星光を継ぐ者ども 第一回

星光を継ぐ者ども 第一回 森 雅裕

 蒙古・高麗の連合軍による二度の日本侵攻を「元寇」と呼ぶのは、徳川光圀が編纂した『大日本史』が最初だという。鎌倉・室町時代の日本の文献では「蒙古襲来」「異賊襲来」「異国合戦」などと表記し、こうした外敵に対しては「異賊」「凶徒」と呼称した。また、文永十一年(一二七四)の第一次侵攻は「文永合戦」、弘安四年(一二八一)の第二次侵攻は「弘安合戦」と表記されている。

 一方、蒙古や高麗の文献では、日本侵攻を「東征」「日本之役」などと表現している。

 

 

 博多の善導寺は聖光上人の百日説法が行われたことにより、談議(義)所という別名を持っている。ここに鍛冶場を構えて「談議所国吉」と銘を切る刀工があった。名は九角国吉。豊後国彦山(のち英彦山)の山伏鍛冶の流れを汲み、のちに得度して「西蓮」と称し、子に実阿、孫に左衛門三郎安吉(左文字)を持つことになる人物である。

 弘安四年の春、この男はまだ二十代半ばで、独り身であった。その国吉を波多野七九郎が訪ねてきたのは、雪さえ降りそうな底冷えの日だった。

 七九郎は七年前の文永合戦で武功のあった鎮西(九州)御家人である。国吉とは幼馴染みであった。

「この鉄で太刀を打ってもらいたい」

 と、七九郎が持ち込んだのは表面が黒く焼けた鉄塊だった。片手で持てるほどの大きさで、鉄というより表面が溶けた岩塊に見える。

「星鉄だ」

 隕鉄である。この大きさの塊は国吉も初めて見た。

「出所は?」

「対馬の幸吉さんだ」

 幸吉も刀鍛冶で、国吉の父である良西とは山伏鍛冶の兄弟弟子になる。つまり国吉から見れば叔父弟子にあたる。故郷の対馬で鍛刀していたが、対馬は文永合戦で蒙古軍(実態は高麗軍)に蹂躙され、虐殺、略奪の場となった。幸吉も巻き込まれて生命を落としている。

「幸吉さんが持っていた鉄か」

「霊力の宿る星鉄で、鍛刀したいと考えるのは刀工として自然なこと。またそんな刀を武士が求めるのも当然」

「本当に霊力が宿るものならな」

 文永合戦の際、七九郎は博多で戦い、戦後処理のために対馬に出張している。彼は国吉の父や一門の者たちと少年の頃から親しんでいるから、対馬の幸吉とも知らぬ仲ではない。

「幸吉さんはどこから入手したんだ?」

「文永合戦の少し前に、南宋の家臣から、この鉄で刀を打ってくれと持ち込まれたらしい。南宋はすでに滅亡した」

 注文は宙に浮いたのだから、星鉄は七九郎が私有してもよかろうという理屈であるらしい。

 蒙古の第一次日本遠征である文永合戦の五年後(一二七九)に、南宋は蒙古によって滅ぼされており、その後は一部の遺臣が細々と抵抗を続けている状態である。

「それからもうひとつ、お前に頼みがある」

 七九郎はうしろに控えていた若者を振り返った。

「南宋の鍛冶で、鄭思英という。南宋の使者として、星鉄を持ち込んだのはこの男だ。そのまま対馬に居着いて、幸吉さんのもとで修業していた。言葉はできる。わが国の刀剣を勉強したいという。お前のそばに置いてやれ」

 宋と日本は平安中期から交易し、民間貿易も盛んであった。北宋が南宋にかわったのちも、日本の武家政権が禅宗を保護したこともあり、商取引ばかりか渡来僧までもが往来した。鎌倉中期以降、幕府はこうした野放し状態に統制を加え始めるが、南宋人は博多に租界地を持っており、渡来者はほとんど男であるため、日本人妻を持つ者も多く、混血の娘を妻とした日本の武士もあるほど、よしみを通じていた。

 日本刀は重要な輸出品目の一つである。製法に興味を持つ南宋の鍛冶屋がいても当然ではあるが、刀鍛冶はきびしい徒弟制度の世界である。

「南宋人に刀作りを教えてやれと?」

「幸吉さんが仕込んでいるから、一通りの仕事はできる」

「幸吉さんも物好きだなあ」

「お前も物好きでは人後に落ちまい」

「刀鍛冶をやっていること自体、物好きだからな」

「文永合戦から七年、俺の領地に鍛冶場を作って、野鍛冶などやらせていたが、せっかく日本に来たのだ。刀を作らねばつまらんだろう」

 鄭英思と紹介された男は板の間に頭をこすりつけ、挨拶した。

「よろしくお願いします。どうぞ、おそばに置いてください」

「おいおい。大仰に頭を下げるほどの人間じゃないぞ、俺は。いたきゃそのへんにいろ。しかし、ろくでなしだったら、すぐに追い出すぞ」

 国吉は思英の入門を許し、七九郎が去ったあと、

「来いよ。この寺に居候しているもう一人の刀鍛冶を紹介しよう」

 と、善導寺の外へ促した。境内を出て、町並みの裏通りを抜けると、博多湾の眺望が広がっている。

 蒙古の再襲来に備えて、石築地の工事が進められていた。香椎から今津まで、延々五里にわたって博多湾を守る石塁である。

「幸吉さんのところにいたなら、サギリのことは知っているか」

「幸吉さんの子ですね。博多で、刀鍛冶やってる……。そう聞いていますが、会ったことはありません」

「あそこにいる」

 石築地の突端に座り込む人影があった。岸壁から乱杭の中に釣り糸を垂れている。寒空の下で、体格もわからぬほど厚着しており、頭巾までかぶっている。

「おい。引いてるぞ」

 国吉が声をかけても反応せず、背後から肩を押すと、ごろりと寝転がってしまった。国吉は釣竿をつかみ、魚をたぐり寄せながら、いった。

「寝てる。迎えに来なかったら凍死したかもな。これがサギリだ」

 がっ、とその釣り人は立ちすくむ思英の腰元をつかみ、這い上がるように身を起こした。

「寒い。三途の川で渡し賃が払えずに泳ぐ夢を見た。帰る」

 呻くようにそういい、立ち上がった。頭巾の下は長い髪を団子にまとめている。

「女人……ですか」

 呆気にとられる思英に、国吉は冷たく頷いた。

「誰も男だとはいってない」

 国吉は魚籠を水中から引き上げ、思英に押しつけた。中身が重い。

「善導寺で魚を調理するのですか」

「嫌なら食わなくてヨシ」

 と、先を歩きながらサギリがいった。

「ところで……誰?」

 サギリは振り返りもしないが、国吉は傍らの思英を紹介した。

「今日から入門だ。鄭思英という」

「南宋人? 物好きな」

「以前にはお前の親父殿のところで修業していたそうだ。物好きは俺だけじゃない」

「私が物好きだというのは、その南宋人だよ。他にも鍛冶屋はいるのに国吉さんの弟子になるなんて」

「俺はな、鎮西じゃ一番といわれる鍛冶屋だぞ」

「私が手伝ってるおかげでしょ。いくら腕がよくたって、仕事の選り好みしてるから、食べるにも困って、こうして海で食材を調達する日々じゃないか」

「波多野七九郎から格別の注文があった。これで金が入る」

「貧乏しながら刀を作っても、ろくなもんできやしないよ。思英とやら、これから釣りはあんたにまかせる。それから、善導寺の裏手には畑もあるんで、野良仕事も頼んだよ」

 サギリは筒袖を重ね着し、下は括袴という男の身なりだ。その後ろ姿を追いながら、思英は首をひねった。 

「あの、サギリさんは国吉師匠にどうしてあんな口をきくのですか」

「姉弟子だからだ。年齢は下なんだが」

 サギリは、よそのメシを食ってこいという幸吉の方針で対馬を離れ、国吉の父である良西に師事した刀鍛冶である。以来、博多で鍛刀しているので、彼女は対馬の戦禍は免れた。一方の国吉は武家の養子になっていた時期があり、刀鍛冶の修業を始めたのはサギリより遅い。ただ、武家として得た人脈が今も役立っており、波多野七九郎も少年時代からの仲間である。

「女の鍛冶屋では眉をひそめる者もいる。だから、善導寺鍛錬場の代表は俺ということになっているが、サギリの腕は京都の鍛冶屋にも負けぬ」

 鍛冶屋が信仰する金屋子神は女神とされ、人間の女に嫉妬するため鍛冶場は女人禁制であると格式張る者もいるが、気に留めない職人も少なくない。鎌倉時代は儒教に感化された江戸時代などに比較すれば女の地位が高い。

 善導寺に戻ると、鍛錬場に隣接して、国吉たちの住居が建っている。国吉は下の階で、サギリは二階というより屋根裏で暮らしていた。裏に炭小屋があり、その二階を思英に与えた。

 

 

 翌日、彼らは鍛錬場に入った。

「これが星鉄か」

 サギリは黒い鉄塊を手に取った。父の幸吉が残した隕鉄である。

「表面が溶けて黒いのは、天から落ちてくる時に燃えたのか」

 人類最古の鉄器は隕鉄製だという。製鉄技術が生まれたのちも、天空から飛来した隕鉄が、権力や儀礼の象徴とされた刃物と結びつくのは自然なことだった。正倉院にも隕鉄製と見られる刀子が所蔵されている。

「この星鉄、どうにか細工をしようとした様子はないね」

 と、サギリ。

 鉄はそれぞれ性質が異なるから、いきなり作刀には使えない。新しい素材を入手した鍛冶屋は様々な実験を行う。それほど大きな星鉄ではないので、実験には限度があるだろうが、一部を切り取って、伸展性、鍛着性、焼入れの感度など調べねばならない。だが、切り取った形跡もないのである。

 思英が説明した。

「この星鉄、幸吉師の鍛錬場の神棚に飾ってありました。手をつける前に師匠は殺されました」

 文永合戦の少し前に、南宋の家臣から、この鉄で刀を打ってくれと持ち込まれた……。七九郎はそういっていた。だが、思い出してみると、国吉にはその言葉が胸のどこかに引っかかる。

 その理由を考えそうになったが、サギリが火床に炭を入れ、仕事の準備を始めているので、国吉の思案は中断した。

 仕事はこの鉄を切り分けることから始めた。木工用の鋸さえも充分に発達していないこの時代、金属用の金鋸などないから、火床で赤めてタガネを入れて割り、叩いて潰した。柔らかい鉄である。ボロボロにヒビが入り、薄く伸ばして割ると、その割れ口が汚ない。

 国吉は落胆した。

「こいつは性の悪い鉄だな。不純物だらけだ」

 しかも炭素が含まれていないので、焼きは入らない。卸し鉄の処理で吸炭させる手もあるが、それでも良質な鋼とはなりそうもない。星鉄といえば神秘の霊力を漂わせているが、刀鍛冶から見れば、有難くも何ともない厄介な鉄である。単独では刀の材料とはなり得ない。

 赤めて叩いても、作刀に使う鋼のような火花は飛ばない。酸化しないのである。棒状に伸ばしていくと、パラパラと鱗片みたいに表面が剥がれ落ちる。普通の鉄なら金肌(酸化鉄)であるが、隕鉄の場合は小さなカケラなのである。

 サギリはこれを拾い集め、

「鋼にこのカケラを少しだけ混ぜ込むしかあるまいよ」

 と、こともなげにいった。

 つまり、大部分は既存の鋼である。隕鉄は肌模様を出すために混入するだけだ。

 問題は混入する量と折り返し鍛錬の回数である。比較的多めの隕鉄と少なめの鍛錬で、短刀を試作した。その結果、どんよりした肌とぼんやりした刃文しか出なかった。しかも傷っぽく、名刀とは程遠い。しかし、この実験で太刀を作る見当はついた。

「芯鉄を入れた方がよさそうだな」

 国吉はそう判断した。鎌倉中期の日本刀には芯鉄を入れない丸鍛えもあるが、これは鍛錬の折り返し数を二、三回にまで減らして、表面酸化による鋼の目減りを少なくした製法である。肌は出やすいが、傷もまた出やすい。

 国吉としては、きれいな地鉄の中に隕鉄の模様を出したかった。折り返し鍛錬の回数を増やせば地鉄はきれいになるが、多すぎてはせっかくの肌が出なくなるので、下鍛えは鋼のみを六回折り返し、上鍛えはこれを短冊に切って積み重ね、伸ばして折り返す際に隕鉄のカケラをはさみ込み、そののち、やや高温で四回だけ折り返して鍛錬した。これが皮鉄である。芯鉄は通常の刀と同様で、炭素量の少ない鋼を四回折り返した。

 肌を出すことを想定し、刃文は直刃を焼くことにする。乱れ刃だと肌にからんで汚い場合があるし、研ぐ際に砥石の上で暴れ、肌を出しにくいと考えたのである。

 直刃であるから、造り込みは乱れ刃に金筋や砂流しをからませることを狙った本三枚ではなく、甲伏せとした。

 国吉とサギリで一本ずつ、計二本を打ち上げたのは三月であった。先手は交替でつとめ、思英も参加した。彼は大鎚をふるうばかりでなく、朝の掃除、夕のかたづけ、仕事の準備、それに釣りや畑仕事など、いちいち指図せずともよく働く。

 蒙古の再襲来にそなえて刀の需要も増しており、国吉たちも意に染まぬ依頼は受けぬとはいえ、忙しい日々を過ごしている。思英は役に立つ男だった。

 彼を食材調達のため釣り場へ送り出したあと、

「思英は一通りの鍛冶仕事はできる」

 サギリが、ぽつりといった。星鉄刀の鍛冶押しをやっている。その傍らで、国吉は自分の刀の曲がりを直していた。

「なのに、いつまで日本にいる気なんだろう」

 独り言かと思ったら、国吉に話しかけているらしいので、

「帰るべき南宋はもうない」

 そう言葉を返すと、サギリは無表情に呟いた。 

「国は滅んでも、故郷は残るだろ。家族や友人知人もいるはず」

「日本にも友人知人はできただろう」

「そういえば」

 サギリは鍛冶押しの手をまったく止めずに、いった。

「先日、櫛田神社の近くで思英を見かけた」

「あいつ、日本の神を信仰しているのかな」

「何いってるんだよ。唐房(租界地)のすぐそばじゃないか」

「唐房に知り合いがいてもおかしくないからな。会いに行ったんだろう」

「どんな知り合いなんだか」

「お前、声をかけなかったのか」

「かけたさ。女と会う前には炭の汚れくらい洗い落とせって」

「何だ。女と一緒だったのか」

「唐房のまだ若い娘だった。まあ、どんな仲なのかは知ったことじゃないけど」

 サギリは勘の鋭い女だ。というより、性格が悪くて気軽に人を信じない。思英に何か不穏なものを感じているのか。

 南宋はもはや友好国ではない。そもそも、国そのものがない。故国が消滅した南宋人にとって、租界地も居心地のよいものではなくなっている。

 弘安二年(一二七九)には、蒙古に下っていた南宋の将軍・范文虎が高麗を経由せずに日本へ使者を送り、蒙古への服属を勧告したが、幕府はこの使者たちを京都にも鎌倉にも行かせず、博多で斬殺してしまった。

 一方、文永八年(一二七一)に中国の代表国家「元」となった蒙古と日本は戦争状態にありながらも政経分離で、交易は行われていた。いつの時代も世界は経済原理で動くのである。

 

 

 昨年末から、蒙古の再襲来はこの夏の初めだろうという噂が流れていた。夏が近づき、博多の町は緊迫の日々を送り、寺社は異国降伏を祈願している。

 外から戻った思英が、いった。

「善導寺の本堂から洩れ聞こえる読経も、声に力がこもっているようです」

「文永合戦では筥崎宮も焼かれたからな。あんなことは御免だと祈りたくもなるだろうが、御利益があるなら、そもそも何で焼かれる?」

 と、国吉。サギリはもっと辛辣だ。

「まあ、合戦に勝利すれば、祈願のおかげだと幕府からお褒めにあずかりたいんだよ、どこの寺社も」

 罰当たりな発言に、思英は周囲を見回し、声をひそめた。

「お二人は神仏を信じないのですか」

「信じてるぞ。ただ、頼らないだけだ。まあ、たまには頼りたくなるがな」

「日照りが続いて、畑が干上がりかけた時、雨乞いしたものね」

「あれは御利益あったな。あはは」

 そんな二人にかまわず、思英は鍛冶押しを終えた刀を覗き込んだ。二本の星鉄刀はこの段階でも地肌が明瞭だった。強く光る糸状の模様が随所に走っている。

「すごいものですね」

 思英は感嘆した。

「しかし、このような肌模様に武器としての意味があるのですか」

「折れず曲がらず、という条件を求めて硬軟の鉄を混ぜ合わせ、鍛え回数を減らした結果、肌が現れるわけだ。しかし、芯鉄を入れるなら、皮鉄は鍛え回数を増やして、きれいに作ってもかまわないことになるな。ただ、この肌の『景色』を愛でて、肌にからむ刃に『働き』を見出すのが日本人の感性だ」

「はあ……」

 それから一月半ほどのち、研師の手を経て、二本の星鉄刀は完成した。出来のいい方を七九郎に納め、残りは陰打ちとするつもりだが、どちらがいいとも決めかねる出来だった。

 国吉が鍛えた一本は冴えているが、隕鉄模様がおとなしい。サギリの作は今ひとつ冴えないが、地肌は派手だ。ただそれは、あえて比較すればの話であって、ほとんど差違はなかった。

 七九郎の屋敷へ持参し、彼自身に選ばせた。見るなり、七九郎は唸った。

「なるほど。これは普通の刀ではないな。強い光が幾筋も走っている。星光の太刀とでもいうべきか」

「いっておくが、霊力など期待するな。この刀にそんな力があるなら、作者には大金が支払われるはずだ」

「刀を生かすも殺すも持ち主次第だ。しかし、代金に色をつけてやる。星鉄はだいぶ余っているだろう。あれをお前にくれてやる」

「どうせ、お前が持っていても仕方のないものじゃないか」

 七九郎は二本を比べ、国吉の作を選んだ。

「陰打ちはお前の方で好きにしろ」

「仕方ない。どこかの長者に売りつけるとするか」

 刀を持ち帰り、二本に銘を入れた。「談議所国吉」である。サギリが鍛えた刀も普段は代表者である国吉の銘を入れることが多いのだが、今回の陰打ちには彼女が「談議所サキリ」と刻んだ。そして、二本とも「星光」の銘を添えた。