骨喰丸が笑う日 第二十五回

骨喰丸が笑う日 第25回 森 雅裕

 宝塚南口駅や旧すみれ寮から宝塚音楽学校、宝塚大劇場へ向かう途中、武庫川に架かる宝塚大橋は別名を「おとめ橋」という。しかし、タカラジェンヌたちは「地獄橋」もしくは「涙橋」と呼ぶ。彼女たちの誰もが泣きながら渡ったことのある橋だ。

 音楽学校の予科生は下流側を二列縦隊で歩くことさえ決められている。みやび心華こと伊上絵衣子は研究科五年……音楽学校卒業後、歌劇団に入団して五年目。伝統の規律を振り払うような勢いで借り物の自転車を漕いだが、予科以来の泣きそうな気分を味わっていた。

 橋の上で漕ぐのを止め、いつでもどこでもマナーモードの携帯を取り出した。絵衣子の手の中で、同期の夏門みつ希こと小浪鏡子が哀願するような声を響かせた。

「見つかった?」

「部屋にはいない。散らかってもいないし、異変が起きた様子もなかった」

「今、どこ?」

「地獄の入口」

 橋を渡れば、劇団の建物が目前だ。

「同期全員、すでに地獄の釜の中よ。急いで」

 そうはいわれても、阪急の高架をくぐったところに待ち構えていたファンの前で、一瞬だけ自転車を止め、写真におさまった。劇場周辺での撮影やサインは禁止だが、劇団関係者の死角では無下にもできない。

 楽屋口にはファンたちが人垣を作っている。目当ては男役だから、絵衣子のごとき娘役の下級生には殺到することもない。

 楽屋へ上がると、真っ青な顔を並べている同期たちをかきわけ、花組組長の前に出た。

「申し訳ありません。佑里はアパートにいませんでした。大家さんが宝塚のファンだったので、鍵をあけていただきました」

 佑里とは常松佑里。同期は本名で呼ぶが、七緒ゆりかと芸名で呼ばれることも多い。佑里は常に成績上位の優等生である。 

「無断で休演するわけはないので、外出先で事故にでもあったのかも知れません」

 組長は華斗詩音。在団二十年以上のベテランだけに顔色も変えず、絵衣子を見やった。

「男と駆け落ちしたという面白半分の情報もあるけど」

「交際している人はいたようです。話に聞いただけですが、赤穂かどこかの人だとか……」

「面白くなるの? その話」

「いえ……」

「それは残念」

 絵衣子の携帯がバッグの中で小さな唸りをあげた。メールの着信だ。とても取り出せる空気ではないが、

「出なさい。佑里かも知れない」

 組長の許しを得て、絵衣子は携帯をチェックした。相手は佑里の携帯だったが、発信者は佑里ではなかった。

「才藤徳志と申します。常松佑里さんは急病で入院されました」

 それだけ。画面に現れたのは簡潔すぎるほどの文面だった。芸名ではなく「常松佑里」と本名を書いている。絵衣子は詩音にそれを示し、その場で折り返した。メールではなく電話だ。周囲の視線が彼女に注がれる。知らない男の声が返ってきた。

「はい……」

「伊上絵衣子と申します」

「ああ。みやび心華さんですね」

 芸名を呼ばれた。

「あなたからの着信が何度も入っていたんで……。さきほど、佑里さんの荷物を見て、気づきました。昨夜、救急車で搬送されたんです」

「何があったんですか」

「一酸化炭素中毒です」

「はあ?」

「僕は鍛冶屋なんですが、佑里さんは見学されていたんです。鍛錬所は場所によって一酸化炭素が滞留することがあって……」

「で、症状は?」

「軽症です。二、三日で退院できそうです」

 絵衣子は詩音に通話のあらましを伝え、才藤徳志なる人物には終演後にまた電話すると約束して、通話を切った。とりあえず安堵してもよさそうだ。

「彼女はしばらく休演だね」

 と、華斗詩音組長は冷静だが冷淡ではない。

「駆け落ちではなかったか。つまんない女だね。相手は鍛冶屋さんか。ふうん……」

 柔らかな声で呟いた。花組は現在「骨喰丸が笑う日」の公演中だ。鍛冶屋には縁がある。幕末の天才刀工・山浦清麿が主人公なのである。葛飾北斎やら吉田松陰やらの有名人がからみ、男たちの生き様、死に様を描いている。当然、宝塚だから男役中心に作られ、娘役女役は引き立て役、添え物である。

 昨日は休演日で、今日は午前と午後の二回公演となっている。その午前の公演に常松佑里は楽屋入りしなかった。彼女は格別に大きな役でもなかったし、休演者が出た場合の代役は公演前から決めてあるのが宝塚だから、舞台進行に混乱はなかったが、無断休演の責任を問われるのは本人ばかりでなく同期も同様だ。連帯責任は音楽学校以来の伝統である。午前公演が終わるや、同期生は上級生たちの間を謝って回り、絵衣子は自転車を借りて、旧すみれ寮に近い佑里のアパートへ走った……。

 組子たちに午後公演の準備を命じ、劇団事務所へ報告に向かう組長に、

「申し訳ありませんでした」

 同期全員が声を揃えた。佑里を責める者はいないが、急病が休演の言い訳になるとも思っていない。

 彼女たちはファン差し入れの「化粧前」で飾り立てた各自の席へ着き、準備を始めた。絵衣子は午前公演のあと、外へ出るために舞台用のメイクは落としてしまった。食事もしていなかったので、菓子を口へ押し込み、血糖値を上げながら、メイクに取りかかった。

「骨喰丸が笑う日」には原作があり、母里音平という小説家が以前に出版した物語である。文壇を嫌い、文壇から嫌われているこの原作者が絵衣子の生物学上の父親だった。

 家族制度上の父親は伊上周太。伊上は絵衣子が中学入学と同時に養女となった母方の叔父である。

 音平は少年時代から日本刀や刀装小道具の愛好家だったと聞いている。絵衣子が音楽学校入学に旅立つときも、東京駅で短刀なんか持たせてくれた。その時は白鞘だったが、付属の拵もあとから宝塚まで送りつけてくるありがた迷惑な父親だった。

 その短刀……骨喰丸は母方に伝来したものだが、伊上家には刀剣に興味を持つ者がおらず、手入れのために音平に預けられていた。伊上家は幕末以来、川村とか八七橋といった家の末裔が養子に入った家で、「骨喰丸が笑う日」は御先祖が清麿や北斎とも接点
があったという伝承を音平が構想としたものである。

 ありがた迷惑とはいえ、絵衣子は音楽学校の芝居小道具の授業で刀剣の扱いに慣れているところを見せ、一目置かれるようにもなった。かねてから母里音平作品の舞台化を目論んでいた刀剣好きの理事もいて、絵衣子が由緒ある骨喰丸を持っていることを知ると、創作の仕事にはこうした因縁があるものだといいながら宝塚の演目として実現させた。

 しかし、絵衣子は母里音平が実父であることは打ち明けず、親戚ということにしてある。吹聴することでもないし、隠すというより面倒だったからである。

 それでも何やらフクザツな家庭の子らしいと周囲も察しているようだが、それには触れない空気もあった。今の時代、そんな家庭は珍しくもない。

 そして、この公演中、骨喰丸は劇場ロビーにガラスケースを据えて、拵や白鞘とともに展示された。清麿が北斎の娘・栄のために作った短刀である。美術館モノの名品だった。

 

 終演後に電話で確認したところ、佑里は軽症で心配無用ということではあったが、ただ後遺症が出る心配もあり、すぐ復帰というわけにもいかず、この公演の残りの日程で彼女は休演となった。才藤徳志も軽い症状があり、今朝まで病院で治療を受けていたので、宝塚関係者への連絡が遅れたらしい。

 帰途、アパートへと戻る道すがら、絵衣子は音楽学校予科の頃を回想した。音楽学校の修業の日々をともに過ごした宝塚同期の結束は、他の社会では想像できないほど強い。特に常松佑里、小浪鏡子との出会いは絵衣子には強烈な記憶となっている。入学式の夜、同期の鏡子が寮を脱走し、絵衣子と佑里が連れ戻しに行ったのだ。

 入学式前に伊丹駐屯地から自衛隊の教官を招いて行進、礼の仕方を叩き込まれるのが宝塚教育の始まりだ。入寮の夜には新入の予科生全員、廊下に並ばされ、先輩の本科生から歩き方や服装など細部にわたる小言を頂戴する。そして、入学式。宝塚を宝塚たらしめている「規則」の分厚いプリントが渡される。初めて親元を離れた少女たちにはホームシックになるなというのが無理だ。

 深夜近く、絵衣子は本科の寮委員から呼び出された。呼ばれたのは予科全員ではなく、委員だけが秘かに聞かされた。小浪鏡子が寮内のどこにもいない。絵衣子は予科の寮委員を仰せつかっていた。しかし、小浪鏡子といわれても、同期の顔と名前がまだ一致しない。

 脱走者が出るのは入学式の夜。寮長も委員もそこは心得ていて、

「明日の朝一番で連れ戻してきなさい」

 と、命じられた。鏡子の実家は神戸の王子公園近くだった。絵衣子と予科の二番委員だった常松佑里の二人が早朝の電車で神戸へ向かった。

 委員は一番から四番まで任命され、同期がヘマをすれば一緒に頭を下げる。委員は成績順だから、優秀なのも考えものだった。

 脱走した鏡子は一番委員だったから、入試はトップ合格のはずだ。しかも歌劇団理事の一人である門馬響太郎の娘だった。

 電車の中で、絵衣子はそれを佑里から聞かされた。

「へええ。でも、門馬先生のお嬢さんなら自宅は宝塚近辺じゃないの?」

 音楽学校は全寮制というわけではない。アパートやマンションでの一人暮らしは許可されないが、自宅からの通学は認められている。

「王子公園なら宝塚から阪急で三十分。微妙な距離やな」

「はあ……。土地勘ないからわからないわ」

「門馬先生の自宅は芦屋やけどな。まあ、そのへんは家庭の事情いうもんやろなあ。第一、名字が違うし」

 離婚したということらしい。佑里は姫路出身で、宝塚受験生が集まるバレエスクールに通っていたから、同期たちの事情にも通じていた。

「理事のお嬢さんで一番委員の優等生が脱走するとはねぇ……」

 乗り換えの西宮北口駅へと向かう車窓は、絵衣子には見慣れぬ町並みだった。空席はあったが、阪急の電車には最敬礼することが礼儀とされる予科生ごときには座ることは許されなかった。

 あとで知ったのだが、佑里もまたサラブレッドで、母親は宝塚のOGだった。宝塚は家柄、血筋を重んじる傾向があり、母娘や姉妹がともにタカラジェンヌという例も珍しいことではない。小浪鏡子の場合は父が理事で、常松佑里は母がOGなのである。歌劇団入団後も下級生には試験があり、関係者を親類縁者に持つ生徒の場合、コネといわれたくない一心でレッスンに励むから、例外なく成績は優秀である。もっとも、採点に手心が加えられるという噂もあるが。

 関西育ちの佑里に土地勘があったおかげで、二人は目指す住所を探し当てることができた。

 応対に出た母親が門馬響太郎の前妻だった。目鼻立ちのはっきりした美人で、タダモノとも思えないが、彼女はあくまでも礼儀正しく冷静で、絵衣子たちは芸名がまだないので本名を名乗った。

 来意を告げずとも、もちろん母親にはわかっている。お上がりなさいともいわず、玄関に娘を呼んだ。おそらく一睡もしていないだろう鏡子の青い顔を見るなり、絵衣子は、

「帰るよっ!」

 それだけ叫んでいた。鏡子は何もいわず、バッグひとつを持って、それに従った。

 王子公園駅から西宮方向へと戻りながら、彼女たちは朝から何も食べていないのを思い出した。脱走した鏡子とて、朝食どころではなかったのだ。

「ファミレスでもないやろか」

 佑里はのんきなことをいったが、寮では寮長初め、気をもみながら待っている人たちがいる。この日、同期の予科生たちは歌劇団創設者である小林一三翁の墓参に出ているが、彼女たちも連帯責任を問われる。

 駅の立ち食いうどんですませようと提案したのは絵衣子だった。お嬢さん育ちの佑里と鏡子は尻込みしたが、絵衣子は高校の頃から慣れている。乗り換え途中で二人を店に押し込み、立ち食いを初体験させた。

 熱いうどんで胃を温めるうち、鏡子は泣きながら、

「御免な、御免な」

 と、繰り返した。

 もらい泣きしながら、うわ、私たち青春してるなあ、と実感したのを絵衣子は覚えている。なにしろ三人とも十代だった。二年後、常松佑里は七緒ゆりか、小浪鏡子は夏門みつ希となった。

 

 常松佑里の父親は姫路の開業医である。彼女は軽症ということで赤穂の病院を退院したが、後遺症を心配した父親が大事をとって、姫路市内の大病院へ再入院させた。

 公演がある日は見舞いに行けず、休演日を待って、絵衣子は佑里の入院先へ足を運んだ。花組の同期で成績最優秀の小浪鏡子が同行した。長身の彼女は見映えする男役で、実物の男と並んで歩くよりも気分がいい。舞台でも目立つ役どころを与えられる「路線」と呼ばれる有望株で、すでにファンクラブも作られている。

「同期の皆からことづけられた」

 と、この麗人は絵衣子にいった。

「私たちのかわりに佑里を一発殴っといてな、だって。君の拳には同期全員の思いが託されている。以上!」

「なんで私にいうのよ」

「かつて脱走歴のある私には佑里を怒る資格なんかないし」

「誰もがたくさんの失敗をして、迷惑をかけ合ってきたじゃないの」

 鏡子と一緒に向かった病室には、佑里だけでなく初対面の青年がいて、才藤徳志と名乗った。見舞いに行くことを事前に知らせてあったので、この男も彼女たちを待ち構えていたのだろう。童顔で柔和な雰囲気だが、格闘家のような身体は頑丈そうだ。

「佑里とは中学高校の幼馴染みなんです。赤穂で刀鍛冶をやっています」

 と自己紹介した。鏡子は稀少動物でも目の前にした表情だが、絵衣子は顔色も変えない。実の両親が東京芸大出身だったので、モノ作りを生業とする胡散臭い人種は見慣れている。

 佑里は少女のような儚さを漂わせる娘役だが、芯の強さが顔つきに出ている。絵衣子が見舞いに差し入れたホラー漫画を受け取り、

「もっと血湧き肉躍る漫画を持ってきてくれたまえ」

 笑顔だが、睨みつけながら、いった。絵衣子は負けずに睨み返す。 

「具合はどうなのよ、佑里」

「大丈夫。父が心配してこっちの病院に入れてくれたけど、大袈裟なのよ。中毒といっても、めまいと腰が抜けて動けなくなった程度。後遺症が出るほどの重度じゃない。すぐまた退院できる。皆には迷惑かけて御免」

 佑里は肩を落として謝罪した。

「昨日は外出を許可してもらって、劇団に謝りに行った」

 楽屋にも顔を出したようだが、あいにく絵衣子は生徒用食堂、鏡子は床山部屋にいた。会うことはできなかった。

「組長さんは、男と遊ぶならうまいことやりや、と笑ってた。豪快にゲラゲラ笑ってた」

 いかにも華斗詩音らしい。

 才藤徳志は立派な体格を縮めて恐縮しているが、「男と遊ぶ」の部分を否定するでもない。

「換気をちゃんとしなかった僕が悪いんです。鍛錬所には構造上、一酸化炭素が滞留しやすい場所があるんですが、油断してました。それから、連絡も遅れてしまいました。申し訳ないです。しかし、こうしてお二人にお会いしてみると、さすがは音楽学校の頃から注目されていた夏門みつ希さんとファンから宝塚やめてグラビアに行けといわれるみやび心華さんですね。存在感あります」

 皮肉なのか賛美なのかわからないが、この男には妙な人なつこさがある。鏡子は絵衣子に佑里を殴れとそそのかしたことを忘れて、笑っている。

「今は刀剣ブームだとかで、お忙しいんでしょ。刀剣女子が押し寄せてきたりして」

 鏡子は明るい声に単なる社交辞令ではない愛想を含ませたが、徳志は「うーん」と唸りながら苦笑した。

「いや。刀剣女子が好きなのは国宝や名物などの有名刀剣のみです。有名刀剣の現代製の写し物でも有り難がってくれるのは、作る側にしてみればうれしいのか情けないのか……。あっ、こんな話は余計ですね」

「この絵衣子……みやび心華は刀剣女子ではないけど、刀には無知でもないですよ」

 と、鏡子。鏡子も佑里も日常会話では関西アクセントの標準語を使うことが多い。関西でも標準語を使う上流家庭は少なくないが、全国区の劇団である宝塚では標準語を基本にしながら独自の言語へと進化している感がある。

「心華さんは」

 と、徳志は絵衣子を呼んだ。

「骨喰丸をお持ちだそうですね。それが今上演中の『骨喰丸が笑う日』の重要アイテムとなっている」

「ええ。劇場ロビーに展示されています」

「原作者の母里音平さんとはお知り合いなんですね」

「一応、親戚です」

「一応」という言葉にまったく一応ではない家庭の事情があったが、それを知る者はごく少ない。佑里と鏡子は同期の中でも特に親しいから知っているが、それを佑里は徳志に話していないようだ。

「展示を僕も見ましたが、骨喰丸の白鞘には倚門而望という墨書がありますね」

「そういえば、そんなような……」

「意味は御存知ですか」

「さあ。たぶん父親の落書きです。しょうもない言葉遊びが好きで」

「お父様は大学教授ですよね。骨喰丸は御先祖から伝わったとか」

「ああ、まあ、そんなような……」

 むろん、絵衣子が口にした「父」は教授などではなく、それは養父の役職である。ニコニコと愛想笑いでごまかし、言い訳でもするように、いった。

「父方ではなく母方が葛飾北斎の縁者で、あの短刀が伝来したとか聞いたことあります。刀好きの父に手入れのために預けてあったようです」

 ここでいう「父」も母里音平のことである。

「『戦国策』にある言葉ですね」

「え。何が?」

「倚門而望です」

 徳志は絵衣子の間抜けな表情を無視して言葉を続けた。

「春秋時代、斉の王孫賈(おうそんか)の母のエピソードです。いもんのぼう。門に寄りて望む。親が家の門あるいは村の門に立って、わが子を見送り、帰りを待つ、そんな意味です。骨喰丸は親から子へ渡された短刀ということですね」

 この男、何をいいたいのかと絵衣子は一直線の視線をぶつける。目力は強い。徳志はにこやかにそれを受け流した。

「実は他にも倚門而望という言葉を持つ短刀があるんです。鞘に書いてあるのではなく刀身に文字彫りされているんですが」

「はあ」

 徳志は薄い和紙を取り出した。

「短刀の押形……拓本です」

 骨喰丸よりもだいぶ小さな女持ちの懐剣である。刀身に「倚門而望」の彫りがある。茎には「播州赤穂住兼景」の作者銘と絵衣子の生年と同じ平成年紀、そして立夏の文字が刻まれている。