79. 偽物について(その三十一)  再刃の刀

再刃についての見所は本欄にて既述の通りであるが、読者の皆さんというか、愛好家の全ての人にとって、現物を手にしないで押型と説明文で表現される文言から、再刃の見所をどの様に捉えていくかは、恐らく大問題であり難解とされるものであろう。

では、その典型例を『鑑刀日々抄 続二』(昭和五十九年刊)から引用してみよう。この本の著者は故本間順治氏であることは汎く知られており、著者自身が「はからずも、この著書が『薫山鞘書の止張(とめちょう)』となっている」と、シリーズとして刊行された同書(計四冊)、第一巻の”はしがき”でも述べていて、著者が自信をもって後世に残された成果として強調している。

従って、これら四冊を教科書として研究全てに臨む愛好家の方もおられると仄聞しているが、汎く読まれている事が事実とするならば、現在迄の刀剣界に及ぼす影響が大きいと思う。

では、押型を見て頂く前に、同書から説明文を引用してみる。

「○太刀 銘 近村上 磨上 刃長二・一五尺、孔三ケ。近村上(たてまつる)の銘字が示すごとく、三条宗近の子と伝える近村が、高貴な方へ献上したもので、同作の現存するものが極めて少ないことに加えて、この銘文が資料的に貴重である。然るに惜しむらくは再刃物であるので直刃に働きがなく、沸不足で匂口うるみ、染みごころがある。地色も再刃でない同作に比して艶がなく、肌が多少ばさける。帽子に締りが不足で、直刃中丸に返って品位がない。」と説明されてある。 《押型参照》

大事な点は、著者が本太刀は再刃であると認めた上での説明文である事が、今回、私が述べる点である事を理解して頂きたい。つまり、従来(本欄で既述したもの)は、「再刃か、再刃ではない」かでの論点であったが、今回は全く違っていて、本太刀は再刃と断定した上での話になる。

さて、文中に”然るに惜しむらくは再刃物であるので直刃に働きがなく”とあるが、では再刃ではない作の直刃には働があるという事を言ったと捉えていいかともいえる。更に”沸不足で匂口うるみ、染みごころがある”とある。これらは押型を見ると直刃に足や砂流、金筋等の俗に”働(はたらき)”とされているものがないという事を指している。

殊に”匂口うるみ、染みごころ”という説明に該当するのは物打辺の所、殊に佩表側に表現されているものであろう。これらの中でも”働”についていうと、働がある程よい刃文であり、名刀であるという考え方に必ずいきつくし、現にそうした考え方の人達が殆んどである事実を私は限りなく実見している。

つまり、働について、権威?とされてきた人の説明を金科玉条の如き真実と思い込み、この基準で刀の良否を判断しかねない傾向を強くした。従って、私は拙著で所謂”働”と称するものを、単に”所作”として捉え、刃文の匂口が主人公で、”働”つまり”所作”はアクセサリーに過ぎないとの見解を示した。従って、アクセサリーが無いから再刃の見所になるとは勘違いもいいところである。

さて、地肌については”再刃ではない同作に比して艶がなく、肌が多少ばさける”と説明しているが、若し再刃ではない同作とする作があるなら、その例を示すべきで、万が一、その再刃ではないとする作例が再刃なら、前述の説明は一層不明解な屁理屈になる。つまり、基礎資料の選択が間違っている。間違った寸法でいくら計っても基準にはならない。いづれにしても”艶がない”という表現は心情的には理解できるが、研磨や砥石も違っているから、それだけで艶という様な曖昧な表現はむしろ混乱と誤解を生じやすい。

又、”肌が多少ばさける”という表現についていうと、再刃物の一つの特徴として「地肌が緩(ゆる)む」とされる現象がある。多分、この事を、つまり”ばさける”との形容は”緩む”に該当するものであって、こうした現象はよく記憶される事を願うが、もっと易しく表現すると「よく詰んでいる(小肌ではない)のではなく、肌目が割れているかの様になって、肌全体がザラついた状態」とでも言うべきかも知れない。

従って、こうした緩みを防止するために、再刃する前は金槌で地肌を叩いてしめる作業を施すケースが多く、殊に古い作を再刃する時は必ず施すものである。つまり、古い作は刀の内部が出ている訳であるから、地肌・地鉄の鍛着に劣化があるという事、それに加えて火にかかった焼身は更に鍛着部が劣化(剥がれやすい)してしまうのである。それが見所の一つとされる。”ばさける”という表現を、本間氏は他の多くの著書にも使用しているが、その意味を解されていない人達が多いというのも事実で、この”ばさける”という言葉の意味を全く他人の私に質問された方が多くいて、私の方が返答に困ってしまった事があり「本人に聞いてください、、、。」と言うしかないのである。

勿論、私をも含めて難解な言葉よりも、もっと平易でわかりやすい言葉と表現で説明を心掛けるべきであろう。難解な表現の方が高度な論述とでも解していたら、これは大間違いであろう。

因みに、本間順治氏はよく「真・行・草」の乱(刃文)との表現を使用しているが、これについて、お互い昭和八年以来の長い付き合いであった村上孝介先生に聞いた事があるが、村上先生も「本間さん独特のものだろう、、、。」としか教えて頂けなかったので、いまだに私はこの真行草の乱というのが今一つ?というか理解出来ないでいる。

では次に、同書では”帽子に締りが不足で、直刃中丸に返って品位がない”との説明があるが、帽子(鋩子)は押型に描かれているので参照して欲しい。この”締りが不足”というのは何を、そして何処を指すのであろうか。鋩子全体(返も含めて)の形状に品位?がないという事なのか、どうも理解しかねる。恐らく、鋩子の直刃の匂口が締まっているのを、その様に説明したのかと解していくと、匂口が締まるのは古い作、殊に古い京物(粟田口、三条、来、綾小路、五条、等)にはないという見地からみた上でのことであろう。匂口がフックラというか、匂口が締まるという事はないという古作と相違してという意味なのか。

次に、”中丸に返って品位がない”とは全く解せない説明である。押型を見ると、これが中丸か小丸かは別として、返も含めて刃文の形や匂口に崩が描かれてはいないので、どうして品位がないのか。もっというなら品位とは何なのかである。中丸が品位がないのか、返が深いのが品位がないのか、著者が気に入らないのはどこなのか、私にはさっぱり理解出来ない。

一般的にいって、”小丸上品に返り”などという説明が既刊書等でよく目にするが、私にいわせれば全く難解である。この様な表現をする人達は鋩子に対する感覚が間違っている。つまり、”鋩子は直刃で、先は小丸となり、返は深い”などと表現するのが正解である。従って、この太刀の押型から私が説明すると「鋩子は直刃で、先は小丸となり、返は深く横手辺下まで」となる。

著者はこの太刀の鋩子を”中丸”としているが、その気味があるのは佩裏であろうが、佩表はどうみても小丸である。それとも押型作者が誤ったか。それなら印刷の時に訂正するべきであろうし、優秀な学芸員の押型に間違いはないと思うから著者の間違いか。品位のある鋩子とは何であろうか。つまり、匂口の締まりがまず第一に×。そして返が深いのが×であって、ほんの少しちょっと返るのが上品という基準で見ていると考えれば、この著者の説明は一応は理解出来る。

さて、少し前置きが長くなったので本質にいきたい。ではもう一度、押型の物打辺の下から切先にかけての棟角の線を注視して頂きたい。この押型には棟筋の線を適当に入れてあるので、余計不可解な押型となっているが、注目して欲しいのは棟角の線である。棟角の線は表裏一本づつあるが、その線はほぼ直線状となっている。これは明らかに先反を削られて変形した事を如実にあらわしている。物打が伏し心(直刀状)になるのは古い太刀姿であると著者は反論されようが、この点については本欄でも拙著でも既述してある。

つまり、直刀状になった作にこんな深い返があること自体この太刀には?がつくのである。おまけに棟焼が少しある様な描写があるが、品位があるとかないとかの話の前に、こうしたものは?なのである。元来、刀や太刀に上品も下品もない。そんな間違った観念論をいうからいけない。

では、この太刀が再刃であると断定出来る一番肝心な所はどこか。働のない刃文でも、艶のない地肌でもない。品位のない鋩子でもないのである。つまり、中心の錆状態と中心の減り具合がその断定の一番肝心な見所である。勿論、前述の私の見所(棟角の線)は再刃の状況証拠になりうるが、確証となるのは中心の状態である。

平成二十八年六月 文責 中原 信夫