43. 刀剣・日本刀中心の鑑別法 再刃編(その七 焼落・重美 包平の検証)

一般的に再刃が論議される時、「焼落(やきおとし)」について必ず論点にされるの であるが、今回はその焼落について作例をひいて説明していくことにする。(1)図を見 て頂きたい。古備前包平の重要美術品指定であるが、「重美全集」等でも本刀には焼 落があるとしながら「古備前包平には焼落を経眼しない」と説明。他本では「古作に まま見るところ(鑑刀日々抄)」としている。

では何故に焼落は発生するのか、答えは焼入の時にハバキ元あたりの温度を上身よ りも上げなかったからである。焼落は昔から太刀が折れない様にした為という事もよ く言われるが、焼落のある作例と、そうでない作例を比べると、後者が断トツに多い。 焼落にしなければ太刀が折れるのなら、全ての太刀は焼落にした筈であり、理屈の通 らない無責任な言い訳である。

(1)図は銘が一応正真としても中心が荒れて、形も変形している。生孔がどれかであ るが一番下ではない。一番上とすると位置が上がりすぎる。刃長が二尺一寸余であっ てもである。中程の変形孔を生孔とみるべきか。それにしても位置(中心幅に対しての 位置)がまずい。仮にこれを生孔としたら移が斜めに入っているし、かなり上部での焼 落である。

つまり、明らかに中心の錆状態等からみて再刃と考えれば、全ての点で合理的にな る。又、平成十九年に本刀を経眼した折、地刃に少なからず不審を覚えた。銘字を「 大包平」に対比して強調した文言が前書二本にあるが、何でもありなら真偽の判定は 不要になるであろう。

本来、日本刀の国指定品は民間にあるものよりも良品かつ優れた正真でなければと思われる が、(1)図は一見して不自然そのものであった。

では(2)図(重要美術品と云う)をみて頂きたい。歴然とした焼落があり、中心の状態 が本欄で既述の如く見事に荒れている。本刀について姿の説明には「二尺六寸一分、 反り高く古作にありがちの先伏しごころがない点も、一派の太刀にままみるところで ある。伯耆安綱一派の真景」とあるが、本刀には鋩子はなかったと記憶する。但、先 伏し心がないと説明しているが、実物には先伏しは十分に出ている《(2)A図物打押型 参照》。先伏し状態になるのは本欄で既述の通りの原因による変形であって、流派の 違いによるものではない事は明白である。先伏し心がないというなら、鋩子があった 状態を考えると今以上に反が深い事になり、異常な反状態となる。先伏になっている から鋩子がないのである。

さて、本欄を連続してみて下さっている方々には、本刀は一見して再刃であると直 感して頂けると存じますが、一応念のために中心の刃方(殊に中心の上半分)をみて下 さい。明らかに直線状になっていて加工が多くされているのがわかります。それ程、 本刀は減っているのです。最後に再刃されてからも更に減りつづけたので、このよう な姿になってしまったのであろう事を理解して頂きたい。因みに、本刀には焼落があ るから安綱にも焼落がある。又はあってもよいという見方は、嘘で嘘をかためた事にな る。

次に(3)(4)図(同一短刀)をみて下さい。焼落があって鋩子もたっぷりある作例に ついての話を進めていきたいと思います。因みに(3)(4)は南北朝時代とされる備前物在銘。「淡い移が立つ」との説明がある。

(3)で注目して頂きたいのは刃区から上が急に刃先が凹んでいる事と、刃文の谷が 刃先とほぼ平行した状態になっている事である。この(3)図はこの短刀がかなり減って変形している事を如実に証明しており、そして再刃の可能性が大である事は本欄に既述の事である。

では(4)をみて下さい。下の方が減っているのですから、本短刀が”内反”である事は (4)からもすぐにわかりますので、鋩子はこんなにたっぷりと残される筈はない。つま りアンバランスであり、不合理であります。従って再刃と考えれば全ての不合理は解 消されます。

そこで(3)図の焼落でありますが、(3)(4)の本短刀が再刃となれば焼落は再刃に必 須ではありませんが、焼落の所作があればまず、再刃を警戒する(疑う)というのは、 ごく自然な考え方ではないでしょうか。少なくとも国、民間を問わず審査、指定する 側の人達はこれ位の認識は基本としてあって良い筈で、又なければなりませんが、現 状は残念ながらそうなっていないケースが目立ちます。認識せずに正真としたのなら 素人です。逆に認識した上で何らかの意図があって正真としたのならば詐欺行為では ないでしょうか。

ではさらにもう一例をと思います。(5)(6)図をみて下さい。平造の脇差ですが、 (5)図からは中心の変形(殊に刃方)が大きく、しかも焼落があり、刃先の凹みに平行 した刃文であります。(6)図をみると鋩子がたっぷりしていて、鋩子が倒れて返(かえ り)が十分にあります。この状態は果たして合理的と考えられますでしょうか。明ら かに不合理である事はいまさら説明することもありません。しかも(5)の中心の研 溜(上の目釘孔の上部辺)をみて下さい。奇妙なことに表面が滑らかになっているのが 押型からわかります。その下部は鑢目が判然としない様で、全面に朽込(くちこみ)が ある様です。この状態から銘字附近の朽込は比較的浅いですが不審であります。又、 研溜の滑らかな状態は前回に既述の通りでありまして、ハバキ元あたりと研溜あたり の重(かさね・厚み)に大きな段差を生じたため砥石で上手く除去した結果であります。

つまり、(5)(6)図の脇差はそんな工作をしなければならない程に研減っていたこ とを如実に示しています。その様な状態で上部の鋩子がたっぷりとある、、、。こう した作例が結構多く流通しています。

では宿題ではありませんが、(7)図をみて下さい。鎌倉時代末期の備前物(超一流刀 工)で「刃長九寸六分、無反となって、地肌は小板目肌と杢目肌、刃寄りに柾気が交 じる。刃寄りに棒移」との説明がある。要は本短刀が健全であることを強調している が、それなら刃区上の刃文は、焼落とはいわなくとも、刃先に迫っていて常にはない 状態で、果たして健全かつ正常なら起こり得る所作であろうか。上部の刃幅(7)A図、 中心の形から推測して頂くと、健全ならば余計にこの刃区上の刃文の所作が不合理と なる。果たして読者の判断は如何に、、、、。但、無反の説明であるが、確かに刀身 のその部分(中心以外の部分)だけは無反ではあるが、中心全体と刀身全体のなす角度 は明らかに短刀全体の姿からは俯いた形状となっている事を附記しておきたい。

次に(8)図《(7)図と同作で片切刃》をみて頂きたい。現在の刃区のたち上がり部分 (区の深さ)の辺りからあらわれている刃文である。本短刀は「八寸七分、内反、幽か に移りごころがある」と説明がある。鋩子は小丸で返もあるから、姿は反状態(内反) からみてよくあるタイプであるが、この刃区の辺りからあらわれている刃文が?であ る。中心は銘字が朽ち込む程になった不良状態であり、上の目釘孔より上に施された 彫物の状態からみてかなりの研減がある事も十二分に推測出来よう。中心の不良状態 と刃文の?から総合的判断をしておいて下さい。

さて、これからが問題であるが、刃区あたりの上部に押型で金筋?であろうか、刃 先に迫った線状の所作が描かれている。(1)図にも描かれているが、こうした所作が 焼落の次に重要な見所となるので、次回はこの所作について言及してみたいと考えて いる。尚、本短刀は重要美術品という。

(平成二十四年十二月 文責 中原 信夫)