19. 刀剣偽物の鑑別について(Q&A)

(Q)刀には偽物が多くありますが、その鑑別法を教えて下さい。

(Ans)詳しい点は後述するとして、まず偽物の概念から。偽物は本物(正真物)が少ないのでとか
高いのでという点から安易に入手出来、かつ低価格(本物より)ということで存立することになります。
第二に偽物は本物より出来が劣るという事、これが最も重要な点です。従来の偽物に対する
考え方で決定的に抜けていたのは、この点です。

(Q)しかし一流ではなく二流刀工や地方刀工では、出来の良い物はあまりないのではないでしょうか?

(Ans)そうした二流刀工とか地方刀工が不出来と最初から決めて考える。それに偽作者が付け込む。
又、付け込まれる理由です。例えば幕末に青龍軒盛俊(岩国住)という刀工がいまして、この盛俊は
大変上手な刀工です。

(Q)盛俊にそんな上手なものがありますか?

(Ans)私は盛俊に不出来な作を正真物では見た事はありません。先般、最近の認定書のついた偽物を
見ましたが上の出来が悪かったですね。

(Q)上の出来が悪いとは何の事ですか?

(Ans)刀身の刃文の出来、つまり刃文が崩れているのですね。匂口にも叢があって一見して?の出来でした。
そして中心の銘を見たら成程、押形本によくみるような立派な銘がありました。銘を仔細に見ると鏨枕が異様に
叢に立っていて、その鏨枕を上に平面状に削ってありました。

(Q)新々刀なら、鏨枕は立っているでしょう。

(Ans)確かに。併し、叢に立ちすぎていたのです。まあそれはさておいて、中心を見て一番いけなかったのは
中心の鎬筋があったり無くなったりしてキチット上から下まで通っていないのです。盛俊は正真でも確かに
中心の鎬は低く一見して鎬筋がないかのように見えるのですが、正真物には実はキチットあるのです。
つまり鈍角な鎬筋に見えますが鋭く立ったものです。この点が非常に大事です。従ってこの刀は、銘字のみを
見ると違和感に気付かない。けれども刃文の出来がまずい。こんなケースはかなり疑問の多い刀であります。
上の出来の良否を第一に判断しなければ巧妙な偽銘のある刀には、引っかかります。

(Q)二流刀工の偽物をわざわざ作ったりするのですか?

(Ans)作りますよ。世間では二流だから出来が余りいい物はないだろうなどと甘く考えていますから。
私に云わせれば一応、二流とされる盛俊でも上手なのだから、それより知名度の高い一流刀工の作に
不出来な刀がある筈はないのです。何と云っても不出来な刃文を見たら疑ってみなければいけません。

(Q)不出来かどうかは、どこで見るのですか。

(Ans)すべてにわたって刃文の匂口です。刃文の形ではありません。その点は私の「詳説 刀の鑑賞」に
よく説明してあります。

(Q)他に中心についてはありますか。

(Ans)強調したいのは何と云っても錆色でしょう。それから中心全体の肉置ですね。

(Q)では、錆色からお願いします。

(Ans)その盛俊も日光の下で色をみると不自然でした。時代を経た正常な錆色は少し茶色(チョコレート色)
がかったもので、黒い色は絶対にいけません。錆のついた中心の表面はなめらかでなければいけません。
ブツブツと小さい穴が全面にあいたものや、まして凹凸の朽込が多くあり鑢目の見えないのはいけません。
そして中心を握った手を臭ってみると鉄本来の臭いではなく違う臭いがするようなのは全く新しい錆付に
よるケースと考えてよいでしょう。

(Q)中心の臭いが大切なんですか?

(Ans)一番大事な点ですよ。中心に鼻を近づけて臭いをかいでみなさい。そうすればわかります。
本来の自然な錆の付いた臭いとは全く異なった臭いが必ずします。錆というのはその刀の経年数を
ある程度、かなり忠実に証明していますしそうであるべきです。
従って錆付とは性急な経年数の偽装という事です。そうした錆付薬の臭いがするのです。

(Q)どうして中心の錆を偽装するのですか。

(Ans)現代刀で中心に錆が一杯ついている事はありませんね。併し、現代刀より新々刀、新々刀より新刀と
錆は深くなります。何百年も経った中心がピカピカに光っていたら誰でも疑問をつけますね。

(Q)そうですが、新刀でも光った中心はありますが。

(Ans)確率です。そんなものは世の中に何本ありますか。中心が光っているのに刀身には研減りがあれば
認める事が出来ますか。一般的には出来ないことでしょう。それから中心を仕立て直して偽銘を切れば
錆が取れてしまい錆付をしなければなりません。又、部分的に銘を潰して偽銘を切れば、そこの部分は
光ってしまいますから当然、錆付をしなければいけません。

(Q)在来の銘を潰して新しく偽銘を切れば他にどのような所作が出て来ますか。

(Ans)それは中心の肉置に変化が出ます。但し、刀の銘は小道具の銘と全く違っています。
つまり金工のそれは銘字彫刻刀と同じ様に削り取ってしまう鏨ですが刀の場合は
銘字を削り取らず切り分けていく鏨です。そのために鏨枕が銘字の周囲に高く盛り上がるのです。
ですから上手な工人はその鏨枕を寄せてうまく埋め戻す。そうすれば肉置は左程不自然にはならない。
但し、元来の鑢目が部分的になくなったり光ったりする。それを隠すために鑢をかけ直して
錆付をしなければならない。そこに鑑別の見所が出て来ます。

(Q)では、最初から新しく刀を作ってしまえばいいのではないですか?

(Ans)そうすれば中心の肉置は別に気にしなくていい。堂々と目的の刀工銘を偽作すればいい。
併し、銘と鑢はそれでいいが古くみせる錆付をしなければならない。それとこれ以上に刀身の出来を
考えなければならなくなります。助広の偽作をするために助広写をした現代刀を作りますね。
中心は万全に出来ても刃文が助広に十分に見えなければならない。ですから最初に申し上げました様に
上の出来が一番重要でありまして、次に中心の肉置と錆色ですね。この三位一体で判断するしかない。
それから刀に付属している認定書の類、たとえ国指定であっても信用は出来ないと考えて下さい。
いけないのではなく、それが付いているからとか指定品だから大丈夫と考える事が一番危険であります。
国指定が信用出来ませんので、いわんや民間団体をやという考え方を持って下さい。
ですが、全てがいけないという事ではありません。併し、疑問の付く物件程、市場流通が盛んになります。

(Q)では中心の肉置を実際にどのように見るかを教えて下さい。

①(上)

②(下)

(Ans)中心の肉置をみるのは三ヶ所です。第一に中心尻から棟区に向かって目の前(目線を①と水平のレベル)へもってくる。(写真参照) 中心の左右の棟角の線をみるのです。左右のいづれか、又は両方とも順次棟区に向かって自然なふくらみをもっている線の筈です。
その両方の線、ことに銘のある方に不自然な凹が突然出ていたらその辺の肉置が削られている可能性が大です。反対に中心の刃方の左右の角の線も中心尻から棟区に向かって刃方のカーブに沿って目線で水平のレベルで追いかけて下さい。不自然な状態、つまり部分的に凸凹状になっていれば中心の肉置が変形した証拠になります。但し、刀の中心は左右どちらかに全体的に少し曲がっている場合も往々にしてありますから中心の棟と刃文の曲がる方向が同じである事を確認して下さい。
中心全体が同方向に曲がっているのと肉置が部分的に凹状態になっているのは違います。
次に中心に鎬筋がある場合、各々の鎬筋がキチット上から下まで通っているかどうかを確認して下さい。
少なくとも片面がヨロヨロしていたら肉置が改変されている可能性があります。
殊に中心尻から研留そして区上にかけての鎬筋の通りに不自然さがある場合は注意を要します。

(Q)中心の図の説明をお願いします。

(Ans)では、まず(A)図は中心の表を線で示しました。
(B)図は中心を棟の真上から見た図。
(D)図は中心の刃方の厚みを示しました。
(B)図の(C)の範囲を見て下さい。点線部のように凹んでいますが
このようになっていれば(C)周辺の中心に
何か銘があったのを削ったのであり、その結果凹んでいる訳で
前掲の写真のように中心尻から中心(表)の棟角の線を
目線で追っていくと凹んでいる事が確認出来ます。
そして中心表(A)図の鎬筋が点線の様に歪んでいる事も
往々にして観察出来ます。それと(C’)のように中心表の
長く凹んでいるケースでは都合の悪い年紀とか所持銘等を
削った結果(C)と同様の所作が出て来ます。
又、(b)図は中心の刃方の厚みを前掲の写真の様に②を目線で
水平にして追っていきますと(E)の所(研留。本刀は
生中心であるから錆際でもある)までは中心尻から順次段々と
自然になっていきます。併し、この間でブツブツと
厚くなったり薄くなったりしていたり不自然が厚みになって
極端に薄くなっている所作があれば、その中心は
改変されている可能性があります。(勿論、(E)から刃区に向かっては薄くなります。)
とにかく中心を素手で握ってみて掌が痛く感じるような中心仕立は一流にはありません。
改変した中心の可能性が大であります。

(Q)他に注意する点がありますか?

(Ans)例えば、(A)図で(E)(研溜・錆際)から区上に向かって鎬筋が歪んでいる(点線2本)が如き所作は継中心等の
恐れがあります。但し、下手な研ぎで鎬筋を崩している時もありますので御注意下さい。継中心の時は(E)の付近に
溶接や鍛着させた痕、ブツブツとした小穴や鑢がないとかの不自然さがでます。なお、錆色が(E)の所をさかいにし
上下でクッキリとしてまるで人工的に錆が色別れしたのは、これは明らかに付け錆の所作ですからその辺に何かある
と見るべきであります。本来の正常な(E)の辺の錆は上に向かって煙り込むように段々と薄くなっていきますし、
(E)から下には必ず鮮明な鑢があるのが普通です。但し、中心の棟と刃方、殊に棟には必ず棟区まで刀工の鑢が
鮮明に施されている筈です。これにも注意して下さい。

(Q)はい、ありがとうございました。

以上、中心についての見所を申しましたが次回は銘と鑢について出来るだけ実物の押形を使用してお話をして
みたいと思います。

また何卒皆様からのご意見もお寄せ下さいますれば、それをも参考にして内容の充実を図りたいと考えていますので
よろしくお願いいたします。

(文責 中原 信夫)