63. 偽物について(その十五)  清麿の偽物

今回はかなり詳細に銘字について述べていきたいと思います。さて、本欄で既述の見所は主として、中心仕立を重視した方向であるので、銘字に関心がある方にはやや不満な点もあったかも知れません。併し、ごく基本的な中心仕立が、従来から殆んど公開されなかった事も事実でありますので、これから取り上げる清麿のみならず、全ての刀の中心仕立は、絶対におろそかにして頂かないようお願い申し上げます。

さて、中心に刀工が鑚(タガネ)で銘を刻るのですが、例えば「一」という銘字を刻った場合、(A)図の如くになりますが、この「一」の銘字は三角形が多く横一列に並んでいるのであって、それで「一」と見えるのです。刀工がタガネを少し左へ傾けて金槌で右方向に向かって打込みますと、左側が底辺になった三角形が連続して出来(打込まれ)ます。その三角形の尖った頭部が右へ向きます。つまり、三角形が横一列になって「一」の銘字が出来上がり、「1」では同様に三角形の先端(頭部)が下へ向かっていくだけです。

さて、ここで一番大事なのは(A)のアタリ(又はアタリタガネという事もある)というもので、これは「一」を刻った後に三角形の底辺を右側になるようタガネを左斜目側へ少し傾けて打込みます。従ってアタリは三角形の頭部(尖った部分)は左斜目に向かって入る形となります。これは銘字の両端部分にあたる”ツケトメ”にあたり、銘字に一種の強さと躍動感を与える効果があり、刀工はこのアタリを効果的に使っているケースがあります。

又、アタリと反対側には「ヌキ」というタガネを打込むのでありますが、このヌキは、左から右へタガネを移動してきたのを止めて、少しタガネの角度を変えて打込みますので、その角度と金槌を叩く力の加減で、三角形が目立たない状態になったり、反対に大きく力強い形状(ヌキ)になったりします。従って、アタリとヌキは銘字のツケトメに大きく影響し、銘字の状態に大きな特徴がでる事になります。

さて次に(4)図をみて下さい。この(4)図は本欄の《そのニ》で引用した清麿の銘字の典型的かつ基本とみるべき作例としてあげましたが、次の(42)図をみて下さい。この(42)図は昭和九年刊の「刀剣図録」所載であります。この本で著者の故藤代義雄氏は清麿の中心仕立について”目釘穴、鎬筋より放れるを見所とす”と注記しました。その注記がある押型が(42)図であります。併し、この(42)図の銘には?が多くありますので、以下述べていきたいと思います。

因みに、清麿は正行銘の時代はアタリを使っていますが、清麿銘ではないと存じますし、ヌキもキレイにサラリと極めて上手に使っています。

まず、(4)(42)は同一年月日の清麿であります。勿論、藤代氏が注記した目釘孔と鎬筋の見所は両図ともにクリアしています。とすれば後は銘字についてしか検証の余地は残されていません。

では次に「源清麿」銘の拡大図(42)-1図をみて下さい。「源」の第4画目の横棒のヌキ、そして「清」の第4、6、7画目(横棒)のヌキ。さらに第8画目の縦棒のヌキは極めて強く打込んでいて、(4)図とは全く相違しています。しかも、この第8画目の縦棒の長さは第9画目の縦棒の長さよりはるかに長く、(4)図とは全く相違していますし、(42)-1図の「清」は銘字として端正さと謹直さのバランスを欠いています。又、(42)-1図の「麿」をみて下さい。第2画目と第4、8画目(一本に連なった略字)の横棒のヌキの強さは(4)とは違います。

更に「源」の最終画は左斜目上に逆(さか)タガネで刻っていますが、その先端は第11画目の縦棒の付根に接していますのでアンバランスであります。逆に(4)図の第11画目はポツンと離れた位置にあって、この銘字は「源」の銘字全体のバランスをよく保ったものとなっています。そして(42)-1図の「麿」の銘字の第11画目の右斜目下への払いのタガネが異常に太すぎる状態であります。これは(4)図と比較してみて下されば歴然としていますし、しかも、この11画目の先は棟角に強く喰い込んでいますが、(4)図にはそうした傾向は全くなく、(42)-1図の「磨」は銘字全体のバランスを完全に崩しているといえます。

今回はこのあたりでとどめておいて、次回は、年紀の銘字について比較、検証していきたいと思います。

(平成二十六年十二月 文責 中原 信夫)