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鬼鶴の系譜 元禄編 第五回

鬼鶴の系譜 元禄編 第五回 森 雅裕

 翌十四日は快晴であった。昨夜のうちに積もった雪が、地上を白く輝かせている。家臣たちが雪かきしている庭の畑で、サエは青菜、ネギなどを掘り出し、凍えた指先に息を吹きかけながら、いった。

「今日の茶会は足元に気をつけて出かけねば……」

 縁側の奧で、縫之助はそれを聞いた。

「茶会?」

「お忘れですか。山田宗徧先生のお供をいたします」

 サエは宗徧の門下生なのである。

「お供? 先生のお宅で催される茶会ではないのか」

「本所の吉良様のお屋敷です」

「何だとお……」

「あら。申し上げませんでしたか。ほほほ、申し上げませんでしたね。月初めの吉良様の茶会が取りやめになって、今日に変更されました。宗徧先生も招かれていますので、優秀な弟子が同道いたします」

「今日は吉良邸で茶会なのか」

 小林平八郎は吉良家の予定など縫之助にも洩らさなかった。しかし、多数の客を招く以上、人の口に戸は立てられない。この日、吉良上野介が在宅予定であることを赤穂の浪人たちが知らぬといえるだろうか。

「せいぜい馳走になって来い」

「わび座敷に料理だて不相応なり、と千利休宗匠は述べておられます。茶会には御馳走など出ないものです。それより、料理人を呼んでくださるというあなたの約束を楽しみにしております。蕎麦で結構ですから。昨夜の蕎麦はいかがでしたか」

「あいつがまた作ってくれたらよいが……」

「あいつとやらは、もう作ってくださらないのですか」

「とにかく、サエ。早めに戻れ」

 茶会は夕刻には終わるだろうし、旗本の妻が夜歩きするわけはない。しかし、縫之助はそう釘を差した。

「何やら気がかりなら、迎えにきてくださいませ」

 サエは本気ではあるまいが、縫之助は真顔で考え込んだ。そして、

「それには及ばぬ」

 緊張感のない声で呟いた。しかし、家臣の中でも腕の立つ者を妻の供に選んだ。

 この夜は快晴。月齢は満月に近く、地上には雪明かりもあって、江戸の町は明るかった。もちろん、サエは暗くなる前に帰宅し、その夜は何事もなく過ぎた。森縫之助の家は。

 

 

 翌朝、台所に出入りする商人が情報をもたらし、縫之助は家臣からそれを聞いた。

「赤穂の浪人たちが吉良様お屋敷へ討ち入った由にございます!」

(うわ。とうとう、やりやがった……)

 縫之助は地団駄を踏む思いだったが、身体は脱力してしまった。さらに、

「吉良様は討ち取られた模様」

 とも聞いた。では、小林平八郎はどうしたのか。毛利小平太は討ち入りに参加したのか。本懐を遂げた浪人どもは今、どこでどうしているのか。何もわからない。

 本所へ駆けつけたかったが、騒乱事件が起きたとなれば、市中は厳戒態勢となろう。将軍警護を職務とする小性組の旗本が野次馬みたいに出歩くことはできない。第一、縫之助には登城日である。

 様子見のため小者を本所へ使わし、縫之助は登城の準備を急いだ。袴の紐を結ぶ手が震えた。その手を、着付けを手伝っていたサエがゆっくりと握った。

「大変なことになりましたなア」

「平八は用心深い男だが、他の者どもがのんき過ぎた。吉良家や上杉家には、平八を臆病者と笑う家臣もいたようだ」

「小林様にはお子様がありましたな」

 平八郎の妻は早死にしたのだが、まだ幼い女児があった。吉良邸内で一緒に暮らしていたはずだが……。

 肩が重くなるほどの疑問を背負いながら江戸城へあがると、小性組が詰める紅葉間も討ち入りの噂で持ちきりで、情報が交錯していた。赤穂の浪人たちは高輪泉岳寺にある浅野内匠頭の墓前に控えていたが、夕刻には大目付・仙石伯耆守邸へ移され、その間に幕閣の対応が協議された。とりあえず、浪人たちは細川家以下四大名に身柄を預けられることに決まった。

 縫之助は吉良上野介の首が奪われ、家臣に多くの死者が出ていることを洩れ聞いた。となれば、平八郎も闘死しただろう。あの男は生き恥をさらすようなことはするまい。一方、毛利小平太についてはまったく不明だった。

 平八郎は討ち入りを警戒していたが、吉良の家中にはそんな危機感などなかった。なにしろ、浅野内匠頭の切腹から一年十カ月(元禄十五年は閏年で八月が二回)も経っているのである。上野介と血縁にある上杉家にしても、巷説では大勢の護衛役を送り込んでいたことになっているが、実際は太平の世に慣れ、油断していた。

 十二月十九日、首を縫い合わせた上野介の遺体は市ヶ谷の万昌寺(のち中野へ移転し、万昌院)へ葬られ、ここに一部の家臣の墓も作られた。

 この頃には、事件の概要は明らかになっていた。討ち入った赤穂の浪人は四十六人とも四十七人ともいい、寝込みを襲われた吉良邸には九十人近い侍、中間、小者がいたが、多くは長屋の雨戸を封鎖されて外へ出られず、応戦できたのは二十人ほど。雨戸くらい蹴破れそうなものであるが、そういうことになっている。

 準備万端だった赤穂方に死者はおらず、対する吉良方の死者は上野介以外に十六人。小林平八郎の死体は南長屋役人小屋で発見されている。満身創痍であったという。

 吉良上野介の後継者・義周は十七歳で、事件当夜は薙刀を手に奮戦して、幕府の検分役を感心させたが、事件から一月半後の元禄十六年(一七〇三)二月四日、「当夜の振舞いが不届き」として改易の上、信濃諏訪藩にお預けを通達される。同日、赤穂の浪人たちには切腹が言い渡され、その日のうちに執行された。

 

 

 縫之助は昼行灯のような男ではあるが、修練を積んだ武士である。お人好しでもない。釣谷や猪之松の一味の復讐を警戒し、外出時の脇差を刃のついていない鉄刀にかえた。往来で真剣を抜くわけにはいかないのである。木刀がわりになる杖を持ち歩き、数本の手裏剣も携帯した。

 親友を失い、心が殺伐としていた。時には、胡乱な連中に尾行されることもあったが、そんな時は振り返り、逆に追い回した。おかしなもので、追うと逃げていく。縫之助に手出しする者は現れなかった。ただ、杖を手にしながら駆け回る彼の健脚を目撃した近所の連中は、森殿はついに狂ったと噂したが。

 妻のサエが、噂の広まっていることを報告した。

「実家の父が、心配しておりました。奇行はかまわんが、刃傷沙汰はくれぐれも起こさぬように、と」

 武家の婚姻は不公平なもので、女の側に病気や異常は許されないが、男の側は問題視されない。

「それで、お前は何と応えたのだ?」

「無礼者を木刀で追い回すくらいは私もやっております、と。外に出る時は、供の小者に木刀を持たせていますから」

「そんな無礼者がいたのか」

「お茶の宗徧先生のところに、赤穂事件を書いている戯作者だか芝居作者だかが吉良様のことを根掘り葉掘り、聞きに来るのです。あなたが小林様と懇意だったことを聞きつけ、私にもつきまとうヤカラが……。まア、二度と近づこうとはしないでしょう。あははは」

 似た者夫婦というものであろう。

 

 

 元禄十六年十二月は吉良上野介と家臣の一周忌であったが、この年の十一月に江戸は大地震に見舞われ、発生した火災と合わせて、二十万を越える死者を出していた。陸奥、京都でも体感されたという巨大地震で、斎藤月岑「武江年表」にいわく「石垣壊れ、家蔵潰れ、穴蔵揺れあげ死人夥しく、泣きさけぶ声街にかまびすし。又所々毀れたる家より失火あり。八時過ぎ、津浪ありて房総人馬多く死す」

 このため、翌十七年三月には宝永と改元することになる。そんな状況でもあり、吉良家の一周忌法要は菩提寺の万昌寺において、内輪でつつましく営まれた。

 同日、本所慈眼寺(のち巣鴨へ移転)では小林平八郎の法要が行われ、森縫之助はこれに参列した。といっても、顔を並べたのは十人に満たなかった。

 平八郎の墓は吉良家と同じ万昌寺にも作られたが、慈眼寺に墓を建てたのは中島伊勢という男である。代々、この名で幕府御用をつとめる鏡の研磨師だった。平八郎の妻の縁続きだそうだ。平八郎の幼い女児は討ち入りの巻き添えを免れ、伊勢が養女として引き取っていた。

 伊勢は恰幅のいい初老の人物で、とりあえず悪人ではない。法要が一段落すると、縫之助にいった。

「討ち入りからもう一年でございますか。世間では義挙とか壮挙とか囃し立てましたが、変事を面白がっているだけのこと」

 幕府にしてみれば、この「変事」を市民の不満のはけ口として利用したのである。だが、縫之助の不満は出口がない。感情を殺して、いった。

「小林平八郎は愚挙だといっていました。本当に愚かなのは世間かも知れません。しかし、私にしても、討ち入りには一種の爽快感がありましたが」

 友である平八郎を失わなければ、という一言が抜けている。何をいっているのか、この男は、という目つきで、伊勢は縫之助を見やった。

「お斎の席へどうぞ」

 と誘われたが、見知らぬ者たちと同席するのは気が進まなかった。

「腹の具合が悪いので」

 そういって断り、一人離れて、ぼんやり平八郎の墓前に立っていると、若い侍が近づいてきた。参列者ではない。

「やはり、こちらでしたか。小林殿の一周忌ゆえ、お出でになると思いました」

「どなただったかな」

「釣谷博之介。斬り合いの夜以来です」

「ああ……。三男坊」

 まさか仇敵の墓参りに来たわけではあるまい。博之介は目の前にある平八郎の墓には見向きもせず、いった。

「御心配なく。兄たちの仇討ちに来たわけではありません」

「別に心配なんかしちゃいねぇや」

「討ち入りから、もう一年。江戸はせわしないですね。先月の地震と大火では、森殿のお屋敷は御無事でしたか」

「物置小屋の床が抜けたり、屋根瓦が落ちたくらいだ」

「当方の屋敷も一部の損壊だけですみましたが、品川の猪之松は倒壊しました。無理な増築を重ねていましたからね。主人の松太郎は下敷きになって死にましたよ」

「へえ。一年前のあの夜のあと、しばらくわが屋敷の周囲を徒ら者(やくざ)がうろついていた。あんなふうにつけ狙われることもなくなってしまうのか」

「おや。残念なように聞こえますが」

「武士なんて退屈なもんだ。俺がこうして生きていることを知り、認めてくれる者も少ない。恨んで憎んで、狙ってくる奴がいるだけマシさ」

「奇特な考えですな。あ、私は近く釣谷家の跡取りとして、お上(将軍)へのお目見えにあずかります」

「そりゃめでたいやな」

「森殿と私は今後も互いに秘密を守っていく仲。よしみを感じてもよろしいですか」

「なるほど、そんなことを確かめに来たか」

 やはり、この男も釣谷の血だ。打算と猜疑心しかない。縫之助が秘密を守れるか、確認に来たのである。

「俺はおぬしと手を取り合って世渡りする気はない。忘れてくれ。俺も忘れる」

「そうですか。そうします。父は息子二人を一度に失って、呆けてしまいました。時々、あなた方のことを思い出して、わめきながら刀をつかんで飛び出そうとしますが、かろうじて押しとどめておりますよ」

「息子二人を斬ったのは小林平八郎と蕎麦屋だ。まあ、俺も恨まれて当然だが」

「そういえば、あの蕎麦屋、実は赤穂の浪人でしたね。本名は聞かなかったが、討ち入りに参加していたのでしょうか」

 毛利小平太の名前は切腹した四十六士の中になかった。しかし、

「むろんだ」

 縫之助は博之介を睨みつけながら断言した。反論させる隙など見せなかった。

「わかりました。でも、どうして、あの者は小林殿と同道していたのですか。仇敵同士なのに」

「家と家は仇敵でも、奴らは仇敵じゃなかったんだろうよ」

 面倒臭くなり、縫之助は背を丸めて歩き出した。

「ああ、森殿」

 釣谷博之介は兄たちに似た薄笑いを浮かべ、いった。

「深川に評判の蕎麦屋があるようです」

「……?」

「ごく最近できた、屋台に毛が生えたような粗末な店で、夫婦でやっているらしい。そんなところへ私は食いに行く気になりませんが、富岡八幡の裏です。そこでは白い蕎麦を出すそうですよ。天ぷらも評判です」

「そうか。今度、行ってみよう。期待通りの蕎麦屋なら、屋敷へ呼んで、妻にも食わせてやらねば」

「期待通りの蕎麦屋なら……ですか」

 寺の山門を出たところで釣谷博之介と別れ、縫之助は茶屋の床几に腰を下ろした。

 十一月の地震と大火で本所も被災したので、あちこちに残骸が残り、仮普請で営業している店もある。復興に精を出すたくましい者もいれば、肩を落として、さまよい歩く者もいる。

 縫之助はどちらでもない。淡々と日々を過ごしているだけである。泰平の世の旗本はそうしたものだと思っている。だが、何やら取り残された気がする。友が生命をかけた場面に何もできなかったという悔いも、事件以来、胸の奥にわだかまっていた。

 小林平八郎と一緒に何かを見ることも食することも、もうない。

「つまらねぇなあ」

 冬空を見上げ、縫之助は独りごちた。抜けるような藍色の空に白い雲が浮かんでいる。

 この男、森縫之助正清は享保二十年(一七三五)に六十八歳で没したことが『寛政重修諸家譜』の記録に残っており、つつがなく天寿をまっとうしたようである。

 元禄赤穂事件を題材とした最初の芝居は、浪士たちの切腹から十二日後の元禄十六年二月十六日に上演された「曙曽我夜討」であるが、三日目には上演禁止となった。しかし、討ち入りから四十七年後の寛延元年(一七四八)に上演された「仮名手本忠臣蔵」の大当たりにより、事件の評価は決定的となる。義は赤穂、悪は吉良である。しかし、縫之助の没後十三年を経た上演であるから、彼の知るところではなかった。

 大石内蔵助が残した書状や口上書には、毛利小平太の名前を連盟者として記載したものがあるが、討ち入りには参加しておらず、突然の脱退だったと見られている。赤穂浪人のうち、参加者は英雄視されたが、脱盟者はその親類縁者までもが蔑視されたため、世間の目を逃れて生きるしかなく、毛利小平太のその後の人生は不明である。

鬼鶴の系譜 元禄編 第四回

鬼鶴の系譜 元禄編 第四回 森 雅裕

 質素な蕎麦を前にして、猪之松の松太郎は嘆息するように唸った。

「うーん。天ぷらをのせるようなタネ物は粋じゃないというわけですかな。薬味はネギ。ネギはよくあるが、すりつぶしたような緑色のものは……あ、ワサビですか。辛みは大根をおろして使うことが多いのだが、うーん、これは好き嫌いが分かれますな。それより何より、驚くほど白い蕎麦ですなあ。上品だ。しかし、冬に冷たい蕎麦はないでしょう」

 松太郎は料理茶屋の主人である。本人はそのつもりである。もっともらしい顔で、

「味はね、うまいことはうまい。しかし、力がない」

 意味不明な批評を下した。

 釣谷黄次郎も不満を洩らした。

「なんだって、この蕎麦は白いんだ?」

 のちにいう「さらしなそば」であるが、まだ製粉技術が進んでいない時代である。

「そもそも蕎麦ってのは黒いもんだ。素朴な香りが蕎麦の醍醐味だぜ」

 投票前にとやかく評するのは、客たちの入れ札を誘導するようなものである。

「こいつは勝負を捨てたな。誰の作か察しがつくというもの。よほどイトを助けたいと見える。なあ、食通の小林殿。おわかりだろう。けけけ」

 黄次郎に挑発され、平八郎は仏頂面で応じた。

「蕎麦が黒いのは殻を一緒に挽き込んでいるためだ。香りと思われているのは殻のアクの匂いであって、力がないと感じるのは、殻入りの食感を野趣だといって有り難がっているからだ。蕎麦の実は白いのだから、殻を取り除けば、当然、白い蕎麦になる。鼻で嗅いでも強く匂わないが、これを口に入れた時に広がるのが本来の蕎麦の香りだ。石臼を挽いているうちに蕎麦の実の異なる部位が順に出てくるから、それらの粉を按配よく混ぜ合わせてあるのだろう」

 そういえば、勝負するために必要な蕎麦粉を入手する目処がついたとか、毛利小平太はいっていたが……。そして、このつゆ、縫之助には舌に覚えのある風味である。先夜、平八郎とともに食した蕎麦のつゆだ。

「何よりも、この白い粉を得るために石臼とふるいを何種類も使いこなす工夫は、並大抵ではないと思いますぞ。決して、勝負を捨てたわけではありますまい」

 このように平八郎が白い蕎麦について評価したのは、作者を察したからというより、天ぷら蕎麦に好意的なこの場の空気に対して、あくまでも公平を期するためだろう。だが、

「けっ」

 と、聞こえよがしに黄次郎が鼻を鳴らした。もはや憎悪しかない。

「よく御存知だ。吉良家がつぶれても料理人で食っていけますな」

 松太郎も相槌を打った。

「何なら、わが猪之松で雇わせていただきますよ。ほっほっほ」

 平八郎は冷たく彼らを見据えた。

「それは喧嘩を売っておられるのかな」

 こいつ、買う気か。仕方がない。縫之助もいつでも席を蹴る覚悟を決めた。

「まあまあ、他の客人もおられる」

 主人の釣谷一之進がとりなしたが、他の客がいなければ、釣谷家の異常者どもは前後の見境がなくなるだろう。

 小鍋に入れた蕎麦湯が運ばれてきて、各自の残りつゆに注がれた。

「信州ではこんなものを飲むそうですが、江戸ではまだチョット……」

 松太郎がためらいがちに口にして、

「しかし、悪くありませんな」

 そう感想を洩らした。縫之助、平八郎も飲んだ。だが、多くの客はシメとして出された豆腐の吸い物の方に興味を向けた。

「吸い物は当家の料理人が調理したもの」

 釣谷一之進がいったものだから、客たちは声を揃えて、

「さすがに結構ですな」

 と、世辞を発した。

 こうした胸の悪くなるような空気の中で、紙片が配られた。

「一番目か二番目か、お気に召した方を書いて提出していただきたい」

 と、釣谷新吾がいい、彼自身も投票に加わった。入れ札は釣谷一之進の手元に集められ、一之進も一票を投じた。

 縫之助は「二」と書いた。「かき揚げあるいは寄せ揚げ」の天ぷらは斬新で感動的ですらあったが、蕎麦そのものは二番目の方が甘みがあり、うまいと感じたからである。

 集計の間に毛利小平太とイトが呼ばれ、敷居の向こうに固い表情で控えた。

「で、父上。結果はどうなのですか」

 新吾が尋ね、一之進は紙片の束を膝元に広げた。

「家臣、出入りの者ども、すべての入れ札がここにある。合わせて三十五枚。勘定したところ、三十対五で、一番の勝ちだ。豪勢なタネが人気を集めたようだ」

 イトが頭を下げた。天ぷら蕎麦は彼女の作だったわけである。

 松太郎が、自分は見る目があるぞとばかりに発言した。

「イト。このかき揚げというか寄せ揚げというか、タネはおおよそわかった。しかし、うっすらと焦げ目がついている白いのは何だ?」

「頭葱とか葱頭とか呼ばれるものです」

「アタマネギ? 何かな、それは」

「根深ネギと違い、丸い形となるネギです。長崎で花を愛でるために栽培されているようですが、南蛮では食することもあるとか」

「新しい。なかなかよい。それにひきかえ、簡素な白い蕎麦は何事ですかな」

 毛利小平太は周囲の冷たい視線にも屈せず、

「これからの江戸の蕎麦は白い蕎麦になっていきますよ。黒い蕎麦は田舎蕎麦です」

 と、明言した。

「けっ。わざと負けたのだろう」

 黄次郎がダミ声で怒鳴った。

「おい、蕎麦屋。お前の望みはかなった。これでイトは自由の身だ」

 小平太は負けを望んだわけではない。自分の蕎麦を追求したまでなのだが、俗物どもに理解してもらおうとは彼自身も考えていないようだ。

「では、イトは私が連れていってもよろしいのですな」

 小平太が静かに告げ、イトも不服な様子はない。

 家長の釣谷一之進が大仰に目を丸くした。

「これは性急な……。諸々の準備というものがあろう」

「家財を荷車に積んで引っ越しするわけではありませんから」

「まあ、どうせイトに家財など何もありはせぬが」

 黄次郎が毒づいた。

「ふん。よほど女に飢えているのだろう。待ちきれずに今夜からエッサエッサ励みやがれ。けけけ」

 まるきり無頼の徒である。だが、毛利小平太は平静だ。

「そちら様の気が変わらぬうちに、お暇するといっているだけです」

「こいつ……。蕎麦屋ごときが無礼だぞ。かつては武家だったようだが、取り潰しにでもなったか。恥さらしなことよ。しかし、慶安の変(由比正雪の乱)以降、取り潰しになった藩は少ない。どこの藩か」

「どこでもよかろう」

 と、割って入ったのは小林平八郎である。

「私たちも失礼する」

 小平太とイトを促して、立ち上がった。縫之助も続いた。外は、夜空に白いものが舞っている。

 

 

 縫之助と平八郎は小者が持参した傘を差した。小平太とイトは一つの傘に入っている。本当にイトは身ひとつだ。

 傘にあたる雪の音を聞きながら、

「白い蕎麦粉を得るのは大変だろうな」

 と、平八郎が小平太に尋ねた。

「知り合いの粉屋に頼んで、俺が自分で石臼を挽かせてもらった。手間がかかりすぎて、世間へ広まるには時が必要だろう。しかし、食感はこれまでの蕎麦にないものだ」

「いずれ、江戸の蕎麦は白くなる……か」

 そんな会話を聞いていると、縫之助は妻にも食べさせたくなり、自分だけが味わったことに何やらうしろめたさを覚えた。しかし、そんな甘い感情は長続きしなかった。 

 武家地に続く塀沿いに何度か折れて歩き、

「正太」

 と、縫之助は提灯で足元を照らしている小者に声をかけた。

「俺が走れといったら、傘も提灯も捨て、振り向かずに走れ。この先の辻番所へ逃げ込め」

「へ? どうしてでございます?」

「ケガしたくなかったら、いう通りにしろ。辻番所で待て。助けなど呼ばずともよいぞ。あとが面倒だ」

 平八郎も自分の小者に同じことを命じた。そして、

「木原武右衛門殿も」

 と、毛利小平太を呼び、

「おぬしもイトを連れて、一目散に走れ」

 そういったが、彼は拒否した。

「御両人を残して、俺が逃げるわけにはいかぬ」

「そうか。では、イトは小者たちにまかせよう」

 小平太は得物を持たない。縫之助は自分の脇差を鞘ごと腰から引き抜き、彼に渡した。幅広で二尺近い長脇差を選んである。

 後方から剣呑な空気が近づいてきた。

「走れ!」

 縫之助が叫ぶと、小者たちはイトの手を引っ張って駆け出した。残った縫之助たち三人は、悠然と振り返った。

 雪を蹴散らし、せわしない足音が彼らを囲んだ。八人。猪之松の松太郎と釣谷三兄弟の顔があった。あとは猪之松の身内らしい無頼の徒、それに釣谷の家臣である。

「挨拶が足りなかったようだ」

 と、黄次郎が進み出た。縫之助はここまで抑えていた怒りを、ゆっくりと解き放つ。

「釣谷家では客にこんな見送りをするのか」

「お前たちは客じゃねぇ。憎まれ者の吉良の家臣、貧乏旗本、そして、そこの蕎麦屋はどこかの馬の骨だ」

 その罵倒に、小平太がよく響く声で応じた。

「そういえば、馬の骨のもとの藩をお尋ねだったな。答えて進ぜる。播州赤穂だ」

「これはこれは……。主君の恨みも晴らせねぇ腰抜けじゃねぇかよ。ぐははははははは。浅野の遺臣が吉良の家臣と同道とはあきれる」

「昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵となる仲だ。おぬしにはわかるまい」

 無用な舌戦をしている暇はない。

「誰が通りかかるか、わからん。さっさとすませよう」

 と、縫之助は捨てられた提灯の火を踏み消した。喧嘩は熱いうちに実行せねば、邪魔な分別や恐怖が芽生えてしまう。

 空は雲が覆い、周囲はほとんど闇である。雪は仄明るいが、視界を助けるほどには、まだ降り積もっていない。それでも、釣谷たちが抜刀するのはわかった。

「何だ。相撲でもとるのかと思ったら、江戸市中で抜刀かよ。その身は切腹、家は断絶になりかねんぞ。正気か」

「お前らの死体をわが屋敷の裏山にでも埋めて、あとは知らぬ存ぜぬを通すだけだ。恐いか。恐いか。泣け。けけけけ」

 釣谷の家臣たちが襲いかかってきた。縫之助たちは傘を投げ、移動しながら抜刀した。乱闘となった。闇の中に刃と刃がぶつかる火花が散り、刃こぼれの砕片が縫之助の顔に当たった。あちこちで悲鳴と呻き声が交錯した。

 縫之助は手当たり次第に刀を振り回したが、いつの間にか手元から抜け飛んでしまったので、素手で一人を投げ飛ばし、押さえつけた。釣谷兄弟の末弟の博之介だった。この男は荒事は得意ではないらしく、抵抗はすぐにあきらめた。

 見回すと、路上には何人か転がり、雪を血で汚し、泣きながら這っている。足が無事な者は逃げ出した。猪之松の松太郎も逃げ足は実に早かった。

 縫之助は博之介を組み伏せながら、地べたから怒鳴った。

「平八! どうなってる?」

 闇の向こうから返事があった。

「何人か手応えはあったが、殺したのは一人だ」

「武右衛門! おい、蕎麦屋! お前はどうだ?」

「一人に深手を負わせた。いや……死んだ」

 博之介がこの修羅場で吐き始めたので、縫之助は飛び退いてあやうく難を逃れ、平八郎の足元に転がっている死体につまずきそうになった。死体は次男の釣谷黄次郎だった。腹を二つに切断するほどの、凄まじい斬り口である。小平太の傍らには長男の釣谷新吾。こちらの死体は首を斬り裂かれている。

 縫之助は小平太から脇差を回収し、落とした刀も鞘へ戻した。

「おい。三男坊」

 闇の中にしゃがみ込んでいる博之介に声をかけた。

「兄たちは死んだ。お前はどうする?」

「そうですね……。死体とケガ人を屋敷へ運びますよ」

 声が震えている。

「いいのか、それで」

「表沙汰になれば、家名断絶になりかねない。秘すれば、私が家名を継ぐ。そういうことです」

「お前はなかなか利口だ」

「あなた方にしても同様です。私闘は天下の御法度。お互いに家名の危機。おわかりですね。松太郎にも釘を差しておきますから」

「ふん。あいつは利口じゃなさそうだがな」

 釣谷の一味を残して、縫之助たちは血の匂いが立ちこめるその場を離れた。

 振り返りながら、

「復讐されませんか」

 たいして不安そうでもなく毛利小平太がいい、小林平八郎もあまり深刻ではない語調で言葉を返した。

「こんなことが表沙汰になれば、釣谷にしてみれば家の恥、猪之松もただではすむまい。とはいえ、良識の通じる連中ではないから、油断はできぬ。武右衛門殿から、御迷惑をおかけしますと俺たちに一言あってもよさそうなものだが」

 武右衛門こと小平太はそんな期待には応えなかった。だが、辻番所にたどり着くと、待っていたイトが頭を下げた。

「御迷惑をおかけしました。ありがとうございました」

 涙さえ流しているが、小平太は逃げるようにそっぽを向いた。

「礼は森殿と小林殿に。俺は、いい」

 これには平八郎が乾いた笑いを放った。 

「なるほど。イトはもうおぬしの身内というわけか。そして、俺たちには他人行儀。いいさ、それで」

「ひがむな」

 と、小平太。

「何かを得れば何かを失う。それが人の世だ」

「どういう意味だ、それは」

「いずれわかる」

「ふうん……」

 この辻番所は上杉家が設けた、いわゆる大名辻番である。辻番人は平八郎が上杉家ゆかりの者であると小者から聞いたのだろう、どう見ても不審な集団なのだが、詮索もせずに平身低頭し、傘まで貸してくれた。

 雪がさらにひどくなった。返り血で少しばかり衣服を汚していたが、彼らに目をとめる通行人はいない。

「私どもはこれで」

 小平太とイトが連れ立って別の道を行くのを見送り、

「あの、小林様」

 平八郎が従えている小者が、小声でいった。

「あの方、見覚えがあるような気がいたします」

「蕎麦屋のことか」

「へえ。以前、お屋敷の中間部屋に似た男がおりました」

「わが吉良屋敷で働いていたのか」

「はい。ごく短い間でしたし、私もちらりと見かける程度でしたから、はっきりとは申し上げられませんが」

「そうか」

 吉良屋敷に潜入し、内偵していたのだろうか。

「あいつ、イトを得て、何かを失ったのかな」

 平八郎は一体何を予感したのか、感傷的だが、縫之助は強い声で、いった。

「用心しろ。上杉家から警護の人数を寄こしてもらったらどうだ?」

「以前からお願いしているが、上杉家も余裕があるわけではない。吉良家の普請や買い掛け金は上杉家が負担することも多い。それを苦々しく思っている家臣もいる」

 品川から北へ歩き、虎之門の手前で、

「またな」

「おう」

 何事もなかったかのごとく平八郎と別れ、縫之助は四谷の自邸へ戻った。彼は一人も殺していないが、乱闘の中で返り血を浴び、泥にもまみれている。

 妻のサエは小さく悲鳴をあげたが、表情は笑っている。

「何としたことですか。蕎麦を食べに行くと仰せでしたのに、随分と血なまぐさい蕎麦だったようでございますね。おケガなさいましたか」

「いや。返り血だ。辻斬りを成敗した。だが、口外するな」

「いたしませんとも。でも、これきりにしてください。洗うのが大変です」

「すまぬ。今度、私がよそで何か食う時には、お前も連れていく」

「武家の妻がそうもいきませぬ」

「では、料理人をここへ呼ぼう」

 あまり現実味のある話ではない。晦日の掛け取りに頭を痛めている貧乏旗本である。

「アラ、うれしい。涙が出そうです。夢なら覚めませんように」

「夢だ。明日の朝には忘れる」

「じゃア、今夜は寝ないでいましょうかしら。あ、嫌だ、そういう意味ではございませんよ、あははは」

 この夫婦の会話はいつも呑気である。

「家臣どもを中庭に集めてくれ」

 家臣といっても、侍二人と中間一人にすぎない。あとは戦闘要員ではない小者、飯炊きの使用人である。軍役規定を満たす必要がある場合のみ臨時の人数を雇い入れるのである。

「わけあって、当家に恨みを持つ者がある。警戒怠らず、一人では外出するな。ただし、このことは他言無用」

 と、縫之助は彼らに申し渡した。

鬼鶴の系譜 元禄編 第三回

鬼鶴の系譜 元禄編 第三回 森 雅裕

 釣谷新吾という男、ろくでもないことには頭が回るらしい。

「師走の十三日はどこの屋敷も煤払いと決まっている。使用人や出入りの者ども総出で大掃除を行う」

「小身の旗本はそんな大袈裟なことはしないけどな」

 縫之助は他人事のように呟いたが、新吾はかまわずに目の前の蕎麦屋・武右衛門を見据えている。

「煤払いのあとは働いた者たちに蕎麦などふるまうのが慣例だ。その蕎麦作りをイトとおぬしで競うのだ。より多くの者がうまいと入れ札を投じた方が勝ち」

「公正な勝負なのかな、それは」

 と、木原武右衛門こと毛利小平太は抗議するように、いった。新吾は冷笑しか見せない。

「森殿、小林殿にも判定に加わっていただこう。イトが勝てば、あの娘は自由。おぬしが世話をしてやるのもよかろう。そして、おぬしが勝てば、おぬしに店を一軒持たせてやる。ただし、イトは身売りだ。どうかな?」

「俺は自分の店よりもイトの自由を選ぶかも知れんぞ」

「おぬしが負ければどうなるかな。品川界隈はおろか、江戸市中で商売などできぬ予感がするぞ。ふふ。棒手振りの鑑札も持てるかどうか……」

 妨害する力を釣谷家と猪之松は持っているということか。しかし、毛利小平太が蕎麦屋という商売にどれほど執着しているのか、縫之助も平八郎も知らない。負けてもかまわぬ考えで、この勝負を受けるかと思ったら、意外にも、

「考えておく」

 と、小平太の返答は曖昧だった。

 

 

 釣谷新吾との対面を終え、外に出て、猪之松の店構えの横へ向かうと、ひと悶着が起きていた。そこに置いた小平太の屋台を知性のなさそうな男たちが取り囲み、

「こんなところに置くな」

 難癖をつけながら、商売道具に蹴る投げるの狼藉を働いており、それをイトが制止しようと懸命に取りすがっていた。むろん、娘一人の抵抗などむなしく、屋台はすでに破壊され、ついにはひっくり返された。

「何をするか、貴様らあ」

 縫之助と平八郎は駆け出し、折れた棒きれを拾い、振りかざした。暴徒どもはこうした荒事に慣れているらしく、奇声を発しながら逃げ去ってしまった。

 小平太はイトを見ている。

「けがはないか」

「大丈夫。でも、屋台を見ていてくれといわれたのに……申し訳ありません」

「あぶない思いをしてまで守ってくれなくてよかったのだ。俺は蕎麦屋をやめようと思ってる。今夜は贔屓にしてくれる夜鷹たちに最後の商売をするつもりだった」

 おや、と縫之助は眉を上げた。毛利小平太は蕎麦屋をやめてどうするのか。

 店の者に呼ばれたイトが、振り返りながらこの場を離れるのを見送り、縫之助は眠たげな声を発した。

「おい、武右衛門」

 本名を呼ぶのはためらわれた。

「あの暴漢どもは何だ?」

「ここらの地回りの手下どもだ。猪之松の息がかかった連中だ」

「何かとお前を妨害する連中か。ところで、今夜が最後の商売のつもりだとかいったようだが」

「それがどうかしたか」

「だから、釣谷新吾に勝負をけしかけられても受けなかったのか」

「俺の商売、おぬしたちには関わりのないことだ」

「仕官でも決まったのか」

「何と答えても、どうせ疑うのだろう」

「残骸となったこの屋台、どうする?」

「これにて店仕舞いだ。使えそうな道具だけ残して、あとは焚き付けにするさ。おぬしら、もう行ってくれ」

 すっかり身分立場を超えた言葉遣いになっている。だが、違和感も不快感もなかった。

「……気が向いたら、顔を見せに来い」

 縫之助は自宅の場所を教え、小平太と別れた。小林平八郎と並んで、江戸の中心部へと向かい、冷たい夜道を踏む互いの足音を聞いていると、

「師走だな」

 ぽつり、と平八郎がいった。吐く息が白かった。

「毛利小平太は蕎麦屋をやめるつもりだという。惜しい腕だ。かなり修業しただろうに、商売よりも大事なものがあると見える」

「おいおい。まさか、討ち入りが近いというのではあるまいな」

「討ち入るなら、御前(上野介)が在宅の日でなければならぬな」

「たとえば?」

「茶会が予定されている日など」

「せいぜい警戒しておけ」

「お前には緊張感というものがないな、縫之助」

「しょせん他人事だからなあ」 

「女のことは気にかけるくせに」

「どう思う? あのイトという娘」

「美人だが、生きることに望みを失っている。いや、幼い頃から望みを持てぬ境遇だったのだろう。今の境遇から抜け出すことなど考えも及ばない。ささやかな希望が料理だというが、どれほどの腕であろうと、女では身を立てることもかなわぬ。まあ、放っておけぬと憂える男もいるだろう。毛利小平太のように」

「毛利は惚れているかな、あの娘に」

「でなければ、品川くんだりで蕎麦屋の屋台をかつぐ理由はあるまい」

「ならば、この勝負を受けそうなものだが」

「毛利が勝てばイトが傷つき、イトが勝てば毛利が傷つく。釣谷新吾はそれを楽しんでいる。そんな遊び道具にされるのは業腹というわけだ。……何にしても、縫之助」

「何だ?」

「あの赤穂浪人が勝負を受けぬという以上、この話は終わりだ」

 煤払いの十三日という、釣谷新吾が提案した日程に何かの支障があるのかも知れない。毛利小平太にしてみれば、その日に蕎麦作りなどできないということか。縫之助はいやな悪寒さえ覚えた。平八郎も思いは同じらしく、むっつりと黙り込み、白い息を吐き散らした。

 

 

 しかし、毛利小平太との関わりはまだ終わっていなかった。十二月七日、彼の方から縫之助を訪ねてきたのである。

「勝負を受けることにした」

「え?」

「イトと蕎麦の腕を競いますよ。釣谷の屋敷で煤払いが行われる十三日」

「それはまたどういう風の吹き回しか」

「勝負するために必要な蕎麦粉を入手する目処がついたからだ」

「蕎麦粉に違いがあるのか」

「むろん。森殿、小林殿にも見ていただき、食していただきたい」

「そういや、俺と平八にも判定に加われと釣谷はいっていたなあ」

「吉良邸に小林殿を訪ねることは私にはできぬ。半殺しにされたくありませんからな。森殿からよろしくお伝え願いたい。当日は夕刻から蕎麦をお出しする」

「お前、蕎麦屋を続けることにしたのか」

「…………」

「義理と人情の狭間で、迷っているのだな。あのな、浪人に守るべき義理なんぞありはしないぞ」

 小平太は答えず、丁寧に頭を下げ、辞去した。

 

 

 その日のうちに縫之助は吉良邸を訪ね、平八郎にこの件を伝えて、承知させた。

「十三日ならよかろう」

「他の日は忙しいのか」

「吉良家の予定を軽々しく口外できぬ。たとえお前でも」

「過ぎた日のことなら話せるだろう。この数日、吉良家で何かありはしなかったか」

「五日には屋敷で茶会の予定だったが……」

「だったが……?」

「取りやめになった。山田宗徧殿が仕える小笠原佐渡(長重)様の家に不幸があってな」

 山田宗徧は千利休の孫・宗旦の一番弟子で、吉良家にも出入りしている。

「すると、その日は上野介殿が在宅だったわけだな」

「赤穂の浪人ども、討ち入る予定だったというのか。それはまあ、茶会が催されることは前から決まっていたのだから、どこからか洩れたかも知れん。しかし、取りやめになったのは寸前だぞ」

「あるいは……五日にはお上(徳川綱吉)が柳沢美濃(吉保)様の下屋敷(六義園)へ御成りになった。俺は警護の当番ではなかったが、市中の警戒は日頃よりもきびしかった。それゆえ、討ち入りを中止したということは有り得る」

「五日に討ち入るつもりだったから、十三日にイトとの腕比べなどできるわけもなかったか」

「考えすぎかも知れん。討ち入りの画策がそこまで進んでいるなら、毛利小平太がいまだに品川でぐずぐずしているわけがない」

「吉良家の家臣である俺と知り合ってしまったからな。油断させたいのかも知れぬ」

「お前は性格がよくないなあ。奴が品川にとどまっている一番の理由は、イトだろう」

「だとしたら、愚挙に参加するか女を選ぶか、奴は迷っている。武士らしからぬ軟弱さよ」

「愚挙か。世間では忠義というかも知れん」

「松の廊下で、無抵抗なわが殿を一方的に斬りつけておいて、罰せられたから仇を討つというのでは筋が通らぬ。喧嘩ですらないのだから、喧嘩両成敗も当てはまらぬ。討ち入りは愚挙だ。忠義というが、浅野内匠頭は自ら刃傷沙汰を起こして家名断絶となった。その時点で家臣は捨てられたのだ。もはや主従ではない」

「そうはいっても、亡君の恨みを晴らしたいのが人情だろう」

「人情を押し通せば法が成り立たぬ。逆恨みというものだ」

「お前はゆるがぬ信念を持っているな。俺の心は今日はあちら明日はこちらと、いつも旅に出ているが」

「意味のわからぬことをいうな。とにかく、十三日には釣谷の屋敷へ行くしかあるまい。……縫之助」

「何だ?」

「当日の差料は吟味しておけ。胸騒ぎがする」

 

 

 十二月十三日。この日は正月事始めと定められ、将軍家の煤払いの定日であり、武家はもとより町家もこれにならい、大掃除を行う。徳川家綱の時代に、それまで二十日だった煤払いだが、徳川家光の忌日にあたるというので、十三日となったのである。

 この日は暗い曇空で、雪もちらついていた。夕刻近く、縫之助と平八郎は釣谷邸へ出向いた。さすがに供を連れずに訪問はできぬから、縫之助も平八郎もそれぞれ荷物持ちの小者を従えた。

 釣谷家ではすでに煤払いを終えており、仕事を終えた者たちは屋敷の一角で食事中だった。縫之助たちのような客は別格で、玄関から広間へ通された。

 すでに先客たちが来ており、釣谷家の男たちが応対していた。当主・一之進は五十代で、隠居してもおかしくない年齢だが、人間の円熟味など微塵もなく、痩せぎすの癇性そうな男だった。

 縫之助たちを迎えると、愛想のかけらもなく、

「吉良殿の家臣と小性組の旗本というから、どんな人物が来るのかと思ったら……やれやれ」

 と、このあとには「つまらない奴が来たわい」としか続かない溜息をついた。なるほど、子は親の鏡とはよくいったものだ、と縫之助はこの傲慢な男を見やった。真っ白な髪の量を誇示するような銀杏髷を結い、身体を前に倒す方法など知らぬとばかりに背筋が後ろへ反り返っている。

「吉良殿はお元気かな。赤穂の田舎侍に難癖をつけられて、災難なことでござる」

「恐れ入ります」

 と、平八郎は無表情に返した。さらに釣谷一之進は縫之助を見下す視線で、いった。

「旗本の番筋はおおむね家柄で決まる。森殿はよい家柄に恵まれましたな」

 こいつ、喧嘩を売っているのか。いや、そうでもないらしい。尊大に振る舞うことで、人より優位に立とうとするいじましい人間だ。利用価値のない相手には愛想よくする必要はないと考えている。

 今回の蕎麦の腕比べを提案した長男の新吾さえも、この家では普通の人間に見えた。この日も、新吾は得体の知れぬ薄笑いを絶やさない。

「戯れに蕎麦勝負などといってみたが、実現するとは恐れ入った。わは、はははは。退屈しのぎの道楽もほどほどにせねばなりませんな」

 猪之松の主人・松太郎も顔を見せていた。この男独特の低く無感動な声で、

「いやいや、このような奇抜な思いつきは、さすがは釣谷家の御嫡男なればこそ。感服いたしました」

 おべっかを口にしたが、釣谷の家族には不満そうな者もいた。

「退屈しのぎなら、喧嘩の方が面白い。勝負とは腕力や武術で行うものだ」

 そういったのは、釣谷新吾の弟・黄次郎だ。二人の弟がおり、黄次郎、博之介と名乗った。これまた無為徒食の見本のような若者たちだった。こうした釣谷家の面々を目のあたりにして、縫之助は訪問を後悔した。

 特に、次男の黄次郎は常軌を逸していた。隙あらば噛みつかんばかりに異様に目をギラつかせ、口元には嘲笑だけを浮かべている。こちらへ近づいてくるなり、

「おぬしが日々、赤穂の浪人を拷問しているという噂の小林平八郎か」

 恫喝するような声で、いきなりの呼び捨てである。

「拷問なら俺も手伝ってやるぞ。町を歩いていて、気に食わぬ女子供をぶん殴るくらいはしょっちゅうだが、斬ったり刺したりはさすがにできねぇ。吉良の家臣は赤穂の浪人にそれができるわけだ。うらやましいぜ。けけけ」

 この男はクズ揃いの釣谷家の中でも最悪の異常者だ。

 苦虫を何十匹も噛み殺している平八郎にかわり、縫之助が早口でまくし立てた。

「根も葉もない俗世間の噂。家に賢妻あれば丈夫は横事に遭わずという。よもや、釣谷家の御子息は論語を御存知ないわけではあるまい」

「ほお。弁だけは立つようだ」

「左様。弁は立つ。お望みなら、ここで罵詈雑言の手本を披露いたそうか」

「ふふんッ」

 黄次郎は言葉ではなく鼻息だけで返答し、背を向けた。

 縫之助だけに聞こえる声で、平八郎はいった。

「妙な論語があったものだ。今のは通俗編ではないか。賢い妻があれば夫は悪事に巻き込まれぬというのだろう。俺が赤穂の浪人を痛めつけているという噂とは何の関係もない言葉だ」

「わが妻のことばかり考えていると、咄嗟に言葉が浮かばなかった。どうせあの馬鹿息子には意味などわかるまい」

「ふざけた奴……」

 そんな会話を交わしている縫之助と平八郎を、末弟の釣谷博之介は物珍しそうに見ている。珍獣でも見るような目であるのが気にはなるが、まだ十代半ばだろうから、兄たちほど腐ってはいないようだ。

 しかし、やはり性格はまっすぐではない。

「今、イトと蕎麦屋の武右衛門は台所で蕎麦を作っています。それぞれの蕎麦を賞味して、入れ札を投じていただくわけですが、彼らがどんな蕎麦を作るか、お二人は事前に聞いたりしていないでしょうな」

 そんなことをいった。不正を疑っているようだが、どちらが勝とうと、縫之助たちには損得があるわけではない。

 縫之助と平八郎が返答せずに睨みつけると、博之介は小さく首を振った。

「……いってみただけです」

 煤払いに参加した出入り業者や屋敷の使用人は、別室ですでに投票を終えていた。残るのは釣谷一家、招かれた客たちである。広間には男女を分けて、二十人ほどが席についていた。

 膳が運ばれてきた。まず、丼に入った温かい蕎麦である。毛利小平太とイト、いずれの作かは知らされない。

「おやおや」

 猪之松の松太郎が感嘆した。この男も事前の情報は得ていなかったらしい。

「天ぷらがのっていますな。上方のつけ揚げのタネは野菜が主だが、江戸に入って魚介中心の胡麻揚げとなった。これは……どちらともいえぬ珍なもの」

「天ぷら」という料理は江戸前期には登場しているが、他の揚げ物と混同されたり、材料や素材がまちまちで、元禄のこの当時、技術もまだ確立されていない。

「小エビにイカ、ニンジンにゴボウ、それに青菜を刻んでありますな。うっすらと焦げ目がついている白いのは何でしょう? 新奇な食材ですかな。これらをかき寄せて揚げてある。これは至難の技ですぞ。かき揚げあるいは寄せ揚げとでも称しますかな。うんうん、衣にも工夫がある。ええと、そちらのお二人。おわかりですか」

「そちらのお二人」とは縫之助と平八郎だが、縫之助は、

「はっはっは」

 鷹揚に笑って、平八郎に発言を譲った。平八郎は静かに語った。

「南蛮料理の天ぷらは衣に酒や砂糖を入れ、動物の脂で揚げたものだが、これは揚げ油に炒っていない胡麻を使っている。蕎麦の香りを胡麻が邪魔していない。衣を厚めにつけ、揚げたあと紙の上にでも置いて、余分な油を抜いているので、つゆの中で溶け崩れたりしない。衣はうどん粉と鶏卵で味付けはしていないが、蕎麦にのせる前に濃いめのつゆで少し煮ているようだ」

 高価な食材を使いこなす腕はたいしたものだ。庶民の口に入る蕎麦は、豪勢といってもせいぜい竹輪がのっているくらいなのである。そして、それを見抜く平八郎もたいしたものだ。しかし、釣谷家の者たちは感心などせず、たちまち不機嫌となって、家族で顔を見合わせた。

 続いて、今度は冷たい蕎麦が彼らの前に置かれた。皿のような平椀に盛りつける場合が多いが、蒸篭に盛ってあるのは、こないだまで蕎麦をゆでるのではなく蒸す調理法があった名残りだろう。つゆは別で、猪口と湯飲みの中間のような器に入っている。天ぷらをのせた蕎麦のあとだけに、見た目はあまりにも地味だった。

鬼鶴の系譜 元禄編 第二回

鬼鶴の系譜 元禄編 第二回 森 雅裕

 毛利小平太の手際はいい。半端な身過ぎ世過ぎの腕前ではない。

 江戸前期の蕎麦に使われた醤油は味噌の「たまり」から発生した上方醤油で、これに大根などの辛みをからませたりしたが、棒手振りが現れた頃には関東の醤油も出回り始めており、蕎麦は冷たいツユをかけた「ぶっかけ」が普通である。しかし、小平太が縫之助たちの前に出した蕎麦は冬らしく温かいツユだった。

 小林平八郎は油断なく観察している。

「麺は蒸すのでなく茹でてあるのか」

「蒸すのは茹でると切れてしまうからだ。しかし、手間がかかって、棒手振りには向かない。そこで、ツナギを入れて、切れないよう工夫してある」

「蒸した方が蕎麦本来の甘みや香りが生きると思うが」

「茹でた方が食感がよくてうまいという者もある。蒸すにせよ茹でるにせよ、味のよしあしは作り手の工夫次第ということだ。ぶっかけなら蕎麦の風味よりもツユが勝ってしまう」

「なるほど。鰹節がよそのものと違うな」

「燻した上で表面にカビをつけて乾燥させてある。土佐の方で作られるようだ」

 平八郎は美食家というわけではないが、上杉、吉良という名門の上級家臣だから、口も奢っている。そんな男が棒手振りの蕎麦を完食し、

「本物すぎるほどの蕎麦屋だな」

 と、感想を洩らした。毛利小平太の緊張した眉間が少しだけ緩んだ。

「おぬしは吉良家の賄い方か。舌が何のためについているか、知っているようだ」

「賄い方ではない。吉良家を狙う者を拷問して半殺しにするのが役目だ」

「本気にするな」

 と、縫之助は割って入った。彼もまた自分の器を空にして、小平太へ返した。

「こないだの娘だがな、品川の猪之松という料理茶屋で働いているらしい」

「知っている」

「おや」

「猪之松は自分の店を構えているが、棒手振りの元締めでもある。要はやくざの親分だ。お上につながりがあるから、行商の鑑札も取りやすい。何十人も抱えて、食材、屋台を貸し出している。俺もその一人だった」

「だった……?」

「お粗末な蕎麦じゃ飽き足らず、独り立ちした。あの娘のことは以前から見かけていた。口をきいたことはないが」

「そうか。先夜はせっかく口をきく機会だったのに、惜しいことをしたな」

「おぬしは口をきいたのか。あの娘は饒舌とも思えぬが」

「話してくれなかったが、釣谷という不良旗本の屋敷にいることはわかった。名前はイトというのだな」

「そのようだ」

「釣谷にも猪之松にも、イトはこき使われているらしい」

「だろうな。想像はつく。彼奴らは外道だ。猪之松に従わぬ俺のような者がここいらで天秤棒かついでいると、奴の息がかかった地回りどもに難癖つけられる」

 平八郎が射抜くような目つきで、小平太を睨んだ。

「お前、どうせ場所を変えるつもりではないのか。つまり、本所だよ。このあたりで蕎麦屋の腕を磨き、『本物』として本所で商売しながら、吉良屋敷を探る……。この味なら、赤穂の浪人の世を忍ぶ仮の姿とは思われぬ」

「腕を認めてくれるなら、すでに本所へ移動しているはずだとは思わぬのか」

「ふむ。それもそうだ。今なお品川にとどまる理由があるのかな」

「何にしても……」

 毛利小平太は平八郎の追及をはねつけるように、いった。

「おぬしに知られた以上、もはや本所で商売はできぬな。迂闊にうろついて、拷問されてはかなわぬ」

「なぁに。うしろめたいことがなければ、堂々と吉良邸の周りで商売すればよいだけのこと」

「いいのか、それで」

「アブナイ奴は目の届くところに置いておく。それが利口というもの」

「つまり、俺が品川でじっとしている間は赤穂の浪人が吉良邸へ討ち入る予定はないということだな」

「ふん。面白い奴」

 ちっとも面白くなさそうに平八郎はいい、

「……で、お前が品川にとどまる理由だが」

「しつこい」

 小平太はそっぽを向いてしまった。

 夜鷹がまた二人やって来て、蕎麦を注文し、小平太はなかなか忙しい。だが、話はまだ終わっていない。縫之助は小平太の手が空くのを待って、呟いた。

「猪之松へ行ってみようと思う」

「暇を持て余した旗本の酔狂か」

「イトの身の上が気になる。もしかしたら、俺たちの知っている人の娘かも知れん」

 そういう縫之助に、平八郎が眉根を寄せた。

「おや。『たち』というのは、俺も入っているのか」

「平八も、それから毛利小平太殿。おぬしも」

「どういう意味か」

「赤穂の者なら、山鹿素行先生を知っているな」

 幕閣や大名たちも門弟の礼をとった儒学者、兵学者である。元来は浪人の身だが、承応元年(一六五二)から万治三年(一六六〇)まで赤穂浅野家に勤仕していた。致仕(退職)後には時の権力者・保科正之に疎んじられ、寛文六年(一六六六)から延宝三年(一六七五)まで、赤穂へ配流謹慎となった時期もある。

 だが、毛利小平太は首を振った。

「あの先生は赤穂では著述に専念され、藩士を教導指南したわけではない。第一、俺はまだ子供だったから、面識はない」

 保科正之の死後、赦免された素行は江戸へ戻り、浅草田原町に居を構えて、これを積徳堂と称した。

「俺とこの平八はともに十六の歳で山鹿素行先生の門を叩き、そこで知り合った」

 平八郎が補足した。

「しかし、先生は諸侯とのつきあいに忙しくて、門下生などとっていなかった。俺たちは有力者の紹介で出入りを許してもらったが、ていのいい下働きみたいなもんだったし、一年もしないうちに先生は亡くなられた。十七年も昔の話だ」

 山鹿素行の没年は貞享二年(一六八五)。赤穂から江戸へ戻って十年後である。

「その素行先生の積徳堂に松戸出身の女中がいて、先生の没後は郷里に帰った」

 と、縫之助。平八郎は頷いた。

「覚えている。なかなか美しい人だった。名はユイさんといったかな」

「先生の三回忌の法要の時、そのユイさんは幼い娘を伴って現れた」

 当時、米沢藩の若侍だった平八郎は国許に戻っており、三回忌には出席していなかった。だが、縫之助は参列している。

「ユイさんに亭主はいなかった。素行先生の子かも知れん、と苦々しく笑う方々もいた。その子がイトと呼ばれていたんだ。今は十七くらいになっているはず」

「つまり、猪之松で働いている娘が、素行先生の忘れ形見かも知れんというのか」

 山鹿素行には七人の実子があったが、四人は妾腹である。素行の婦人観は封建的な家父長制度を固守するもので、子孫断絶を防ぐためには妾も必要だというのが持論であった。

 素行を嫌った保科正之にしても複数の女に多くの子をなさしめ、その挙げ句には「婦人女子の言、一切聞くべからず」と家訓を残している。これがこの時代の常識だった。

 山鹿素行の七人の子供のうち四人は早世し、素行が没した時には二人の娘と一人の息子が残っていたが、人知れず、もう一人いなかったとは断言できない。

「しかし、亡くなった時、先生は六十四だぞ」

「先生の子息の藤介殿は二十歳だった。だから、藤介殿の子ではないかと声をひそめる人もあった」

「何だか、うっとうしい話だ」

 そんな下世話な会話を交わしていると、夜鷹たちが、

「お武家。蕎麦食ったなら、女も安物買いしてみないかい」

 声をかけたが、小平太が明瞭な声でこれを押し返した。

「このお武家たちは口が奢ってる。これから猪之松で口直しだ。俺が案内する」

 

 

 猪之松は二階建ての大きな料理茶屋である。高級感と胡散臭さが見事に混在する店だった。

 店の横に小平太が屋台を置くと、見覚えある娘が通りかかった。イトである。

「屋台を見ていてくれ」

 小平太がそう声をかけ、返事もできずに戸惑っているイトに縫之助が尋ねた。

「お前さん、母親の名前は何という?」

「え?」

「母親の名前だ。ユイさんというのではないか」

「はあ……。はい」

 この娘、あと一言でも問い詰めれば、逃げてしまいそうな顔色だ。困惑顔のイトを残し、男たちは猪之松の暖簾をくぐった。小平太は使用人と面識がある。

「客をお連れした」

 そういって、案内を請うた。彼らは喧嘩を売りに来たわけではないから、座敷で料理を注文した。使用人は小平太までもが同席していることに怪訝そうというより不満そうだった。

 食事を終え、

「主人に会いたい」

 縫之助は起き抜けみたいな眠たげな声で告げた。

 現れた主人は松太郎と名乗った。やくざの親分然とした貫禄ある体型かと思いきや、長身痩躯で、声の静かな男だった。しかし、能面を思わせる無表情な顔に狡猾そうな細い目をしている。

「これはこれは、武右衛門さん」

 と、小平太が使っている偽名を呼び、二人の侍を見やった。

「結構なお客様と御一緒で……。今日はまた、どうされましたかな」

 縫之助が応答した。

「ここにイトという娘が働いているな」

「はあ」

「それがどうも、我らの知る人物にゆかりの娘ではないかと思われる」

「へ」

「そこで尋ねるが、身元はどうなっているのかな」

「私どもは釣谷様からお預かりしているようなもので、事情は何も……。釣谷様のことは御存知で? それでしたら、釣谷様の御子息がおいでになっておりますから、お引き合わせいたしましょう。そちらへお尋ねください」

「釣谷殿の御子息か」

「へえ。釣谷様には三人の御子息がおありですが、御長男でございます。釣谷新吾様とおっしゃる。……ご案内しましょうか」

 松太郎のその言葉に、縫之助は屈託なく腰を浮かしかけたが、平八郎は動かない。幕臣の釣谷よりも陪臣である平八郎の方が格下なのだが、こちらから出向くのは業腹だ。そういうことだろう。むろん、釣谷新吾とやらも、向こうから来るほど腰が軽くもあるまい。

 松太郎は如才なくその空気を察し、

「別室を御用意いたします」

 と、妥協案を申し出た。

 あらためて通されたのは、茶室のような小さな座敷だった。料理茶屋は接待や秘密会議に使われることもあり、そのための一室だろう。

 平八郎は待たされるのも不愉快という表情である。その横顔を覗き、小平太が呟いた。

「さすがに吉良家の家臣ともなると、旗本より貫禄だな」 

「その『旗本』とは俺のことか」

 と、縫之助。

「俺は旗本を代表しているわけではない。まあ特別のんきにできているだけだ。もともとは旗本に四家ある森家の中でも大身の森六兵衛(長重)の次男だったが、今の家に後継者がなかったので、養子に入った。ガキの頃には自由勝手やってたから、いささか砕けてる。そういうことさ」

「どうして、俺にそんな話を聞かせる?  俺にも打ち明け話をさせようというのか」

「ただの暇つぶしだ。気にするな」

 そこへやってきた釣谷新吾は、図体はそこそこ大きいが、貫禄はまるでない若侍だった。縫之助たちよりも十歳近く若いようだ。聞けば、小普請組だという。要するに無役である。暇を持て余しているから、評判の悪い不良旗本はこういう手合いと決まっている。

 互いに名乗りをかわしたが、むろん、小平太は蕎麦屋として偽名を口にした。

 釣谷新吾は縫之助たちを値踏みするように順に見やり、いった。

「イトのことでお尋ねとか。どういうことですかな」

「あの娘の親は何者だか御存知か」

「さてさて。あれは身寄りがなくて松戸の大きな百姓家に引き取られていたのを私が見つけましてな。わが家の飯炊きにでも……ともらい受けてきたのだが、父親はどこの誰やら知れません。母親はイトが幼い頃に亡くなったようです。この母親は町家の出で、江戸で奉公していたらしいが」

「母親はその奉公先で子を宿したのかな」

「でしょうな。そういや、母親の形見に橘紋のついた短刀があったらしい。ま、イトを引き取った百姓家では、さっさと売り飛ばしたと申しておりましたが」

「橘紋……」

 縫之助と平八郎は顔を見合わせはしなかったが、考えることは互いにわかった。橘は山鹿素行の家紋である。素行は家紋の起源についての研究家でもあり、自分の紋にもこだわりを持っていた。お墨付きとして、手をつけた女に与えた可能性はある。

 釣谷新吾は面倒かつ迷惑そうに尋ねた。

「イトの父親に心当たりがおありか」

「今となっては、確証などないが……。ところで、釣谷家ではイトの今後をどうなさるおつもりか」

「わが家や猪之松も歳末は何かと人手が必要ですからな。この時期が過ぎたら、品川の遊女屋へ売ることに決まっております」

 こともなげに新吾がいい、縫之助は彼の神経がおかしいのか自分の感覚がおかしいのか、迷ってしまった。

「充分にこき使っているようだが、この上さらに身売りさせるのか」

「実は、私は年明けには妻を娶ることになっております。あのような女が屋敷にいたのでは、うっとうしい」

「つまり、釣谷家専属の遊女みたいな女が一つ屋根の下にいたのでは、ということですな」

 釣谷新吾は相手が反感を持っていることにようやく気づいたらしく、たじろいだ。不快も隠さなかった。狭量であり、利口な男でもない。

「イトは松戸の百姓家でも、村の男たちの慰みものだったのですぞ。そのために幼い頃から村人たちに養われていた娘だ。わが家で玩具にして何が悪いか。鎖でつないでいるわけではないのだから、嫌なら逃げればよろしい。もっとも、逃げたところで、あの娘に行く先などありはしませんが。ふははは」

 この男は悪人というより無神経なのである。悪びれずに言葉を続けた。

「……で、そのイトに何の御執心ですかな。よもや、そちらの蕎麦屋どのから縁談を持ち込もうとでも?」

 新吾は愚弄する笑いを浮かべた。無神経でも色事には勘が働くらしく、彼は小平太の顔色を読み取っていた。

「今にも噛みつきそうな顔をしているぞ。飼犬の餌を遠くから睨む野良犬のようだ」

 釣谷新吾の言葉遣いは、縫之助と平八郎に対して、上手に出るべきか下手に出るべきか迷っていたが、小平太にはぞんざいだ。もっとも、小平太も負けていない。

「縁談などではありません。しかし、野良犬とは誉め言葉であると受け取っておきましょう」

 野良犬には野良犬の誇りがある、ということだ。新吾はしかし、鼻で笑った。

「誉め言葉といえば、おぬしの噂は聞いている。棒手振りとは思えぬ、なかなか評判の蕎麦屋らしい。もとは西国の浪人だそうだな。どこの……」

 新吾の言葉を縫之助がさえぎった。

「イトを何とか救ってやれぬものかな」

 この場の全員が息をのみ、しばらく沈黙が落ちた。それを破ったのは、釣谷新吾の哄笑だ。

「はははは。何をいい出すかと思えば……。物好きというか無茶というか」

 縫之助に同意してくれそうな小平太までもが、 

「女の身の上を一時の酔狂で助けてやるべきではありません」

 きびしい語気で、いった。人助けは「一時の酔狂」ではなく、生涯に責任を持つべきというのだ。

「だが、面白い」

 と、新吾の笑いは薄笑いに変わった。

「話次第ではイトをそちらにくれてやってもよろしい」

「くれとはいってない」

「イトを自由にしてやるといっているのだ。野良犬とはいえ、お犬様には餌を差し上げよう」

 釣谷新吾が「野良犬」と視線を向けたのは毛利小平太である。

「蕎麦屋どの。どうかな。おぬしの蕎麦とイトの蕎麦と勝負してみぬか」

「どういう話だ? それは」

「イトは身の程知らずにも料理人を夢見ている。この猪之松でも厨房に立つことがある。なかなかの腕だ。おぬしの腕前と比べてみようではないか」

鬼鶴の系譜 元禄編 第一回

鬼鶴の系譜 元禄編 第一回 森 雅裕

 棒手振りの蕎麦屋が前を歩いていた。あんな重そうな屋台をかついで歩くのだから、たいしたものだ。

 森縫之助は夜道を歩きながら、ぼんやりとその後ろ姿を見ていた。あれなら武術の鍛錬にもなりそうだ。そう思って観察すると、蕎麦屋が徒者ではないようにも見えてくる。

 元禄のこの時代、車輪がついた移動式屋台などは普及していない。天秤棒の両端に道具入れになる縦長の箱がつき、この箱の上に雨よけの屋根がのせられたつくりになっている。天秤棒に桶やカゴをさげただけの他の商売よりも趣向を凝らしており、蕎麦屋は体力勝負の商売である。

 火事を恐れて、幕府は火を使う「振り売り」には再三の禁令を出しているが、効果はない。飲食店などは数が限られ、蕎麦屋も店を構えるのは稀であるから、庶民の胃袋は棒手振りの行商に依存している。

 しかし、まともな武士は棒手振りなどに見向きしない。太閤秀吉はそばがきが好物だったというが、そもそも蕎麦は低級な雑穀と見られている。目の前を歩いている蕎麦屋も、夜鷹やその客を狙った商売だろう。

(とはいえ、食ってみたいものではある……)

 元禄十五年(一七〇二)の年の瀬が近づいている。夜道は冷えた。品川の知人宅で不幸があり、そこへ顔を出した帰りだった。縫之助は一応は旗本であるが、供など連れていなかった。一人歩きが好きなのである。この男もまともな武士ではないのかも知れない。

 

 

 堀割沿いに道路が交差するあたりで、蕎麦屋は屋台を下ろした。近くに誰もいなければ、縫之助も足を留めたかも知れない。だが、町人が先客となり、蕎麦屋に声をかけた。彼らの脇を通り抜けながら、縫之助は薄闇の中で、心にひっかかるものを見た気がした。

 客となった町人の顔だ。見覚えがあるような気がする。そうは感じたが、歩調を変えずに歩いているから、たちまち距離が開き、振り返るのは面倒だった。

 誰だったかと考えていると、堀割の対岸で犬が吠え、悲鳴のようなものが聞こえた。縫之助はのんきな男ではあるが、反応は早い。駆け出した。

 蕎麦屋の近くまで戻り、小さな橋を渡る。客の顔は屋台の陰で、縫之助には見えなかった。縫之助と同じく、蕎麦屋も屋台を置き去りにして走り出していた。手に持っているのは釜の蓋のようだ。

(何だ、あいつ……)

 武家屋敷を囲む塀の先で、女が野良犬数匹に襲われていた。着物の袖口を噛まれ、引きずり倒されようとしている。

 生類憐みの令という悪法に江戸市民は悩まされていた。身を守るためであっても、犬に乱暴すれば、これは重罪である。しかし、縫之助は躊躇しなかった。

 犬の腹を蹴り飛ばし、女から離れさせると、脇差を抜いた。吠えられる前に黙らせるつもりだったが、この犬は逃げ去った。蕎麦屋はと見ると、これまた一匹を蹴り、一匹を釜の蓋で殴って追い散らし、それでも向かってくる一匹を首投げした。起き上がった犬は闇雲に縫之助へ向かってきて、彼の脇差に自ら突き刺さるように飛び込んできた。いやな手応えがあった。

「大丈夫か。けがは?」

 蕎麦屋は女に訊いた。月明かりの下で見る彼女は、十六、七だろうか。身なりは町娘だが、それでも、まともな家の者なら一人で夜歩きしない。しかし、夜鷹にも見えない。

 蕎麦屋は手拭いで娘の傷口を縛り、縫之助は堀割に犬の死骸を蹴り込んだ。

「早くここを離れた方がいい。俺たちはお犬様を手にかけた」

 蕎麦屋は落ち着いている。

「お武家。俺は屋台を置いていけない。この娘を家まで送ってやっちゃくれませんか」  

「お前……武家だな」

 困窮した浪人が刀を捨て、棒手振を身過ぎ世過ぎとしているのか。有り得ることだ。しかし、それだけだろうか。詮索している余裕はないので、縫之助は娘の背を押し、その場を離れた。

 娘はただ芝白金に住んでいるというだけで、ほとんど口をきかなかった。寺地を抜け、しばらく歩くと、雑木林と塀ばかりが続く地域に入った。

「おい。ここらは武家地だぞ」

 大名が下屋敷を構える土地である。ここに至って、ようやく、

「お前さん、名前は?」

 縫之助は質問した。

「イトと申します」

「このあたりの産か」

「いえ。生まれは下総松戸です」

 だが、それ以上は語らない。何やら事情があるようだ。

 娘は住居を知られることを警戒したのか、門前まで送られることを拒み、ついには足を止めてしまったので、縫之助はやむなく、

「じゃあ、ここまでだ」

 別れを告げた。娘の後ろ姿が曲がり角に消えるのを見送り、縫之助はそのあとをゆっくりと追った。曲がり角の先には常夜灯が少ない。武家屋敷の塀が続き、その切れ目に広がる暗闇は百姓地の畑である。娘の姿は見失ったが、彼女が入ったであろう屋敷は見当がついた。当然、武家は表札など出さない。

 辻番へ寄り、この先の屋敷はどなたのものかと尋ねた。旗本の釣谷一之進の屋敷という返答だった。縫之助には面識などない旗本だが、屋敷の規模は森家よりも大身である。

 近くには、寺地に囲まれるように米沢藩上杉家の下屋敷があった。縫之助には、かつて上杉家に仕えていた友人がいる。二十年近いつきあいになる。そいつなら、釣谷について何かわかるだろうか。

 縫之助は屋敷を四谷に構えている。帰宅すると、武鑑で調べた。釣谷一之進は松戸に領地を持つ旗本である。役職にはついていないが、無役の旗本の中でも格上と見なされる「寄合」である。一方、縫之助は小性(姓)組の番士であり、無役ではないし、由緒ある家柄ではあるが、幹部ではないから武鑑にも載らないのである。

 

 

 数日後、縫之助は本所に友人を訪ねた。名は小林平八郎。まだ若いが、吉良家の家老職にある。主人の吉良上野介は昨年三月、江戸城松之廊下で浅野内匠頭に斬りつけられ、咎められる筋合いではないのだが、世間の風は冷たく、隠退を余儀なくされている。

 吉良家の屋敷はもともと呉服橋にあったのだが、事件の半年後に本所の旧旗本屋敷へ追いやられた。幕府にしてみれば、厄介払いである。

 世間では、赤穂の浪士たちの襲撃を恐れて砦のように改築されているという噂だが、古い家屋は傷んだまま放置されており、砦どころか塀の隙間から野良猫が出入りする有様である。

 そんな屋敷内にしつらえられた待機所で、平八郎と会った。もとは上杉家の家臣だった男である。

「お前のようなあやしい男をここまで通すとは、家臣どもは油断しているな」

 事前の約束なしに武家屋敷を訪ねるのは無礼である。そうした無礼者は門前で待たされても当然だが、縫之助はとりあえず門内に入り、長屋の前に据えられた縁台に座ることを許された。水茶屋のように葦簀で囲った粗末な待機所で、壁はないから、屋敷と庭の一部が見える。庭といっても、手入れされている庭園は垣根の向こうで、視界にあるのはただの広場である。

「身なりは貧乏旗本でも、人品卑しからぬ武士だと見抜いたのだろう。なかなか人を見る目がある家臣たちではないか」

「ふん。こないだ茶会があった時には、そのへん歩いている煮売り屋を引き入れて、賄いの手伝いをさせていたぞ」

「その煮売り屋を赤穂の間者だと疑って、吉良家の家老が拷問にかけたと江戸市中では噂になっている」

「とんだ与太話だ。拷問なんかせずとも、間者かどうか見抜く眼力はある」

 平八郎は縫之助と並んで、腰を下ろした。

「お前、そんな話をしに来たのではあるまい」

「うむ。芝白金に釣谷という旗本の屋敷がある。米沢藩下屋敷の近くだ。知っているか」

「俺は上杉家を離れて十年以上になるのだぞ。下屋敷の周辺のことなど知るものか」

「そうよなあ」

 吉良上野介の長男・三之助が上杉家へ養子に入って四代藩主・上杉綱憲となったため、後継者がいなくなった吉良家へは綱憲の次男・春千世が入り、吉良義周となった。その折、平八郎も付き従ったのである。

「知りたいことがあるなら、上杉家の知人に訊いてみる」

「いや。何となく気になる……という程度なのだが」

「気になるというからには、それなりの理由があるのだろう」

 縫之助は先夜、品川で出会った娘について語った。お犬様を手にかけたことは黙っていた。

「夜鷹もどきの娘が出入りする旗本屋敷か。面白くなるんだろうな、その話」

「お前が面白がる話なら他にもある。お前、蕎麦が好物だったな」

 平八郎も名門の家臣に似合わぬ変わり者である。もっとも、外食ではなく屋敷の賄い方に作らせることが多いようだが。

「一緒に食いに行きたい蕎麦屋がある。どうやらワケありらしい棒手振りなんだが」

「棒手振り? この本所界隈か」

 吉良邸は本所松坂町。このあたりには行商人や按摩に身をやつし、吉良邸の様子をうかがう者たちがいる。いや、「いる」という具体的な根拠があるわけではないが、世間が「そうであるべきだ」と期待する空気なのである。吉良の家臣たちは警戒していた。

「いや。品川の方だ。赤穂の連中なら、あんなところで商売するかどうか……」

「まったくの素人がいきなり本所で商売したのではあやしまれる。どこかで経験を積んでいるとは思うが……。それより何より、生計を立てるためには場所を選んでいられないという事情もあるだろう」

 平八郎は怜悧な三白眼から放たれる視線を宙に泳がせた。

「棒手振りなら、出るのはお化けと同じく夜だろう。俺は自由勝手に出歩くことはできぬ」

 それはそうだ。武士は「有事」にそなえて、夜は屋敷に待機するものなのだ。ましてや、緊張状態にある吉良家の家老職である。

 縫之助は顔の真ん中に才気煥発と書いてあるような平八郎とは違い、つかみどころのない表情である。ボソボソと低い声で、抑揚なく話す。

「その蕎麦屋の客を通りすがりにチラリと見た。町人のなりではあったが……赤穂の浪人ではないかと思う」

「何だと」

「神崎与五郎という人物だ。浅野家に仕える前は美作津山の森家家臣だった」

「お前の家の本家筋だな」

 戦国以来の大名家である森家には、江戸に分家の旗本が四家ある。元禄十年(一六九七)、本家の森家は後継者問題で津山十八万六千五百石を召し上げられ、備中西江原二万石、播磨三日月一万五千石、備中新見一万八千石へと分散、減封された。その折、禄を離れた藩士のうち数名が、森家と親交あった赤穂浅野家に召し抱えられた。神崎与五郎もその一人である。

「神崎殿は俳人として知られている。江戸にいる森の一族にも俳句の好きな連中がいて、浅野家改易の前には交誼よろしくつきあいもあった。神崎殿が江戸滞在の折には、俺も幾度となく会っている。むろん、先日は夜道で擦れ違いざまに見ただけだから、間違いないとはいえぬが」

「ふむ……」

「いっておくが、これは密告ではないぞ。お前とて、赤穂の浪人が町人に身をやつして、江戸市中で蕎麦を食っていたからといって、それを何とかしようとは思うまい」

「それはそうだ。わざわざ足を運ぼうとは思わぬが、ついでなら寄ってもいいな」

「ほお。気になると見える」

「上杉の下屋敷には御前(吉良上野介)の奥方様がおられる。時々、俺は御機嫌うかがいに行く」

 上野介の正室・富子は米沢藩二代藩主・上杉定勝の娘である。上野介が本所の破れ屋敷へ移転した折、彼女は同道せずに米沢藩下屋敷へ移っている。

 別居の理由は、上野介との不仲や赤穂浪士の襲撃を恐れたとか見る向きもあるが、本所の吉良屋敷が粗末だったことも見過ごせない。

「それから、下屋敷には畑がある。作物は吉良屋敷にも届けられる。その手配かたがた出かけて、蕎麦屋の様子を見てみよう」

 平八郎は勘の鋭い男で、何かを予感したようだ。

「だが、棒手振りの蕎麦なんぞ食うのは、武士の沽券にかかわるぞ」

「そいつが本物の蕎麦屋かどうか、味を検分するのだと考えればよかろう」

「なるほど。そうしよう」

 平八郎は冷静に、そういった。格式ある武家とは面倒なものだ。

 

 

 後日、芝白金の米沢藩下屋敷に隣接する高野寺前の水茶屋で平八郎と待ち合わせた。

 平八郎は縫之助と肩を並べて歩きながら、ぼそりと呟いた。 

「天狗か」

 縫之助が手にさげている土鈴だ。高野寺の門前で買ったもので、天狗の顔をかたどっている。

「おのれの慢心を戒めるために玄関にでも飾るのか」

「買いかぶるな。俺は慢心なんかできるような身の上じゃないぜ。いつも自分のふがいなさを嘆きながら生きてる」

 平八郎は聞いていない。話題が変わった。

「上杉家の者に訊いたが、釣谷という旗本、あまり評判はよろしくない」

「ほお」

「領地の松戸から百姓家の娘を連れてきて、働かせているらしい。それがイトという娘だ。もともと身寄りがなく、百姓家でも下女としてこき使っていたそうだ」

「生まれは松戸だといっていたが……釣谷家へ来て、待遇がよくなったのだろうか」

「とんでもない。釣谷家には三人の息子があり、家臣もそれなりの数を抱えている。イトはそいつらの慰みものになっているらしい。要は、奉公人と暴欲のはけ口、その両方を兼ねているようだ」

「なんだとお……」

「夜鷹ではなかったわけだが、たいして変わらん。イトは昼から夕にかけては品川の『猪之松』という料理屋で働いているそうだ。釣谷が金を出している店らしい」

 屋敷の一部を賃貸物件としたり、商売っ気のある旗本は少なくないから、飲食店を経営していても驚くことではない。

「その猪之熊とやらいう店で、くわしい話を聞いてみるかな」

「縫之助。どうして、その娘に関心を抱く? 気の毒な身の上かも知れんが、お前には何のゆかりもなかろう」

「果たして、そういいきれるかな。俺ばかりでなく、お前にもゆかりがなくもない娘かも知れん」

「ん? どういうことだ?」

「松戸出身のイト。思い当たるフシがあるような、ないような……」

「美人であれば、いつでもどこでも思い当たるのだろう」

「美人だとは一言もいっていない」

「違うのか」

「……違わない」

「お前、嫁をもらったばかりというのに、よその娘に関わっている場合か」

 半年前、縫之助は同じ御小性組に属する日下部三十郎の娘を娶ったばかりなのである。

「惻隠の心は仁の端なり。羞悪の心は義の端なり。うちの嫁はそれくらいの性根は持ち合わせている」

 縫之助は平然と、いった。

 冬のことで、夕闇が迫るのが早く、常夜灯に火が入り、地上に冷気が広がっていく。

 蕎麦屋が出るのは大抵は夜と決まっている。この界隈の船着場を探し歩き、提灯の淡い光の中に目指す顔を見つけた。すでに夜鷹らしい数人の客があったが、彼女たちが離れたところで、縫之助と平八郎は屋台に近づいた。

 あらためて見ると、縫之助や平八郎と同世代の三十代前半である。

「いつぞや、一緒に娘を救ったな」

 声をかけると、蕎麦屋は営業的な笑顔を返したが、目には警戒の色が宿っていた。

「はい。覚えております」

「俺は小性組の森縫之助という」

「私なんぞに名乗らずともようございます」

「よせやい。お前、武家だろう。名は?」

 蕎麦屋はもう愛想を捨てている。

「木原武右衛門」

「俺が尋ねているのは本当の名だ」

「…………」

「おい。俺たちはともにお犬様を成仏させた仲だろ」

「あなたは共犯だが、そちらの武家は違う」

 そっぽを向かれてしまった平八郎が、

「小林平八郎。吉良家の者だ」

 そう名乗ると、蕎麦屋の気配が変わった。

 平八郎も静かに眉をひそめたが、こちらは少々理由が違った。

「おい、縫之助。お犬様だの共犯だのと何の話だ?」

「聞かぬがお前のためだ」

 縫之助は天狗の土鈴を屋台の軒下に吊した。

「土産だ」

 蕎麦屋は表情に迷惑しか浮かべていない。

「天狗か。俺は密教にも山岳信仰にも関心はないぞ」

「風鈴でも吊すと客寄せになるかも知れないな。だが、歳末の真冬じゃ売ってなかったよ」

「歓迎されぬ客もある」

「先夜のこの屋台の客、神崎与五郎殿とお見受けしたが、あの仁なら歓迎するのか」

 その言葉で、蕎麦屋は武士の顔つきとなった。

「俺は毛利小平太。播州浪人だ」

「そんなところだと思ったよ。赤穂だな」

 取り潰された浅野家の遺臣たちが復讐の機会を狙っているという噂が、江戸市中でささやかれている。

「まあ、どういうわけで棒手振の蕎麦屋に身をやつしているのか、訊かずにおこう」

「何か用か」

「蕎麦を食いに来た」

「吉良家の家臣に食わせる蕎麦はない」

 それを聞いた平八郎もまた、カケラほどの愛想も洩らさず、いった。

「まずいものを食わせて、本物の蕎麦屋ではないと見破られるのが恐いか」

 縫之助は嘆息した。

「おいおい、御両人。往来で喧嘩はやめろよ。こんな話を知っているか。江戸で喧嘩をすると野次馬が集まって滅茶苦茶にしてしまうが、大坂では野次馬は出て来ない。というのは……」

「食っていけ」

 と、毛利小平太がさえぎったが、縫之助の言葉はすぐには止まらない。

「というのは、大坂の町人は臆病だからではなく……えっ?」

「食っていけ!」