「雙」第17回

「雙」第17回 森 雅裕

 まさのは鰻を割(さ)いている。

「殺生禁断の寛永寺では、山芋ででっちあげた偽物の鰻でしたから、ここでは本物を」

「いい手際だな」

「おや。師匠も女をお誉めになることがおありですか」

「誉めたくなる女にはめったに出会わぬがな」

 一日二食から三食への過渡期である。朝食は朝五ツ(八時頃)前後だが、夕食は臨機応変で、昼八ツ(十四時頃)から七ツ半(十七時頃)にかけてとる。昼が早ければ、もう一食増えるのは自然のことであった。

「ほお。背の方から割くか。そうすると背びれが取りやすいのかな。上方では腹を開くのを見たことがあるが」

「白焼きのあとに蒸してみようと思います。それからタレ焼きです。腹から割くと、蒸す際に身が崩れます。背から開けば外側が厚くなりますから崩れにくいかと」

「蒸す? それが江戸風なのかな。おかしなことをするものだ」

「身がふっくらすると思います。それから武士の都では、腹切りは厭われます。それもおかしいですか」

「ふむ。仙台侯御刀奉行は国許においでなのだろう。まさの殿は江戸が長いのか」

「私は仙台ではほとんど暮らしておりません。物心ついてからはずっと江戸です。師匠もせっかく江戸にいらしたのですから、上方流の鰻を召し上がられてもつまりますまい」

「つまりそれは――」

 助広は土間に置いてある焜炉の前にしゃがみ込み、珍しげに覗いた。まだ多く普及はしていない小型の焜炉だ。

「まさの殿は、鰻は上方では蒸さぬことを知っているということだな」

 どん、とまさのは何匹目かの鰻の頭に釘を打ち込む。

「煙を逃がすために外で焼きます。そこの七輪を外へ出してください」

 助広はいわれるまま従った。

「これは江戸では七輪なのか。上方ではかんてきという。知っているかな」

「さあ……」

「ほお。おすもじが上方の女言葉で、鮓のことだと知っていたお前でも、知らぬことがあるか」

 まさのの包丁が一瞬止まり、それから一気に鰻を割いた。

「さっきから突っかかる物言いをなさいますね」

「この世のめぐり会いの妙味に色々と思うところがあってな」

「何ですか、それ」

「鰻もいいが、鱧(はも)の皮と胡瓜のザクザクが何よりの出合い物だ」

「それこそ何のことやら」

「上方では、蒲鉾に使った残りの鱧の皮を焼いて売っている」

「それのどこに料理の腕をふるう余地がありますか」

「胡瓜の切り方かな。句を詠んだ。『助広の食らう胡瓜はサクサクと』――斬れる刃物なら、サクサクという音がするものだ」

「それなら『ザクザクを食らう物好き刀鍛冶』――胡瓜は水戸義公(徳川光圀)が『植るべからず食すべからず』とけなしております」

 この頃の胡瓜は苦くて食用には好まれない。

「胡瓜の断面が葵の御紋に似ているので、食するのを遠慮する者もいるようです」

 器用な娘だった。鰻に串を打つ手際もいい。

「旅立つ師匠を江戸の味にて、送別させていただきます。今のうちに食いだめなされませ」

 まさのは七輪をはさんで、助広の向かいへしゃがみ込んだ。火を熾こす。二人の顔が近い。

「せっかくの心づくしに水をさすようだが、もうしばらく江戸にいるつもりだ」

「あら」

「御前鍛錬で、公方様が鎚をお入れになった鉄は手をつけずに残してある。虎徹師にもらった古鉄も余っている。短刀くらいしか作れないが、それを終えて、大坂へ戻ろうと思う」

 まさのは炭火を団扇で煽ぐ。まだ網はのせていない。

「公方様にお守り刀を献上なさるのですか」

「受け取っていただけたら、な」

 依頼されたわけではない。しかし、献納式の場で、「欲しい」とはいわれた。それだけで、その気になってしまうのが助広の性格である。感激屋で、人に奉仕する性根の持ち主でありながら、愛されないところが、助広の助広たる所以であった。

「でも、師匠。鍛錬場は――」

 寛永寺に設置された御前鍛錬場は、すでに撤去されている。

「池之端の鍛錬場を借りることにした」

「池之端……?」

「虎徹師の鍛錬場を使う」

「え」

「今、お願いしてきた。それで、帰りが遅くなった」

「それはまた……」

「よく虎徹師が承知したものだ、と驚いたか。私も驚いている」

「師匠の仕事ぶりから何か学び取ろうとでも考えているんでしょう。私が驚いたのは、お願いした先が虎徹師だということです」

「私もまた虎徹師の仕事ぶりを見たかったからだ」

「替え玉ではないかという疑いを明らかにするためですか」

「職人としての私には、そんなことはどうでもいいことだ。あの仕事場が気に入った。それだけだ」

 助広はそういい、

「江戸の鰻を待つ」

 七輪の前から立ち上がった。

「それにしても、何匹焼くつもりだ? まな板の上が鰻だらけだ」

「お弟子の分も焼きます」

「何……?」

「たどり着いたんですよ、足を傷めて箱根に置き去りだったお弟子が」

「……それを早くいえ」

 駆け上がり、縁側を紆余曲折すると、座敷に男が木綿布で固めた足を投げ出していた。その格好で、頭を下げた。

「師匠。お役に立てず、申し訳ございませんでした」

「直」

 と、助広は呼んでいる。

「まだ完治してへんやろ」

 刀工名を助直という。通称は孫太郎もしくは孫太夫。のちには助広の妹婿となり、津田姓を名乗る男である。 

「江戸へ参るには及ばん、動けるようになれば、大坂へ戻れというてあったに……」

「御前鍛錬の手伝いもせんと、一人おめおめと帰れませんわ」

 助直は先代の助広からの弟子で、二十二歳だから、当代の助広とほとんど違わず、師弟というより友人の仲だ。言葉遣いも気楽だった。

「お前がおらんでも、なんとかなった」

「首尾よくいったんですな。よろしゅうございました。わしがおらんでも、というんは情けない気もしますけど……。あの娘、見かけによらず怪力なのかいな」

 助直は台所の方向を指した。

「師匠は江戸で女の弟子をとられたんでっか。仙台伊達家に有縁のお嬢様やとか」

「わからん」

「わからんいうことがありますかいな。ほんまに入門させたんでっか」

「私がわからんというのは、あの娘が本当に仙台侯に有縁かどうか、や」

「は? けど――」

「いや」

 助広は何かを振り捨てるように、首を振った。

「入門させたかどうかは、わかりきったこと。大坂へ連れ帰るわけにもいかん以上、弟子入りは有り得ん」 

「仙台侯いうたら――箱根の宿で、江戸から上方へ向かう渡り中間どもと同宿になりましてな。中間とはいうても、人足みたいな連中です。伊達様の堀の総浚いに雇われとったとかで、話を聞いたんですけど……。刀を掘り当てたらしゅうおます」

「刀……? お堀の底で、か」

「あほな。普請小屋を建てるもんで、湯島天神の持ち地が召し上げられて、取り壊しにかかった小さな社殿から出てきたとか」

「宝物(ほうもつ)か何かか」

「いやいや。石造りの床下に隠してあったそうですわ。銅か何かの箱に入れて、松脂で密封されとったとか」

 それなら、土中に埋めるよりは朽ち込みも少ないだろう。火災時に火をかぶることもあるまい。ではあるが、湿気が籠もるから、刀が傷むことに変わりはない。

「その密封も破れて、中身はだいぶ傷んどったちゅう話ですけど」

「普請小屋は五箇所にあるという話や。湯島天神の近くなら、桜馬場か」

 桜馬場のあたりは、馬場と湯島天神の飛び地が入り組んでいると、安定に吉祥寺前の普請小屋へ案内される途中、聞いている。

 助広は工事中だった小石川堀周辺の地形を思い出しながら、いった。

「近いとはいうても、湯島天神からはいささか離れとるお堀端やった。境内も門前町もなかなかの広さのようやけど……」

「裏手は陰間茶屋の巣窟らしゅおますな」

「そんなことは知らん」

「もう長いこと使うてへん社殿が本殿から離れて建っとったらしゅおます」

「普請の鍬始めは五月末らしいが、二月から準備が始まったと聞いとる。普請小屋作りを始めた頃やったら、その二月か三月あたりの話か」

「どんな刀か見たんか、その中間に訊いたら、ぼろぼろの拵で、錆びて抜けんかった、いうとりました。何やらいわくありげやおまへんか」

「いわくがあるなら、埋蔵されとったんが刀だけいうことはないやろ」

「あたりはたちまち伊達家の侍たちが封鎖して、雇い中間や人足は寄せつけんかったいうことですさかい、他にも何か出たかも知れまへんなあ」

 本阿弥光温のところで見た刀だ。虎徹と止雨の合作銘があり、柳生拵に納まっていた。――このことに何か意味があるのか。仙台伊達家が小石川堀の普請で発見したものなら、まさのも知っているのではないか。なのに、沈黙している理由は何だ。柳生兵助が取り返そうとしている理由は何だ。

 あの銘を一字ずつ脳裏にたどった。「止雨」二文字に前後の文字を組み合わせると、ひとつの意味が浮かびそうになったが、

(まさか――)

 打ち消してしまった。以前から何度かそうやって、考えるのを避けてきた気さえする。もう一歩、踏み込むべきかどうか迷っていると、考えごとをさえぎる音を聞いた。声かも知れない。猫が塀から落ちたにしては、二度、三度と続いた。

 助広は外をうかがった。勝手口――裏庭のようだ。今度は、何かがぶつかる音が響いた。

「めしの支度にしては、にぎやかだ。見てくる」

 縁側をそちらへ回ると、薪などが散乱し、井戸をはさんで、まさのが男と向き合っている。先刻、寮の外で見かけた男のようだ。

「何をやってる? 鰻は焼けたのか」

「この様子を見て、食べ物のことしかいえませんか」

 まさのは、助けてくれというかわりに怒声を発した。 

 助広は庭へ下り、

「焦げてしまうじゃないか」

 鰻をのせた七輪の風口を閉じた。

「ところで、そちら、どなただ?」

 男の手には刃物があった。包丁だ。ちら、と助広を見て、叫んだ。

「邪魔するな!」

「おいおい。何をしようとしているのかもわからないんだから、邪魔のしようがない」

「この女を殺して、私も死ぬんだ」

「ああ。それなら、邪魔はせんよ」

 助広は鰻を見下ろしている。

「しかし、今ここで、というのは困る。この女には、鰻を焼いてもらわねばならんし、寮の持ち主の白戸屋にも迷惑がかかる」

 男は包丁を振りかざし、まさのへ詰め寄ろうとする。まさのは井戸を盾に、左へ右へと逃げる。

「それが、かりそめにも弟子となった者の窮地に師匠がいう言葉ですか」

「男が女を刺して、自分も死のうと思いつめるなんて、よほど女が悪い」

「馬鹿!」

 男の繰り出す包丁を、まさのは釣瓶桶で受けた。

「早く助けなさい!」

 助広は鰻を網ごと地面へ下ろし、鍛冶屋の腕力にモノをいわせて、七輪を男の足許へ投げた。まさのへ飛びかかろうとしていた男はつんのめり、散らばった炭火の中に、膝を折った。

「熱っ! 痛い!」

 倒れかかった拍子に自分の腕を切ってしまったらしい。それでも、のたうつようにまさのを追い、七輪から下ろしてあった鰻を蹴散らして、また転んだ。

 助広は男の腕を蹴って、包丁を取り上げ、まさのを振り返った。鰻を拾っている。

「せっかく丹精こめて焼いたものが泥だらけじゃありませんか。どういう料簡ですか、師匠」

「私はそいつを七輪から下ろして難を避けていたのだぞ。第一、助けろといったのは、お前だ」

「七輪を投げろ、とはいっておりません」

「おい」

 助広は男に向き直った。

「やはり刺すか。包丁を返すから」

 男には、もうそんな気はないようだ。うなだれて、嗚咽している。傷の手当ては自分でできるだろう。手拭いを押しつけてやった。

「よほど思いつめたんだな」

「お師匠のような朴念仁にはわからぬ情念ですよ」

 と、まさのがいった。

「何だか私を非難しているようだが、この男に同情しているなら、刺されてやれ」

「同情なんかしてやしませんよ。いきなりここに入り込んできた見ず知らずの男に、包丁振り回されたんですから」

「見ず知らずなものか」

 男が呻くように叫んだ。

「二世(にせ)を契って、熊野牛玉(くまのごおう)の誓詞を交わしたじゃないか。よそへ身請けされるくらいなら、私が手にかける。そう誓った」

「……と、いってるが」

 助広は男とまさのを交互に見やる。

「私を薫だと人違いしてるのよ」

「おい」

 助広は感情的な人間がいるこういう場面は苦手だ。何やら照れ臭くなる。まるで謝るかのように、いった。

「薫は身請けされたあと、亡くなった。山谷の春慶院で弔われている」

 表向き、病死ということにはなっている。ただし、世間では伊達綱宗が斬殺したと信じられつつある。

「噂くらい聞いただろう」

「聞いた。それこそ、いろんな噂が流れてる。仙台高尾の物語がでっちあげられて、高尾と契りを交わした男は島田重三郎だか島田権三郎だかいう勝手な名前になっている。薫らしい女を本所のここらへんで見かけたという噂もあって、探してた。そして、見つけた。一緒に逃げてくれと頼んだのに、お前さん誰? が返事とは情けない」

「ここにいるのは薫の双子の姉だ。薫がお前さんとどんな約束を交わしたか知らんが、身代わりになってくれるような姉じゃない」

「そんな……」

「馬鹿ね」

 まさのが炭火を拾い集めながら、いった。

「丸い豆腐と遊女のまこと、あれば晦日に月が出る、と申しましてね。遊女の誓詞なんぞ七十五枚までは神仏もお許しになるという代物。少しは男女のことを学ぶことです」

「そんな男女のことなら、学ばなくても、別に恥ずかしくはない」

 と、助広。

「お前という女はたいした物知りのようだが」

「あら」

「この一途な若者、見たところ、どこぞのお店(たな)の若旦那という風体だが……」

 男は名乗りたくなさそうだった。

 助広は、

「めしは食ったかね」

 屈託もなく訊いた。そこへ、

「師匠。何事ですか」

 助直が縁を這い寄りながら、声をかけた。

「うちの包丁人自慢の鰻が、黒焦げの上に泥だらけになっただけや」

「それは一大事。今夜のめしはどないなりますの」

「近くにうどんの振売りが出る。食いに行こう」

 助広は男に誘いかけ、助直には振り払うような視線を向けた。

「直。お前は足手まといや。漬け物でももろて、適当に食うとき」

「師匠」

 と、まさのは怒りよりも憐れみさえ浮かべた。助広の人のよさに対して、である。

「私を殺そうとした男ですよ」

「そうだ。この助広を殺そうとした男じゃない」

「……なるほど」

「お前も来るかね」

「まいりません」

 男と同席では食事はしない。行儀作法をしつけられているなら、誘いにのるわけがなかった。武家の女ならば、だが。

 

 助広は男の傷口に膏薬を塗ってやり、連れ出すと、夕暮れの中を堀沿いに歩いた。

「私を役人へ突き出さないので……?」

「鰻をふいにしたくらいで、牢に入るつもりかね。それより、うどんの代金を払ってもらった方が私にはうれしい」

 振売りは屋台というほど大層なものではなく、天秤棒を肩にかつぐ行商である。この万治年間、振売りが爆発的に増え、幕府が取り締まりに乗り出したが、うどん屋のような火を持ち歩く行商はまだ珍しい。蕎麦も現われ始めているが、元禄の頃まで、江戸では蕎麦屋ではなくうどん屋という。

 こうした振売りにしろ惣菜を売る煮売り屋にしろ、明暦の大火以降、江戸に流入した職人や労働者目当ての商売だから、武家はもちろん、商家でもしつけのきびしい者は利用しない。が、上品ぶっていても、男は胸襟を開くまい。別に友人になる必要はないが、今後再び襲われる心配はなくさねばならない。

「江戸橋の橘屋の春蔵と申します」

 うどんを食いながら、男はようやく打ち明けた。

「やはり、若旦那か」

「放蕩息子でございます」

「仙台高尾から誓詞をもらった島田重三郎とやらの正体かね」

「端午の節句の紋日に、二世を契ったつもりでおりました」

「紋日とは、遊女にも客にも金がかかる日のようだ」

「遊女はまわりの者たちに祝儀をしなければなりませんし、客の方も揚代が高くなるという日です」

 吉原の場合、そんな紋日が毎月二、三回、月によっては五、六回もある。

「すべての紋日に通うことは、お大名でもなければ無理な話。ただ、端午の節句は薫の生まれた日でもありました」

「五月五日か」

「はい」

 それが薫ことすみのの誕生日ならば、まさのも同じ日の生まれということになる。

「遊女も客もしょせん妓楼を肥え太らせるために生きているようなもの。お笑いください」

「人を笑えるほど、私も偉くはない。このうどんを上方よりまずいといえるくらいには偉いと思うが」

 うどん屋の耳から離れて、そういった。

「尋ねるが、うちの女弟子は薫とそんなに似ているか」

「はい。あ、いえ。身なり、化粧、髪型、立居振舞い、すべて違いますので、なんとも……」

「しかし、顔そのものは殺したいと思うほど似ていたのだろう」

「双子だというなら、それも当然」

「見かけたという噂をたどって、本所へ来たんだな。仙台高尾の不死伝説も作られているのかな」

「あの夜、生きていたという話もございます」

「どの夜だね?」

「薫が身請けされた夜です」

「島田重三郎に義理立てして、陸奥守様に手討ちにされたとは信じていないのか」

「御坐船が燃えたという話を聞いております」

 真実を知っている者もいるようだ。どうして燃えたのかはともかくも。

 日暮れで交通量は減っていたが、川遊びの船が他にも出ていたし、目撃――というより、見物していた者も少なくないはずだ。

「西瓜売りの船が、これは好機とばかり、船火事見物のおともに西瓜はいかが、と近くにいた船の間をめぐっていると、一艘の屋根船に乗っていた侍たちから、えらい剣幕で追い払われたとか。簾(すだれ)が巻き上げられていて、ちらりと女の姿が見えたということです」

「その屋根船も御坐船が燃えるのを見物していたのか」

 もっとも、火はじきに消えたのだが、伊達家の家臣たちが救助や捜索に右往左往するさまを見物している船もあった。そうした船の明かりが、多少なりと水面を照らす助けとなってくれたら、と藁にもすがる希望を助広もあの時、持たぬわけではなかったが……。

「薫はその屋根船に引き上げられたというのではあるまいな。濡れていたのか」

「いいえ。すっきりとした身なりの美人だったとか」

「それが格子女郎の薫だったと西瓜売りにわかったのか」

「ですから、美人だったとしか」

「それだけか」

「それだけです。西瓜売りを追い払うと、すぐに隅田川を下って、消えたとか」

「それだけでも、噂の種には充分か」

「私の早とちりでございました」

 この男は流言も含めた目撃談を懸命にかき集めたのだろう。