度である。丁子刃は炭素量が低い方が足が入りやすく、映りも出る。ただそれでは焼刃は低くならざるを得ず、華やかな高い刃のためには炭素量は高くせねばならない。高い刃を焼き、足を入れるという相反する目的のために、微妙な炭素量の調整を鍛錬によって行うのである。そして、焼入れも迅速かつ正確にやらなければ、ムラになる。古刀の備前伝にはムラも見られるが、固山宗次はそれを排除し、計算された備前伝を完成した。

 だが、時太郎の技術は鍛錬も焼入れも今ひとつである。相州伝なら地鉄勝負だから備前伝ほどには刃文に神経質でなく、少々の破綻は面白いという見方もあるので、彼はその方向を見ているようだ。

 向上心のない時太郎でも気位は高い。 

「そりゃあね。宗次師は確かに上手だったが、きちんとしすぎて面白くねぇ。それが世間の評価ってもんです」

 源次郎はこの男に対して、苦笑する気力もなくなった。

「親父は清麿さんを救えなかった負い目から、お前を甘やかした。それが失敗だったな」

「は……?」

「時太郎。お前はうちの一門じゃねぇ。まあ、好きにやりな」

 源次郎は匙を投げたのである。それでも、時太郎に協力して、とりあえず一本の刀を完成させた。重ねが厚く、板目に杢目をまじえ、直刃調で、長船清光に似ていないこともない刀だった。

 しかし、時太郎はこの豪刀を客に納めることはなかった。依頼主の軍人は廃刀令に反発する士族が決起した神風連の乱で、戦死してしまったのである。引き取り手がいなくなった刀は、研ぎ上げられたまま、仕事場の隅に放置された。

 時太郎にしても、刀どころではなくなった。彼は雪野と離縁し、母のキラはすでに他界していたので、身寄りがなくなった。そして、東京鎮台に徴兵されたのである。

 明治六年に施行された徴兵令は多くの免除事項があったが、もはや嫡男でも家長でもない彼には適用されなかった。

 明治十年の夏、時太郎は西南戦争へ送り込まれ、四谷の固山邸に戻ることはなかった。南九州の戦場で行方不明となったのだ。戦死公報はなかった。脱走したのである。

 

 明治二十年の秋、源次郎を五十過ぎの男が訪ねてきた。人の隙を窺うような目つきは金勘定ばかりしている商売人と見えた。

 源次郎は縁側で栗の皮を剥きながら、迎えた。

「これな、一日、水につけて柔らかくなったところだ。剥きながら失礼するぞ」

「源次郎さん。あの、私を覚えていますか」

「あ?」

「清麿師の弟子だった清矢です。もう三十年以上の御無沙汰になりますが」

 いわれてみれば、見覚えある顔だ。

「へええ、こいつは懐かしい。年をとったなあ。お互い」

 不器用で、モノになりそうもない弟子だったが、刀鍛冶はあきらめたらしい。愛想に乏しかった冴えない男が、今は如才ない商売人に変貌していた。

「浅草の方で刀屋をやっています。清麿系清矢堂という屋号です。まあ、こんな御時世ですから、広く骨董も扱ってますが」

「清麿系ってのがよくわからねぇが……刀屋に会うのはひさしぶりだ。刀鍛冶なんか鉄クズを生み出すだけの厄介者としか思われてないもんな」

「いやいや、そんな……」

 居心地悪そうに清矢は身をよじった。

「あのですね。これを見てください」

 清矢は持参した新聞紙の包みを開いた。鞘もハバキもない薄汚れた刀である。

 源次郎は栗を剥く手を止め、見やった。

「焼身だな」

「再刃をお願いしたいんです。刀鍛冶はどこも廃業していて、他にお願いできる腕前の職人がおりません」

「めんどくせぇ」

 よほどの名刀なら引き受けるが、ゴツイだけが取り柄の実用刀だった。茎には「九州肥後同田貫上野介」と在銘だ。

「刀が持てあまされている時代に、この程度の刀をわざわざ再刃する理由は何なんだ?」

 源次郎は清矢を冷たく睨んだ。一直線の視線には相手を逸らさぬ磁力のようなものがある。

「ええとですね。榊原鍵吉という御仁を御存知ですか」

「維新前には講武所の剣術師範だった男だ。若い頃、狸穴の男谷道場で一緒だった。俺と同い年だ」

 維新後の剣術家の困窮を救済するために撃剣会を立ち上げ、浅草で見世物興行などやったために批判を浴びたが、今なお髷を切らない硬骨漢である。

「撃剣会も実力者を警視庁に引き抜かれて、今じゃすっかり下火になりましたが、私は剣術家の方々とおつきあいいただいています」

「お前さんの近況報告より鍵吉さんの話をしろよ」

「その榊原先生から同田貫を探して欲しいと頼まれまして」

「それで、再刃した焼身を鍵吉さんに売りつけるつもりかい」

「いやいや、もちろん、ちゃんと説明しますよ、再刃でございます、と」

「馬鹿馬鹿しい。歴史に残る名刀ならともかく、再刃の同田貫なんか有り難がる奴がいるかよ」

「…………」

「そもそも何で同田貫なんだ?」

「先代の公方様の前で兜割りをやったことがあって、その時に使ったのが同田貫だったとか……」

「ほお。てことは、また兜割りをやるわけか」

「あ。余計なことをいいました。内密です」

「内密とな。雲上人の来臨でもあるのか」

「あっ。あああ」

「そのあわてぶりだと、天子様のお出ましかな」

「あのですね、忘れてください」

「忘れねぇと思うぞ。俺の頭はそう都合よくできてねぇし」

 栗の皮むきに戻り、源次郎は鼻歌でも歌うように、いった。

「再刃はやらねぇよ。ま、ひさしぶりの再会だ。栗飯でも食っていけ」

「あの、ええと、清麿師の息子さんは……時太郎さんはもう十年も行方知れずだと噂を聞いていますが」

「その名を出すなら、何も食わさんぞ」

「はい」

 清矢はそれきり追及しなかった。遠慮したわけではなく、源次郎のような曲者に逆らうのが面倒なだけだろう。 

骨喰丸が笑う日 第八回

骨喰丸が笑う日 第8回 森 雅裕

 宗一郎と吉亮は歳末で浮き足立つ吉原遊郭のすぐ脇を歩いた。浅草溜は浅草寺から日本堤に至る畑地に建てられた数棟の長屋である。竹垣で囲われた敷地に、困窮者、病人などおよそ三百人が収容されており、宗一郎と吉亮が事務棟らしき小屋へ行くと、収容者と区別もつかない風体の番人がいたが、彼らを管理する人足頭の名前を吉亮が出すと、素直に調べてくれた。

「山浦時太郎は上野へ移りましたよ」

 寛永寺のかつての境内である。彰義隊の戦争で伽藍の多くを焼失し、今はかなり規模が縮小されてしまった。吉亮は隊士の一員で、敗走後はしばらく世間から身を隠していた時期がある。

「亮。上野にいい思い出はないだろ。気乗りしなきゃ俺一人で行くぞ」

 宗一郎の言葉を吉亮は退けた。

「いや。もう昔の話です」

 すでに西の空には夕陽の燃えさしがくすぶっているだけだ。上野の山には戦争の焼け跡も残っているが、病院が建つとか学校ができるとか真偽不明の噂があり、整地が広がっている。確かなのは、徳川家菩提寺である寛永寺は、広大な敷地を取り上げられるということである。

 かつて根本中堂が威容を誇っていたあたりから谷中の方向へと歩くと、林の中に物置小屋を大きくしたような建物がいくつか建っている。浅草溜と違い、こちらには東京府なのか司法省なのか、役人らしき人物がいて、横柄に訪問者を見やった。

「何かね」

「山浦時太郎を探している」

「もう日暮れだ。受付の時刻は過ぎた」

「誰に口をきいているのか」

 高圧的に吉亮は役人を見据えた。若いとはいえ、修羅場をくぐってきた男である。役人の扱い方も心得ている。

 相手は値踏みする視線で二人を交互に見比べた。

「あ、あんたたちは?」

 世を騒がす不平士族でも見るように警戒し、侮蔑も隠さない。無理もない。明治四年には散髪脱刀令が出ているのに、彼らは髷を結い、帯刀もしているのである。

「山浦の古い知人だ。元・桑名藩御用鍛冶、固山宗次の二代目と東京府囚獄掛斬役の山田吉亮」

「は?」

 幕藩時代の身分制度はなくなったが、世間的にはまだ士族の肩書きがモノをいう時代である。正式には「斬役」は吉亮の兄の吉豊だが、吉亮が代行することが多く、兄もこの優秀な弟にいずれ家職を継がせるつもりでいる。

「あっ。山田浅右衛門……」

 役人は目を見開いた。警戒と侮蔑に恐怖が加わった。

「これは失礼いたしました。ここにはわけありの収容者もおりますのでな、無頼の者どもが暴れ込んでくることもあるもので」

「山浦時太郎にもそんな者どもが訪ねてきますか」

「タチの悪い借金取りが……。まあ、ここには邏卒(警官)も詰めておりますので、大きな騒ぎには至りませんが」

「ふうむ」

「今、山浦を呼んでまいります」

 使いの役人が走り、宗一郎たちは待合所の隅でしばらく待たされた。

「亮。いいのか」

 もうすぐ時太郎が現れる。だが、吉亮は平然としている。

「会うのを嫌がって逃げるなら、あいつの方でしょ」

「ふん。あいつも同じことをいいそうだな」

 ぬっ、と時太郎が姿を見せた。無愛想な若者で、二人を見ても反応はない。挨拶もせず、大きな身体を持て余して、突っ立っているだけである。野良犬のようないじけた目つきが彼の生活ぶりを語っていた。

「ひさしぶりだな」

 宗一郎が声をかけると、かすかに会釈した。

「時太。一緒に帰ろう。うちの親父が、死ぬ前にお前に会いたいといってる」

「宗次師はお元気ではないのですか」

 ようやく口を開いた。

「うん。中気で、半身が少々不自由だ」

「え……」

「正月はうちで過ごせ」

 ハイわかりました、ともいい出せない時太郎に、宗一郎は軽口を叩くように告げた。

「親父が師匠として命じるのだ。戻れ」

 諧謔的な口調は宗一郎ならではのものである。頭ごなしに命じても時太郎は反発するだろう。そして、時太郎の前に風呂敷包みを置いた。

「親父が持たせてくれた。着替えろ。それから……」

 吉亮に合図して、持参した紙袋も広げさせた。

「あんパンだ。食え。親父は北斎師の墓に供えたかったようだが、墓石は何も食わん」

「いいんですか」

「北斎師も母親の法要に使えと滝沢馬琴にもらった金を飲食に使い、自分が滋養を摂り、長生きすることこそ親孝行というものだとうそぶいたという。あの世で怒りはしないさ」

 時太郎を連れ出そうとすると、勝手に出所の手続きはできないと役人は抵抗したが、

「おい。おぬしの名は?」

 吉亮が持ち前の殺気を放ち、恫喝するように問うと、ぴたりと口を閉ざした。東京府や司法省の上役に注進されることを恐れたのである。

 浅草溜を出て、三人で歩いたが、吉亮の屋敷は平河町なので、途中で別れることになる。江戸城の北側をたどり、本殿が竣工したばかりの東京招魂社(靖国神社)の前まで来ると、それまで吉亮とは口をきかなかった時太郎が、ようやく低く重い声を発した。

「雲井先生は立派な最期だったそうだな」

 吉亮は時太郎とは真逆のしっかりした声を返した。

「俺は十二歳の時から今日まで、三百人の首を斬ってきたが、あれほど神色自若たる人物を見たことはない」

「そうか」

「それより、雪野がどうしているかを訊け」

「うむ」

「うちで、おさんどんやらせて、こき使っている」

「そうか」

「世話をかける、くらいの世辞はいえんか」

「…………」

 黙ってしまった。これが時太郎という男である。むろん、吉亮も彼の性格は承知しているから、気を悪くした様子はない。

「借金があるそうだな。一人で背負い込むな。俺たちがいる」

「世話を……かける」

 それだけの言葉を交わすと、吉亮は別の道へと別れ、宗一郎は無口な時太郎とほとんど会話をすることもなく、四谷まで歩いた。

 帰宅すると、宗次は子供の手習いのように文字を書き散らしていた。治療と訓練のためである。

「おお。ひさしぶりだな、時太」

 時太郎はぺこりと頭を下げた。それだけである。宗次も余計な挨拶は省いた。

「お前はまだ若い。これからを考えろ。やりたいことはあるのか」

「いえ。別に」

「刃物鍛冶や道具鍛冶なら仕事はある。洋鉄の使い方を研究してみろ」

「はあ」

 時太郎は宗次の手元の画仙紙に目をとめた。子供のような手跡で「一期一会」と記してある。

「まあ、俺が好きな言葉だが」

 と、宗次は照れたように笑った。

「一という文字を書くのもひと苦労だ。他の文字より楽だから、つい書いてしまうがな」

 散らかった紙の中から「一」を繰り返したものを取り出した。

「一得一失。何かを得れば何かを失う。それが人生だ。それから、こんなのもあるぜ」

 と、「一宿一飯」と書いた紙を掲げた。

「それも好きな言葉ですか」

「好きというより……人間には大事なことさ」

 時太郎は視線を宙に泳がせた。居心地悪そうだ。

 清麿の死後、彼の妻子は家を失った。四谷の町内に粗末な家を借りたが、母のキラは働きに出たので、時太郎は宗次の屋敷で預かることが多かった。自然、刀鍛冶の技を覚える。

 清麿は息子を刀鍛冶にするなと遺言したが、技を仕込むなとはいわなかった。屁理屈だが、子供から興味あるものを取り上げることなど不可能である。

 ただ、こいつはモノになるまいと宗次は見ていた。他の弟子たちと同様に指導したのだが、固山流の丁子刃も焼けない。というより、焼こうともしない。刀は好きだが、向上心がないのである。常に目標を掲げて生きてきた宗次には、時太郎のような人間がいることは驚きだった。

「自分で薪割りして、風呂を沸かして入れ」

 と、時太郎を解放してやると、入れ替わりに宗一郎がやってきた。

「あいつに礼儀作法を仕込まなかったのは、失敗でしたな」

 時太郎の問題点は職人としての技術ばかりではないのである。

 宗次は恐ろしく時間をかけて「一龍」と書いた。あとに続く文字は「一豬」だが、筆を持つだけでも重労働だった。

「人は教育によって、賢者にも愚者にもなる。手が動くなら『子を養いて教えざるは父の過ちなり。訓導して厳ならざるは師の惰りなり』と書きたいところだ。司馬温公勧学文にある文句だよ。俺は時太郎の父親がわりとしても師匠としても中途半端だったなあ」

「当人の資質にもよりますよ。才人の子はろくでなしと決まっている。親父殿はよくいうじゃありませんか。しかし、物乞いに堕ちたとはいえ、とにかく生き抜く力は持ってる」

「罪人にならなかっただけマシか」

 そうはいっても、何の慰めにもならない。

 宗次の屋敷の一角に建つ小さな離れ家を時太郎に提供し、しばらくすると、山田浅右衛門の屋敷から雪野も移ってきて、彼らは夫婦のような生活を始めた。

 

 大晦日が近づくと、旧知の研師が宗次を訪ねてきた。廃業の挨拶だった。

「もう年ですし、跡継ぎもおりません。どのみち、刀はもういけませんや」

「新作刀を売るのはむずかしいが、世上にはたくさんの刀が出回っている。手入れをする研師は必要だろう」

「薩長の高位高官が持ち込む偽物なんか研げるかってんだ。慶長新刀を正宗に仕上げなきゃ文句いいやがるんだから」

「御時世だな」

 研師は外から聞こえてくる物音に耳をそばだてた。

「宗次さんの仕事場も変わりましたなあ。昔は鎚音が聞こえたが、今は三味線だ。そんな風流人がここにいましたか」

「時太郎だよ。あいつの母親は音曲の師匠だったから」

「ああ。清麿さんの息子が戻ったんですな。まあ、親父もなかなかの遊び人だったからねぇ」

「遊びばかりじゃなく、仕事でも似てくれるといいんだが」

「いやいや。清麿さんといえども、今の時代に生きていたら、食っていけるかどうか。人気はありますがね。それもまた死んじまったからでしょう」

 清麿の自刃から十八年になる。いかにも芸術家らしい彼の生涯と激しい作風に憧れる者たちがいるようだ。

「人気あるかね」

「はいな。太閤殿下の時代から刀は沸出来が好まれてきた。最近じゃあ清麿さんが代表格だ。いや、匂い出来の宗次さんには失礼だがね」

「かまわんよ。その通りだ」

「私の客にも、清麿さんの作がどこかにあれば欲しいという御大尽がおりますよ。刀でも短刀でもかまわない、心当たりはないかって頼まれましてね。それで、アサヒさんに声をかけました。お持ちですからな」

「骨喰丸ってやつか。清麿が自刃に使った短刀だな」

「自刃事件のあと、血まみれで錆も出たんで、アサヒさんが私のところへ持ち込んで、研ぎ直したんです。しかしまあ、変わり者の女ですからな、譲ってくれるわけもなかった」

「思い入れのある短刀だ。金品には換えられねぇだろ」

「そういえば、あれには彫刻があったんですが……」

「地蔵の彫りだろ」

「その彫りがね、ちょっと気になって……」

「どうした?」

「地蔵が宝珠を持っていますわな。通常の地蔵と違って、その宝珠を高く掲げてるんです。見ろ、とばかりに」

「ああ。俺も覚えてるよ」

「まあ、新作であれば、彫刻部分は彫り師が自分で磨くんで、研師は手を加えませんが、錆びていたので、私が掃除して磨きました。そしたらね、宝珠だけ鉄の色が違うんです。むろん、私みたいな商売の者でなきゃ気づかない程度の違いですが」

 刀の研ぎはいってみれば刀の化粧をはがし、裸にしてしまう作業なので、素肌も見えてしまう。

「ふうむ。別の鉄を埋鉄もしくは象嵌してあるということかな」

「そんなことが有り得ますかね」

「キズが出たのか、彫りに失敗して埋めたのか……。それにしても似た鉄を選んで埋めるものだが、研師なら気づくこともあるだろうな」

「彫り師はアサヒさんでしょ。どういうことかと訊いたら、生前の葛飾北斎先生が清麿さんのところで悪戯に鍛錬をやったことがあって、小物を作ったりしたそうですが、その残り物の鉄を使ったとか。キズを埋めたわけじゃなく、北斎先生の形見(記念)として」

 北斎の娘であるお栄の注文銘が入っている短刀だから、それくらいの記念工作を施してもおかしくはないが。

「それだけなのかねぇ」

 宗次は呟いた。以前からあの短刀には何かいわくがあると感じている。

 

 明治六年が明けると、松飾りも取れぬうちに押しかけてきた者たちがあった。

「あいや。しばし、お待ちあれ」

 応対に出た宗一郎が芝居がかった大声をあげ、家の中の者たちに招かざる客が来たぞと合図した。

 宗次は座敷で餅を焼いていた。宗一郎は悪戯でもするように障子の隙間から覗き込んだ。

「来ましたぜ。時太郎と雪野を追い回している借金取りです」

 当の二人はのんきなもので、初水天宮の縁日へ出かけて、留守である。水天宮はもともと芝三田の久留米藩有馬家の上屋敷内にあったのだが、維新後は有馬家の移転にともない、赤坂、そして去年は日本橋蛎殻町へと遷座した。江戸後期から子授けと安産の神として信仰されている。

 宗一郎ものんきさでは人後に落ちないから、この状況でも焦った様子はない。

「時太郎がうちにいること、上野の溜まり小屋で聞いてきたんでしょう。どう見ても徒者ですよ」

「いたずらもの……か。まあ、会ってやろう。通せ」

 やくざ者である。三人が座敷へ入ってきた。宗次は長火鉢にもたれかかりながら迎えた。髷のある者、ない者、着流しと洋装、身なりはそれぞれだが、品格は皆無という連中だった。

「内藤新宿の天輪屋の使いですがね」

 兄貴分らしい男が上目遣いに睨みつけてきたが、宗次は見向きもせずに餅を焼き続けている。

「山浦時太郎と雪野を渡してもらいたいんだが」

「理由は?」

「時太郎は借金のある遊女を連れて逃げた」

 そんな言葉は宗次の耳を素通りした。廊下に近い若いやくざ者へ声をかけた。

「すまんが、そこの兄さん、廊下を左へ行ってな、台所から柚子で作った薬をもらってきてくれんか。飯炊きの婆さんがいるから」

「はあ?」

「俺は手足が少々不自由でな。葛飾北斎師は柚子を煮詰めたものが中気には効くといっていたもんだ。極上の酒一合に柚子ひとつ、竹ベラで細かに刻んで土鍋にて水飴くらいに煮詰めたものを二日以内に白湯にて用いる。それで病が治るなら苦労はねぇが、まあ気休めだな。あ、ついでに醤油と刻みネギと、それから大根おろしをもらってきてくれんか。餅の色んな食い方を試したら、これが……」

「わかったわかった」

 若い者が舌打ちしながら台所へ向かうと、

「何だ、ぼけてんのか、爺さん」 

 兄貴分が戸惑いつつ顔をしかめた。宗次は独り言のように呟く。

「まあ、ぼけ老人の戯言と聞いてくれてもいいが……二人を渡せといわれてもな、そいつはできねぇぞ。時太郎は俺の身内で、雪野はその嫁だからな。そうはいっても、お前さん方にも面子があるだろう。手ぶらでは帰れまい」

 龍が彫られた二十円金貨を取り出し、よたよたとゼンマイ仕掛けの人形のように歩いて、兄貴分の前に腰を下ろし、彼の手をつかんで、包み込むように握らせた。

「何だい、こりゃ。カネですかい」

 庶民の間で流通している貨幣ではない。

「加納夏雄からもらったものだ」

「かのう……。大蔵省のお役人かね」

「もっと偉い奴さ。持って帰れ。釣りはいらんぞ」

「御冗談を。二十円じゃ足りませんぜ」

「お前さん方の面子の値段だ。二十円でも高いくらいだぜ。もっとカネっ気が欲しいなら、うちには鍛えた鉄しかない」

 宗次は縁側の先を見やった。庭の床机に腰かけ、宗一郎と源次郎が串団子を食っている。のどかな光景だが、彼らの傍らには刀が置かれている。兄弟二人とも若い頃には男谷精一郎の道場で修業しており、据物斬りも山田浅右衛門から伝授されているから、刀の作り方だけでなく使い方も心得ている。

 若い男が茶碗に入れた柚子の薬と醤油差し、ネギおろしの小皿を盆にのせて持ってきた。

「おう。ありがとうよ」

 宗次はまたふらふらと火鉢の前へ戻り、それだけでも重労働を終えたように吐息をついた。

「爺さん爺さん。お歴々の腰の物を鍛えた刀鍛冶先生なんだってなあ」

「侍だけじゃねぇよ。お前さん方の親分のそのずうーっと上の親分さんも俺の刀を振り回して喧嘩した……かも知れねぇなあ。この年まで生きると、色んな人物とお近づきになるもんだ」

 江戸の侠客を束ねる浅草の新門辰五郎にも脇差を納めたことがある。

「もう充分に生きた。そのあげく、手足はこのザマだ。こんな老いぼれの命でよきゃくれてやる」

 宗次は焼けた餅をちぎり、ネギおろしをつけて食い始めた。

「けっ。放っておいても、喉につまらせて死んじまいそうじゃねぇか」

「そうだな。死ぬところを見ていけ」

 げほっと宗次はむせ、胸を叩いた。呻きながら後ろに倒れ、床の間の柱に頭をぶつけた。真っ赤な顔でのたうち回ると、

「親父殿!」

 気づいた宗一郎と源次郎が下駄を蹴り散らかし、庭から駆け上がってきて、抱え起こした。

「叩け叩け、背中叩け!」

 背骨を折らんばかりに激しく叩いた。あまりの勢いに、見ているやくざ者たちが青くなり、

「おいおいおい……」

 思わず腰を浮かすほどだった。

 ぐおっと宗次が餅を吐き出し、せわしなく咳き込むと、

「いかれた爺さんだ」

 気味悪そうに、あるいは面倒そうに、男たちは席を蹴った。

 宗次は畳を叩きながら身体を起こした。

「ふううっ。三途の川で溺れた気分だ」

「親父殿。何をやってるんですか。死ぬにしてももうちょっと様子のいい死に方があるでしょうが」

「やつらは?」

「あきれて帰っちまいましたよ」

「ぐへへへへへっごほごほっ」

 むせているのか笑っているのか、わからぬ怪音を喉から発しながら、宗次は火鉢の前へ這い戻った。柚子と酒で作った薬をゆっくりと飲み、吐息まじりに呟いた。

「柚子は砂糖漬けにでもして、酒は酒で飲んでも、腹に入れば同じじゃねぇのかなあ、北斎先生」

骨喰丸が笑う日 第七回

骨喰丸が笑う日 第7回 森 雅裕

 薩長の新政府に反発する幕臣、諸藩藩士は彰義隊と称して、徳川慶喜が水戸へ退いた四月以降、上野寛永寺に立て籠もったが、五月十五日、新政府軍の攻撃を受け、わずか半日で壊滅した。

 翌日、小雨の中、宗次は自宅を出て、上野へ向かった。どこまで通行できるかわからないが、時代が変わっていく現場を見ておきたかった。それに彰義隊には知り合いの旗本たちも参加している。安否が気がかりだった。

 四谷にまで戦火は飛んでこないが、道々、新政府軍の隊列を見かけた。ここいらは旗本屋敷が並んでいるため、彰義隊の残党狩りが行われ、押し込み強盗のように家々を踏み荒らして回っているのである。

 宗次は六十六歳。年季の入った職工であり、あえて老いぼれた身なりを選んだので、目をつけられることもなく、江戸城の北側から外堀の筋違門を目指した。

 通行は自由になっており、下谷広小路へ出て三橋を渡り、山王台下へ至ると、防御用なのか畳が高く積み上げられていた。彰義隊の砲陣地があった場所だが、武器武具は一切が持ち去られている。勝者が回収したというより、江戸市民が火事場泥棒となって押し寄せたのである。

 黒門の周辺は弾痕だらけで、樹木はことごとく折れ、焼け野原が見通せた。新政府軍の死体は運び出されているが、彰義隊の死体は放置されたままで、持ち物を引きはがそうとする市民、追い払おうとする新政府軍の官兵、合掌する僧侶など、殺伐とした光景が広がっている。胸の悪くなる焦げた異臭も漂っていた。

 この地獄絵図を写生する絵師もいた。もしや……と見覚えあるその姿へ近づくと、河鍋狂斎(暁斎)だった。清麿存命中から共通の知人である。行き倒れた死体が腐る様子を絵巻物に作るような男で、首斬りの現場を見たいという彼を山田浅右衛門に紹介したこともある。

「やあ。固山先生。知り合いの捜索ですかい。見つけるのはむずかしいですぜ。彰義隊は顔なんかボロボロでさあ。鉄砲で撃たれたあと、死んでから切り刻まれてるから出血は少ないですがね。西国の田舎侍どもはやることが非道だ。一方、西軍(新政府軍)の死体は刀でやられて出血はひどいが、顔はきれいなもんだ」

 狂斎は手近な死体の顔をいじり回し、瞼や口をこじ開けて奥まで覗き込み、観察している。

「無念だったろう無念だったろう、うんうん……。あ、血まみれ芳年(月岡芳年)も見かけましたぜ。柳橋の橋詰にずらりとさらされた彰義隊隊士の生首なんぞ写生していました。ありゃ変態ですな」

「人のことがいえるのか」

「上野から脱出した隊士は多い。輪王寺宮も落ちのびられたようです」

「人のいうこと聞いてないな」

「吉亮も無事ならいいですが」

 吉亮は七代目山田浅右衛門吉利の三男で、彰義隊に加わっていた。大きな声でいえることではない。山田家は宗次とも懇意で、刃味について相談もしていた。吉田松陰を斬首した吉利は宗次より十歳年下で、彼が六代目山田浅右衛門吉昌の養子となる以前から見知っている。その子の吉亮はまだ十五歳の若さである。

「吉亮なら、浅草の方に逃げ込めば、新政府軍も手が出せまい」

 宗次は戦場の異臭を避けて浅く呼吸しながら、呟いた。首斬り役の職務上、山田家は浅草の人足小屋とつながりがある。そこは一種の治外法権である。

 狂斎は画帖に筆をのたくらせながら、あたりをはばからぬ大声で、いった。

「これからは奥州が戦場ですよ。そういえば、お宅の文吉(宗明)は一関でしたな」

「十年ほど前に帰国して、今は一関の藩工だ」

「東北人はなかなか頑固ですからなあ。無事でいてくれるといいが」

 うるさい男だ。宗次は別れも告げずに彼から離れ、谷中の方へと歩き出した。

 しばらくすると、後方で獣の咆吼が起こった。人の声だと気づくのに少々時間を要した。狂斎が泣いていたのだが、宗次は振り返らなかった。

 

 それから数日後、清麿の最後の弟子ともいえる清人が訪ねてきた。この男も東北人である。

「宗次先生。昨年から私は江戸と庄内(荘内)を行き来しておりましたが、この度、江戸を引き払うことになりました。郷里へ戻ります」

 門人が離散した中で、清人はただ一人留まって、清磨の残した三十余口の刀債を完済して師の恩義に報いた。その後、神田小川町に仕事場を構え、庄内藩の藩工となり、慶応三年には豊前守を受領した。今や一流鍛冶である。

 庄内藩は慶応の初めに江戸市中取り締まりに任じられ、慶応三年には上山藩、鯖江藩、岩槻藩、出羽松山藩とともに江戸の薩摩藩邸を焼き討ちしており、剛毅な藩風で新政権に対して反発し、すでに戦闘状態に入っている。

「命を粗末にするなよ」

「なあに。戦争に負けたら、家業を継ぎますよ。豊前守なんていっても温泉宿の親父です。のんびりやります。実家の屋号も朝日屋というんですよ。アサヒさんの旭屋とは字が違います。宗次先生も暇ができたら、ぜひお立ち寄りください。大歓迎いたします」

 そういい残して、去った。

 慶応四年七月、江戸は東京と改称され、九月には明治と改元された。その後、戊辰戦争は奥州を蹂躙して北上し、明治二年五月には箱館の榎本武揚軍が降伏した。箱館には、桑名の元藩主であった松平定敬も参軍しており、一旦は海外へ脱出しようとしたが断念、横浜で投降した。

 清麿には清人のように実直な弟子もいる一方、たくましい処世術を見せる弟子もいる。

 明治三年三月、戊辰戦争の終結からもうすぐ一年になろうという頃、栗原信秀がアサヒの旭屋に現れた。宗次はアサヒに小物の彫刻など依頼することもあり、旭屋で角打ち(立ち飲み)の常連にもなっているから、その場にいた。

 信秀はしばらく上方にいて、東京はひさしぶりである。新政権に精力的に取り入り、権力者や朝廷へ作刀を納めている。

 その成果が入った巾着をどさりと床へ置いた。

「アサヒよ。長年、溜めに溜めた店賃やら飲み代やらその他もろもろだ。耳をそろえて払ってやるぜ」

 アサヒが彫金をやる仕事場は洋式の机と椅子を入れ、どこから入手したのか、鉄製の半球を工夫し、自在に動かせるヤニ台を作っている。アサヒはそのヤニ台でコツコツと金具を彫りながら、いった。

「太政官札とか民部省札なんてわけのわからない紙の金だったら受け取らないよ」

 信秀は巾着から金属音を立てて、中身を落とした。

「小判と一分銀だ。釣りはいらねぇぜ」

「そもそも貸した金がいくらかも覚えちゃいないよ」

 この二人、何年も会っていないのに、昔話に花を咲かせるでもない。だが、宗次が会話に割り込む隙間もなかった。

「筑前守さん」

 と、アサヒは信秀に呼びかけた。

「薩長に取り入って、朝廷にも作刀を納めてるそうじゃないか。世渡りのお上手なことで」

「あのな。俺は幕府や諸藩に義理も恩もないぜ。将軍贔屓の江戸っ子でもない。時代は変わったんだよ。刀鍛冶なんざ遠からず廃業に追い込まれるだろう。今のうちに稼いで、老後にそなえているんだよ」

 刀鍛冶は武士や貴人の魂の制作者である。失業することがあるのだろうか。宗次も漠然とした不安は覚えるものの、実感は湧かなかった。

 明治二年の版籍奉還は各藩の大名たちにも意味不明なものだった。武家社会が終わることを新政府はまだ隠している。

「お前こそ将来を考えろよ、アサヒ。お腹が大きいみたいじゃないか」

 そうなのである。洞察力のある者なら気づく程度に腹が膨らんでいる。アサヒは四十近くになって結婚したが、一年足らずで離縁に至った。相手は在留外国人で、それが何者なのか、宗次も誰も知らない。いつの間にか妊娠していた印象なのである。

「なんとまあ、父親は異国の渡り者かい。予定は秋くらいか。夷狄禽獣の子がどんな目で見られるか、考えなかったのか」

「そもそも夷狄禽獣だなんて思ってないけど」

「へえ。生まれてくる子供も同じ考えの持ち主に育てばいいがなア」

 アサヒは立ち上がり、近くにあった色上げに使う銅鍋をつかむと、スタスタと近づいて、信秀の頭を殴りつけた。信秀は頭を抱えて、ごろごろと転がった。

「痛あ……。相変わらず乱暴な女だなあ」

「相変わらずの馬鹿だね、あんたは」

 信秀は涙さえ浮かべながら、身を起こした。 

「ところで、宗次先生。時太郎はどうしてますか」

 清麿の遺児は今、十八歳である。清麿は刀鍛冶にするなと遺言したが、幼少から宗次の仕事場しか遊び場がなかったから、自然に技を覚え、一応の腕には達している。未亡人のキラもこの仕事には反対だったが、音曲の師匠として働くうちに旦那ができて、息子から離れてしまった。

「時太郎の第一作は雲井龍雄という元・米沢藩士に納めた」

「雲井……」

「戊辰の役にあっては、薩摩の無節操と横暴を怒り、奥羽越列藩同盟に『討薩の檄』を飛ばした気骨ある人物だ。庄内へ帰郷した清人と会って、清麿という名人の話を聞いたらしい」

「ああ。上方で米沢藩の探索方をつとめていた男ですな。私もね、今宮戎神社で鍛刀していた頃、会ったことがあります。雲井は維新前には小島何とかといいましたな。辰年辰月辰日の生まれだとかで、龍が雲を呼んで天に昇るという気概から改名したんですわ」

「雲井は清麿の息子が刀鍛冶になったことを知って、最初の客となった。清麿は憎き長州寄りの人間だったが、まあ変節を繰り返した薩摩よりマシだし、刀鍛冶としての腕や生き方に雲井は惹かれたらしい。雲井もまた大いなる『人たらし』だから、それ以来、時太郎は雲井が主宰する帰順部曲点検所なるところに入り浸っている」

「何です、そりゃ」

「旧幕府の不平武士たちの集まりのようだ」

「穏やかじゃありませんな。雲井は各藩の俊才が集う三計塾(安井息軒の私塾)の塾頭をつとめたほどの男。お近づきになりたくない手合いですなあ」

 戊辰戦争の敗戦後、雲井龍雄は他の主戦派と同様に米沢で謹慎の身となった。明治二年、謹慎を解かれると上京して、集議院議員に任じられた。集議員には立法権はなく、太政官からの審議事項に答える諮問機関であるが、実状は各藩への朝命伝達機関にすぎない。

「雲井は薩長閥へ反発し、集議員の壁に得意の詩文を書き殴って、わずか一か月で辞職したと聞いています。ますます友達になりたくない奴ですわ。だからこそ、あぶない」

 年が明けると、雲井は芝二本榎の上行寺と円真寺の境内に「帰順部曲点検所」の看板を掲げた。表向き、東京府内を浮浪する不平士族を迎え入れ、新政権に帰順させるという名目である。

「今、雲井はまだ二十七、八の若さだと思いますが、吉田松陰……寅さんが松下村塾で弟子を教え始めたのもそのくらいでしたな。そして、寅さんは三十歳で山田浅右衛門吉利に首を斬られている」

 信秀はわざわざ首斬り役の名前を出した。嫌味である。山田家と宗次の関係を知った上での発言だ。

「雲井のような才人は毒にも薬にもなるものだ。時太郎を縄で縛りつけて外出禁止にもできんだろう」

「しょせん宗次さんには他人の子ですからな」

「栗原。お前が薩長の覚えめでたく、俺が桑名藩工として有名無実になったからといって、無礼な発言は許さんぞ」

 桑名も藩の存続が危うくなっており、お抱え刀鍛冶どころではない。

「いや、これは失礼。しかし、時太郎の交友関係は気になるところです。私にとっても師匠の遺児ですからな」

「時太郎は山田浅右衛門のところの吉亮とも親しいようだ。七代吉利の息子で、八代吉豊の弟だ。歴代の中でも屈指の腕らしい。時太郎よりひとつ年下だ」

 吉亮が浅右衛門を襲名するのは、兄の吉豊が若隠居となった明治七年以降である。順番からいえば、九代ということになる。しかし後年、吉亮自身は八世と称している。十二歳の時に十五歳と嘘の届け出をして、囚人の首を斬ったのが彼の仕事の始まりである。

「若いですなあ。もはや明治は彼らの時代ですな。しかし、首斬り役に明るい将来がありましょうや」

 どさどさッ、と彫金用の小鎚がまとめて飛んできて、信秀の膝元へ散らばった。

「栗原! いい加減にしな!」

 アサヒが怒鳴った。

 

 のちの自由民権運動にも影響を与えた雲井龍雄が、政府転覆の嫌疑をかけられ、充分な取り調べもなく伝馬町で斬首されたのは、この明治三年の十二月であった。首斬り役は十七歳の山田吉亮である。使用した刀は固山宗次の作とも東多門兵衛尉正次だったとも伝わる。

 そして同月、平民の帯刀禁止が発せられた。やがて来る明治九年の廃刀令の前段階であり、新政府の最終目的は武士の虚号と蛮風を一掃することにあった。

 明治四年の廃藩置県により、旧幕時代の藩は消滅し、宗次も桑名藩の禄を離れた。四谷の屋敷は維持していたが、弟子たちは去った。いずれ刀鍛冶という人種の需要などなくなることは時間の問題であった。

 宗次の次男である源次郎は雲龍斎義次と名乗り、越前鯖江の間部家に出仕していたが、こちらも失職し、宗次の屋敷で無聊をかこっていた。

 そして明治五年の秋、固山宗次は自宅で倒れた。脳卒中である。命は助かったが、手足の痺れが残り、仕事はできなくなった。

 もう永くない……。本人がそんな自覚をしたこの年の暮れ、山田吉亮が宗次を訪ねてきた。宗次は七十歳に達している。吉亮は十九歳。孫のようなものである。

 山田浅右衛門は、明治二年には新政府から首打役の辞令を受け、家職は存続しているものの、様斬り(試し斬り)は禁止され、副業だった人胆による製薬も不可となり、山田家は二つの収入源を一度に失っている。新時代は古い体制の中で生きてきた者たちを先の見えぬどこかへ押し流そうとしていた。

 吉亮は美男だが、どこか凄味があり、実年齢より上に見える。

「お身体はいかがですか」

「いささか不自由だが、助けを借りずとも自分のケツは拭ける。どうってことはねぇよ」

「左様ですか」

 宗次は滑舌もよくない。しかし、吉亮は宗次の言葉を問題なく聞き取り、頷いた。

「人胆は飲んでいますか」

「万病に効く霊薬も老いぼれは見放すようだぜ」

「じゃあ、こっちの方が滋養にはいいかも知れませんな」

 土産に持参した紙袋を開いた。

「銀座に新しくできた店が考案したあんパンというものです。まだ試作で店には出していませんが、山岡鉄舟殿がお気に入りで、分けてもらいました」

「へええ。葛飾北斎師が存命だったら、喜んだだろうなあ。甘党だったから」

「ところで、先生。山浦時太郎がどうしているか、御存知ですか」

「いや」

 師と仰いだ雲井龍雄が刑死して以来、時太郎は行方が知れない。雲井事件では五十人以上が断罪されたが、その中に時太郎の名はない。加盟者は千人とも一万人ともいわれるが、雲井は全身に無事な皮膚を残さぬほどの拷問を受けても、同志の名を洩らさなかった。

「時太郎は浅草溜にいるようです」

「あそこは病囚、幼囚を収容する牢獄長屋だろう」

「いえ。今年の十月に、府内にあふれる物乞いを一旦は本郷の旧加賀藩邸の空き長屋へ集めたのですが、あちらに新しい学校を作るもんで、すぐ浅草溜へ移したんです。囚獄というわけじゃありません」

 江戸時代にも各地にあった救済小屋の発展型で、養育院の始まりである。吉亮は首打役という職種柄、司法省や非人階級の者たちとつながり、そうした情報も入るのだろう。そればかりではなかった。

「時太郎がただ落ちぶれただけなら放っておいてもいいんですがね、どうも厄介なことになっているようで」

「厄介?」

「内藤新宿に雪野という女郎がいたんですが、時太郎と二世を誓った仲でしてね。だが、彼女には借金がある」

「やれやれ。二十歳かそこらの無宿の若僧が女郎と二世を誓うとは……。しかし、娼妓は自由の身になったはずだが」

 この年の十月二日、太政官は人身売買禁止、娼妓の年季奉公廃止を命じ、現在身柄を拘束されている者は無償で解放するよう布告した。しかし、遊女たちは生活の術を持たない。一文無しで放り出されても困る。そこでひねり出された抜け道が、座敷を遊女に貸すという名目での営業である。

「結局、遊女は借金から逃れられない。雪野の親がまた借金して、働かせようとしたので、時太郎が連れて逃げた。雪野は身を隠しています」

「お前さん、随分くわしいじゃねぇか」

「昔、時太郎と私は内藤新宿で一緒に遊びましたからね」

「昔って……今いくつなんだよ。お前も隅に置けんなあ」

 山田浅右衛門の一族は腕も立つが、放蕩者が多い。殺伐とした家業のため、精神の癒しを渇望しているのだろう。

「悪い遊び仲間でしたが、雲井の死後は絶交されましたよ」

「しかし、お前の方はあいつを見限ったわけじゃあるまい」

「実は雪野が身を隠しているのは、わが家です。時太郎は雪野に吉亮のところへ行けといったそうです」

 平河町(平川町)の山田浅右衛門屋敷は人斬り屋敷と畏怖され、世人は気味悪がって近づかない。女をかくまうにはいい場所だ。

「半月ほど前、雪野はうちへ逃げ込んで、台所の手伝いなんかやってますよ」

「そして、時太郎は物乞いに身をやつして、浅草溜か。まあ、あそこも世間の目は届かんな。……で、何故、俺にそんな話を?」

「宗次先生は時太郎の師匠じゃありませんか。先生のいうことなら奴も聞くでしょう。まっとうな生活をさせてやってください」

「さて。俺のいうことを聞くような奴なら、無宿人まで堕ちていないと思うがなあ。」

「私もできるだけのことはします。しかし、私は時太郎に合わせる顔がありません」

「雲井龍雄が本当に乱臣賊子だったかどうかはともかく、お前が彼奴を斬ったのは公務だろう」

「むろん、恥じることではありませんが、時太郎が私を許せないのも理解できます」

「だが、あいつは雪野とやらをお前に託した」

「ええ。でも、わだかまりがないなら、雪野を一人で私のところへ寄こさず、一緒に来るでしょう」

「うう……む」

 宗次は唸りながら頷いた。

「俺は動けねぇ。宗一郎に浅草へ行かせよう。お前も同行しろ。浅草溜なら、お前の顔がモノをいう。時太郎と会いたくなければ、離れていればいい」

「はあ……」

「浅草へ行くなら、北斎師の墓へ寄り道してくれまいか。場所は宗一郎が知っている」

「わかりました。このあんパンを供えてきましょう」

「途中、宗一郎に食われてしまわぬように、な」

 宗一郎は山田浅右衛門の屋敷に若いうちから出入りし、幼い吉亮の遊び相手になってきた。気心は知れた仲である。

 その宗一郎は四十代半ばを過ぎ、のんきな長男だが刀鍛冶としてヒトカドの腕になっている。この御時世ではあるが、新政府要人からの依頼やウィーン万博への出品を父に代わって受注している。

 やってきた宗一郎は、

「ふさ(亮)」

 と、吉亮を呼んだ。

「顔が穏やかなところを見ると、数日は首を斬ってねぇな」

 それが挨拶だった。

「あにさん」

 と、吉亮は芸人のような呼び方である。

「浅草まで御足労を願います」

「そうか。もう歳の市だなあ。猪牙舟で行くかい」

「そんな浮かれたもんじゃねぇ」

 と、宗次は呟いた。瞑想でもするように目を閉じている。これだけのやりとりでも疲れていた。

 宗一郎に事情を話すと、彼は屈託ない目元に苦笑とも困惑ともつかぬものを浮かべた。

「時太郎とはねぇ、もう二、三年会っていませんな。あいつ、お袋さんがどこでどうしてるかも知らないでしょうよ」

 そんなことは宗次も知らない。しかし、宗一郎は社交家だから、情報は色々と入るらしい。

「キラさんは本所の方で音曲の師匠をやっているようですぜ。旦那もいる。今さら放蕩息子に転がり込まれても迷惑でしょうねぇ」

「時太郎はうちへ連れてこい」

「そういうことなら、迎えに行きましょうかね」

 今日これから行くとも決まっていないのに、宗一郎は支度のために自室へ向かった。のんびりしていても行動力は持っている男だ。

骨喰丸が笑う日 第六回

骨喰丸が笑う日 第6回 森 雅裕

 呼ばれてきた医者は清麿の腹から腸が出ているのを見ると、あたふたと周囲に指図した。

「ハラワタを入れるのに腹を柔らかくせねばならん。大麦を煮ろ。絞りカスは袱紗に包んで腹に当て、温めよ。煮汁で腹を洗浄する。それから生後十七日以内の赤ん坊の糞がいる。ハラワタに塗るのだ。おい、ヒマ(唐胡麻)の種をつぶせ。患部の腐敗防止に使う」

 指示だけは頼もしいが、そんなものは急には間に合わない。清麿の弟子ばかりでなく、近所の住人を巻き込んで右往左往するうちに、稀代の刀鍛冶は息をしなくなっていた。宗次には何もできなかった後悔しかなかった。

 そのあと、付近に住む御家人や町方の役人が数人やってきたが、検視なのか野次馬なのかもわからない有様で、死体を前に世間話しているようなのんきさだった。

 せわしなく動き回っているのは清麿の弟子たちで、宗次の前を何度か素通りしたが、言葉を交わす暇もない。

 宗次は血に染まった羽織を脱いだ。母屋へ近づくと、顔面蒼白の清人が立っていた。手には半纏と股引を持っている。

「宗次先生。これ、師匠の仕事着ですが、どうぞ着替えてください」

 木訥で不器用だが、他人に対しては気が利く男なのである。

「一体、どうしてこうなった? 清麿が自害する理由は何だ?」

「わかりません、わかりません」

「昨日今日、何かあったのか」

「はい。ええと、昨日、御番所(奉行所)から使いが来ました。今日の呼び出しでしたが……」

「よほど行きたくなかったのかな。呼び出しの用向きは聞いているか」

「いえ。役人なんて横柄なもんです。何も教えてくれません。師匠は吉田寅次郎さんのことで、自分も取り調べを受けるのだと思ったようですが」

「早合点したな」

「違うんですか」

「寅さんの持ち物を返してくれようという話だったんだ。そんなものは建前で、本当の目的が取り調べだとしても、清麿が自刃する動機にはなるまい」

「はあ。うしろめたいことは何もありませんから。でも……」

 清人はその先は口をつぐんだ。被害妄想の清麿だから、冤罪に陥れられるものと絶望したのである。こんなことになる予兆はあった。

 時太郎の泣き声が聞こえたので、宗次は母屋に上がり、抱きかかえた。生まれて一年半。すでに小走りもできるほど成長している。

「あの、宗次先生。これは……?」

 清人は傍らに放り出された熊手と大福を取り上げた。

「土産に持ってきたんだ」

「はあ……」

 時太郎を見守りながら縁側を歩かせていると、キラが三味線抱えて帰ってきた。宗次を見つけるなり、作り笑いを炸裂させた。

「あらまあ、固山宗次先生。そのお召し物、うちの旦那様とお揃いですわね。おやおや、そこら中に役人まで出張ってますね」

 いつ呼吸するのかと心配になるような勢いで、まくし立てた。

「にぎやかですねぇ。また音がうるさいとか火事になりそうだとか、御近所の苦情でも来ましたか。あらら、この寒空にうちの赤ん坊を裸足で歩かせてくれて、ああもう、足が冷たくなっちゃって」

 庭先から縁側に手を伸ばし、時太郎の足に触ったが、自分で抱くでもない。キラのわずかな息継ぎの間に、宗次はようやく言葉を発した。

「赤ん坊の足は冷たいもんだ。あっためちゃいけないというぜ」

 それでも冷えすぎないように、宗次は注意していたが。

 キラは宗次の言葉など聞いておらず、清人が持っている土産に目をとめた。彼は自分が何を手にしているのかも忘れてしまったような虚脱状態だ。

「お前はまた何を遊んでるのさ。熊手なんて遊郭や料理屋が飾るもんだよ。芸妓だった私への当てつけかい」

「私が持ってきたんだ」

 と、宗次。

「あらまあ、なんだか半端なもの頂いちゃったわねぇ」

 でかい声で嫌味をいうものだから、あたりの耳目を集めた。役人もまた大声を発しながら、近づいてきた。

「女房か。亭主が自害した理由は何か、心当たりはあるか」

「へ?」

 ここでようやく清人が発言した。

「師匠が腹を切ったんです。厠で」 

 ひぇっ、とキラは叫んだ。

「なんでそれを早くいわないか、この馬鹿弟子!」

「忙しそうに話しておられたので……」

「お前、今夜は飯抜きだからねっ」

 キラは厠へ向かって駆け出したが、足をもつれさせて、派手に転んだ。その拍子に三味線を投げ出し、身を起こすと、泣きわめきながら、さらに走った。

 清人は庭に降り、しゃがみ込んで、三味線を拾い上げた。鼻をすすっているので、泣いているようだ。彼は二年しか清麿に師事していない。宗次は彼の背中を見下ろしながら、いった。

「何なら、うちで飯食わせてやるぞ」

 それは色んな意味を持つ声かけだったが、清人に伝わったかどうか。

「飯よりも、兄弟子たちと今後の相談をしないと……」

「お前たちの身の振り方は、俺も力になってやるさ」

「いえ。師匠はここしばらくはまるきり作刀していない有様で、刀債をかなり抱えていましたから、それがどうなるのかと……」

「お前のその師匠思い、うちの弟子どもに見習わせたいよ」

「役立たずの弟子ですよ。もっと師匠の様子に気をつけていたら……」

「だが、一日中、清麿に張りついているわけにはいかないだろう。人は本気で死ぬ気ならどんなことしても死ぬぜ」

 その言葉は清麿を救えなかった宗次自身の弁解でもある。

「あのう……師匠は今際の際に何かいい残しましたか」

「時太郎を刀鍛冶にはしたくないようだった」

「それは普段からいってました」

 刀鍛冶になれば、清麿の息子と一生いわれ続けるのである。有利なことも不利なこともあるだろうが、重荷を背負わせたくなかったのだろう。そして、もうひとつ、清麿は「貧すれば鈍する」と嘆いていた。 

 混濁した意識が言わせた意味のない言葉かとも思ったが、そうではなかろう。思うような作刀ができなくなり、吉田寅次郎のためとはいえ、宗次の作に自分の銘を入れた。それが清麿には「貧すれば鈍する」だったのだ。職人なら仲間内で作品を融通するのは有り得ることだが、芸術家気質の清麿は挫折感を味わい、何よりも自分が衰えてしまったことに苦悶したのだろう。

(俺は余計なことをしたのか)

 宗次は脱力感に襲われ、縁側に座り込んだ。時太郎が膝を踏んだり、肩へよじ登ったり、孫のように玩具にされるがまま、自責の念に打ちのめされていると、庭に通じる路地が騒がしくなった。

 知らせを受けたらしく、アサヒと信秀が駆け込んできた。役人たちが面倒そうに立ちふさがるのを突破し、二人、同時に怒鳴った。

「清麿師が一大事だってぇ! 酒代の掛け取りはどうなるのさぁ」

「役人ども、師匠を捕らえに来たか。俺は関係ないぞぉ。善良な食客だからな!」

 役人も彼らには大して興味なさそうだった。世間話しかしていなかった役人が「ここいらは武家地だから徒目付が『検使』としてやってくる」と、町方の管轄でないことを告げた。

「その検使はいつお出でになるので?」

「忙しいからな。二、三日後かな」

 江戸の変死体の扱いはこんなものである。徒目付がやってきても、一通りの事情聴取をすませ、遺体の始末は家族や関係者にまかせてオシマイだ。

「それまで骸はどうしますか」

「動かしてはいかん」

 厠に放置しておけといい残し、役人は帰ってしまった。

「馬鹿じゃねぇのか。かまうもんか。母屋へ運べ」

 宗次は清麿の弟子たちに指示して、部屋へ運ばせ、身体を清めさせた。血まみれの短刀は柄もハバキもついていない刀身のみの状態だったので、よく洗い、油を塗った。もっとも、明日には錆が発生するかも知れない。

「清麿師、そいつを割腹に使ったのかい」

 アサヒが怒ったように呟いた。

「そうだ。お前はこの短刀がどうなっているか知らないといってたが」

「知らなかったよ。こんな荒っぽい扱いを受けているとは」

「清麿が持っていることは知っていたんだな。ところで……」

 宗次はアサヒの前に短刀拵を置いた。

「鞘はどこかと探して、仕事場で見つけた。この短刀の拵だろう。ぴたりと合う」

 趣味的な変わり拵である。煙管を表と裏に二分割し、拵に埋め込んである。火皿と雁首が目貫の位置にあり、羅宇が柄から鞘へとつながり、吸口が鞘尻近くについている。返り角の意味もあるのか、表についている吸口は突出しているが、裏はさほどでもない。

「遊び心の拵だ。この煙管をぜひとも利用したかったようだが」

「知ってるよ。お栄さんの煙管だよ」

 北斎は酒も煙草もやらず、特に煙が嫌いで、蚊遣りも焚かないほどだったが、娘の栄は違った。

「あの人はかなりの煙草のみだった。いつだか、清麿師のところへ来た時に忘れていったんだ。北斎さんの絵に火種を落として、禁煙を誓ったとやらで、そのまま引き取らなかった。でも、禁煙は毎度のことで、長続きしなかったようだけど」

「ふむ。お栄さん愛用の煙管を使って『応為』の注文銘がある短刀に拵を作ろうと……考えたのは清麿か。お栄さんは消息不明だから、ずっと清麿の手元にあったのかな。北斎師が死に、お栄さんが消息不明になって五年だが」

「拵を作るのに何年もかかることだってあるさ」

「持ち主があまり執着せず、催促しない場合もあるよな」

「持ち主?」

「ほれ。ここに持ち主の名前があるぜ」

 鞘の差表へ埋め込まれた煙管の羅宇に「あごに似ぬ さかさびいどろ 孫の名は」と文字が彫り込まれている。

 北斎は栄を「あご」と呼んでいた。彼女の容姿はアゴが出ていたのである。「さかさびいどろ」とは「逆さに吊したガラス」で、これは美人の意味である。「あご」と「さかさびいどろ」は母娘なのに似ていないといっているのである。

「そして、孫の名がここに隠されているわけだ。あごに似ぬ、さかさびいどろ。この中にアサヒという文字が隠れているよなあ。しかも、孫というからには、この言葉は北斎師が発したことになる。煙草嫌いの北斎師が、孫に煙を吸わせるなというお栄さんへの戒めのために彫り込んだのかも知れねぇ」

 北斎の親友だった滝沢馬琴が「北斎、はじめは剞けつ(彫刻)をまなびしが」と書き残しているから、北斎に彫刻の心得はあった。美術品としての彫刻ではなく、出版物の版木を彫るのである。北斎自身も洒落本『楽女格子』(雲中舎山蝶作・安永四年)について「此の書の末六丁ほどは、予が彫刻なり。此の節十六歳なり」と語っている。

「つまり、お栄さんがいなきゃ、この短刀の持ち主はお前だな、アサヒよ」

「ふん。私の名は北斎さんの命名だと聞いてるよ」

「以前、お栄さんの子供を探している油屋がいたなあ。清麿の弟子に入ったというから、男だとばかり思っていた。行丸の刀工名をもらい、通称は楽太だとか聞いた。清麿の萩行きに同行して、途中で死んだと」

「お察しの通り、行丸は私だよ。楽太というのはガラクタって言葉をつめて、北斎さんや清麿師が若い者をそう呼ぶんだ。私だけじゃない」

「お前、清麿の弟子だったのか」

「そう大層なもんじゃない。幼い頃、日本橋の酒問屋に養女に出されて、十四、五歳で四谷の旭屋の看板娘になって、お得意の清麿師のところに出入りするうち、悪戯半分で鍛冶屋の真似事をするようになった。でもさ、そのうち旭屋を女の細腕で切り盛りするようになったら、鍛冶仕事は片手間にできることじゃない。彫刻の方が性に合ってた」

「なんで今まで黙ってたんだよ」

「訊かれなかったからね。お前の母親は誰か、なんて。それに今さら血縁者のしがらみを背負わされるなんざ御免だよ。この短刀は今じゃ私が持ち主かも知れないけど、有難くも面白くもない」

「清麿もお前の気持ちを酌んで、行丸は旅の空で死んだと嘘ついたのか」

「いやいや。清麿師も面倒臭かっただけさ」

 宗次は短刀の彫りを見やった。

「この地蔵を彫ったのはお前だったな」

 顔が北斎に似ている。北斎も晩年は丸坊主だったから、そう見えるのかも知れないが。

「ああ。北斎さんに似ちまったんだ。似せようとしたわけじゃないけど、あのクソジジイ……とか思いながら彫ったら、こうなった」

 地蔵は左手に如意宝珠、右手に錫杖を持つのが決まりだが、変わっているのは、左手の宝珠をこちらへ差し出すように高く掲げていることである。

「もうひとつ、気になることがあるんだが」

「刀鍛冶というのは面倒臭い人間だねぇ」

「茎の銘だ。応鏤骨為形見。この『鏤骨』というのが意味深だ」

「ああ、うん。そういやあ、この短刀を清麿師は骨喰丸と呼んでたね」

「ほねばみまる……。短刀じゃ骨まで断ち切った来歴があるわけじゃあるまい」

 骨喰藤四郎の号を持つ「名物」が将軍家に伝わっているが、これは薙刀直し脇差ではあるが、長さは二尺近く、ほぼ刀である。

「どういう由来があるんだ?」

「ホント、めんどくさい」

「は?」

「おにぎりでも作ってこようか」

 アサヒは台所へ向かい、キラがわめく声が聞こえた。

「食う気なのかい、こんな時に」

 そんなことをいっているようだ。アサヒはいい返すよりも何やら歌っていた。

「変わったお経ですね」

 弟子の誰かが呟いた。

 清麿宅の混乱は一晩中続いた。宗次が帰路についたのは夜明けの時刻だったが、空は暗いままで、雪が舞い落ちていた。後日、奉行所からあの小さな剣が清麿宅へ届けられたことを宗次は聞いた。

 清麿自刃の十三日後、嘉永は安政へと改元された。時代は幕末の騒乱へと雲行きを早め、十四年後の維新へと向かっていく。

 

 慶応四年(一八六八)。徳川政権は瓦解した。四月に江戸は無血開城し、将軍慶喜は水戸にて謹慎。抗戦派は盟主なき戦時体制に入った。

 桑名藩も藩主・定敬は会津藩主・松平容保の実弟であり、この二藩が鳥羽伏見の戦いでは幕府軍の主力であった。しかし、敗戦によって、桑名の藩論は恭順と決した。見限られた定敬は一部藩士を率いて、三月に越後柏崎へ移り、会津藩、長岡藩と連携している。そんな時である。

 宗次は桑名藩御用鍛冶であるから、対岸の火事ではない。何度も八丁堀の藩邸を訪ね、懇意にしている腰物掛から状況を聞いた。この藩邸もいずれ薩長の新政府軍に召し上げられるだろう。

 腰物掛は眉をハの字にした困り顔だが、声は元気だった。

「わが殿を見送ったあと、かつて楽翁公(松平定信)が愛でられた藩邸の池魚を網で捕ってな、大酒宴を催した。わはははは」

 爆発するように笑ったが、困り顔は変わらない。

「藩邸に残る者も少なくなった。宇都宮で戦い、会津へ向かった者たちもおる。柏崎では、恭順派だった家老の吉村権左衛門様が上意討ちとなったそうな」

「四谷界隈の組屋敷も空家が目立つようになりましたよ」

 腰物掛の眉尻がさらに下がった。

「江戸の侍の中には、家財道具を売り飛ばし、屋敷を捨てる者も少なくないようだな。当藩も色々と整理せざるを得ない」

「淋しくなりますなあ」

 互いに上の空で、どこか話が噛み合わない。

「四年前の洛陽動乱を知っているな」

「池田屋騒動ですな。新選組が不逞浪士どもを襲った」

「吉田稔麿、北添佶磨、大高又次郎ら十数人が斬り死に、もしくは捕縛された。その中に宮部鼎蔵という肥後人がいた。吉田松陰の仲間だった男だ」

 吉田松陰こと吉田寅次郎は安政六年(一八五九)の十月、伝馬町で斬首刑となっており、すでにこの世にいない。安政の大獄における最後の刑死者であり、今や偶像化された偉人である。

「浪士どもの所持品や佩刀は所司代で検分した。誰の差料やら不明のものもあったが、宮部の刀はわかった。生前の吉田と交換したとか、常日頃から自慢していたらしい」

「交換……?」

 京都所司代はいわば警察機関で、幕末の騒乱期には桑名藩がその任についていた。所司代の上位機関が京都守護職で、新選組を預かっていた会津藩である。

 腰物掛は傍らに長い刀袋を置いていた。

「これがその刀だ」

 腰物掛が袋をたぐると、拵が現れた。宗次にも見覚えがある。見ろともいわれぬうちに宗次は手に取り、抜いていた。

 事件当時から手入れなどしていないのだろう。わずかだが刃こぼれがあり、ところどころに錆が浮いている。しかし、まぎれもなく、宗次が作り、清麿が吉田松陰に納めた刀である。

「そうですか。宮部鼎蔵とやらがこれを持っていましたか」

「源清麿の銘がある。宮部は自ら立ち腹を切ったので、打ち合った傷はあまりついていない。なかなかの名刀よな」

「いや。たいした名刀ですよ」

「気に入ったか。ものは相談だが、先日、おぬしに脇差を二本ばかり納めてもらったのぅ」

「はあ」

「当藩としては混乱の最中、手元不如意である。これを代金のかわりとしてもらえまいか」

 刀鍛冶への支払いを他の刀鍛冶の銘が入った刀ですませようというのだから、馬鹿にした話である。

「清麿は自刃したそうだが、おぬし、親しかったであろう。何なら、他の刀もつけるぞ。池田屋で死んだ大高又次郎は赤穂四十七士の大高源五の子孫だとかで、源五の愛刀と称するものを持っていた。赤穂住則之の作だ」

 腰物掛は押しつけがましく迫った。赤穂の刀鍛冶は珍しいので、名前だけは宗次も聞いたことがある。則之というのは江戸後期の刀鍛冶で、元禄の赤穂事件とはまったく時代が合わない。伝来など、こうしたものが多いが。

「いや。清麿だけで結構」

 宗次にしても複雑な心境ではあったが、思い入れのある刀である。受け取りを拒否すれば、他者の手に渡る。それは忍びなかった。

「おお。承知してくれるか。すまんの。大高又次郎の刀が気に入らんなら、北添佶磨の刀もあるぞ。この男は池田屋の階段から派手に転がり落ちたとか語り草になっておって……」

「いりませんっ」

 宗次の語気は強くなった。

骨喰丸が笑う日 第五回

骨喰丸が笑う日 第5回 森 雅裕

 九月、吉田寅次郎と金子重之助、そして佐久間象山にはそれぞれの国許での蟄居という幕裁が下った。勘定奉行と海防掛を兼務する川路聖謨が「彼らは憂国の至誠から海外事情を探ろうとした有為の人材である」と幕閣に働きかけ、老中首座の阿部正弘の温情で寛大な処罰となったのである。

 そうした経緯は清麿が長州屋敷で聞いてきて、宗次やアサヒの耳にも入った。

「吉田寅次郎って、うちに来たことあるよね」

 アサヒは仕事場で、彫金用のタガネを研いでいる。

「病気の青鬼みたいな男だったけど、御老中が才能を惜しむとはたいした人物なんだねぇ」

 宗次は何度か刀身彫刻を彼女に依頼し、酒を買いに来たついでに仕事場を覗くようになっている。

「宗次さんの注文はまだ下彫りだけだよ」

 宗次の短刀が小さな刀架けに架かっていた。表に鍾馗、裏に鬼が姿を現そうとしている。

 もう一本、アサヒの傍らに彫刻台に固定した刀身があった。

「そいつは?」

 大振りの平造り脇差で、大黒天を彫っている。鍛冶押しを終えた段階で、錆を防ぐため蝋を塗り、切先などは油紙に包んであるが、彫刻に近い部分の刃文は見えた。逆丁子である。

「清麿の作か」

「よくわかるね。備前伝なのに」

「お前に彫刻なんかさせるのは、俺以外には清麿一門だけだろ」

「どういう風の吹き回しか、このところ、清麿師は備前伝をやってる」

「初心にかえろうということだろう」

 もともと、清麿の出発点は備前伝なのである。

「彫刻してみて、地鉄の手応えを報告することになってるんだよ」

 彫ってみると、刀鍛冶の実力はわかる。キズがなくて粘る地鉄もあれば、やたら固かったりボロボロ崩れる地鉄もある。

「清麿の地鉄はどうだ?」

「タガネが負ける。先がすぐつぶれるから、しょっちゅう研いでなきゃならない。固いけど弾力を感じる。でもさあ……」

 アサヒはそれ以上は口をつぐんだが、呑み込んだ言葉は察しがついた。キズがあるのだろう。

「なあ。以前から訊こうと思いつつ、年月が過ぎてしまったが……お栄さんの画号『応為』の注文銘を入れた清麿の短刀があったよな。あの彫刻、あれはお前か」

「お地蔵さんの彫刻だね。うん、私だよ」

「あの短刀は今、どうなってる?」

「…………」

 アサヒは宗次を大きな瞳で見つめた。しばらく身動きせずに視線をそらさなかった。そして、

「知らない」

 短く言葉を投げつけた。

「何だ。知らんのか」

「どうでもいいことさね」

 アサヒはそっぽを向き、大量のタガネの手入れを続けた。

 十月末、吉田寅次郎と金子重之助は国許へ送られた。長州藩では寅次郎の父に「野山獄の一室を借用したい」という借牢願いを提出させ、萩の野山獄へ収容した。世間から隔離するための牢である。野山獄は士分の牢で、獄中で囚人を集めて勉強会を開くこともできたが、金子重之助は軽輩のため環境劣悪な岩倉獄へ収容され、江戸の伝馬町でも差別されていたために衰弱を極めた。金子は翌年一月に獄中死することになる。

 

 十一月八日はフイゴ祭りで、鍛冶屋は稲荷社に詣で、仕事場を清めて、みかんを近所に配る。加藤綱英門下の綱守という浅草に住む老鍛冶のところへ、宗次は宗明を手伝いにやった。

 宗明は熊手を抱えて帰ってきた。彼は奥州一関の鉄砲鍛冶出身で、浅草の殺人的なにぎわいに圧倒されたらしい。

「鷲神社で買ってきました」

 この日は酉の市と重なっていたのである。皆が買う縁起物だと思ったようだ。宗次の弟子たちは笑った。

「熊手なんか買うのは遊女屋や料理屋や役者だ。堅気の家じゃ飾らねぇよ」

「あ。そうなんですか。周三郎が縁起物だというもんで……」

「周三郎?」

「河鍋さんです。綱守さんの縁者なのか知人なのか、バッタリ出会いまして、あの人はフイゴ祭りでも酉の市でも何でも写生するので……」

 のちの河鍋暁斎である。暁斎は下総古河の米穀商の生まれだが、父が江戸の定火消同心の株を買い、武士の身分となった。異常な好奇心の持ち主で、交遊も広い。清麿と親しく、四谷にも顔を出すので、宗次一門も顔は見知っている。宗明とは同い年で、気安さがあるようだ。

 河鍋周三郎は七歳の若さで歌川国芳という奇人に入門したのが運命の始まりというべきか、貧乏長屋の喧嘩を取材して歩き、神田川で拾った生首を写生し、巨大な鯉を細密に写生したあと「この鯉はわが師匠である」と逃がしてやり、奥女中の帯の柄を写生するため尾行して誤解され、火事、災害があれば、周囲の混乱にもかまわず、現場で写生するなど、少年期から奇行で知られている。

 国芳から離れ、狩野派を学んで坪山洞山という絵師の養子となるが、遊興がたたって二十歳そこそこで離縁され、貧乏生活をしている。まだ二十代前半だが、清麿の知人にふさわしい奇人である。

 

 数日後、宗次は北町奉行所へ足を運んだ。奉行の井戸対馬守覚弘へ注文打ちの槍を納めるのである。荷物持ちとして宗明を同道した。拵はまだ作っておらず、仮鞘に入っているので、さほどの長さでもないが、目につく荷物ではある。

「これ、そんなもの持って、どこへ行くか。何だ、お前さんたちは」

 門番に誰何された。

「刀工でさあ。お奉行様よりかねて御依頼の槍を持参しました」

 門の脇の小部屋で待たされ、何人かの役人をたらい回しされるうち、宗明は玄関前で待機ということになり、宗次だけが敷地内に建つ奉行の役宅へ通されたが、井戸対馬守本人は現れなかった。町奉行は江戸の行政、司法、警察をまとめる要職であり、事前に訪問を約束しても多忙のため会えないことが多いので、慣れていた。

 応対に出た侍は奉行の個人的な家臣なので、身なりは与力の継裃や同心の黒羽織とは違い、ごく普通の羽織袴である。けんもほろろを絵に描いたような横柄な男だった。

「槍だと。そのへんに置いて帰れ」

「武家の表道具をそのへんにおっぽり出してもよろしいので?」

「う……」

「対馬守様の表道具をそのように粗略に扱われますか」

「何じゃ、おぬし。茶でも振る舞えというのか」

「拵はどうなさるのか、対馬守様のお考えをうかがいたかったのですが」

「今度にせよ。お奉行は忙しい」

「それから、代金を頂かねば」

「晦日(月末)に取りに来い」

「掛け取りじゃございません」

「あーもう。いくらなんだよ」

「二十五両」

「私は槍の値段を尋ねている」

「私も槍の値段を答えています」

「凄いな」

「凄いのは値段だけじゃありません」

 下っ端では話にならない。槍を預けるにしても、信用できる者に会いたかった。

「与力の荒木田様がおいでなら、御挨拶したいのですが」

「荒木田さんの知り合いか。面倒な奴だな。待っていなさい」

 呼ばれてきた荒木田安太郎は、 

「宗次か。うん、御苦労御苦労」

 うやうやしく槍を両手で受け取り、奥へ引っ込んだ。しばらく出て来ない。忘れられたかと不安にさえなったが、このまま帰るわけにもいかず、宗次は上がり框に腰を下ろし、待った。

 ようやく戻った荒木田は、両手に荷物を抱えていた。

「もうすぐ七五三の十五日だな。奥様から飴を頂戴した。お前にもやろう」

 長い紙袋に鶴亀や松が描かれている。それを寄こしたが、荒木田は木綿の反物も大事そうに抱えている。これも奉行の奥方からの頂き物だろう。奉行は古株の与力の協力なしには仕事ができないから、こうした心付けを怠らないのである。

「おや、宗次。飴なんかもらってもうれしくなさそうだな。そりゃそうだ。俺もうれしくない。ああ、槍の支払いなら、後日、呼び出しが行くだろうよ」

「吉田寅次郎の佩刀はどうなりましたか」

「吉田と金子両名の持ち物は……奉行所に置いてあった分は身柄と一緒に長州へ引き渡した」

 奉行所に置いてなかった分……つまり、行方不明になっている分もあるということか。

「罪人の持ち物なんざ、まとめて払い下げることが多いんだが、あの象山センセイがまた説教まじりに文句を垂れやがるからな。とはいえ、本人の手に渡ったかどうか、わからねぇぞ」

「どういうことです?」

「吉田たちは長州藩下屋敷から萩の城下まで、唐丸駕籠に押し込められて、着の身着のままで護送されたと聞いてるぜ。道中はずっと手鎖をされ、犬のように地面へ置いた飯を食わされたらしいや。金子は伝馬町にいた時から立ち上がることもできぬ病身で、シモの方は垂れ流しだったが、着替えは許されず、護送役人は着物の汚れた箇所を切り取るだけだったという」

「それじゃ最後は裸じゃないですか」

「吉田が自分の綿入れを脱いで着させたそうだが……。そんな連中が律義に刀を持ち主へ返すと思うかい」

「そうですか。じゃあ、小さな剣のお守りも……」

「あ。あれか。清麿の作だな。あれは残念ながら、しばらく紛失していたんだが……」

「えっ」

「今は北町奉行所にあるよ」

「どういうことです?」

「実は、うちの同心に困った奴がいてな。押収品を持ち出して小遣い稼ぎしていやがった。まあ、あんな小っちゃなお守りだ。つい懐へ入れてしまったのもわからんではないが……。たまたま他の件で手入れした故買屋から、あの剣が転がり出た」

「それで、吉田寅次郎に返すので?」

「そうしたくても、吉田は萩へ送られて投獄の身。長州藩邸へ届けても、本人の手に渡るかどうか、あてにはならねぇ。面倒だから、また奉行所の中で行方不明にしちまいたいくらいだが……」

 荒木田はにやにやと笑った。

「お奉行の対馬守様がな、清麿という刀鍛冶に関心を持っておられる」

「それは刀鍛冶として、ですかい」

「他に何かあるのか」

「いえ……」

「名人らしいじゃねぇか。清麿がおかしな思想の持ち主でなければ、作刀を依頼したいと思し召しだ」

「思想はおかしくありませんが……」

 もっと根本的なところがおかしい。

「変わり者らしいのぉ。清麿は窪田清音を通して、奉行所にうるさく訊いてきてなあ。寅次郎におさめた刀はどうなったのかと」

 それはそうだろう。刀は宗次が作り、清麿の作として、黒船密航を企てる吉田寅次郎に納めたものだ。あの密航失敗からすでに九か月(嘉永七年は閏年で七月が二回。十一月末に安政に改元)である。

「そこでだ、誠実なる奉行所としては、あの小さな剣だけでも作者である清麿に返してやろうということになった。まあ、今日明日には四谷の清麿宅へ呼び出しが行くだろうよ。一旦は同心が着服したことは公にできねぇから、事情は内密だ」

「左様ですか」

 呼び出しの使いを行かせるなら、小さな剣くらい届けてやればよかろうに。しかし、役人と職工の身分差を考えれば、引き取りに来いともったいつけることになるのだろう。

 あるいは、剣を口実に清麿を呼びつけ、彼の思想を取り調べようという意図なのだろうか。

 

 奉行所の玄関脇に建つ小屋で、宗明が待機していた。小者と一緒にみかんを食いながら世間話なんかしている。小者は奉行所から給金をもらい、捕り物に出動するが、正規の職員ではなく、むろん武士でもない。

「のんきなものだな。行くぞ、文吉(宗明)」

 奉行所の門を出たところで、荒木田が寄こした飴を宗明に渡した。

「やるから食え」

「江戸の千歳飴ですね。派手な袋だなあ」

「武家の質素な祝い事が町家に広まると派手になる。どうせなら、袋よりも中身を豪華にして欲しいやな。飴なんかじゃなく羊羹とか」

「槍はお奉行様にお渡しできたんですか」

「町奉行というのは多忙なんだよ。居所さえわからねぇ」

「じゃあ、代金は?」

「後日、あらためて呼び出す、とさ。まあ、職工の扱いなんてこんなもんだ。清麿も呼び出されるようだぜ。お奉行のお眼鏡に乗り、有用と思し召され候わば、刀の注文があるかも知れねぇ」

「しかし、清麿師はこのところ意気軒昂というわけでもないようですが」

「奴の刀は覇気ある作風が売り物だから、昨今の作は、残念無念だよなあ」

「そういや、師匠。清麿師は金具作りでも始めたんでしょうか」

「何の話だ?」

「酉の市へ河鍋周三郎と一緒に行った時、聞いた話ですが……周三郎は清麿師から緑青をくれといわれて、渡したそうです」

「色上げでもするのかな」

 赤銅や素銅の色上げにはタンパン(硫酸銅)と緑青の溶液で煮るが、顔料の緑青は孔雀石の粉末で、銅に発生する緑青と同じ塩基性炭酸銅を成分とする。昭和の半ばから末にかけての研究で、毒性は他の金属と大差ないと判明したが、それまでは猛毒と信じられていた。

「あいつは刀身彫刻もやらないくらい、作刀以外のことに見向きしない。たとえ刀装具でも金具なんぞ作らねぇと思うが……」

 明日にでも訪ねてみよう、と宗次は考えた。この日は十一月十三日。西暦なら一八五五年一月一日の真冬である。呉服橋の奉行所から四谷へ帰り着く頃には日が暮れていた。

 

 翌日、宗次は仕事場に飾ってあった熊手をひっつかみ、今にも雪が降り出しそうな外へ出た。弟子の宗明が酉の市で買ってきて、堅気の家では飾らねぇよ、とからかわれた熊手である。

「親父殿。そんなもの、どうするんです?」

 往来では、宗一郎が棒手振りの餅売りから大福を買っていた。大福は冬には温かくしたものを売っている。

「この熊手、清麿んちへ持っていってやる」

「まあ、清麿さんなら熊手も場違いではない気がしますが……」

「手ぶらじゃ行きづらい」

 清麿を訪ねる口実みたいなものだ。最近のあの男は破滅へ向かっている。そろそろあぶない。胸騒ぎがあった。この日、十一月十四日である。

 ついでに大福も買い、宗次は早足で清麿宅へ向かった。大福は土産のつもりだったが、道すがら、何個かは食ってしまった。

 四谷伊賀町の小役人の組屋敷が並ぶ一角は、曇り空のためばかりでなく、重い空気が漂っていた。清麿の屋敷の縁側では、炭塵で真っ黒になった清人が時太郎のおしめを替えている。恐ろしく手際が悪い。

「師匠はいるか?」

「あ。それがその、時ちゃんが泣くので来てみたら、師匠の姿が見えないんです」

 宗次は持参した熊手と大福を置いた。

「どれ。俺がやろう」

 宗次がおしめを替えた。子育ての経験はあるから、久しぶりではあるが、慣れている。

「かみさん……キラさんはどうした?」

「常磐津の師匠やってますから、朝から教えに出てます」

 鍛錬所から鎚音が聞こえるので、他の弟子たちは作業中らしい。

「探せ」

「おかみさんですか」

「清麿だよ。探せ」

「はい」

 手分けして、屋敷内を見て回った。

「宗次先生。こんなものが散らばっていましたが」

 清人が見つけてきたのは薬でも包んだような折り目のついた紙片だった。緑色の粉末がわずかに付着していた。緑青である。

「おい。物置小屋、厠、すべて探すぞ。他の弟子たちにも声をかけろ」

 宗次は庭を回り、屋敷の裏に建つ厠へ向かった。近づいただけで、異様な気配を感じた。戸を開けると、血まみれの清麿が倒れていた。人のものとは思えない呻き声を洩らしていた。傍らに短刀が転がっている。

 宗次は厠と血の匂いで、一瞬、目の前が暗くなった。

「なんてことしやがる……。おい、しっかりしろよ」

 緑青では即死に至らず、腹を切ったのか。壁中に赤い血がこすりつけられ、苦悶したことが窺い知れた。斬り裂かれた腹の傷は深い。手拭いで押さえても、たちまち真っ赤に染まる。

「小市郎(清人)!」

 清人を呼ぼうとしたが、清麿がしがみついてきて、動けない。

「介錯……」

「介錯だあ? 馬鹿をいうな」

「頼む」

 この傷では助かりそうもない。なら、楽にしてやるべきか。宗次の心は動いたが、実行できなかった。

「清人おおおおお!」

 喉の限界まで、弟子を呼んだ。出血箇所を押さえているので、宗次は離れられないのである。しかも、清麿は何事か遺言しようとしている。

「トキタを……」

「時太郎?」

「刀鍛冶にはしねぇでくれ。ろくなことはねぇ」

「息子が心配なら、自分で面倒みろ!」

 清麿は泣くような声を絞り出した。

「貧すれば鈍するってのは、俺のことだな」

 意味がわからない。

「ああ? 何の話だ?」

 返事はなく、清麿は「介錯」と呻き続けるばかりだ。駆け寄ってきた清人に、宗次は怒鳴った。

「手拭いをあるだけ持ってこい! 誰か、医者を呼びにやれ!」

 清人は意味不明な叫び声をあげたが、宗次にも自分がちゃんと声を出せたのか、自信がなかった。清人はどこへか駆け出したので、とりあえず言葉の内容は通じたようだ。

 宗次は傍らに投げ出された血染めの短刀を見やった。地蔵の彫りがある。以前にも見たことがある。北斎の娘の栄のために作られたものだ。

骨喰丸が笑う日 第四回

骨喰丸が笑う日 第4回 森 雅裕

 翌朝、陽が昇るのを待ちかね、鴨居海岸へ出た。

「凄いもんだなあ」

 宗次が感嘆の声をあげたのは、現在の湾内の様子である。巨大な蒸気船が二隻、煙突から煙をあげている。それに二隻の帆船が付き従っていた。蒸気船は外輪と帆走の併用なので、船上には長大なマストも屹立している。

 寅次郎が野次馬をかきわけながら、忌々しそうに、いった。

「あの墨夷舶(アメリカ艦)が何十門と積んだ大筒……大砲はこの陸へ届きますが、わが砲台の大筒は届かぬそうです。内海(江戸湾)へ入ってぶっ放されたら、お手上げですな」

 一隻はその江戸湾へ向けて動いていた。幕府が抗議しても、かまわず湾内の測量を続けているのである。

「日本もあのような軍艦を持たねば、列強に蹂躙された清国の二の舞ですね」

 寅次郎は思いつめた表情だが、宗次と信秀はのんきなものだ。

「南蛮鉄というものが払底して久しい。黒船が持ってきてくれたら、助広みたいな濤乱刃が焼けるかも知れんな」

「お。宗次さんは、助広は南蛮鉄を使っていたとお考えか」

「うむ。江戸と大坂では違う南蛮鉄が出回っていたようだが……」

 そんな話をしている。 

 こんな場所にも目端のきく奴はいるものだ。見物客を目当てに食い物の屋台まで出ている盛況ぶりで、「こっちに湾内を一望できるいい場所あるよ。お一人十文を頂戴します」と客引きも跋扈していた。

「小舟で黒船まで運んでくれる者はないか。乗船してみたい」

 寅次郎が地元の漁師らしい男をつかまえて尋ねると、

「とんでもねぇ。近づいて鉄砲撃たれた者もおりましてな。まあ、脅しでしょうが、そもそも、お上の番船が遠巻きにして目を光らせておりますから、まず無理でございますなあ」

 両手を振って拒否された。

 宗次は寝不足で頭が重かったが、この寅次郎には少々不気味なものを感じた。

「あれは軍艦だぞ。乗せてくれといって、乗れるものじゃない。物好きも度を過ぎると、主家に迷惑がかかりますぞ」

「私の士籍はどうせ削除されてますがね。勝手に諸国遊歴なんかしてるから」

「まさか次は外国遊歴というんじゃあるまいな。首が飛ぶぞ」

 この吉田寅次郎という男も清麿の仲間の例に漏れず、破天荒というか型破りというか、普通ではない人間だった。

 栗浜(久里浜)へと歩くと、警備の軍勢は人数だけは多いのだが、統制などとれておらず、野次馬とたいして変わらない。武士よりも会見場の準備に駆け回っている雑兵や人足の方が勤勉で有能そうだ。

 ペリーは大統領の名代としての格式にこだわっており、粗末な会見場では満足しない。日本側の体面もある。栗浜の浜辺に組立式の建物が急造されていた。浦賀は民家も多いが、栗浜は寒村である。双方の代表者は天幕の下で会見するようだが、兵員や軍楽隊は屋外に並ぶのだろう。壮観な光景となることが予想された。

 そうした日米会見の様子を見たいという寅次郎を浦賀に残し、宗次と信秀は帰路についた。

 途中、信秀は珍しくしみじみと語った。

「私はね、武具としての刀には見切りをつけています。鉄砲や大砲にかなうわけはないんだ。あの吉田寅次郎も佐久間象山もそれを承知で、魂のありかとしての刀に価値を見出してる。だからね、外国への贈答用として、重宝されるような刀を作るのが利口だと思いますね」

「まあ、それも刀鍛冶の生き方だろうな」

 しかし、師匠の清麿とは方向が異なる。あの男は土産として割り切ることなどできないだろう。

 六月七日に浦賀奉行所の与力たちは旗艦サスケハナ号を見学し、その折、アメリカ側も彼らの佩刀を検分している。侍の刀が権威の象徴であることは理解し、

「実用よりも見せびらかすのに向いているようだ。刃は良質な鋼鉄で、よく鍛えられ、研ぎ澄まされていたが、その形状といい柄といい、使いにくそうな造りだった。外装は純金で、鮫皮の鞘は実に見事な細工だった」

 と『日本遠征記』に記録している。日本を威圧したペリー艦隊は六月十二日、江戸湾を離れ、琉球で待機していた輸送船と合流して香港へ向かった。将軍家慶が没するのは、ペリーが去った十日後である。

 

 嘉永七年一月。日本側から国書の回答は一年待てと通告されたにもかかわらず、ペリー艦隊が再び江戸湾へ現れた。家慶の死を知り、この隙をついて開国を迫る目論見であった。ペリーにしてみれば、アヘン戦争以来、西洋列強は競って東洋進出しており、ロシア、フランスに出し抜かれることを危惧したのである。

 前回は大統領親書を幕府に押しつけただけだが、今回は電信機や蒸気機関車模型などを献上して欧米の文明を見せつけ、和親条約の締結を迫った。そんな騒然とした時期である。

「どうも清麿さんの様子がおかしい」

 と、宗一郎がいい出した。彼は清麿の弟子や職人仲間など周辺の人々と親しい。

「注文はあるのに刀を作らねぇから借金が増える一方だし、隣近所とはつまらねぇことで喧嘩が絶えないらしい」

「あいつは前々からおかしい」

 宗次はそういったものの、異変は感じている。清麿の腕が明らかに衰えているのである。清麿はこの年、四十二歳になる。厄年とはいえ、刀鍛冶なら心技体とも頂点にあるはずの年齢だが、職人の世界は結局、地道に努力を続けた者が生き残る。破滅型の天才は燃え尽きるのが早い。

「子供が生まれて、尊王やら攘夷やらにはさほど関心がなくなったようだが、酒と遊興は相変わらずだからなあ」

 昨年、黒船来航の頃に生まれたのは男子である。四十過ぎてからの子だから、清麿は可愛がっている。名は時太郎。葛飾北斎の幼名と同じだ。

「最近じゃあアサヒも清麿さんに酒を売るのを渋っているらしいです」

「ふうん。鮨でも手土産に様子を見てくるか」

 

 清麿宅を訪ねると、井戸端では弟子が赤ん坊の汚れ物を洗っていた。女房のキラは縁側で貸本屋と話し込んでおり、この女には所帯じみたところがない。宗次は土産を差し出した。

「時太郎に。うちの女房がサラシでおしめを作った。弟子が少し楽できるといいが」

 言葉に皮肉をこめたが、キラは気づかず、にこやかである。愛想はいい女だ。

「まあまあ。すみませんねぇ」

「それから白魚の鮨を買ってきた」

「アラ。こんなものいただくと、うちの旦那様の酒量がまた上がりますねぇ」

「旦那には見せず、お前さんが食えばいい。あいつは鍛錬所か」

「寝食も忘れて、悪戦苦闘してますのさ」

 気味悪そうに、キラは肩をすぼめた。

「このところ、弟子たちも何かと用事を見つけては、うちの旦那から離れちまう有様でね」

 なるほど、洗い物をしている者以外の弟子たちは使いにでも出ているのか、姿は見えなかった。

 鍛錬所を覗くと、火床では清麿が一人で作業している。源頼光に追いつめられた酒呑童子のような形相で、素延べした鉄棒を「すくめて」いた。フクレが出た部分を削り取ると薄くなるから、そこだけ赤め、金敷に立てて尻の方から叩き、また厚くするのである。その分、短くなるが。

 宗次の視線に気づくと、清麿は自嘲を唇の端に浮かべた。

「俺らしくないと思ってるだろう」

 フクレを出すなんて、というのである。腕がよくてもこうしたキズが出ることはあるものだが。

「以前の見る影もねぇや」

「自分でわかっているなら、何とかしろよ」

「肩や腰が思うように動かねぇんだ」

「俺もさ。お前より十歳も年長の年寄りだぞ。だが、お前はこの先、子供に親父の格好のよさを見せなきゃなるまい」

「俺の息子に生まれたのが不幸だな」

「親父の名人芸を仕込んでやれよ」

「俺の息子じゃあ、刀鍛冶になっても嫌がらせをされるだけさ。弟子たちだって、妨害されてる。悪評を流されて大名のお抱えになる話をぶちこわされたり……」

 すでに独立している清麿の弟子の中には、刀鍛冶らしからぬ「商売」に精を出し、業界でヒンシュクを買っている者がいるのは事実である。一人の不品行で、他の弟子も同類に見られてしまうのが世間の評価というものだ。

「それだけじゃねぇ。神社に泊まり込んで奉納刀を作れば、沸かしの大事なところで横から話しかけられたり、研師や鞘師はわざと仕事を遅れさせやがる」

 この男の被害妄想は息子を得て、さらにひどくなったようだ。守るべきものに対する責任と不安が大きいのだろう。

「それが何だ。嫌がらせをされるほどの刀鍛冶になってくれりゃあ、たいしたもんさ」

 宗次はいったが、清麿は道具を置き、嘆息とともに肩を落とした。

「だがな、俺にはもう息子に継がせるような技はねぇよ」

「人間、浮き沈みもあれば、目の前に広がる景色は山あり谷あり。今は調子が悪いだけだろう」

「ここぞという時に名刀を作れなきゃ名人とはいえないぜ」

「ここぞという時?」

「吉田寅次郎を覚えてるかい」

「むろん」

「あいつがまだガキだった頃から、俺は刀を作ってやると約束していた。凡刀しか持っていやがらねぇからな。寅次郎がただの攘夷論者ではなく、海の向こうに思いを馳せる若者に成長したと知って、俺はいよいよ作ってやることにした」

「そういや、寅さん、次にアメリカが来た時には切れ味を見せてやりたいとかいっていたな」

「魂のよりどころとしての刀だ。しかし、いまだにできねぇ」

「半年や一年待たせるくらいは普通だろう」

「悠長なことはいっておられんのだ」

「どういう理由だよ、そりゃあ」

「去年、浦賀で黒船を見た寅次郎は、幕府の弱腰外交やアメリカの横暴に憤りながらも、海外事情や西洋兵学に目を向けねば、わが国は危ういと実感したようだ」

 以来、寅次郎は長州藩の上層部に対し、西洋式兵制の採用、オランダからの軍艦購入、日本製軍艦の建造などを声高に訴えている。

「へええ。士籍を削られたといっていたが、家中でも一目置かれているわけか」

「殿様の覚えがめでたいから、いずれ士籍に戻るさ。今は諸国遊学を許されている結構な身分だ。それをいいことに、秋の終わりには長崎へ向かった。ロシア船に乗り込もうとしたんだが、一足違いで逃してしまった」

「おいおい。穏やかじゃねぇな」

「寅次郎は去年の暮れから江戸にいる。京橋桶町の蒼龍軒塾というところの居候だ。そして、またアメリカ艦隊が内海(江戸湾)に現れた」

「おい。まさか、あいつ、今度こそアメリカの黒船に乗ろうというんじゃあるまいな」

「かねてから、渡海の志を周囲に広言している奴だ」

「軽率な奴だなあ。真っ直ぐな奴ともいえるが……」

「俺としては、今こそあいつに名刀を作ってやる時だと考えてる。わかるだろ」

「そりゃわかるが、お前がムキにならずとも、刀鍛冶なら弟子が代作するのも珍しくないだろ」

「うちの弟子どもの腕は人並み以上ではあるが、寅次郎の魂を鍛えるにはまだまだ程遠いよ」

 鍛錬所に隣接して、仕上げ場が建っている。樋を掻いたり、鍛冶押しをする部屋である。清麿は宗次をそちらへ招き、棚から小さな拵を取り出した。

「見て、笑ってくれ。こんな玩具しか作れねぇのさ、今の俺は」

 刃長一寸半ほどの可愛らしい剣である。短いが身幅は広く、小さな虎の図柄が彫ってある。

「寅次郎の干支だ。お守りとして作ってやった」

「彫りは? 信秀か」

「アサヒだ。家紋や三鈷剣のような形の決まった彫刻は不得手だが、こうした絵的なものはうまい」

「このお守りと刀を一緒に渡してやりたいというわけか」

 宗次は清麿を外へ促した。

「ちょっと出よう。どうせここに終日籠もっても、名刀はできねぇんだろ」

「こんな身なりで出歩けませんや」

「見た目なんか気にするんじゃねぇよ。刀を作れない刀鍛冶が」

 洒落者の清麿には、汚れた仕事着で出歩くなどみっともない行為である。しかし、宗次の勢いに押された。手と顔だけ洗い、袷羽織をひっかけて、宗次に従った。

 二人はしばらく無言で歩いた。四谷の武家地の塀に囲まれて、稲荷社が建っている。その鳥居の前から、

「おお、刀鍛冶の先生」

 と、あまりガラのよくない男が清麿に声をかけた。

「うちで飲んでいかねぇかい。千住のいいネギが入ったから、今日はネギマ鍋だ」

「悪いな。ちょいと用事があるんだ」

 清麿は愛想のかけらもなく背を向けた。男は見送りながら宗次にも遠慮のない視線を投げてきたが、宗次は無視した。

「飲み仲間か」

「ありゃあ町方の手先さ。親しいふりして、俺のことを攘夷論者だと目ぇつけてやがるんだ」

「おや。そうなのか」

「あいつ、うちのキラに岡惚れしてやがるから、俺をお縄にしたくてしょうがねぇのさ」

「それは何か、証しがあるのか」

「そんなものなくたって、わかる」

 取りつく島もない。宗次にはもはや意見する気もなくなった。清麿を連れ歩いた先は宗次の自宅である。

「水茶屋にでも行くのかと思ったら、ここかよ」

「ここだよ。待ってろ」

 仕上げ場に上がらせ、奥に仕舞ってあった刀を引っ張り出した。定寸で、黒石目塗り、鉄金具の拵に入っている。

「見ろ」

「はいはい」

 清麿は仏頂面で手にしたが、三寸ほど抜くと目の色が変わり、鞘を払った時には食い入るような視線となった。窓の外は陽が傾き始めているが、部屋の中に光芒が増した。

「これは……」

「どうだい?」

「俺の作に見える。しかし、作った覚えはない」

「銘は入ってない。試作したものだ。五年ほど前になるかな」

「宗次さんの作か」

「以前、お前はいっただろ。自分にできることは宗次さんにもできる、とな」

「あんたもそう思っていただろう」

「思っていたが、見せびらかすつもりはねぇ」

 三枚で作り込み、皮鉄と刃鉄の合わせ目に太い金筋が流れ、固く感度が高すぎる皮鉄に足が入らず、炭素量が低い刃鉄には入る。そんな清麿の特徴を再現し、しかも清麿よりも地刃が冴えていた。

「これが固山宗次の実力か……」

「そうさ。だが、俺の看板はあくまでも備前伝だ。死蔵するつもりだったから、拵は出来合いの並品だ。だが、寅次郎のような若侍には充分だろ。持っていけ」

「え?」

「お前の銘を入れろ。姿も少しは直せる。寅次郎も喜ぶだろう」

「そんなことはできねぇ。俺にも鍛冶屋の矜持ってものがある」

「お前が矜持とやらにこだわっていると、寅次郎はさぞ落胆するだろうぜ。国禁を犯してでも海外へ雄飛しようとしている若者に、凡刀を持たせるのか」

「…………」

「もらうのが嫌だというなら、貸してやる。いずれ、自信の持てる刀ができたら、俺に寄こせ。それで貸し借りなしだ」

「自信の持てる刀か……」

「何十年も刀を作っていれば、一年や二年は失敗続きということもある。酒を控えて節制すれば、お前は当世随一の刀鍛冶だ」

「すまねぇ。俺の銘を入れさせてもらいますよ」

 清麿は押し頂く仕草を見せたが、表情から懊悩は消えなかった。

「帰るよ。ここんとこ、長く外に出ていられないんだ。腹の具合が落ち着かなくてな。小も大も一日の回数が同じになっちまった」

「ちゃんと寝てるのか」

「寝てもすぐ目が覚める。起きていると眠くなる。だが、またすぐに目が覚める。その繰り返しさ。それで酒の力を借りたくなる」

 そんなことは宗次にもある。身体の節々も痛む。刀鍛冶なんぞ健康的な仕事ではないのである。

 

 四月半ば、北町奉行所の与力が宗次を訪ねてきた。荒木田安太郎といい、宗次はこの男の娘の嫁入り短刀を作ったことがある。長く奉行所に勤めている与力は実務を心得ており、奉行からも一目置かれる存在である。

「確かめてぇことがあって来たんだがな……」

 荒木田は伝法な言葉遣いである。

「吉田松陰を知っているよなア」

「松陰? ああ、寅次郎さんですな」

「昨年、浦賀で一緒に黒船見物したそうじゃねぇか」

「はい。佐久間象山先生にもお目にかかりましたよ」

「おぬし、攘夷論者なのか」

「ただの物見遊山でさあ。寅次郎さんや象山先生が何か立派なことをおっしゃっても、私なんざ右の耳から左の耳へと素通りするような有様で……。あの時が初対面で、それきりです」

「どういう経緯で、初対面となったんだい」

「近所の清麿という同業者と間違えて、うちを訪ねてきたんで」

「そうか。ならば、よろしい」

「寅次郎さんがどうかしましたか」

「先月末、下田で捕らえられた」

「えっ」

 三月二十七日、吉田寅次郎とその門人であり友人でもある金子重之助は下田港近くの柿崎に上陸していたアメリカ士官を尾行し、「投夷書」を押しつけた。「五大洲を周遊して勉学に励みたいので、深夜に海岸へ迎えに来て欲しい」という能天気な内容であった。

 その計画の杜撰さを荒木田から知らされ、宗次は唖然とした。有り得ないことでも思い続けていると、人は実現可能だと錯覚してしまうのだ。それにしても、吉田寅次郎は人がいい。至誠は天に通ずと信じている。

 当然、アメリカ側が迎えに来るはずもなく、この日の深夜、寅次郎と金子の二人は柿崎海岸から漁舟で漕ぎ出し、アメリカ艦隊に渡航を懇願したが、日本と和親条約を結んだばかりのアメリカ側はこれを拒否した。旗艦ポーハタン号へ乗り込む際、漁舟は流されてしまい、二人はボートで海岸へ送り届けられたのだが、漁舟には彼らの刀や荷物が載ったままだった。これが下田奉行所に発見されれば捕縛されると観念した二人は、柿崎村の名主のもとへ出頭し、拘束されたのである。四月十五日、彼らの身柄は江戸の北町奉行所内の仮牢へ送られた。

 北町奉行は井戸対馬守覚弘。米国使節応接掛をも兼務し、下田へ赴いていた。

「吉田は今、伝馬町の牢へ移っている。かの佐久間象山も連座」

「おやまあ。象山先生も」

「吉田をそそのかした罪だ」

 漂着した漁舟の荷物が奉行所の手に落ち、象山が寅次郎へ与えた『吉田義卿を送る』と題する送別の詩が見つかったのである。ただし、この詩は今回のアメリカ密航ではなく昨年のロシア密航を企てた時の餞別だったが。

「それで、どのような処分となるのでしょうかな」

「密航は死罪と決まっている」

 荒木田は微笑みながら首を振った。うれしいのか、悲しいのか。

「吉田は覚悟を決めているよ。若いのになかなか肝が据わっている。しかし、象山は口から先に生まれてきたような男。奉行所できびしく糺問されても『鎖国はすでに死法。夷舶が近海を跋扈する国家存亡の折、海外事情を探究して祖国に尽くそうとした吉田と金子は嘉賞すべきである』と、逆に説教を垂れる有様だ。彼奴は幕閣に知己も多いようだなあ」

 ならば、寅次郎は極刑を免れるかも知れない。

「だが、裁決には時がかかろうよ」

「まあ、私としても、知っている男が死罪になるのは気持ちのいいものではありませんな」

「もうひとつ尋ねるが、清麿という刀鍛冶は吉田寅次郎とよほど親しいのかね」

「清麿が長州で駐鎚していた時からの知り合いのようですが、特に親しいというほどではないでしょう」

「吉田は清麿の作を持っていたぜ」

「寅次郎さんの差料は押収されたんですな。清麿でしたか」

「いや。持っていたのは刀じゃねぇ。玩具のような小さな剣だった。虎の絵柄が彫ってある。清麿の銘があった」

 以前、清麿の仕事場で見たお守りである。寅次郎のために作ったといっていたが。

「すると……彼の差料は?」

「何とかいう九州鍛冶の作だった」

「え……?」

 意外だった。宗次の作に清麿が銘を切り、寅次郎へ納めたはずだが、別の刀を帯びて、密航しようとしていたのか。

 実は、吉田松陰こと寅次郎はこれより一年後、獄中で記した『回顧録』に以下のごとく記録している。

「宮部、佩ぶる所の刀を脱し、強ひて予が刀と替ふ、また神鏡一面を贈る」

 決行前の三月五日、寅次郎はかねてより密航計画を打ち明けてあった仲間たちと別れを惜しみ、その際、肥後の宮部鼎蔵が強引に刀を交換し、彼は神鏡もくれたというのである。

 むろん、宗次はそんなことは知らない。刀の行方が気がかりだった。刀が作者の手を離れれば、どう流転しようと関知すべきではないのかも知れないが、ただの刀ではない。誇り高い清麿が刀鍛冶としての矜持を曲げてまでも、他者の作に自分の銘を入れた刀なのである。

骨喰丸が笑う日 第三回

骨喰丸が笑う日 第3回 森 雅裕

 旭屋の軒先には杉の葉を束ねて球形にした「酒ばやし」が下がり、暖簾をくぐると、銘酒の樽、様々な徳利が並んでいる。使用人も抱えた小さくない店である。

 その裏手では、いつものことではあるが、アサヒと栗原信秀が掛け合いのように言葉をぶつけ合っていた。

「勝手に梅干し食うんじゃないよ、漬けてる途中なんだから」

「お前がケチって、酒のつまみを出してくれねぇからだよ」

「あたりまえだろ。酒まで盗み飲みしやがって」

「いいじゃねぇか。売るほどあるんだから」

「売ってるんだよ、うちは。しかも升まで持ち出して、傷だらけにしてくれて……あんたの玩具じゃないんだよ」

「玩具とは失礼な」

 二人が客を見向きもしないので、宗次は割って入った。

「どうしたんだ?」

 アサヒは傍らにあった薄汚れた一合升を指した。

「この男、店の升を鐔作りに使いやがって」

「鐔作り?」

 ハイな、と信秀は大きく頷いた。

「普段は鐔など作らんのだが、ちょっと気が向きましてね」

 鐔を升へ斜めに嵌め込むように固定すると、一定角度で耳の面取りができるというわけである。

「こう汚されちゃ、店で使えやしない。……で、宗次さんたち、何の御用?」

 アサヒが向き直った隙に信秀はこの場から抜け出したが、アサヒは振り向きもせずに後方へ升を投げ、信秀はそれを避けもせずに受け止めた。妙に息の合った二人である。

「そちら、清麿師のところの客かい」

 アサヒは寅次郎を胡散臭そうに一瞥した。

「すぐわかる。まともな人間には見えないから」

 この娘に人のことがいえるだろうか。

「皆さんと違い、私は至極まっとうな人間です」

 と、波形屋が通い徳利をアサヒに渡した。

「清麿さんに土産を持参しなきゃならんのです」

「じゃあ灘五郷だね」

「地廻り酒で充分です」

「清麿師みたいな酒好きに安酒を土産にする度胸があるのかい」

「う……」

 アサヒは店の小僧にいいつけて、上級酒を用意させた。

「俺は梅干しをもらいに来たんだが」

 宗次はいったが、アサヒは冷淡だった。

「梅は半月漬けて三日間天日干し、さらに酒と赤シソを加えて漬け込むのと干すのを毎日繰り返し、さらに数日干し上げてカラカラにするんだ。そうすれば十年でも二十年でも日持ちする。今はその途中」

「干し上げる前に食うこともあるだろう。俺は十年も先に食うもののことなんか考えてない」

「握り飯に入れようかと思ってる梅干しがあるけど」

「そりゃいい。こちらのまともじゃない若者はこれから少々遠出するらしい。握り飯を持たせてやれ」

「むろんお代はいただくよ」

 それを待つ間、宗次は店の裏手に建つ離れ部屋に足を運んだ。信秀の仕事場である。寅次郎は好奇心が強くてこの部屋にもついてきたが、波形屋庄之助はまったく関心を示さず、旭屋の店頭から動かなかった。

 信秀は清麿に師弟の礼をとっているが、清麿の仕事場にも行かず、こちらの自室に籠もっているのだから、勝手なものである。正式な弟子というより、やはり客分だ。

 仕事場を覗くと、信秀は刀身に向かい、タガネをふるっている。ろくでなしだが、仕事熱心ではある。

 アサヒも彫金をやるから、この部屋を使っている。隅に彼女の作業机があり、道具が散らかっていた。手がけているのは刀身彫刻や刀装具ではなく、煙草金具が多い。師弟関係にあるこの二人の彫刻は写実的で濃厚だ。様式にとらわれず、斬新である。

「そこら中、切り子だらけだから気をつけなさいよ」

 信秀がいい終わらぬうちに、寅次郎が顔をしかめた。

「あ痛。踏んだ」

「誰だい? 清麿師のところの客か。すぐわかるぜ」

 信秀もアサヒと同じことをいう。宗次は手短に紹介した。

「黒船見物にな、清麿を誘いに来た長州萩の人だ」

「黒船とな。これは聞き捨てならねぇ」

 信秀は彫刻を続けながら、いった。

「浦賀ですな。俺も連れていきなさい。宗次さんも一緒だろ」

「いや。そりゃ俺も興味はあるが……」

「いきなり誘われてついていくほど暇じゃないか。暇なんて作るもんです。こんな機会は一生に何度もありませんぞ」

「そりゃね、俺もかねてより外国船を見たいと思っていた。今度の黒船はこれまでの帆船とは違うようだの」

 黒船はペリー艦隊の蒸気船を特定する言葉ではなく、帆船を含む外国船の総称である。

「尊王だの攘夷だの、そんなことには興味ないんだが……」

 煮え切らぬ宗次に、

「物見遊山、おおいに結構です。物見高いのは工匠に大切な資質です。では、御一緒しましょう」

 寅次郎がそういい、さらに信秀が、

「こういうヤカラは有無をいわさず押すなり引っ張るなりすりゃ動くもんさ。行こう行こう」

 彫金道具を置き、躊躇せずに着替えを始めた。

「ヤカラとは何だ、ヤカラとは」

「あはははは。桑名松平家お抱え刀工には失礼でしたかね」

 信秀がそういったので、寅次郎は少しばかり尊敬の眼差しを宗次に向けた。

 旭屋の店頭へ回ると、波形屋庄之助の姿はもうなく、アサヒが握り飯の竹皮包みを差し出した。

「あの人、あんたたちなんか待ってないよ。徳利を一本下げて、清麿師のところへ向かったよ」

 寅次郎もまた一本をぶら下げ、信秀もせわしなく店先へ出て来た。

 だが、宗次にしても、このまま浦賀へ直行するわけにはいかない。着替えて、足元も草履を草鞋に履き替えねばならない。

「じゃあ、清麿師のところに集合ということにしましょう。今夜のうちに大川(隅田川)を下るつもりです」

 そういう寅次郎と別れた時には、宗次もすっかり行く気になっていた。

 

 彼が身支度を整えて清麿のところへ行くと、鍛錬場の前で、寅次郎が柿の木を眺めていた。

「ここにも柿の木があって、鉄クソが捨ててある。刀鍛冶というのは迷信深いものですなあ」

 例によって本気で感心しているが、傍らにいた信秀は一笑に付した。

「迷信深いわけじゃない。刀鍛冶は迷信で自分を飾り立てるのが好きなのさ。客も神がかりな話を有り難がるからな」

「なるほど。深いですなあ」

「へっ。寅さんはつまらんことを感心する御仁だねぇ。さ、宗次さん、出発しましょうや」

 信秀と「寅さん」は歩き出したが、宗次は清麿宅を振り返った。姿は見えない。しかし、声が聞こえる。

「清麿はどうしてる? 女房のキラが何やら金切り声をあげているようだが」

 寅次郎が答えた。

「生まれてくる子供を刀鍛冶にはしないと叫んでいるようです。貧乏だし汚いし浮世離れしているし……。いや、女房殿がそうおっしゃっているんです。私じゃありません」

「わかってる。俺もさんざん嫁から聞かされたよ。しかし、まだ男か女かもわからないのに……」

「女でも刀鍛冶になれるでしょう」

「女が打った刀を武士が差すかね。ところで、あの波形屋とかいう旦那は?」

「落胆して帰りましたよ。せっかくの土産も無駄だったようです」

「跡継ぎ探しは収穫がなかったか」

「清麿師によれば、行丸という刀工名を与えたそうです。世間の通称は楽太。葛飾北斎という稀代の絵師の血縁らしい名前というか何というか」

「それで?」

「十四、五で入門して、一年ほど修業したらしいです。清麿師が風を食らって萩へ向かった時、途中まで同道したが、急な病で死んだとか」

「その行丸だか楽太だかの亡骸はどうした?」

「通りすがりで見つけた寺に供養を頼んだようです」

「波形屋はそれで得心がいったのか」

「遠く離れた名前もはっきりしない荒れ寺では、確かめようがありませんからね」

「まあ、商家の跡取りには商才ある使用人を養子にすることが多い。消息不明の血縁者なんぞ探す必要もなかろうがな」

「とはいいながら、宗次さんは得心いかぬようですね」

「波形屋は北斎師の周辺からたどって、楽太とやらが清麿の弟子になったことを突き止めたんだろ。すでに死んでいることは知り得なかったのかな」

「そもそも事情を知っている人がいないでしょう。北斎先生は亡くなり、娘の……お栄さんでしたか、その人も行方知れずなんでしょう」

「うむ。北斎師には他にも子や孫があったようだが、疎遠だった」

「お弟子さんは?」

「画名を金で買うような奴ばかりだからな。高弟の北馬さんや北渓さんなら何か知っていたかも知れねぇが、両人ともすでに故人だ」

 北馬は弘化元年(一八四四)に没し、嘉永二年(一八四九)に北斎の葬儀に参列した北渓もその翌年に死んでいる。北斎は九十歳というこの時代としては驚異的な長命だったから、関係者も生き残っていないのである。そもそも北斎や栄は人づき合いなど超越していたため、宗次にしても、北斎の血縁者のことはろくに知らなかった。

 

 吉田寅次郎と宗次、それに信秀の三人は佃大橋から船便に乗る算段だったが、逆風のため出発は遅れた。翌朝、まだ暗いうちに隅田川を下り、ようやく江戸湾へ出たのだが、風も潮流も好転しないため品川へ上陸した。川崎、神奈川、保土ヶ谷を経由して野島からまた舟で大津へ到達し、そのあとは徒歩である。

 浦賀到着は六月五日の夜四つ(午後十時)であった。寅次郎などは若いし、黒船への関心も強いから元気だが、宗次には過酷な小旅行だった。ただ、好奇心は満たされそうだ。

 浦賀の周辺は幕府軍や諸藩の兵が戦国さながらの陣立てで臨戦態勢である。湾内には明かりを点した船が何隻か浮かんでいるが、黒船はどこにいるのか、判然としなかった。

「奉行所へ行きましょう」

 と、寅次郎は暗い浦賀湾に背を向けた。

「私の師匠に会います」

 幕兵に浦賀奉行所の場所を尋ね、海岸から離れた。奉行所には吉原遊郭のような堀がめぐり、石橋が架かっている。夜中ではあるが、人々がせわしなく出入りしている。ただ、開戦となりそうな緊張感はない。

 門をくぐり、

「松代真田家の軍議役がおいでのはずだが」

 寅次郎が来意を告げると、応対に出た役人は、

「あ。佐久間象山先生ですな」

 眠たげな声をあげ、一行を案内した。奉行所の一角に佐久間先生とやらが門下生とともに滞在しているらしい。

 宗次にも聞き覚えのある名前である。兵学者にして思想家。信州松代藩士であるが、江戸木挽町で塾を開き、野望あふれる若者たちを教育している。吉田寅次郎もその門下生だった。

 集会所のような広間に武士たちがたむろしていた。寅次郎が声をかけると、四十代前半の男が振り返った。異相である。日本人離れした彫りの深い顔立ちで、窪んだ目元に険がある。地元では「テテツポウ(フクロウ)」と渾名している。これが佐久間象山という人物だった。

「おお。吉田君。東北遊歴から戻ったか。何だ。借金取りでも引き連れてきたのか」

 象山は宗次と信秀へからかうような視線を向けた。寅次郎は困惑を苦笑に変え、彼らを引き合わせた。

「こちら、桑名松平家のお抱え刀工で、固山宗次師です」

 紹介された宗次が挨拶を発するより早く、

「知らんな」

 象山は撥ねつけた。

「ほれ、水野越前(忠邦)殿に御役御免にされた窪田清音が面倒を見ている清麿とかいう刀鍛冶なら知らんでもない。清麿の兄の真雄にはわが松代真田家が目をかけている」

 この男、偉ぶることで初対面の相手よりも優位に立とうとする性分らしい。しかし、象山のそんな気質などお構いなしの人間もいる。

「私はね、その清麿の弟子で栗原信秀という者です」

 信秀はこの場でも自己主張を忘れない。

「私は師匠にもできない彫り物が得意です。刀はただの人斬り包丁ではない。彫り物で飾り立てりゃ、愚かな夷狄でもそれがわかる。土産として売れますぞ」

「商売の話はよそでやってくれ」

 と、象山。こいつら、いい勝負だな、と宗次はあきれたが、寅次郎は真顔で象山を見つめている。 

「……で、先生。今後はどうなるのですか、あの黒船」

「今回の来航はアメリカ大統領からの親書をお上(徳川家慶)に渡すことが目的だ。幕府は長崎へ回れと通達したが、聞く耳を持たぬ。ペルリとかいう水師提督は顔を出さぬくせに、こちら側には一番偉い役人を出せと威張り散らしている。さもなくば、親書をお上へ直接渡しに行くと脅しをかけ、内海(江戸湾)の測量まで勝手に始める有様だ」

「無礼ですね」

「それをなだめすかし、与力を奉行だと偽って、交渉に当たらせているが、本物の奉行二人が栗浜(久里浜)あたりで受け取ることになりそうだ。奴らは開国を求めているわけだが、お上は病にふせっていて決定できない、と一年の猶予を求める方針だ」

 将軍家慶が病床なのは嘘ではない。この日から十七日後の六月二十二日には薨去するのである。

 寅次郎は目を異様に光らせながら、いった。

「すると、回答を受け取るために、来年にはまたアメリカ夷がやってくるわけですな。その時にこそ、わが日本刀の切れ味を見せてやりたいものですなあ」

 実際、寅次郎は肥後の宮部鼎蔵への手紙に書いている。「此の時こそ一当(ひとあて)にて日本刀の切れ味を見せ度きものなり」と。

「しかし、バケモノみたいな軍艦の前では蟷螂の斧。刀が戦の役に立つのかと疑問ですね」

「なんの。刀は国の衛士たる武士が帯びるもの。刀が朽ちれば国も朽ちる。なあ、刀鍛冶の先生」

 と、象山は宗次を見やった。明らかにからかっていたが、名前を覚えていないらしい。宗次も感情を遮断し、象山の無礼な言葉を聞き流している。

 しかし、象山のでかい声は周囲の耳目を集める。彼らが集まっている広間の前を通りかかった一団の中から、悠揚迫らざる武士が抜け出てきた。

「おお。固山殿ではないか」

 まっすぐ宗次の前へやってきて、温厚に目尻を下げた。

「ひさしいの」

「あ。これはこれは……」

 浦賀奉行の戸田氏栄だった。この当時、浦賀奉行は二人制で、その一人をつとめる旗本である。官位は従五位下伊豆守という大名並みの高級武士であり、宗次はこの人物のために大小を鍛えたことがある。

「わが佩刀は幕閣の間でも評判でな。わしも鼻が高いわ」

「恐悦至極でございます」

「何故ここへ?」

「まあ、色々と気にかかることがありまして」

「おお。浦賀奉行が腹を切ったとかいう噂を聞きつけ、わしを心配してきてくれたか」

「ああ。ええ。まあ……」

「そうか。すまんのう」

 もう一人の浦賀奉行は井戸石見守弘道である。

「奉行は二人とも無事じゃ。浦賀の住民には避難を始めるそそっかしい者もおるが、アメリカには害意はない」

「それならよろしいですが」

「色々と話したいところではあるが、見た通りの右往左往だ。会見場を急造せねばならんのでな」

「会見なさるのですか」

「親書を受け取るだけだ。会談はできぬ。親書は浦賀で受け取るが、回答はあくまでも長崎で、と押し通すつもりだ。あちらのペルリ水師提督がおとなしく引っ込むとも思えぬがな」

「はあ」

「では、これにて失礼する。この通り、わしは壮健ゆえ気遣いには及ばぬ。夜が明けたら、黒船見物でもしていくがよい。ははははは」

 奉行が能天気な笑い声を残して去ると、佐久間象山は口元を歪めながら、値踏みする視線を宗次に向けた。

「お見それした。なかなかの刀鍛冶のようですな。顔も広くていらっしゃるらしい」

「何、世渡り上手と揶揄する者どもも多くおります」

「その顔の広さで、わしに女子を世話してもらいたいものだ」

「おなご……ですか?」

「わしの血を継けば必ずや傑物が生まれる。安産に向いた尻の大きな女がいたら、紹介していただきたい。わは、わはははははははは」

 宗次が呆気にとられていると、寅次郎はこわばった顔を崩して微笑んだ。

「象山先生の口癖みたいなもんです。昨年暮れ、幕臣の勝麟太郎(海舟)殿の妹御を娶ったばかりです。その時、先生四十二歳、奥様十七歳でした。妾も同居しているという、凡人には真似できぬ艶福家です」

「ふん」

 雲行きがあやしい時代にはこういうケレン味の強い男がのし上がってくるものだ。凡人の及ばぬ才能の持ち主ではあっても、平穏な世ならば鼻つまみ者である。

 象山には四人の子があったが、成人したのは妾が産んだ三浦啓之助だけである。彼はのちに新選組に入隊したものの、脱走。維新後は父親の余徳で司法省に出仕するが、免職。期待はずれの「傑物」であった。

骨喰丸が笑う日 第二回

骨喰丸が笑う日 第2回 森 雅裕

 北斎が没し、宗次と清麿のつきあいが始まったこの年、夏が終わりに近づく頃。 

「親父殿ぉぉー!」

 仕上げ場で刀を整形していると、庭先から宗一郎の声が聞こえた。

「栗原さんとおっしゃるお客が見えましたああ」

 横着して、怒鳴っているだけだ。来客らしいが、案内してくるでもない。

(くりはら……?)

 聞いたような名前だが、友人知人には心当たりがない。すると、

「ハイハイ、お邪魔しますよ」

 通れともいわないうちに、巨漢が勝手に押し入ってきた。面相はまるで鬼瓦だが、大津絵のような愛嬌がある。

「どなたかな」

「あ、私はね、清麿師の客分というか弟子というか、まあそんなようなもんです」

「ああ。アサヒの升酒屋に住み着いているとかいう……」

「そう、それ。栗原謙司です。工匠名は信秀といいます。今日はね、いいものをお持ちしましたよ」

 栗原信秀は薄汚れた木箱を前に置いた。

「質屋へ持ち込んだら大名の紋所が入ったものは預かれねぇなんてぬかしやがりましてな。ははは。これで少々お貸しください」

「え。私にいっているのか」

「はい」

 木箱には丸に三つ柏の文様が彫り込まれている。

「信州小諸・牧野家の家紋です」

 信秀は得意気にそういった。家紋には顔料が塗り込まれ、なかなかの出来である。ただ、箱そのものはどこにでもある安物だし、汚い。

「牧野家は清麿師の兄である真雄師が御用をつとめておりましてね。しかし、その家紋入りの品物がどうして私の手にあるのか、どうして借金の担保になろうとしているのか、それはお知りにならぬ方がね、宗次さんのためです。うん」

「そんな貴重なものを担保とは……」

 いや、貴重なものとは見えなかった。開けると、中には仕切りがあり、刃物や金鎚などの道具が詰め込まれている。

「おや。中身が入っている」

「そりゃそうです」

「武家は空っぽの挟箱や道具箱を質草にするらしいな。家名にかけても請け出しに来るから質屋も中を見ずに金を貸す」

「私は武家じゃないんでね。家名なんかどうでもいいです」

「これは彫刻の道具ですな」

 各種のタガネ、キサゲなども収納されている。そんな道具箱に大名の家紋が入っているのも妙な話だ。

「道具なんて仕事場に広げてあるもんだ。いちいち道具箱に仕舞うのかい」

「自分ちと清麿師のところと行ったり来たり、持ち運びもするんでね」

「道具を見れば職工の腕がわかるもんだ。……悪くない」

「金鎚の柄を削って、こんなに使い込んで磨り減ってますよと大嘘つく職工もおりますな。まあ、職人とはそうあるべしと信じている見識のない連中がだまされます」

「しかし、どうして俺が金なんか……」

「清麿師いわく、江戸広しといえども、金持ってる鍛冶屋は固山宗次くらいのものだと」

 この男は頭がおかしいのか、それとも無頼の徒なのか。

「あ。じゃあね、こうしましょう。あなたの刀に彫刻やります。神仏でも文字でもお望み通りに」

「そんなこといわれても、あんたの腕前を見たことないからね。あ……清麿の短刀に地蔵を彫ったのはあんたかね」

「ああ、あれね。まさか。私はもっと上手でさあ」

「そうかな。なかなかうまいと思ったが」

「あらら。そうですかあ。じゃね、本当にうまい彫りというものを御覧に入れましょう」

 信秀は近くにあったナタを取り上げた。もとは刀として作ったのだが、キズが出たので、切断して日常の刃物として使っているものである。であるから、刀と同様に鎬造りとなっている。信秀はそれを彫金用の台に固定すると、道具箱の中身を手元に広げ、下書きもせずに彫り始めた。物凄い勢いである。

 その迫力に圧倒され、また相手するのも面倒になり、宗次は信秀を放置して、自分の仕事に戻った。

 それから所用でしばらく近所へ出かけ、夕刻近くに戻って仕上げ場を覗くと、信秀の彫刻はナタの上に姿を現していた。半裸で踊る女である。顔や上半身は粗いながらもクッキリと彫り込まれて、下半身と衣裳はほとんど線彫りだけだが、それが妙に効果的な対比となっている。

「腕は悪くねぇが、下品なものを彫りやがったな」

「何をおっしゃる。天鈿女命ですぞ」

「あめのうずめ? 天の岩戸の前で踊ったという女神か」

「こんな彫りは本荘義胤にもない。新機軸でしょう」

「武士の魂である刀にこんなもの彫ったら、確かに新機軸だよなア」

 あきれていると、さらに厄難のような女の怒声が聞こえた。

「栗原来てるか、栗原!」

 アサヒである。案内も請わずにどたどたと廊下を歩いてきた。

「あ。やっぱりいた。貴様あ、私の道具箱を持ち出すとはどういう料簡だよ」

 散らかったタガネや金鎚を箱へ戻し始めた。

「あ。箱に家紋まで勝手に入れていやがる。あんた、くだらない工夫には熱心だね」

「下田から浦賀あたりにイギリス船が出没してるっていうから、見に行きてぇんだよ。何なら、お前も一緒に行くか。宗次さんから金借りて」

「借金してまで物見遊山に行くなんざ、人の道からはずれてるよ」

 そういえば、北斎も借金を踏み倒しながら各地を放浪したものだが、あれもまた外道というべきかも知れない。

 宗次はにぎやかなこの二人から顔をそらして、いった。

「イギリス船なら、二、三か月前に引き上げてるだろ。私も見たかったが、機会を逃してしまったよ」

「いやいや。もしかしたら近海を回って、次は長崎へ現れるかも知れない。となると、追いかけるには旅費が余分にかかるわけだ。金を貸すんじゃなく力を貸すんだと考えてくれまいか」

 がん、と箱の蓋でアサヒは信秀の頭を叩いた。

「どうせいい加減なんだから、この栗原信秀って男は」

 信秀は三十代半ば。アサヒより十五くらい年長だろう。なのに、この娘はまったく遠慮がなかった。 

「宗次さん。私の道具箱だ。返してもらうよ」

「おや。升酒屋の看板娘が彫刻の道具を持っているのか」

 宗次は抑揚のない声を発したが、少々驚いている。信秀が自慢するように、いった。

「アサヒは升酒屋をやりつつ、私に彫金の手ほどきを受けておりましてね。まあ、弟子というか何というか」

 アサヒは天鈿女命が彫られたナタを取り上げたが、ちらりと見やっただけで、作業台として使っている欅の切り株にガツンと斬りつけ、刃を食い込ませた。彫刻より切れ味に興味があるようだ。

「何が弟子だよ。家賃のかわりに教えてくれてるだけじゃないか」

 清麿の周囲にはこんな素っ頓狂な輩が多いのか。それはそれで清麿の人徳というものかも知れない。こういう連中の前では、宗次も常識人にならざるを得ない。

「わかったよ。彫金の腕はわかった。そのうち、頼むこともあるかも知れねぇ。金の話はその時だ」

 帰ってくれ、というかわりにそう告げた。晩夏の空気には、そろそろ夕暮れの色がつき始めている。宗次の弟子たちが仕事を終え、あたりをうろうろし始めた。

 信秀はアサヒに蹴り出されるように立ち去り、あとには奇妙な静寂が残った。

 

 清麿の周辺の奇人はこれだけではなかった。四年が経ち、嘉永六年(一八五三)六月。

 宗次が庭木の手入れをしていると、近づいてきた男があった。

「こちらは刀鍛冶の家ですか」

 二十代半ばの若者だ。異様に目つきが鋭く、痩せた青鬼のような面相だが、どこかしら愛嬌もある。武士の身なりである。

「そうだが」

「清麿先生はおいでか」

「清麿の家じゃねぇ。時々、間違えてやって来る奴がいるんだ。入門希望か」

「いえ。長州萩の知己です。四谷で刀鍛冶を探し歩けば、すぐわかると聞いてきたのですが」

「まあ、清麿より俺の方が有名ってことだな。俺は固山宗次という。お前さん、萩の人か」

「はい。吉田寅次郎と申します」

「これはこれは御丁寧に……」

 そういったきり、宗次は背を向けた。相手する気になれなかったのだが、しばらくして、

「急いでいるんですが」

 その声に振り返ると、若者はまだ突っ立っていた。

 知ったことか、とは思う宗次だが、清麿とその周辺の人物に対しては、もはや免疫のようなものができている。

「清麿は近所だ。誰かに案内させ……」

 周囲を見回すと、声が届くところに宗一郎がいた。庭木の根元に何やら捨てながら、こちらを見向きもせずに、いった。

「俺は狸穴の男谷(精一郎)道場へ行く予定がありますからね」

 寅次郎と名乗った若者は、柿の木の下にばらまかれた石とも金属ともつかない黒っぽいものを見やり、宗一郎に訊いた。

「何を捨てているんですか」

「鉄クソだ」

 鍛錬の過程で出る鉱滓である。

「鍛冶屋の家には柿の木はつきものでね。熟した実の色が焼入れの色と同じだとかいう。鉄クソから何やら吸収するのか、柿の実がうまくなるというんだがね、嘘だな」

「じゃ、何で根元へ捨てるんです?」

「鍛冶屋の庭に育った柿の木の宿命だな」

「ははあ……。深いですねえ」

 宗一郎は刀鍛冶の息子に生まれた自分と柿の木を重ね合わせているようだ。寅次郎はそれを知ってか知らずか、感じ入っていたが、宗次はかまわずに庭いじりを続けている。

「何をくだらねぇこと感心していやがる。おい、宗一郎。お前に暇がないなら、義次は?」

「おっかさんのお伴で芝居見物。次郎(宗有)と泰介(宗寛)は井戸の掃除。こないだ入門してきたのは文吉(宗明)でしたな。あれは厠の雨漏りを直してます」

「誰も刀の仕事やってないのかよ。……仕方ない。俺が案内するよ」

 宗次は烏帽子に素襖、指貫などというもったいつけた衣裳ではなく、小袖に股引という普通の作業着である。水鉢に溜まった水で手を洗い、さっさと歩き出したので、寅次郎はきびしい顔つきに似合わぬギクシャクした動きで追ってきた。

「皆さん、お忙しそうですね」

「なあに。暇があっても、清麿のところへ行くのは気乗りしないのさ」

「それはまたどうして?」

「面倒な奴だからだよ、清麿は」

 この頃の清麿一門は、栗原信秀が鍛冶修業に本腰を入れ、庄内から出府してきた斎藤一郎(清人)も入門している。ボンヤリ者だった清矢もものの役に立つようになっており、宗次一門からの助っ人も不要になっているが、腐れ縁のような親交は続いている。

 清麿の屋敷へ着くと、まず鍛錬所を覗き、弟子の姿しかなかったので、それから母屋へ回った。勝手知ったる造作である。弟子たちも宗次を客として取り次ごうとはしない。

 座敷へ上がり込むと、清麿と向き合う先客があった。商家らしい身なりの老人である。

 清麿は宗次を見るなり、 

「おお。固山の。いいところへ来た。この客を旭屋へ連れていってくれ」

 と、仏頂面でいった。

「俺んちを訪ねるのに手ぶらで来やがった。酒買って出直してこいと追い払うところだ」

「おい。俺に使い走りさせるのか。こう見えて、結構偉い先生だぞ」

「アサヒが梅干しを漬けてる。もらいに行くついでだと考えりゃいいでしょうが」

 この四年で、宗次も旭屋の常連になっている。夏にアサヒが梅を漬けることも知っていた。 

「あ。私も手ぶらです。土産持たずに来ました」

 と、宗次の傍らで、寅次郎が肩身を狭めた。心底、恐縮している。清麿は表情を変えずに彼をじっと見つめた。

「うん? おい、若者。誰だ?」

「お忘れなのも無理はありません。萩でお目にかかった時はまだ十三、四の小僧でしたからね」

「あ。その十代前半にして藩主の御前講義を行い、驚嘆せしめたという……吉田大次郎か!」

「大次郎あらため松次郎、松次郎あらため、今は寅次郎です。御無沙汰でした」

「めまぐるしいな。お前の生き方そのものだ」

 無愛想な清麿が珍しく柔和な表情を見せている。宗次はあらためて、目の前の若者を品定めした。

「へえ。御前講義か……。殿様も期待する俊才というわけか」

「噂には尾ヒレがつくものですよ」

 寅次郎は一笑に付した。照れ臭そうに白い歯を見せる。才気渙発という迫力はないのだが、彼の周囲だけ、確かに温度が違う。

「そうそう。十四かそこらで長州軍を率いて西洋艦隊撃滅演習を行ったなんて噂さえあったもんなあ」

 と、清麿。

「あの。萩からお出でですか」

 清麿の前の老いた客が、顔を突き出すように寅次郎へ向き直った。

「これこそ天の配剤。あのですね、清麿さんが萩に連れていった弟子を御存知ですか」

「は? え?」

「その、あなたが十三、四だったという頃、天保十三年から二年間、清麿さんは江戸を出奔して、萩で刀を打っているわけです。弟子がいなきゃ刀は作れませんよね」

「はて……。お弟子さんのことは覚えておりません。萩にも鍛冶屋はおりますから、現地で調達されたのでは?」

 寅次郎は突き放すように首をかしげ、清麿はそっぽを向いている。老人は宗次と寅次郎に向かい、早口に言葉を続けた。

「私は橋本町(東神田)の油屋で波形屋庄之助といいます。私の弟の息子がその頃、入門しているんです。しかし、今どこでどうしているのか、清麿さんは教えてくれません」

 清麿はその言葉を払いのけるように手を振った。

「事情を聞きたければ、土産を持ってきなさい、土産を」

「わかりましたよ。待ってなさいっ! 旭屋ですねっ」

 油屋とやらは憤然と席を蹴った。寅次郎もそれに続き、

「私も行きますよ。土産を買いに」

 さあ、と宗次を促すものだから、

「やはり俺が案内するのかよ」

 仕方なく彼等の前を歩くことになった。外に出ると、宗次は唇の端に笑いを浮かべ、寅次郎にいった。

「いわねぇことじゃねぇだろ」

「面倒な奴……ですか」

「清麿のまわりはいつも誰かが怒り、誰かが泣いてる」

「私もその仲間入りしそうですね」

 この男、しみじみと神妙である。

 秋葉稲荷の前へ差しかかったあたりで、

「おおい」

 清麿が追いかけてきた。二つの通い徳利を抱えている。

「旭屋へ行くなら持ってけ。これに酒を入れてもらえ」

 寅次郎と波形屋とかいう油屋に一つずつ押しつけた。

「そういや、寅次郎さん。何用でうちへいらしたのかな?」

「諸国遊歴中ですが、黒船を見にいくので、お誘いに」

 ペリーの艦隊が六月三日に浦賀へ出現し、四隻中の二隻は日本人の目には異様な蒸気外輪船であったため、見物人が殺到している。

「おお。浦賀奉行は腹を切る切らないの騒ぎになっているそうだな」

「浦賀の住民には避難を始めるそそっかしい者もいるとか」

 日本側の砲台が異国船来航の合図の砲声を轟かせ、黒船も時砲を放ったりしたので、緊迫もしたが、空砲とわかると、野次馬はむしろこれを面白がった。

「そりゃあ是非とも行きたいが……」

 清麿は無念そうに歯噛みした。この男が尊王攘夷論者であることは宗次も知っている。長州とつながっているなら有り得ることだが、刀鍛冶が政治にかぶれて、頭デッカチになってどうするのか。宗次はむしろ不快感を抱いた。

「女房が今にも産気づきそうなんでな。留守にできねぇんだよ」

 清麿は郷里の小諸にも妻があったらしいが、一年ほど前から同居しているのは、柳橋の芸妓だったキラという女である。喜楽とでも書くのだろう。深川の辰巳芸者の気風を引き継ぎ、勝気で派手な女だった。貧乏なはずの清麿だが、不思議にも遊興費をひねり出す才覚には長けており、四、五年前から馴染みだったようだ。

「寅次郎さんよ。ガキのくせに今は吉田松陰とか年寄り臭い号を名乗ってるそうじゃないか。もっと自分の若さに敬意を払え」

 清麿はわかったようなわからぬようなことをいい、背を向けると、早足で去った。

 寅次郎は鋭い面相に似合わず、泣きそうな表情だ。清麿の言葉に感動したらしい。

「清麿さんもいよいよ子持ちですか。楽しみですね」

「どうかね。才人の子は凡庸以下と決まってるもんだぜ」

 苦々しく、宗次は吐き捨てた。別に清麿を悪くいう気はない。自分と自分の息子たちのことをいっているのだ。歴史を見れば、偉人才人の子は異常者、犯罪者、遊蕩児ばかりである。一つの大きな花を咲かせるために他の花は咲かないのだ。北斎の画才を受け継いだ娘の栄などは例外といえる。とはいえ、刀鍛冶のような職人の世界では二代三代と才能人が続くことがある。それが一縷の希望ではあるが。

 宗次は、憮然とした表情でついてくる老人を振り返った。

「ところで……油屋さんでしたな。弟さんの息子とやらをどうして今頃お探しに?」

「弟の本名は吉之助。世間の通り名は南沢等明あるいは堤等明と申します」

「はて。聞いたような……」

「絵師です。その昔は北斎先生の娘さんと夫婦でした」

「ああ。お栄さんより絵が下手くそで、笑われて離縁したとかいう等明さんですか」

「随分ないわれようですが、その等明です。十年ほど前に死んでおります。家を飛び出して、絵師なんぞなったもんで、勘当されましてな。しかし、親もすでに他界し、跡継ぎの私には一子があったのですが、昨年、これも急病で死んでしまいました。その子供、つまり私の孫は幼い女の子のみ。つまり、わが波形屋には後継者がいないのです。等明とお栄さんの間に生まれた子しか……。お栄さんは行方知れず、私はあちこち聞き回って、清麿さんの弟子となったことを知ったわけです」

「つまり、その子を油屋の跡継ぎにしたいとお考えですか」

「清麿さんの弟子で独立した刀鍛冶は少数で、身元もわかっております。等明の息子ではありません。ならば、すでに廃業したか、今も弟子修業中なのか、そうなりますよね」

「どうせ一人前の刀鍛冶じゃないなら商売替えさせてもかまわない、ということですか。いささか勝手な話ですな」

「刀鍛冶なんかより油屋の方が世のため人のためになります。黒船が押し寄せてくる時代に刀なんか役に立ちません。せいぜい夷狄の土産になるくらいのもの。そもそも、あの清麿さんを見ても、刀鍛冶なんぞろくな人間じゃない」

「そうかね」

「ところで、お宅様の御商売は何です?」

 へへへ、と遠慮がちに笑いを発したのは吉田寅次郎だ。宗次は答えない。波形屋庄之助は笑われた理由がわからず、

「絵師ですかな」

 胡散臭そうに、いった。その言葉には、どこかしら侮蔑が混じった。

骨喰丸が笑う日 第一回

骨喰丸が笑う日 第1回 森 雅裕

 嘉永二年(一八四九)四月。

 浅草聖天町の裏長屋から出た葬列は異様だった。場違いな各界の名士たちが身なりを整え、粛然と参列した。

「名士」の中には固山宗次もいた。四年前に備前介を受領した刀鍛冶で、桑名藩の藩工である。数えで四十七歳になる。

 野次馬たちに見送られて、およそ百人もの葬列は浅草八軒寺町の誓教寺へ至った。棺桶に納まる遺骸は何度も改名した絵師だったが、最後は卍と号していた。一番知られた通り名は葛飾北斎である。九十歳であった。

 宗次は格別に親しかったわけではないが、転居を繰り返す北斎を年に何度かは訪ね、工匠として大いに触発されてきた。

「おう。備前介殿」

 と、近づいてきた老人があった。魚屋北渓。本業をそのまま画号に冠した絵師である。北斎は弟子を手元で育てることはなかったが、教えを請うべく出入りする者は多く、実数不明である。その中でも双璧とされるのが北渓と蹄斎北馬で、北馬はすでに五年前に没しており、北渓にしても七十歳で、画業からは引退している。

 宗次は墓地を見渡しながら、いった。

「たいしたものですな。裏長屋から出た葬列に、槍と挟箱を供に持たせた武士も並ぶなんて話、聞いたことがない」

「これでも参列したのは小物ばかりさ。師匠は名だたる大物たちとつきあいがあったが、いずれもすでにくたばっちまったからね。いや、あんたが小物という意味じゃないぜ」

「なぁに。こちとら、しがない刀工ですよ」

「そういや、あんたの住む四谷にもう一人、刀工が住み着いたようだな。なかなか評判のようだが」

「清麿という名前は聞いていますがね。見かけたことくらいはあるが、挨拶も何もない」

 北渓はもとは四谷鮫ヶ橋で魚屋を営んでおり、出雲母里藩の松平家御用達だった。今は赤坂に住んでいるが、四谷界隈の事情には通じている。

「北渓さん、清麿を御存知ですか」

「奴も師匠とつきあいがあった大物……いや、これから大物になりそうな奴の一人さ。ほれ」

 北渓は参列者の中に頭ひとつ突き出た長身の男を指した。

「清麿だ」

「ああ。見覚えのある男がいるなアと思った。こんなところにいるとは意外ですが」

 三十代半ばだろう。大きな身体を持て余すかのような猫背だが、顔の彫りが深く、目の光が強い。不思議な存在感を漂わせた男だった。もともと愛想がないのか、周囲に知り合いがいないのか、誰とも言葉を交わさず、宗次もまた自分の方から後輩の刀鍛冶に声をかけようとは思わない。

 宗次には気になることが他にあった。北斎の最期を看取った娘の栄の姿が見えない。

「ところで、葬列は立派だが、御身内の姿が見えないようですが」

 北斎の血縁者が参列していないのである。北斎は肉親の絆が薄い人物で、三女の栄だけが傍らにいたが、その彼女もまたどのような人生を送ってきたのか、知る者は少なかった。宗次にしても、栄とは当たりさわりない軽口を交わす程度の知り合いである。

「お栄さんは行方知れずだ」

「はあ?」

「北斎翁の葬式を弟子たちにまかせて、姿を消した。三浦の金沢へ向かったとか、いやいや加州の金沢だとか信州小布施へ流れたとか、噂は様々だ。まあ、もともと親父譲りの根無し草、風来坊だったが」

 北斎の代作をしてきたほどの画才を持つ栄だから、世話を焼く者もあるだろう。路頭に迷うわけではない。心配するのはかえって失礼な気もした。

 

 宗次には宗一郎と義次という息子がある。二人とも鍛刀の技は習得しているが、一心不乱というほど熱心ではない。特に宗一郎は惣領の甚六というべきか、のんきな気質である。

 その宗一郎が、北斎の葬儀から三か月ほど経った頃、四谷左門町の宗次宅へ外出から戻って、いった。

「伊賀町の方で、お栄さんを見かけましたよ」

 宗一郎は生前の北斎宅へ使い走りをさせていたので、栄とも面識がある。

「間違いねぇのか」

「はい。秋葉稲荷の境内で、鷹がカラスの死骸を食っているのをじーっと見つめてました。まあ、珍しい光景ではありますが、夢中になるほどでもないでしょう。妙な人ですな」

「お前も森羅万象に感興を得るように心がけろ」

「……で、挨拶も交わしました。親父殿によろしくね、とおっしゃってました」

 宗次は首をかしげた。

「何で四谷に来たんだろう? このあたりに俺以外の知り合いがいるのかな。秋葉稲荷といったな」

「そうです。あのあたりに住んでいる奴といえば……」

「いるそうだなあ、刀鍛冶が」

「はい。清麿ですな」

 北斎の葬儀に参列していたくらいだから、清麿が栄と知り合いでもおかしくないが。

「清麿が四谷に越してきて、どれくらいになるかな」

「うーん。およそ五年ですかね」

「それで御近所付き合いがないというのも妙な話だな。行ってみるか」

「え?」

「清麿の住まいだよ。稲荷界隈で尋ねりゃ鍛錬所はすぐわかるだろ。近所迷惑だし煙突が立ってるし」

「親父殿も物好きですなあ」

 宗次はすでに名声が定まり、彼の作刀を求める客は各藩重役、旗本などの高級武士が多い。清麿は下級武士や武張った「冷飯食い」の武士を主な客層としており、刀鍛冶としての格式には差がある。

 しかし、宗次は好奇心が強い。生きているうちに見られるものは何でも見ておこうと心がけている。人に対しても同じだ。

 この嘉永二年は宗次も清麿も弟子事情が微妙な年である。後世に名を知られる高弟たちが門下にいない。宗次一門については、宗明は家業の鉄砲鍛冶修業中。宗寛は嘉永四年の入門と銘鑑などに書かれているが、それより前の嘉永初年に下総古河藩の藩工となったとする記載も見られる。刀剣書が孫引きを重ねるうちに誤記や矛盾が発生したものか。

 清麿一門については、正雄、正直、正俊は清麿が正行銘だった頃からの古参だが、信秀は嘉永三年の入門。清人は嘉永五年の入門である。清麿は天保の末に江戸を離れて萩に駐鎚するなど、流浪生活のためか、弟子が空白になっている時期がある。それにしても、刀はいかなる天才でも一人では鍛錬できないから、協力者はいたはずであるが。

 宗次は宗一郎を伴い、四谷伊賀町を歩いて、苦もなく清麿宅を探し当てた。

 小役人の組屋敷の片隅である。清麿は武家の支援者があるようだから、その仲介で住んでいるのだろう。正面には人の気配がないので、横手から入ると、そこは商家の裏口のような土間と板の間だった。

 そこに二十歳ほどの娘が座っていた。宗次たちを見るなり、 

「掛け取りなら、うちが先だよ」

 と突き放すように、いった。

「お前さんは?」

「升酒屋」

 酒の小売商である。

「出入りの升酒屋がいるとは……清麿という奴は酒飲みなのか」

「きちんと払ってくれりゃ、私の身なりがもっとよくなるくらいのお得意様だよ」

 顔つきは可愛らしいが、言葉は蓮っ葉だった。

「お前、升酒屋の使用人ではないのか」

「看板娘だよ。法蔵寺横丁の旭屋。あんたは?」

「掛け取りではない。固山宗次という。清麿とは同業だ。口をきいたことはないが」

「ちょいと!」

 と、娘は奥に声をかけた。たいした声量だ。

「コヤマなんとかいう同業者が殴り込みに来てるよ!」

 のっそりと仕事着の若者が現れた。あまり優秀そうではない。

「師匠は留守です。殴り込みですか」

「それはそっちの出方次第だ。師匠が留守なら、弟子は不意の訪問者をどのように扱う? さっさと追い返すのか」

「はあ……。ええと……」

 途方に暮れる弟子を無視して、娘は宗次を手招きした。

「せっかく来たんだ。一杯飲んでいきなよ」

 彼女も飲んでいる。酒ではなく茶だが、庶民は白湯を飲んでいる時代だから、ささやかな贅沢ではある。しかも、大福という茶菓子つきだ。

「おい、茶碗を出しな」

 と、娘は清麿の弟子に命じた。

「はい。ええと……」

 もたついているので、娘は勝手にそこらの棚から茶碗を取り出した。

「もういい。あんたは庭掃除でもしてなっ」

 蹴り出すように弟子を追い払い、娘は手早く茶を淹れた。まるで自宅のようだ。

「清麿さんはね、江戸から出奔したり、腰が落ち着かないから、弟子も長続きしなくてね。気の利いたのがいませんのさ」

「お構いなく。勝手に見たいものを見せてもらう」

 土間の隣に作業場らしい板の間がある。仕上げ途中の刀が何本か置いてあった。研ぎ上げてないので、出来はわからない。一本だけ、彫刻を施した短刀があった。鍛冶押しは終えている。これから研師に回すのだろう。宗次はそれを取り上げた。

 この段階でも、互ノ目丁子が崩れた刃文、激しく流れる金筋は見える。表の彫刻は地蔵尊だ。あまり福々しくはないが、なかなか風格ある仏の顔つきだ。裏には梵字が彫られていた。茎には「応鏤骨 為形見」の銘がある。

「宗一郎。これを見ろ」

 振り返ると、宗一郎は娘と世間話で盛り上がっている。

「宗一郎っ!」

 呼びつけて、短刀を彼の眼前に突きつけた。

「茶と大福なんかでよく話がはずむものだな」

「まあまあ、親父殿」

 宗一郎は短刀をためつすがめつ、光にかざした。

「なるほど。面白い出来だ。それに……何やら意味ありげな銘ですな」

「鏤骨」とは苦心して作ったという意味なのか。そして「形見」だが、この時代には死者の遺品ではなく「記念」という意味合いが強い。

「清麿は彫刻もやるのかな」

 升酒屋の娘に訊くと、

「それはないね。せいぜい樋を掻くくらいさ」

 そう答えた。彫刻は弟子や専門職にまかせるのだろう。

「ふうん。お前、なかなか清麿の作風には通じているらしいな」

「五年もこうして通ってるからね」

 宗次は踵を返した。

「帰るぞ、宗一郎」

 娘は座り込んだまま、宗次親子をのんびりと見上げた。

「何だ。もう帰るの? 短刀の出来映えに感心して、尻尾を巻くのかい」

「ふん。もし清麿がそう考えるようなら、たいした奴じゃねぇやな」

 捨てゼリフを残し、外へ出た。武家地と寺社地を分ける横丁を抜け、町人地となっている表通りへ出る。すでに初夏の気配があった。

 宗一郎は大福を頂戴してきたらしく、食いながら、いった。

「ありゃあ、備前の土置きに相州の焼入れですね。ああいう掟破りを喜ぶ数奇者もいるんですなあ」

「好みは人それぞれだよ」

「そういや、注文銘は依頼主の名を入れるものですが、あの短刀にはありませんでしたな」

「お前はどこを見ていたんだよ。ちゃんとあったじゃねぇか」

「はあ……?」

 

 数日後、宗次の屋敷に升酒屋の娘が現れた。

「注文の酒を持ってきたよ」

 宗一郎が注文したらしい。娘は大柄な男を従えていた。意外なことに、清麿だ。一升入りの徳利を二つもさげている。升酒屋ではこうした貸し出し用の通い徳利で酒を量り売りする。

「私は帰るけど、この人、せっかく挨拶に来たんだから、仲良くしてあげてね」

 娘はさっさと背を向けてしまい、清麿はぎょろりと眼光を放ちながら、徳利を宗次の前に置いた。

「先日は留守をして……どうも」

 それが清麿が宗次に放った最初の言葉だった。宗次よりも十歳の年下である。それなりに礼は通しているつもりだろう。

「お得意さんに荷物運びをさせるのか、あの娘は」

「なあに、どうせ俺も飲みますから」

「まだ昼間だがな」

 宗次は仕事着のままで、台所脇の小さな座敷へ清麿を招き入れた。茶碗に酒を注ぐと、清麿は水でも飲むように干してしまった。

 この男の評判は芳しくない。郷里の信州小諸を飛び出したのも遊蕩が過ぎたからだという声がある。本人を目の前にして、なるほど噂は嘘ではないようだと宗次は実感した。しかし、興味深い人物だ。

「あの日、宗次さんが来るとわかってりゃ膳の支度くらいして待ってたのに」

「約束もなしで乗り込んだこっちが礼儀知らずなのさ」

「まあ礼儀知らずなのは、俺もこうして押しかけてきたし、お互い様だが……。せっかく来てくれたなら、俺の帰りを待ってりゃよかったのに」

「それほど暇じゃねぇし、俺が留守中に訪ねたと知れば、こうしてこっちに来るだろうと思ってな。来ないようなら、どうせ付き合う値打ちもない奴だ」

「何か御用でしたか?」

「お栄さんの消息が気になったもんでな。お前さん、会ってるんだろ?」

「加賀の金沢へ行くとおっしゃってました。前田家の重臣のどなたかに呼ばれたようで」

「お前さん、北斎親子とは親しかったのかい」

「宗次さんほどじゃないと思いますが」

「俺は作刀の注文を受けるほどじゃなかったぜ」

「ああ。うちの仕事場にあった短刀を御覧になりましたか」

「応鏤骨為形見という銘があった。応為の文字が入ってる。ありがちな注文銘のようだが、お栄さんの画号が織り込まれている」

 栄の画号「応為」は北斎の号のひとつ「為一」にあやかったとか、北斎が「おーい」と呼ぶのをそのまま号にしたとか、由来は定かではない。

「お栄さんからの注文打ちか」

「ええ」

 研ぎ上がるのを待たずに金沢へ行ってしまったのか。仕上がったら受け取りに来るのか、それとも送り届けるのか。いずれにせよ、職人には納期など気にとめない横着者も少なくないから、栄が待つ気にならなかったとしても当然だが。

「あの短刀、地蔵尊の彫りがあった」

「それもお栄さんからの注文でさあ」

「お前さん、彫刻はやらないそうだが」

「ああ。彫りをやってる暇があれば刀作りに力を注ぎます。彫刻はそのへんに転がってるうまい職人に頼みゃいい」

「そのへんに転がってるもんかね。うまい職人が」

「たとえば、栗原謙司ってのが転がってる。もとは鏡師だが、彫刻が巧みだ。そのうち正式な弟子にしようかと思っていますが、今は客分みたいな形でうちに出入りしてます。普段はアサヒのところの居候でさあ」

「アサヒとは?」

「会っているじゃありませんか」

「はあ?」

「升酒屋ですよ。あれがアサヒです。屋号も旭屋だ。栗原謙司は旭屋の離れに住んでおります」

 そういえば、通い徳利には「旭や」と大書してある。

「あの娘に頭の上がらぬ男が何人もいるようだな」

「なかなかの武勇伝の持ち主ですからな。日本橋にある酒問屋の娘だが、十歳の時、強盗が押し入り、主人に白刃を突きつけた。すると、父は一家の柱ゆえ殺すなら私を、と強盗の前に立ちふさがったんですな。感心した強盗は金だけ奪って退散したという。これを聞いた町奉行が、大人も及ばぬ健気な振る舞いであると褒美を与えた。そんなしっかり者だから、親戚が四谷に出した升酒屋をまかされている」

「人は見かけに……よるものだな。ところで、ここへ来たのはあの娘の配達をただ手伝ったわけじゃあるまい。何か面白い話でも持ってきたんじゃねぇのか」

「古参の弟子は独立したんだが、今年になって、二人も若い弟子が逃げてしまいましてね。出来の悪い奴だけが残った」

「面白くなるんだろうな、その話」

「俺の技を盗むために間者みたいなのを送り込んでくる刀鍛冶が多いんだ」

「間者? 大時代なことをいうもんだな」

「間違いねぇ。同業者どもは俺の才能を妬んでる」

 清麿は何人かの有名刀匠の名をあげた。

「これまで、奴らの息のかかった若い者が何人も入門してきやがった」

「その証しとなるものはあるのかい」

「刀鍛冶連中はどいつもこいつも、どこかで俺とバッタリ出会っても、挨拶もしやがらねぇ。敵視してる証しだよ」

 自分も無愛想なくせによくいえたものだ。こいつは病気だな、と宗次は感じた。だが、才人に被害妄想の傾向があるのは珍しいことではない。宗次はたいして気にとめなかった。

「そこで宗次さんに頼みだが、先手をお借りしたい」

 地方の鍛冶屋や同門の鍛冶屋なら人手を貸したり、代作など融通し合うこともあるが、宗次と清麿はほとんど初対面である。

「おいおい。俺もお前の技を盗むかも知れねぇぜ」

「宗次さんは今さら何かを盗もうとは思わねぇだろ」

「俺だけじゃなく、他の刀鍛冶だって、各々がやりたいことをやってるんだ。他人と自分を比較して、足を引っ張ろうとか技を盗もうとか、考えてる暇はないと思うがなあ。それとも、お前は他人の技が気になるのかい」

 刀鍛冶に必要な技術などたかが知れているのである。肝要なのは「感覚」とか「勘」というもので、それを磨かなければ、技術だけ盗んでも意味はない。

「宗次さんが俺の作を見て、さっさと帰ったのは、尻尾を巻いたわけじゃねぇ。俺の手の内を読んだからだろう」

「ほお。なかなか殊勝な心根も持っているんだな。お前、もともと備前の伝法をやっていたろう」

「そりゃまあ、浜部の系列ですから」

「備前から相州へ転向するのはむずかしいことじゃない。古くは助広がそうであり、今は細川系列の左行秀もそうだ」

「つまり、備前の大家である宗次さんにも相州はできる。俺にやれることはあなたもやれる」

「おだてたって、沢庵くらいしか出ないぜ」

 宗次はブツ切りにした沢庵を清麿の前に置いた。

「それから清矢が……」

「誰?」

「出来の悪い弟子だけが残ったといったでしょうが」

「ああ。あの、ぼうっとした……」

「清矢は腕は悪いが人を見る目はある。宗次さんをよさげな人だと感心してましたよ」

「ふん。殿様やお大尽にほめられたならうれしいが、小僧ではなあ。まあ、近所のよしみだ。弟子は貸してやるよ。奴らにも勉強になるだろう」

 夕刻になり、清麿は辞した。狷介な人物なのだが、宗次は不思議にも一緒にいて疲れなかった。しかし、

(あいつ、永くねぇな。身を滅ぼす目つきをしていやがる)

 傾いていく西陽の中で、独りごちた。

 それ以降、息子の宗一郎と義次、弟子の宗有を清麿のところへ手伝いに行かせた。一人ずつ交替であったり、二、三人一緒だったり、その時その時で違ったが、彼らが帰ってきて漏らす感想は、清麿の技量よりも生活に関するものが多かった。

「感心しませんな。朝から酒浸りだ。あれじゃあ作る刀も出来不出来の差が激しいと思いますぜ」

 宗一郎は悲しげに呟いた。そして、しみじみと吐息をついた。

「しかし、地鉄は強い。刃は柔らかく地は硬く、鋼が持つ力を極限まで引き出してる」