84. 偽物について(その三十五)

 前回迄は銘が片面にある場合での磨上であったが、今回は両方(表裏)に銘文があるのを磨上た一例と思われるのを紹介してみたい。

 今回の例に出したのは実物を手にしていない押型からのものであるが、他に好例が手許になかったのでこれを使用したい。又、銘文は表裏にあるという考え方での引用である事をお断りしておく。

 さて、(7)を見て下さい。化粧ヤスリの形状から考えて、約一寸六分前後の磨上と思われ、一番上の目釘孔のあたりが生中心の時の研溜であったと思われる。

 まず、銘字の「正」と「天」のすぐ上部あたりから、表裏両面に極めて細かい切ヤスリがかけられているが、矢印のあたりまでで終わっている。前稿でも拙著でも書いたように、磨上の工作で一番難しいのは磨上る前の、さらに生の時の研溜をどの様に処理するかであるが、古い作であればある程、刀身の減り方が表裏同じではないという事がいえる。

 従って、磨上の時は一応の理屈は通るが、実際の工作はケースバイケースである事を十分に理解して頂きたいのである。まして、生中心の研溜を工作するのは基本的には片面で考えていく事になるので、新しい中心になっていく部分は、元来の刀身部になる。つまり、刀身は上に行くほど重ねが薄くなるから研溜を含めて、新しい中心尻が一番分厚くなるという、逆転現象が生じる事になる。

 さて、(7)での一応の推測であるが、生の刀身は反が少し深かったと考えられる。又、相当に急いで磨上たらしく、少々乱暴な工作ではあるが多分、軍刀に仕込まれたと考えられる。(7)では銘が表裏にあるため、片面を工作するという原則が通せず、仕方なく前述の様に細かい切ヤスリを両面にかけて、元の研溜を取り去ったと思われます。それでもやはり指裏の面を指表よりも多く削りとっている。一番上の目釘孔と鎬筋のくっつき方を見て下されば、指裏の方が指表よりもよりくっついています。

 これからは推測ですが、指裏のこの部分(上の目釘孔の辺)の鎬は高くなっている筈です。これは、この部分の棟角の線の状態にあらわれています。つまり、表裏のこの部分の棟角の線を中心尻の方から棟区にむかって目線でおって見て、棟角の線がどうカーブを描いているか見て下さい。指表の方はやや直線的ですが少しカーブしています。裏の方は逆に左側の方へ膨らんでいます。(点線で表示)この膨らんだ所に生中心の研溜があり、それを少しだけ削った結果、指裏の鎬地が高くなったのであり、それを押型にとるとこの様に膨らむのである。

 勿論、前述の様に磨上る前の刀の状態をみて表裏どちらの研溜を取り去るか、これはケースバイケースであって、上の目釘孔あたりより上の刃方の厚みや棟部の厚みの調整は、(7)は極めて細かい切ヤスリで微調整している。こうすると、磨上た中心の形状は生中心の様には整った形状には絶対出来ないので、(7)の様に不恰好な形状にしかならないのである。この点は一番大事な点であり、これを参考にして考えれば、昔から大磨上中心といわれる例に?がつくのがかなり多いという結論になる。本阿弥光徳の金象嵌があろうと、埋忠が細工をした大磨上とされてきたのも含めて、今一度精査し直すべきであろう。

平成二十八年十月 文責 中原 信夫