85. 偽物について(その三十六)

 今回は以前、少し触れた中心の刃区の下にある”焼出”部である焼元(やきもと)を基本として、実践的に偽銘であることを実証してみたい。(“焼元”本欄〈その三十〉で私の造語として仮に名付けた)

 その前に(A)を見て下さい。日刀保の特別保存証書でありますが、その記載銘文とこの証書に貼付されている中心写真(B)とを比較すると、(B)には一個銘字が脱けてありません。つまり、(B)の表銘には「備前国住長船五郎左衛門清光」とあって、証書に記載の銘文(A)と見較べると証書(A)に表記されている”尉”が中心の銘文(B)にはありません。これはうっかりミスでしょうか。確かに、そうした事も人間がやる事ですから十分にあり得ます。

 私も特別保存証書(小道具)で、日刀保の肝心要の角印が押されていないのをお預かりし、日刀保の事務室へ持参し押印して頂いた事があります。事務方の話によると、極めて珍しいケースである由。今から考えれば押印なしの証書を記念にとっておけば良かったと残念でなりません。凄いレア物?ですよね。せめて押印前の証書のコピーでもとっておけば良かったと、、、。

 さて、(C)を見て下さい。これはこの刀の私の押型ですが、確かに証書にある現物そのものであります。(B)を見ても(C)を見ても三つの?があります。その第一は中心の錆状態の悪さであります。つまり、私がよく言う”中心程度不良”という状態に一致するものであります。この様な不良錆は極めて異常なものであります。

 それから、表裏の中心(C)にあるこの刀の中心棟を上から写したもの(C)’ですが、これには中心棟の厚さが棟区上から中心尻まで見事に写っていますが、この(C)’を中心尻から水平目線で棟区の方向へ見て下さい。上部(棟区)の1/3ぐらいから下は棟角(表裏)の線が内側(棟の中心部)へ不自然な形状で歪んでいまして、厚みが凹んでいます。その歪んだ部分の横にほんの少し黒く写っている細い部分(表裏に線状に見られる)は中心棟の肉が削られた為に、結果的に上部より鎬が急に高くなっているからこの様に写ったのです。併し、その凹んだ部分(表裏が不均衡)には銘字がありますから、どのような詭弁を弄してもこの様な肉置の不自然さを説明する事は絶対に不可能です。これが二番目の?です。

 さて、この証書と現物の銘文の違いを指摘して日刀保へ持ち込んだとしましょう。そうすると、この証書が偽造でない限り説明上手?な学芸員は「たまたま認定書と刀の調書に不具合があって誤って書入れたものですから、証書は再発行します」と言うであろう。では、清光に「五郎左衛門」のみの俗名があるだろうか。『銘鑑』には存在しているのである。恐らく本刀あたりを基にしての記載であろうが、ならば刀の調書をとる時は十分に注意して頂かないといけないし、証書が完成した時のチェックも甘い。

 では”尉”のない五郎左衛門清光として話をすすめよう。前述の中心の歪はどうなるのでしょうか。しかも歪んだ所に珍しい”尉”のない清光の在銘です。ここまでくれば「”尉”の一字のみ刻り忘れた可能性があるかも知れません。」ぐらいを反論としてむし返すかも知れない。

 それでは第三の?にうつります。(C)の矢印(二個所)を見て下さい。前稿でも触れました「焼元」部でありますが、全く刃文(匂口)が消えることもなく、さらに急角度で刃方へ入っています。こんな事は極めて健全な中心状態でも考えられませんし、他の正常な作例に照らしても、この様な状態(焼幅が広すぎて、匂口が締って急角度に刃方へ入っている)は絶対にない所作です。

 (C)”は私の作図(刃文)ですが、これ位になるのが正常と思われます。両方の違いをよく見て下さい。

 そこで、この(C)をもう一度見て下さい。現状での刃区の深さはかなり浅いものです。しかも(C)’に写っている様に、現在の研溜と棟区上の重ね(厚さ)の差はかなりありますから、この刀身はかなり研減っている事を如実に示しています。さらに(C)の中心(表裏)の刃方の曲線を見て下さい。下の目釘孔よりも下の方からやや直線状になっていて、殊に上の目釘孔の下あたりからは殆んど直線状になっています。

 又、現在の刃区のすぐ下あたりは逆に棟区の方へ喰い込む様になっています。《(C)の指裏の中心の刃方の点線を参照》この様な状態は少しづつ何回も刃区部分を欠損してしまったので、中心の刃方を少しづつ下から削り、変形させた状態を如実に示している。これは拙著『刀の鑑賞』でも本欄でも既述済みです。

 そうしますと、(C)の矢印部分の「焼元」部の匂口の健全すぎる事と、急角度に刃方へ入っている点は全く相容れない、つまり、刀身と中心の減り方と「焼元」部の状態が相容れない、端的に言えば×であります。

 従いまして、この刀は偽銘であり、尚且つ中心の錆状態の不良さと「焼元」部の点から再刃の可能性も十分に考えられます。つまり、再刃された刀に偽銘を刻った可能性もあります。いづれにしても、又、何と詭弁を弄しても日刀保の見解に理はありません。どうして簡単な中心の肉置の?を見逃すのでしょうか。又はわざと何らかの理由で目をつむって証書を出したのでしょうか。そういう疑惑の目を向けられても弁解は出来ないと存じます。

 勿論、全ての認定書がそうであるとは言っておりませんので、念のため誤解のない様にお願いしたい。但、こうした認定書がつけられた刀がどんどん悪戯をしていくのですから、たまったものではありません。認定書の如何での金額的差違には日刀保は一切関知しないと規則に唱っていますが、それで道理は通るのでしょうか。日刀保にはこうした刀を買った人から苦情がくるだけで、適当に「当協会は正真と判断しています。刀の値段については一切関知は致しておりませんし、そのつもりもありません。見解の相違ですので、、、」とノラリクラリと毎回 慇懃無礼に対応されればそのうちに買った人も根負けして諦める?、、、。

平成二十八年十二月 文責 中原 信夫