鬼鶴の系譜 寛政編 第六回

鬼鶴の系譜 寛政編 第六回 森 雅裕

 トモエは四十過ぎの、これまた妙に胆がすわった女だが、戸口から風雨とともに転がり込んだヒヨリを悲鳴混じりに迎えた。

「一体、何事ですかっ。こんな荒れた天気の夜に出歩くなんてのは、うちの亭主みたいな馬鹿だけですよ」

「ご主人は?」

「寄り合いとかいって出たけど、どこぞの遊郭でしょ。嵐なら客も少ないからモテると思ってるんですよ。同じこと考える男どもが押しかけて、かえって混むのがオチだってのに」

「汚してもいい着物と袴を借してください」

「無理して帰らず、泊まっていきなさい」

「いえ……。行くところがあります」

 ヒヨリはさっさと島田髷を解き、うしろでまとめた。

「あーもうっ。私を追い出すから、姫様がこんな非行に走るんです。嫁に行けなくなったらどうするのですか」

 トモエはそうはいいながらも、ヒヨリが質草の中から着物、袴を身につけると、

「その身なりだと、刀が必要だわね」

 頼みもしないのに、質実な拵に入った刀を蔵から出してきた。数打ちの実用刀かと抜いてみたら、形は堂々たるものだが、刃がついていない。

「捕り物用の鉄刀ですね」

「あら。人斬りでもなさるおつもりですか」

「いいえ。雨も降っているし、真剣だと錆びさせたら困ります」

 それから蓑笠を借りた。褌さえ質草になる時代なのである。こんな雨具も蔵に押し込まれていた。ただし、四人分となると、トモエも首をひねった。

「お仲間がいるのですか」

「人助けをする仲間です」

「何だかお腹の減りそうなことをやってますね。何か食べる?」

 一種の興奮状態にあるので空腹は感じなかったが、食べねば体力がもたない。

「茶漬けでももらえたら」

「でも、なんてのは茶漬けに失礼です」

 トモエは文句をいいながらも、漬け物を大量に投入した茶漬けを作ってくれた。ヒヨリはそれをかき込み、はしたないとトモエに叱られながら、手早く蓑笠を身にまとった。豪雨では傘は用をなさない。

「お仲間とやらは、どうしてここへ顔を見せないのですか。中西道場の稽古仲間ですか」

 ヒヨリの人脈の中で行動的な人間といえば、中西道場の若侍と推測するのは自然である。

「伊上誠志郎様ですね。まア、あの方が一緒なら、行くなとは申しませんが」

「仲間がここまで使っていた傘は、あとでこちらの裏口の方に置いておきます」

 ヒヨリは男たちの分の蓑笠を両腕に抱え、外へ出た。身体に打ちつける雨粒の一つ一つが、イヤになるほど重い。

 蕎麦屋までのわずかな距離で、蓑笠はかなり濡れてしまい、脱ぐのも面倒だし、このまま入れないし、店の軒先から中をうかがうと、店の親父が声をかけてきた。

「どうもどうも。待ちかねておりましたよ。この嵐じゃ商売にならないから、もう閉めますよとお連れ様方に申し上げていたところで」

 その「お連れ様方」しか客はおらず、彼らは追い立てられるようにぞろぞろと軒先へ現れた。

「これを着てください」

 ヒヨリは男たちに蓑笠を押しつけた。

「この鉄蔵とやら、妙に吉良方の肩を持つな」

 と、多西が口元を歪めた。忠臣蔵の話をしていたらしい。

 自説を展開しているのは鉄蔵である。

「吉良方を悪者にして赤穂の浅野方を義士と礼賛するのは、お上に対する市民の不平不満を逸らさんがための詭計だ。そもそも、松の廊下でいきなり斬りつけた浅野方が、無抵抗で斬りつけられた吉良方を恨んで、喧嘩両成敗だとか片手落ちの不公平だとか申し立てるのはおかしいだろうが」

「なるほど。そういわれると、そんな気がしてきた」

「大体、完全武装した大勢で吉良屋敷の寝込みを襲うなんざ、闇討ちじゃねぇかよ。侍のやることじゃねぇ」

「なんで、赤穂の浪士をそんなに悪くいうんだ?」

「俺は小林平八郎の血を引いているからな」

「小林って、誰だ?」

 首をひねる多西に、

「吉良方の剣客」

 と、ヒヨリが呟くと、誠志郎が明朗な声で応じた。

「そういや、ヒヨリ殿の御本家は今の赤穂藩主でしたな」

「元禄の頃には、森の本家と浅野家には親交もあったようです。けれど、うちは支流の支流。浅野方にも吉良方にも思い入れはありません」

 鉄蔵が頷いた。

「でなきゃ、俺とは敵同士みたいなもんだ。こうして同道なんかできねぇよな」

「別に親しみを感じて同道しているわけでもありませんけれど」

「へっ。この姫様も俺に劣らず、人を怒らせる名人だよなあ」

 男たちは蓑笠を身につけた。彼らがここまで持参した傘は、トモエの質屋の裏口へ置き、嵐の様相をむき出しにする天候の中を歩き出した。誠志郎が持っていた提灯には火を点せる状態ではなかった。

 道はぬかるみ、川のようになっているところもある。闇の空から凶悪な哄笑のような風雨が叩きつけてくる。

 何で、こんなことをしているのだろう……。理由がわからなくなる。葵小僧一味が悪い。とりあえず、目先にある理由はそれだ。

「葵小僧の他にも、神稲小僧とか稲葉小僧とか聞いたことあるけど、何で、いい年した泥棒を『小僧』呼ばわりするのかしら」

 不満混じりの疑問が口から出た。後々の世俗には鼠小僧や芝居の弁天小僧が有名だが、前者は化政期、後者は幕末の盗賊なので、ヒヨリの知るところではない。

 鉄蔵が声量を雨音と戦わせながら答えた。

「悪い奴はガキの頃から悪い。大人が急に悪くなって『小僧』と呼ばれるわけじゃねぇんだ。鬼を酒呑童子だとか茨木童子だとか『童子』と呼ぶのも同様の理由だ」

 それきり、彼らの口数は少なくなった。しゃべる気力を風雨が奪った。ヒヨリにしてみれば、こういう男たちと一緒に夜歩きする日が来るとは考えたこともなかった。高揚感と背徳感が入り混じり、さらに暴風雨が理性を麻痺させた。要するに、ヤケクソな気分だった。

 塩浜へ至るまでには、すでに水没している道もあった。

「今からでも屋敷へ戻った方がよくはないか」

 誠志郎はヒヨリを気遣って、そういったようだが、彼女は聞き入れない。遠回りしたり迷ったりしながら、目指す廃寺へたどり着いた時には、すでに深夜だった。

「到着というより漂着した気分だ」

 鉄蔵は山門を覗きながら、ぼやいた。

 廃寺はさほど大きくなく、常夜灯は消え、ほとんどの建物が真っ暗だが、本堂から灯りが洩れている。そこだけ人の気配があった。

 本堂の前には見張りの浪人が一人、うろうろしていたが、この風雨では役目に熱心にはなれぬのだろう、出たり入ったり落ち着かず、死角だらけだった。

 その隙を縫って、誠志郎は剛胆というかのんきというか、本堂の回縁に上がり、内部を偵察して戻った。

「坊主ではない有象無象がたむろしている。赤ん坊の泣き声が聞こえた。間違いなさそうだ」

「踏み込みますか」

 ヒヨリは、風雨にさらされているよりも斬り込んだ方がマシな気分になっている。だが、誠志郎は慎重だ。

「相手の勢力もわからないし、女子供がいる。いってみりゃ人質だ。無茶はできない。火盗改を待とう」

 ヒヨリは鉄蔵を見やった。

「じゃ、鉄蔵さんは長谷川様へ御注進に走って」

「本気かよ。ここ来る途中にいくつも堀割があったの見たろ。あっちもこっちも洪水寸前だ。そんな中を疲れ切った身体で駆けずり回れってか」

「火盗改が来てくれなきゃ、ここにいる者だけで乗り込むしかないわよ。鉄蔵さん、その覚悟ある?」

「ちっ。生きてたら、また会おう。いや、もう会いたくない」

 鉄蔵を風雨渦巻く闇の中へと送り出し、残った三人は本堂の斜向かいに建つ、かつては物置だったらしい破れ小屋へ潜り込んだ。とりあえず雨風は防げるが、すでに濡れネズミとなっており、九月初めとはいえ、身体は冷えていた。

「火を焚きますか」

 多西がいったが、誠志郎は制止した。

「やめておけ。嵐の夜とはいえ、火や煙を一味が気づくかも知れない」

 狭い小屋には煙の逃げ場もない。持参した提灯から蝋燭を取り出し、灯りを点した。これくらいなら、見つかりもしないだろう。

 小屋の中を漁ると、ムシロが積んであったので、埃っぽいのを我慢して、ヒヨリはこれをかぶりながら窓の雨戸をわずかに開け、本堂を見張った。

 見張りながら、神田明神の水茶屋でもらった切り飴を取り出し、甘味で身体を癒やした。そして、袋ごと誠志郎に放り投げた。無言である。この娘は行儀がいいのか悪いのか、わからない。

 男たちは切り飴を口に入れ、誠志郎は、

「交替で見張ろう」

 といったが、ヒヨリは窓から吹き込む雨に濡れた顔を拭いながら、低く呟いた。

「一味を見張るよりも、この嵐を警戒すべきかも」

 小屋は雨漏りだらけで、壁や屋根も悲鳴のような軋み音を発している。窓の隙間からは時折、うなりをあげて風雨が暴れ込んだ。

 太平楽なヒヨリとはいえ、ここで動きを止めると、再び動き出すのが嫌になる。湿った衣服が肌にまとわりつき、疲労した身体が重い。高揚した気分が萎えそうだ。悪人どもを目前にして、それは避けたかった。

 この寒さにじっと耐えているよりは、

「一味が寝静まるのを待って、踏み込むというのはどうですか」

 その方がマシだとヒヨリは提案したが、誠志郎は泰然と構えている。

「ヒヨリ殿は勇ましいな。しかし、勝手に斬り合いをやれば、あとあとお咎めを受けないとも限らぬ。この荒天では一味も動けないし、人質に危険もあるまい。待つことだ」
 
 ヒヨリとしても、それが妥当な選択であることはわかっている。不快な環境には我慢することにしたが、生理現象は起こる。男は簡単だが、女はそうもいかない。

 厠らしき小屋が境内にある。

「厠へ行きます」

「一味も厠を使うかも知れない。鉢合わせしたらマズイ」

 誠志郎はそういったが、風雨にさらされながら外で用足しもできない。

 多西はヨダレを流しそうな声を発した。

「ここでやってもいいですぞ」

「私の目的はあなたの御新さんを救うことじゃない。人質の命にかまわず、一人で斬り込んでもいいのよ」

「赤ん坊も斬り合いに巻き込みますか」

「赤ん坊なら抱いて逃げられます。でも、大人の女までは面倒を見きれません」

「へっ」

 中西道場で、多西はヒヨリには常に後れをとっていた。ヒヨリの剣は決してきれいな技術ではなく、突きを主体とした実戦的なもので、門弟たちからは敬遠されたものである。

 蓑笠をまとって真っ暗な厠に入り、用を足して出たところで、目の前に男がいた。風雨の騒音で、ぶつかりそうになるまで気づかなかった。闇の中で、同時に悲鳴をあげながら、二人の身体はそれぞれ別の反応をした。男はただ立ちすくみ、ヒヨリは持っていた刀の柄頭で相手の鳩尾を突き、怯んだところで、喉元を殴りつけた。こいつ、酒臭かった。

 男が悶絶しながら倒れると、衿首をつかんで、水たまりの中を物置小屋まで引きずった。泥まみれの捕虜を見た多西は、

「まともじゃないぞ、この姫様」

 悲鳴と抗議を同時に吐き出した。

「一味には腕利きの浪人もいるのですぞ。そいつとぶち当たったら、どうするんです。こんな間抜けだったからいいようなものの……あれっ?」

 多西は、呻いている男の顔を覗き込んだ。

「ああああ、こいつだ、この間抜けだ。俺の妻の幼馴染みってのは。名前知ってるぞ。渡り中間だった男で、万蔵とかいうんです」

 その万蔵を誠志郎が刀の下げ緒で後ろ手に縛り上げ、頬を叩いた。呻きながら目を開いた万蔵は、跳ねるように全身を震わせた。

「何だ何だ、おめぇら。あ、そこのお前、見覚えあるぞ。そうだ、多西だ。女房に逃げられたサンピンじゃねえか」

「逃げられたとは何だ。妻はお前らに悪の道へと引きずり込まれたんだ」

 多西は声を荒げた。

「大声を出すな。一味を呼び寄せる気か」

 と、誠志郎が多西と万蔵の間に割って入り、訊問した。 

「仲間は何人いる?」

「六人、いや五人、いや三人……」

 多西が噛みつきそうな声で、

「面倒だ。殺してしまえ」

 そう毒づくと、万蔵は白状した。

「俺以外に六人だ。その中に女も一人いる」

「おかしなことをいうな。女は仲間じゃあるまい。さらった赤ん坊に乳をやるために無理矢理、引きずり込んだんだろ」

 多西が異を唱えた。だが、万蔵は鼻で笑った。さらに酒が匂った。

「仲間だよ。お前の女房はとんでもない好き者で、俺たち皆に抱かれて喜んでる。あの女を連れ戻しに来たなら、あの女にしてみりゃ、ありがた迷惑だと思うぜ」

「こ、こいつ……。おっつけ、火盗改が押し寄せて来る。拷問されても嘘をつき通せるかな」

「嘘なんかいわねぇ。拷問も必要ないぞ。何でも訊きな」

 誠志郎が尋ねた。

「仲間には侍もいるそうだな」

「歴とした旗本や御家人の出もいるぜ。そもそも俺たちのお頭だって、もとをただせば長谷川平蔵とは竹馬の友だったという旗本崩れだからな」

「葵小僧が旗本崩れ?」

「長谷川平蔵も今でこそ火盗改なんていってのさばっているが、若かりし頃は道楽三昧の野良者。その頃につるんでいた仲間らしい。お頭はな元々は山棚与弥太という旗本だ」

 ヒヨリも誠志郎も、五千人を超える旗本の名前をいちいち覚えてはいない。

「俺たちのお頭と長谷川平蔵は女を取り合ったこともあるそうだ。どこかの武家娘だったらしいが、それがよ、去年、襲った商家で、偶然、お頭はその女に再会したんだ。人の世は面白ぇなあ」

「日本橋の比良多屋か」

「あちこち襲ってるから、そこまで覚えちゃいねぇや」

「さらった赤ん坊はその女が産んだ子か」

「へへ」

 旗本の次男三男といった冷飯食いが悪の道に走っても、驚くようなことではない。ただ、それが葵小僧の正体であるとは、にわかには信じられなかったが。

「あのな、葵小僧が長谷川平蔵の悪友だった証拠品もあるんだぞ」

「何の話だ、それは」

「へへへ。俺を解放してくれたら、持ってきてやる」

 多西が鼻を鳴らして笑った。

「本気でそんなこといってるのか。お前、長生きするぜ」

「俺が厠から戻らなかったら、仲間があやしんで、探しに来るぞ」

「別にそんな様子はありません」

 と、窓の隙間から本堂を見張っていたヒヨリは、吹き込む風雨を避けながら、いった。

「見張り役の姿も見えない」

 お気楽に酒を飲んでいるのは万蔵だけではあるまい。江戸を離れる算段らしいから、長旅にそなえて寝てしまったのだろう。

「証拠品とやらよりも短刀の方が肝心です。リョウさんから赤ん坊と一緒に奪いましたね」

「ああ、何なら、それも持ってきてやる。行かせてくれ」

「ホントに長生きするぞ、お前」

 多西が天井からの雨漏りに舌打ちしながら、いった。

「お前を信用するくらいなら、野良猫でも使い走りに出した方がマシだ。そもそも、証拠品って何だ?」

「へへへ、長谷川平蔵にとっては世間から隠しておきたいモノさ。火盗改がろくな取り調べもせずに、うちのお頭をさっさと獄門にしてしまったのは何故だ?葵小僧が幼馴染みでは長谷川平蔵も体裁が悪いからだよ」

「ということは、事情を知るお前も、火盗改につかまれば、さっさと処刑されるということだな」

「あ。おい、勘弁してくれ。俺なんか下っ端の使い走りだ。見逃してやってくれ。あのな、あのな、多西の女房と手に手を取って、一味から抜けようと言い交わしてるんだ。ありゃ淫乱だけど、情の深いところがあるんだよ」

 万蔵は身をよじった。

「おい、亭主。お前はこき使うばかりで、女の値打ちがわかってねぇ。俺なら、あの女と……」

 ごん、と物凄い音がして、万蔵は首を異様に折り曲げながら倒れた。多西が蹴り飛ばしたのだ。

「この野郎っ! 長生きするといったのは取り消すぞ!」

 なおも多西は踏みつけ、蹴り続けた。

「やめろ!」

 誠志郎が羽交い締めにして引きはがしたが、多西は駄々っ子のように両足で地べたを叩いた。倒れた万蔵は動かない。その下半身からしみ出すものがあり、悪臭が漂った。誠志郎は彼の鼻と口のあたりに手をあて、呼吸を確かめた。

 ヒヨリは窓際から振り返り、首を振る誠志郎と目を合わせた。男は死んだ。

 多西は肩で息をしている。これでさらに大声を発したら、ヒヨリも誠志郎も力ずくで黙らせただろう。それを悟ったか、声量は控え目だった。

「ど、どうせ獄門になる盗賊じゃないか。妻をもてあそばれた俺が成敗する。これぞ正義だ。そうだろ、え?」

「何故、赤ん坊をさらったのか、理由をまだ聞き出していないぞ」

「聞いたじゃないか。葵小僧が旗本の道楽息子だった頃、長谷川平蔵と取り合った女がいて、襲った先の商家でそいつと再会して、アラ懐かしやと、はらませた子だ。葵小僧の忘れ形見なら、これを跡継ぎに立て、盗賊一味は再起を期したいだろう。当然だ」

 多西のような俗物のセリフでなければ、その意見にも説得力があるが、口角泡を飛ばしながらまくし立てられても、胡散臭かった。跡継ぎを立てて再起を期すなど、戦国大名でもあるまいに……。鉄蔵も同様の仮説を立てていたが、鉄蔵自身もあまり信じていないようだった。

 風雨がさらに凶暴になったので、ヒヨリは窓を閉ざしながら、呟いた。

「葵小僧と長谷川様が悪友だった証拠品……とかいっていましたね」

「我々にはどうでもよいことだ」

 それはそうだ。ヒヨリの目的はあくまでも家伝の短刀なのである。だが、それこそ誠志郎には関係のない話だ。

「誠志郎様。こんなことに巻き込んでしまって、申し訳ありません」

「何。巻き込まれた甲斐がありそうだ。人が目の前で殺されるのは楽しい気分ではないが」

 点していた蝋燭が燃え尽き、小屋は闇となった。あらためて、屋根や壁があちこち隙間だらけだと知った。

 多西は小屋の隅に座り込んで、しばらくぶつぶつ愚痴っていたが、

「火盗改はまだ来ないのか!」

 叫んだ。同時に、彼のすぐ横に棒きれが飛んできて、柱に当たって砕けた。ヒヨリが投げつけたのである。